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救出
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せっかく本来の聴力も取り戻されたので、アブニールは地上の様子をうかがうために意識を集中して耳をそばだてた。階上からは人の言い争う声がかすかに聞こえ来る。どうやらフラムは無事、この建物まで到着したようだ。
「突然の訪問失礼する。卿がご在宅で助かった」
「な、なんだね。いきなり大所帯で!」
ちょうど持ち主も居合わせたらしく、騎士団の登場に泡を食っているようだ。卿、と呼ぶからにはやはり貴族が絡んでいたらしい。それにしてもご在宅とは、ここは貴族の屋敷なのだろうか。自分の家に誘拐したセンチネルを隠すとは、ずいぶん危険な橋を渡ったものだ。
「実は数日前に世間知らずの盗人が畏れ多くも王妃の宮に忍び込み、ルビーのペンダントを盗んでいったのだ。我々が仕組んだ罠だとも知らずにな」
「罠……だと?」
「盗まれたペンダントには追跡機能がついていたのだ。我々は盗人を捕縛せよとの王の勅命を受け、こうして馳せ参じた。追跡機能はこの建物を示している。おそらく盗人は我々の追跡に気付き、この屋敷に逃げ込んだのだろう。犯人確保のため協力願いたい」
フラムはあらかじめ打ち合わせていた通りの嘘を、すらすらと口にする。アブニールも人の事は言えないが、よくもまあこうも息をする様に嘘がつけるものだと内心で感嘆した。
「いきなり来て敷地内に入らせろだと? やはり獣、礼節というものを心得ておらんな。そのような無礼な頼み聞けるわけが無かろう! 分かったら、とっとと立ち去るが良い。獣臭くてかなわん!」
フラムたちに立ち入れられては困るからとはいえ、一応王子に対してずいぶんな言い種である。一方では騎士ではあるものの、王位継承権を放棄していない以上はフラムの方が立場が上のはずなのだが。
すでに余裕をなくし大声で喚いている貴族に対し、フラムはどこまでも冷静だ。
「思い違いをなさらないでもらおうか。これは勅命であり、我々に撤退を命じることが出来るのもまた陛下のみである。陛下は草の根分けても盗人を探し出せとおおせだ。不満があるなら陛下に直接進言なさるが良い」
冷然と言い放つフラムに対する返答はないが、反論できず歯を噛んでいる様子が容易に想像できた。フラムの言い分はもっともで、派兵された騎士に対していくら文句を言ったところで意味はない。ぐうの音も出ない正論に黙り込んだところで、フラムはさらに畳みかけた。
「そも。なぜ拒否なさるのか。悪しき盗人は貴方が忌み嫌う獣である。我々が捕縛することであなたの身の安全も保障されるというのに。まるで……」
フラムは一度言葉を切り、声を一段低くした。
「まるで、後ろ暗い理由があるようだが?」
かすかにしか聞こえないアブニールすら、肌を粟立てるほどの憤怒を感じ取る。アブニールの居る地下まで届く気迫を真っ向から受けてしまった貴族に少しばかり同情した。
「文句がなければ、早速入らせてもらおう」
もはや話し合いにも意味はない。しばしの沈黙の後、甲冑の鳴る音と、建物の中に押し入る複数の足音を聴きとった。ややして我に返った貴族が悲鳴じみた怒声を張り上げる。
「かくなる上は、ヴェレーノ卿に代わりこの私が獣をせん滅してくれる! 皆の者! 我が邸宅を踏み荒らす獣どもを皆殺しにせよ! 一匹たりとも生きては返すな!」
追い詰められた人間というものは、往々にして狂人的な暴挙に出るものである。階上は一気に乱戦の様相を呈した。そして同時に、言ってはならない事を口走ってしまう。貴族の名から、ヴェレーノの名が出た。フラムの睨んだ通りだ。
「お、おい。大丈夫なんだろうな?」
同じくセンチネルらしい聴力を取り戻した被害者たちにも、喧騒は聞こえているようだ。アブニールがここに留まっているのを見て察してほしいものだが。
「大丈夫だ」
念のためアブニールが彼らを安心させるが、その必要もなく早々に決着がつく。力自慢のブランドがたった一人で貴族の兵をすべて倒してしまった。
「鍛錬が足りんな! 槍を使うまでもなかったわ! これを恥じ、精進するのだぞ!」
ブランドの声はよく通るので、センチネルの耳にはやかましいほどだ。腹に響くような哄笑に耐え兼ねて、アブニールは一時耳を塞いだ。
フラムが貴族に話した内容は半分嘘で、半分本当だ。アブニールが身に着けているペンダントを目印に、迷うことなく地下に下りてくる。
階段を下りてきたフラムと目が合うと、互いに計画の成功を確信した。一度だけ微笑みあう。
「男爵。これはいったい何事か! ここに捕らわれた者たちは、最近誘拐された獣使いではないか!」
空々しい演技で驚愕の声を上げ、階段を下りてきた貴族に鋭い眼光を向ける。
貴族は既に守護獣騎士団の団員に捕らえられていた。ギリギリと音が鳴るほど歯を食いしばっていて、特に発覚の原因となったアブニールには怨念をこめた視線を送ってくる。アブニールは相手にせずそっぽを向いてやった。
「我々が来たからにはもう安心だ。彼らを牢から解き放て!」
フラムの命を受けて、兵たちが鉄扉を開いていく。センチネルたちは今度こそ救出されたのだ。中には弱って一人で起き上がれない者もいたが、一人残らず保護された。
「さて、たとえ獣使いとはいえ、これは拉致監禁。立派な犯罪である。我々とともに王都へご足労願おうか。男爵」
すでに諦めの境地に至って放心している貴族を連行するため、一度王都に戻ることになる。アブニールも一応保護された身なので、王都まで同行することになった。またあの強烈な花の香りに襲われるのかと思うと気が滅入るが、最後の辛抱と腹を括った。
「突然の訪問失礼する。卿がご在宅で助かった」
「な、なんだね。いきなり大所帯で!」
ちょうど持ち主も居合わせたらしく、騎士団の登場に泡を食っているようだ。卿、と呼ぶからにはやはり貴族が絡んでいたらしい。それにしてもご在宅とは、ここは貴族の屋敷なのだろうか。自分の家に誘拐したセンチネルを隠すとは、ずいぶん危険な橋を渡ったものだ。
「実は数日前に世間知らずの盗人が畏れ多くも王妃の宮に忍び込み、ルビーのペンダントを盗んでいったのだ。我々が仕組んだ罠だとも知らずにな」
「罠……だと?」
「盗まれたペンダントには追跡機能がついていたのだ。我々は盗人を捕縛せよとの王の勅命を受け、こうして馳せ参じた。追跡機能はこの建物を示している。おそらく盗人は我々の追跡に気付き、この屋敷に逃げ込んだのだろう。犯人確保のため協力願いたい」
フラムはあらかじめ打ち合わせていた通りの嘘を、すらすらと口にする。アブニールも人の事は言えないが、よくもまあこうも息をする様に嘘がつけるものだと内心で感嘆した。
「いきなり来て敷地内に入らせろだと? やはり獣、礼節というものを心得ておらんな。そのような無礼な頼み聞けるわけが無かろう! 分かったら、とっとと立ち去るが良い。獣臭くてかなわん!」
フラムたちに立ち入れられては困るからとはいえ、一応王子に対してずいぶんな言い種である。一方では騎士ではあるものの、王位継承権を放棄していない以上はフラムの方が立場が上のはずなのだが。
すでに余裕をなくし大声で喚いている貴族に対し、フラムはどこまでも冷静だ。
「思い違いをなさらないでもらおうか。これは勅命であり、我々に撤退を命じることが出来るのもまた陛下のみである。陛下は草の根分けても盗人を探し出せとおおせだ。不満があるなら陛下に直接進言なさるが良い」
冷然と言い放つフラムに対する返答はないが、反論できず歯を噛んでいる様子が容易に想像できた。フラムの言い分はもっともで、派兵された騎士に対していくら文句を言ったところで意味はない。ぐうの音も出ない正論に黙り込んだところで、フラムはさらに畳みかけた。
「そも。なぜ拒否なさるのか。悪しき盗人は貴方が忌み嫌う獣である。我々が捕縛することであなたの身の安全も保障されるというのに。まるで……」
フラムは一度言葉を切り、声を一段低くした。
「まるで、後ろ暗い理由があるようだが?」
かすかにしか聞こえないアブニールすら、肌を粟立てるほどの憤怒を感じ取る。アブニールの居る地下まで届く気迫を真っ向から受けてしまった貴族に少しばかり同情した。
「文句がなければ、早速入らせてもらおう」
もはや話し合いにも意味はない。しばしの沈黙の後、甲冑の鳴る音と、建物の中に押し入る複数の足音を聴きとった。ややして我に返った貴族が悲鳴じみた怒声を張り上げる。
「かくなる上は、ヴェレーノ卿に代わりこの私が獣をせん滅してくれる! 皆の者! 我が邸宅を踏み荒らす獣どもを皆殺しにせよ! 一匹たりとも生きては返すな!」
追い詰められた人間というものは、往々にして狂人的な暴挙に出るものである。階上は一気に乱戦の様相を呈した。そして同時に、言ってはならない事を口走ってしまう。貴族の名から、ヴェレーノの名が出た。フラムの睨んだ通りだ。
「お、おい。大丈夫なんだろうな?」
同じくセンチネルらしい聴力を取り戻した被害者たちにも、喧騒は聞こえているようだ。アブニールがここに留まっているのを見て察してほしいものだが。
「大丈夫だ」
念のためアブニールが彼らを安心させるが、その必要もなく早々に決着がつく。力自慢のブランドがたった一人で貴族の兵をすべて倒してしまった。
「鍛錬が足りんな! 槍を使うまでもなかったわ! これを恥じ、精進するのだぞ!」
ブランドの声はよく通るので、センチネルの耳にはやかましいほどだ。腹に響くような哄笑に耐え兼ねて、アブニールは一時耳を塞いだ。
フラムが貴族に話した内容は半分嘘で、半分本当だ。アブニールが身に着けているペンダントを目印に、迷うことなく地下に下りてくる。
階段を下りてきたフラムと目が合うと、互いに計画の成功を確信した。一度だけ微笑みあう。
「男爵。これはいったい何事か! ここに捕らわれた者たちは、最近誘拐された獣使いではないか!」
空々しい演技で驚愕の声を上げ、階段を下りてきた貴族に鋭い眼光を向ける。
貴族は既に守護獣騎士団の団員に捕らえられていた。ギリギリと音が鳴るほど歯を食いしばっていて、特に発覚の原因となったアブニールには怨念をこめた視線を送ってくる。アブニールは相手にせずそっぽを向いてやった。
「我々が来たからにはもう安心だ。彼らを牢から解き放て!」
フラムの命を受けて、兵たちが鉄扉を開いていく。センチネルたちは今度こそ救出されたのだ。中には弱って一人で起き上がれない者もいたが、一人残らず保護された。
「さて、たとえ獣使いとはいえ、これは拉致監禁。立派な犯罪である。我々とともに王都へご足労願おうか。男爵」
すでに諦めの境地に至って放心している貴族を連行するため、一度王都に戻ることになる。アブニールも一応保護された身なので、王都まで同行することになった。またあの強烈な花の香りに襲われるのかと思うと気が滅入るが、最後の辛抱と腹を括った。
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