29 / 46
作戦決行
しおりを挟む
アブニール自身には生き急いでいる自覚はなかった。だがもしも本当にアブニールの心に変化が生じたとしたなら、その原因は考えるまでもない。思い浮かべると会いたいと渇望する軟弱な心が顔を覗かせるので、アブニールは意識して考えないよう努めた。
話題をかえるためにも、ここへ来た本題を切り出す。
「話は変わるが、近頃この近辺で獣使いが失踪していることを知ってるか?」
「知ってる。しかもセンチネルばかりだってな」
アブニールが使った食器を片付けながら、店主は痛ましそうに眉根を寄せた。同胞の失踪はやはり心に応えるものがあるのだろう。それにしてもさすが店主は情報通だ。過去に何度か仕事のあっせんもしてもらったことがあるアブニールは、その耳の早さに舌を巻く。
「あんたも気を付けなよ。センチネルだってんなら、狙われるぜ?」
しかし続くアブニールの忠告は一笑に付されてしまった。
「そりゃ俺もセンチネルだけど。見ての通りしがない酒場の店主だぜ? フライパン裁きは右に出る者はいないと思ってるけど、武器の扱いはからっきしだ。こんな役立たずよりもニールの方がよっぽど気を付けなきゃ」
まさか囮を買って出たとはいえず、アブニールは「この俺が同じヘマを二度もするかよ」と豪語して誤魔化した。
確かに店主は争いごとを好まない平和主義で、剣より包丁が似合うような人だ。戦闘能力に特化したセンチネルながら、戦場に身を置いているところを想像できない。とはいえ獣化してしまえば話は別だ。どれだけ理性的で温和な性格をしていたとしても、怒れる獣に変えられてしまえば暴力的になってしまう。
諍いを望まない店主のためにもこの事件を一日でも早く解決に導かなくてはならない。猶予はあとわずか、王が城下に下りる日は既に五日後に迫っている。
香木が群生する森までは徒歩で一日かかるため、丸二日粘ってみて何もなければ、アブニールの方から敵地に乗り込むことになっている。
しかしどうやら、その必要はないらしい。翌日の晩、アブニールは一定の距離を保って追跡する複数の気配に気づいた。
(来たか……)
後方から三人に追尾されているほか、前方にも三人分の殺気を感じる。そのいずれも、此間のならず者よりも手練れだろうことが足運びや気配の殺し方から手に取るようにわかった。
とはいえ、アブニールが上手く立ち回れば全員仕留めることはたやすい。だが、今回に限っては返り討ちにしてはいけないのだ。しかしすぐに捕まってもそれはそれで不審がられる。
ひとまず人気のないところまで彼らを誘導して、前方と後方からひとりずつ様子見で出てきた二人を昏倒させた。すると思惑通り、気色ばんだ残りの四人が一斉にとびかかってくる。
あえて高く飛び上がって攻撃を避けたアブニールは、着地と同時にわざと顔をゆがめて足をもつれさせる。以前の矢傷がまだ治りきっていないと見せかけるための演技だった。念のため、血の付いた包帯も巻いておいたので、疑われることはなかった。思惑通り男たちはアブニールの片足に狙いを絞り、猛攻を仕掛けてくる。
(それにしても、身体が軽いな)
羽のように軽やかに動く自分の体に驚き、フラムのガイディングがいかに効果的だったのか改めて実感する。今、もしも本気を出せたなら、すでに彼らは空き地のあちこちに転がっていたことだろう。今度フラムに有ったら改めて礼をしなければと思う。
(そろそろ、いいか)
逃げ回るアブニールを追い回す男たちに疲労が見え始め、動きが重くなったところで、わざと敵の攻撃を受けた。
細い身体は衝撃に弱く、目の前に星が散った。それでも気絶するには至らなかったのだが、アブニールはあえてその場に倒れ込む。
男たちは、目を閉じてピクリとも動かなくなったアブニールの両手足をご丁寧にも縄で縛って運んでいく。こっそり薄目を開くと、細い路地にいるやけに目力のある鼠と視線が交差した。
アブニールを抱えた男たちは、表通りに停めてあった馬車の荷台にアブニールを寝かせた。車輪が回る音がしはじめてから、アブニールは目を開いた。
明らかにイミテーションのネックレスは奪われることなくアブニールの胸元で輝いている。あとは鼠に扮したレーツェルがフラムのもとに戻ったら、センチネルの救出作戦が決行されるのだ。
(あとはあんた頼みだ。任せたからな。フラム)
アブニールは埃っぽい荷台の床に横たわったまま、フラムの武運を祈った。
話題をかえるためにも、ここへ来た本題を切り出す。
「話は変わるが、近頃この近辺で獣使いが失踪していることを知ってるか?」
「知ってる。しかもセンチネルばかりだってな」
アブニールが使った食器を片付けながら、店主は痛ましそうに眉根を寄せた。同胞の失踪はやはり心に応えるものがあるのだろう。それにしてもさすが店主は情報通だ。過去に何度か仕事のあっせんもしてもらったことがあるアブニールは、その耳の早さに舌を巻く。
「あんたも気を付けなよ。センチネルだってんなら、狙われるぜ?」
しかし続くアブニールの忠告は一笑に付されてしまった。
「そりゃ俺もセンチネルだけど。見ての通りしがない酒場の店主だぜ? フライパン裁きは右に出る者はいないと思ってるけど、武器の扱いはからっきしだ。こんな役立たずよりもニールの方がよっぽど気を付けなきゃ」
まさか囮を買って出たとはいえず、アブニールは「この俺が同じヘマを二度もするかよ」と豪語して誤魔化した。
確かに店主は争いごとを好まない平和主義で、剣より包丁が似合うような人だ。戦闘能力に特化したセンチネルながら、戦場に身を置いているところを想像できない。とはいえ獣化してしまえば話は別だ。どれだけ理性的で温和な性格をしていたとしても、怒れる獣に変えられてしまえば暴力的になってしまう。
諍いを望まない店主のためにもこの事件を一日でも早く解決に導かなくてはならない。猶予はあとわずか、王が城下に下りる日は既に五日後に迫っている。
香木が群生する森までは徒歩で一日かかるため、丸二日粘ってみて何もなければ、アブニールの方から敵地に乗り込むことになっている。
しかしどうやら、その必要はないらしい。翌日の晩、アブニールは一定の距離を保って追跡する複数の気配に気づいた。
(来たか……)
後方から三人に追尾されているほか、前方にも三人分の殺気を感じる。そのいずれも、此間のならず者よりも手練れだろうことが足運びや気配の殺し方から手に取るようにわかった。
とはいえ、アブニールが上手く立ち回れば全員仕留めることはたやすい。だが、今回に限っては返り討ちにしてはいけないのだ。しかしすぐに捕まってもそれはそれで不審がられる。
ひとまず人気のないところまで彼らを誘導して、前方と後方からひとりずつ様子見で出てきた二人を昏倒させた。すると思惑通り、気色ばんだ残りの四人が一斉にとびかかってくる。
あえて高く飛び上がって攻撃を避けたアブニールは、着地と同時にわざと顔をゆがめて足をもつれさせる。以前の矢傷がまだ治りきっていないと見せかけるための演技だった。念のため、血の付いた包帯も巻いておいたので、疑われることはなかった。思惑通り男たちはアブニールの片足に狙いを絞り、猛攻を仕掛けてくる。
(それにしても、身体が軽いな)
羽のように軽やかに動く自分の体に驚き、フラムのガイディングがいかに効果的だったのか改めて実感する。今、もしも本気を出せたなら、すでに彼らは空き地のあちこちに転がっていたことだろう。今度フラムに有ったら改めて礼をしなければと思う。
(そろそろ、いいか)
逃げ回るアブニールを追い回す男たちに疲労が見え始め、動きが重くなったところで、わざと敵の攻撃を受けた。
細い身体は衝撃に弱く、目の前に星が散った。それでも気絶するには至らなかったのだが、アブニールはあえてその場に倒れ込む。
男たちは、目を閉じてピクリとも動かなくなったアブニールの両手足をご丁寧にも縄で縛って運んでいく。こっそり薄目を開くと、細い路地にいるやけに目力のある鼠と視線が交差した。
アブニールを抱えた男たちは、表通りに停めてあった馬車の荷台にアブニールを寝かせた。車輪が回る音がしはじめてから、アブニールは目を開いた。
明らかにイミテーションのネックレスは奪われることなくアブニールの胸元で輝いている。あとは鼠に扮したレーツェルがフラムのもとに戻ったら、センチネルの救出作戦が決行されるのだ。
(あとはあんた頼みだ。任せたからな。フラム)
アブニールは埃っぽい荷台の床に横たわったまま、フラムの武運を祈った。
1
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王
ミクリ21
BL
姫が拐われた!
……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。
しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。
誰が拐われたのかを調べる皆。
一方魔王は?
「姫じゃなくて勇者なんだが」
「え?」
姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?
英雄様の取説は御抱えモブが一番理解していない
薗 蜩
BL
テオドア・オールデンはA級センチネルとして日々怪獣体と戦っていた。
彼を癒せるのは唯一のバティであるA級ガイドの五十嵐勇太だけだった。
しかし五十嵐はテオドアが苦手。
黙って立っていれば滅茶苦茶イケメンなセンチネルのテオドアと黒目黒髪純日本人の五十嵐君の、のんびりセンチネルなバースのお話です。
突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています
ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた
魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。
そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。
だがその騎士にも秘密があった―――。
その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。
婚約破棄王子は魔獣の子を孕む〜愛でて愛でられ〜《完結》
クリム
BL
「婚約を破棄します」相手から望まれたから『婚約破棄』をし続けた王息のサリオンはわずか十歳で『婚約破棄王子』と呼ばれていた。サリオンは落実(らくじつ)故に王族の容姿をしていない。ガルド神に呪われていたからだ。
そんな中、大公の孫のアーロンと婚約をする。アーロンの明るさと自信に満ち溢れた姿に、サリオンは戸惑いつつ婚約をする。しかし、サリオンの呪いは容姿だけではなかった。離宮で晒す姿は夜になると魔獣に変幻するのである。
アーロンにはそれを告げられず、サリオンは兄に連れられ王領地の魔の森の入り口で金の獅子型の魔獣に出会う。変幻していたサリオンは魔獣に懐かれるが、二日の滞在で別れも告げられず離宮に戻る。
その後魔力の強いサリオンは兄の勧めで貴族学舎に行く前に、王領魔法学舎に行くように勧められて魔の森の中へ。そこには小さな先生を取り囲む平民の子どもたちがいた。
サリオンの魔法学舎から貴族学舎、兄セシルの王位継承問題へと向かい、サリオンの呪いと金の魔獣。そしてアーロンとの関係。そんなファンタジーな物語です。
一人称視点ですが、途中三人称視点に変化します。
R18は多分なるからつけました。
2020年10月18日、題名を変更しました。
『婚約破棄王子は魔獣に愛される』→『婚約破棄王子は魔獣の子を孕む』です。
前作『花嫁』とリンクしますが、前作を読まなくても大丈夫です。(前作から二十年ほど経過しています)
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま
記憶の欠けたオメガがヤンデレ溺愛王子に堕ちるまで
橘 木葉
BL
ある日事故で一部記憶がかけてしまったミシェル。
婚約者はとても優しいのに体は怖がっているのは何故だろう、、
不思議に思いながらも婚約者の溺愛に溺れていく。
---
記憶喪失を機に愛が重すぎて失敗した関係を作り直そうとする婚約者フェルナンドが奮闘!
次は行き過ぎないぞ!と意気込み、ヤンデレバレを対策。
---
記憶は戻りますが、パッピーエンドです!
⚠︎固定カプです
冬の兎は晴の日に虎と跳ねる。【センチネルバース】
古森きり
BL
魑魅魍魎、怪物、半獣が闊歩する魔都、中央無都。
怪物討伐専門株式会社[花ノ宮]事務所の事務員に就職した夜凪冬兎は“ミュート”のはずだった。
とある夜、帰寮した時に怪物に襲われる。
助けてくれたのは、怪物討伐専門株式会社[花ノ宮]事務所最強のセンチネル、華城晴虎だった。
レイタントとして保護された冬兎は、ガイドを持たない晴虎に寄り添ううち「彼のガイドになりたい」と願うようになっていく――。
BLoveに読み直しナッシング掲載。
小説家になろう、カクヨム、アルファポリスに掲載。
光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる