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作戦決行

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 アブニール自身には生き急いでいる自覚はなかった。だがもしも本当にアブニールの心に変化が生じたとしたなら、その原因は考えるまでもない。思い浮かべると会いたいと渇望する軟弱な心が顔を覗かせるので、アブニールは意識して考えないよう努めた。
 話題をかえるためにも、ここへ来た本題を切り出す。

「話は変わるが、近頃この近辺で獣使いが失踪していることを知ってるか?」

「知ってる。しかもセンチネルばかりだってな」

 アブニールが使った食器を片付けながら、店主は痛ましそうに眉根を寄せた。同胞の失踪はやはり心に応えるものがあるのだろう。それにしてもさすが店主は情報通だ。過去に何度か仕事のあっせんもしてもらったことがあるアブニールは、その耳の早さに舌を巻く。

「あんたも気を付けなよ。センチネルだってんなら、狙われるぜ?」

 しかし続くアブニールの忠告は一笑に付されてしまった。

「そりゃ俺もセンチネルだけど。見ての通りしがない酒場の店主だぜ? フライパン裁きは右に出る者はいないと思ってるけど、武器の扱いはからっきしだ。こんな役立たずよりもニールの方がよっぽど気を付けなきゃ」

 まさか囮を買って出たとはいえず、アブニールは「この俺が同じヘマを二度もするかよ」と豪語して誤魔化した。
 確かに店主は争いごとを好まない平和主義で、剣より包丁が似合うような人だ。戦闘能力に特化したセンチネルながら、戦場に身を置いているところを想像できない。とはいえ獣化してしまえば話は別だ。どれだけ理性的で温和な性格をしていたとしても、怒れる獣に変えられてしまえば暴力的になってしまう。
 諍いを望まない店主のためにもこの事件を一日でも早く解決に導かなくてはならない。猶予はあとわずか、王が城下に下りる日は既に五日後に迫っている。
 香木が群生する森までは徒歩で一日かかるため、丸二日粘ってみて何もなければ、アブニールの方から敵地に乗り込むことになっている。
 しかしどうやら、その必要はないらしい。翌日の晩、アブニールは一定の距離を保って追跡する複数の気配に気づいた。

(来たか……)
 
 後方から三人に追尾されているほか、前方にも三人分の殺気を感じる。そのいずれも、此間のならず者よりも手練れだろうことが足運びや気配の殺し方から手に取るようにわかった。
 とはいえ、アブニールが上手く立ち回れば全員仕留めることはたやすい。だが、今回に限っては返り討ちにしてはいけないのだ。しかしすぐに捕まってもそれはそれで不審がられる。
 ひとまず人気のないところまで彼らを誘導して、前方と後方からひとりずつ様子見で出てきた二人を昏倒させた。すると思惑通り、気色ばんだ残りの四人が一斉にとびかかってくる。
 あえて高く飛び上がって攻撃を避けたアブニールは、着地と同時にわざと顔をゆがめて足をもつれさせる。以前の矢傷がまだ治りきっていないと見せかけるための演技だった。念のため、血の付いた包帯も巻いておいたので、疑われることはなかった。思惑通り男たちはアブニールの片足に狙いを絞り、猛攻を仕掛けてくる。

(それにしても、身体が軽いな)

 羽のように軽やかに動く自分の体に驚き、フラムのガイディングがいかに効果的だったのか改めて実感する。今、もしも本気を出せたなら、すでに彼らは空き地のあちこちに転がっていたことだろう。今度フラムに有ったら改めて礼をしなければと思う。

(そろそろ、いいか)
 
 逃げ回るアブニールを追い回す男たちに疲労が見え始め、動きが重くなったところで、わざと敵の攻撃を受けた。
 細い身体は衝撃に弱く、目の前に星が散った。それでも気絶するには至らなかったのだが、アブニールはあえてその場に倒れ込む。
 男たちは、目を閉じてピクリとも動かなくなったアブニールの両手足をご丁寧にも縄で縛って運んでいく。こっそり薄目を開くと、細い路地にいるやけに目力のある鼠と視線が交差した。
 アブニールを抱えた男たちは、表通りに停めてあった馬車の荷台にアブニールを寝かせた。車輪が回る音がしはじめてから、アブニールは目を開いた。
 明らかにイミテーションのネックレスは奪われることなくアブニールの胸元で輝いている。あとは鼠に扮したレーツェルがフラムのもとに戻ったら、センチネルの救出作戦が決行されるのだ。

(あとはあんた頼みだ。任せたからな。フラム)

 アブニールは埃っぽい荷台の床に横たわったまま、フラムの武運を祈った。
 
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