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独断と調査
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今すぐあの男を追いかけて問い詰めたい。はやる気持ちを拳を握り締めて抑え込む。
焦らなくともヴェレーノ侯爵のにおいは覚えた。ノワールの力を借りればかなり遠くまで捕捉することが出来るだろう。今回捕らえられた男爵のように花の趣味が悪ければ追跡は難しいが。
嗅覚に頼れなかった場合も相手は侯爵なのだ。居所を掴むのはたやすい。だから、入念に準備して接触を図るべきなのだ。焦って行動にうつせば成功するものも失敗に終わる。
いついかなる時も事前の調査を欠かさなかったはずだ。冷静になれ。
自分自身に言い聞かせ、ようやく心が落ち着きを取り戻す。
「ニール? どうした、顔色が悪いぜ」
どうやら頭痛の余韻は未だ残っているようだが、心の方は平常だった。
「俺はセンチネルだからな。でかい声は聴くに堪えねえ。あのやかましいおっさんの声を聞いてたら頭ががんがんしてきただけだ」
だから違和感を持たれないだろう自然な嘘で誤魔化すことが出来る。思惑通りフラムは疑うことなく、アブニールの体調を気遣う。
「そういえばそうだったな。よし、俺の部屋で休んでけ。それが良い」
「調子のいい事言って、部屋に連れ込もうとしてるだけじゃねえだろうな」
「だぁから、何度も言ってんだろ? 俺は合意の上じゃねえと手は出さねえって。それでなくともお前は無茶するからな。俺がちゃんと見張ってねえと。ついでにその珍しい格好をもっとじっくり見せてくれよ」
「結局それが目的かよ。こんな既製品の服なんか見て何が楽しんだか」
呆れたようにため息を吐くも、アブニールはフラムの誘いに応じることにした。
事と次第によってはヴェレーノ侯爵と刺し違えるような展開になるかもしれない。もしもアブニールの命がもうじき尽きる運命なのだとしたら、最後にゆっくり話しておけばよかったと後悔したくなかった。
それにフラムは察しの良い男だ。ここで固辞して違和感を与えてしまっては、アブニールの計画を悟られてしまうかもしれない。
アブニールは今回の一件にフラムを巻き込むつもりは毛頭なかった。
何しろこれはアブニールの記憶に決着をつけるための闘いで、フラムには関係のない話なのだ。
だからアブニールはあえてフラムのもとでゆったりと過ごすことに決めた。侍従の感謝を受けた後、馬車で王城の入り口まで送ってもらい、そこから徒歩で守護獣騎士団の兵舎へと向かう。
そしてフラムと、もしかすると最期になるかもしれない軽口の応酬を心行くまで楽しむのだった。
日が暮れるまでフラムの部屋に居座ったアブニールは、フラムのもとを去るなりさっそく調査を開始した。
でかい街には大抵数人いる、いわゆる情報屋から有償の情報をもらい、侯爵が王都の近くに滞在していることを知る。
どうやら来る建国祭に向け、方々から貴族たちが国都近くのタウンハウスに集まってきているようだ。
侯爵は王都の近くに別邸を所有しているらしく、同行した大勢の使用人と私兵とで今はそこで寝泊まりしている。
情報屋の中には逮捕された男爵とのつながりを知っていた者もいたが、彼らは大金を払わない限りは犯罪であっても見逃す。正義感で腹は膨れないというのが彼らの主張だ。
ある意味商魂たくましい。見習いたくはないが、他者の生きざまに口出しをする気もなかった。
ひとまず有益な情報を入手したアブニールは空腹を感じて、なじみの大衆酒場に向かった。
寮舎に保護されていた数日間の影響で前よりも食欲が増してしまった気がする。今のところ太った様子はないので放置しているが、もしも身体が重くなるようなら食生活を見直さなくてはならない。
食堂でなるべく軽いものを頼むと、鶏肉を蒸したものを乗せたサラダが出てきた。
「そういや、伝え忘れてたんだが」
瑞々しいレタスを歯ごたえを楽しんだ後、アブニールはずっと伝えそびれていた話を口にした。クライスに関する事だ。
まさか普段研究棟にこもっている彼が、わざわざ兵舎を出てまで食事に来るなんて、今更ながら意外に感じる。確かにここの料理は獣使いにも美味しく味わえる味付けなので気持ちはわかるが。
「ああ、あの人な。よく来るぜ。特に俺とも会話するわけじゃないんだけど、黙々と食べて帰ってくな。そうか。気にいってくれてたのか」
クライスの名前を出しても分からなかったようだが、あの独特すぎるファッションの特徴をいくつか挙げるとようやく姿が思い浮かんだようだ。
「あの人、クライスっていうのか」
「常連のくせに名乗ってなかったのか」
それでなくとも店主は気さくだから、警戒心が強いと自負しているアブニールですらいつの間にか素性のほとんどを明かしてしまっていた。そのあたり、クライスの方が一枚上手ということか。アブニールは一人勝手に敗北感を覚えた。
「そっか。あの人騎士なんだ。ふふふ。それにしてもニールと知り合うなんて世間は広いようで狭いなあ。ちょっと……いやだいぶ変わり者だけど、これからも仲良くしてやってな」
「はは。なんでお前がそんなこと言うんだよ」
まるで保護者みたいなことを言う店主を笑いながら代金を支払い、アブニールは店を後にした。
焦らなくともヴェレーノ侯爵のにおいは覚えた。ノワールの力を借りればかなり遠くまで捕捉することが出来るだろう。今回捕らえられた男爵のように花の趣味が悪ければ追跡は難しいが。
嗅覚に頼れなかった場合も相手は侯爵なのだ。居所を掴むのはたやすい。だから、入念に準備して接触を図るべきなのだ。焦って行動にうつせば成功するものも失敗に終わる。
いついかなる時も事前の調査を欠かさなかったはずだ。冷静になれ。
自分自身に言い聞かせ、ようやく心が落ち着きを取り戻す。
「ニール? どうした、顔色が悪いぜ」
どうやら頭痛の余韻は未だ残っているようだが、心の方は平常だった。
「俺はセンチネルだからな。でかい声は聴くに堪えねえ。あのやかましいおっさんの声を聞いてたら頭ががんがんしてきただけだ」
だから違和感を持たれないだろう自然な嘘で誤魔化すことが出来る。思惑通りフラムは疑うことなく、アブニールの体調を気遣う。
「そういえばそうだったな。よし、俺の部屋で休んでけ。それが良い」
「調子のいい事言って、部屋に連れ込もうとしてるだけじゃねえだろうな」
「だぁから、何度も言ってんだろ? 俺は合意の上じゃねえと手は出さねえって。それでなくともお前は無茶するからな。俺がちゃんと見張ってねえと。ついでにその珍しい格好をもっとじっくり見せてくれよ」
「結局それが目的かよ。こんな既製品の服なんか見て何が楽しんだか」
呆れたようにため息を吐くも、アブニールはフラムの誘いに応じることにした。
事と次第によってはヴェレーノ侯爵と刺し違えるような展開になるかもしれない。もしもアブニールの命がもうじき尽きる運命なのだとしたら、最後にゆっくり話しておけばよかったと後悔したくなかった。
それにフラムは察しの良い男だ。ここで固辞して違和感を与えてしまっては、アブニールの計画を悟られてしまうかもしれない。
アブニールは今回の一件にフラムを巻き込むつもりは毛頭なかった。
何しろこれはアブニールの記憶に決着をつけるための闘いで、フラムには関係のない話なのだ。
だからアブニールはあえてフラムのもとでゆったりと過ごすことに決めた。侍従の感謝を受けた後、馬車で王城の入り口まで送ってもらい、そこから徒歩で守護獣騎士団の兵舎へと向かう。
そしてフラムと、もしかすると最期になるかもしれない軽口の応酬を心行くまで楽しむのだった。
日が暮れるまでフラムの部屋に居座ったアブニールは、フラムのもとを去るなりさっそく調査を開始した。
でかい街には大抵数人いる、いわゆる情報屋から有償の情報をもらい、侯爵が王都の近くに滞在していることを知る。
どうやら来る建国祭に向け、方々から貴族たちが国都近くのタウンハウスに集まってきているようだ。
侯爵は王都の近くに別邸を所有しているらしく、同行した大勢の使用人と私兵とで今はそこで寝泊まりしている。
情報屋の中には逮捕された男爵とのつながりを知っていた者もいたが、彼らは大金を払わない限りは犯罪であっても見逃す。正義感で腹は膨れないというのが彼らの主張だ。
ある意味商魂たくましい。見習いたくはないが、他者の生きざまに口出しをする気もなかった。
ひとまず有益な情報を入手したアブニールは空腹を感じて、なじみの大衆酒場に向かった。
寮舎に保護されていた数日間の影響で前よりも食欲が増してしまった気がする。今のところ太った様子はないので放置しているが、もしも身体が重くなるようなら食生活を見直さなくてはならない。
食堂でなるべく軽いものを頼むと、鶏肉を蒸したものを乗せたサラダが出てきた。
「そういや、伝え忘れてたんだが」
瑞々しいレタスを歯ごたえを楽しんだ後、アブニールはずっと伝えそびれていた話を口にした。クライスに関する事だ。
まさか普段研究棟にこもっている彼が、わざわざ兵舎を出てまで食事に来るなんて、今更ながら意外に感じる。確かにここの料理は獣使いにも美味しく味わえる味付けなので気持ちはわかるが。
「ああ、あの人な。よく来るぜ。特に俺とも会話するわけじゃないんだけど、黙々と食べて帰ってくな。そうか。気にいってくれてたのか」
クライスの名前を出しても分からなかったようだが、あの独特すぎるファッションの特徴をいくつか挙げるとようやく姿が思い浮かんだようだ。
「あの人、クライスっていうのか」
「常連のくせに名乗ってなかったのか」
それでなくとも店主は気さくだから、警戒心が強いと自負しているアブニールですらいつの間にか素性のほとんどを明かしてしまっていた。そのあたり、クライスの方が一枚上手ということか。アブニールは一人勝手に敗北感を覚えた。
「そっか。あの人騎士なんだ。ふふふ。それにしてもニールと知り合うなんて世間は広いようで狭いなあ。ちょっと……いやだいぶ変わり者だけど、これからも仲良くしてやってな」
「はは。なんでお前がそんなこと言うんだよ」
まるで保護者みたいなことを言う店主を笑いながら代金を支払い、アブニールは店を後にした。
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