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理由なんてそれで十分

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「騙せたと思ったんだがな……」

 どうやら騙されていたのはアブニールの方だったらしい。こうなるとますます一人で突っ走った自分が馬鹿みたいに思えて天を仰いだ。

「他の奴なら騙せただろうぜ。だが、俺には今後一切通用しねえと思え」

 一泡吹かせてやったとばかりにふんぞり返るフラムを睨みつける。しかし悔しいが今回は完敗だ。フラムの思惑を全く見抜けなかった。

「にしても、よく俺の行動が読めたな」

 監視がついていたはずはない。アブニールはずっと神経を尖らせていたのだ。周囲に気を張っている時に追跡に気付かないはずがない。

「ああ、それな」

 散々走り回った上に運動させられたためか、フラムはまだ熱が下がらないらしい。こもった熱を逃がすようにシャツの襟を仰いで風をおくっている。そうしながら、ポケットの中に手を突っ込んで何かを投げてよこす。
 キャッチした両手を開いてみると、誘拐されたセンチネルを救い出す為に使ったペンダントがあった。これが何かと首を傾げていると、開いてみろと言われる。
 アブニールは驚愕して、ペンダントを調べた。よく見ると下方に小さなくぼみがあって、そこに爪を引っかけて開く仕組みになっている。
 貝のように開いた中には、これまたくぼみが見えた。驚いた。まさかこんな細工がしてあったなんて。

「そのくぼみにはな、ぴったり嵌る大きさの部品が収められていたんだ。それこそが追跡の為に必要なパーツ。ペンダントはそのパーツを隠すための鎧だったってわけだ」

「……で、そのパーツは今どこに?」

「お前が常に持ち歩いてるもんにこっそりくっつけておいた」

「なんだって……?」

 アブニールは迷わず父のくれた短剣を手に取り調べる。アブニールが常に身に着けているものと言えばこの短剣しかない。
 フラムの言うパーツはすぐに見つかった。特殊な接着剤で貼り付けられているらしく、指で挟んで引っ張っただけでぺろりと剥がれた。

「こ、こんな薄っぺらい板が……」

 親指と人差し指で挟んでまじまじと見つめ、あらためてクライスの技術力に舌を巻く。正直、後世に名が残っても不思議ではない天才だ。ますますあの変わり者な性格が惜しく感じる。

「そいつのおかげで、俺はお前の居場所が常に分かったってわけだ。……それと後は、そうだな。情報屋を利用しているのが自分だけだと思わないことだ」

 情報屋は金さえ積めばどんな情報でも売るのが仕事だ。たとえ顧客の情報だったとしても、聞かれたら悪びれもせず包み隠さず話してしまう。彼らはある意味平等なのだ。だからお得意さんも作らないし、顧客と秘密を共有することもない。
 おそらくレーツェルあたりが、ヴェレーノ侯爵について調べているという情報を仕入れたのだろう。
 ぽかんと口を開けていたアブニールは、ため息を吐きながら手にしたパーツをペンダントのくぼみに戻した。ずっと指で挟んでいると、そのまま潰してしまいそうで気が休まらなかったのだ。

「ああ、よーくわかった。……くそ。まさかこんな失敗をするとは。情けねえ話だ。迷惑……いや、世話をかけたな。この謝礼は必ず支払う。そっちの言い値で構わない。何でも言ってくれ」

 アブニールとしては感謝のしるしだったのだが、フラムはなぜか不快そうに眉根を寄せた。

「金が駄目ならものでもいい。また囮に使ってくれても構わない。なんでもする。借りは返さねえと……」

「そうやって、すぐに距離を置こうとするんじゃねえよ」

 急に尖った声で叱られ、アブニールは驚いて押し黙った。

「確かに前回はお前の腕を見込んで手伝ってもらう結果になった。けどな、俺がお前を助けたのは、借りを作ってやろうだとか見返りが欲しいとか、そういう打算的な理由があったわけじゃねえんだよ」

 別にフラムの行動に裏があろうかなかろうが、アブニールは気にしない。責めるつもりもないのに、フラムには偽善的だと詰られたように聞こえたのだろうか。
 フラムがなぜ機嫌を悪くしたのか分からなくて、アブニールは困惑した。そんなアブニールを横目に見て、フラムは苛立ちまぎれに髪を搔き乱す。

「……まあ、お前はこの十年間。計算だの打算だの、人間の醜い部分をいやというほど見てきたんだろうし、仕方ねえとは思うがな」

 ため息を吐きながらぐいと顔を近づけてくる。反射的に身を引こうとしたが、真剣な眼差しに居抜かれて身動きが取れなかった。

「思い出せ。お前の養父がお前を助けたのは、何か裏があってのことか? 利用してやろうとか、お前に見返りを望んだか?」

 なぜ急に養父の話題になったのか分からないが、父を悪し様に言われるのは我慢ならない。

「そんなわけねえだろ。それに、子供の俺に何が出来るって言うんだよ」

「そうだろ?」

 むっとして言い返すと、なぜかフラムが同調してきてアブニールはますます混乱する。フラムが何を言いたいのか、さっぱり見当がつかない。真意が読めず瞬きを繰り返していると、アブニールの頬にフラムの手が触れた。少し手汗で湿っているが、なぜか吸い付くような感触が心地よくて、振り払えない。

「俺だって同じだ。純粋にお前を助けたいから助けた。お前に生きていてほしいからボンドを結んだ。助ける理由なんてそれで十分だ。端から礼なんか求めてねえんだよ」

 つまりは謝礼はいらない言いたいのだ。言いたいことは分かったが、アブニールとしてはスッキリしない。純粋な親切心は、裏の社会に染まってしまった今のアブニールには綺麗すぎて扱いに困ってしまうのだ。
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