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腹を割って話そう
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飴色の蒸留酒からはフルーティな果実の香りがした。とりあえず挨拶がわりに杯を交わす。もともと乾杯は毒味の為に行われていたとどこかで聞いたことをふいに思い出した。
フラムは寝台に腰を下ろし、ちびちびとグラスを傾ける。アブニールも同じように甘い酒を舐めた。軽口で飲みやすいため、気を抜くと深酒してしまいそうな味わいだ。
しばらく無言のままグラスを傾けていたが、しばらくしてフラムが沈黙を破った。
「昔、あるところにそれは仲のいい王様と王妃様がいてな」
寓話のような語り口で始まった話に、アブニールは静かに耳を傾ける。
「結婚してすぐに第一子に恵まれたんだが、王侯貴族ってのは確実に跡取りを得るためにより多く子供を作っておくもんでさ、ずっと二人目を望んでたんだ」
もともと免疫力の低い子供は病に罹りやすく早世しやすいため、身分の高い家柄ほど子だくさんが推奨される。しかし子供が複数いることで今度は跡目争いが起こる。上流階級とは何ともややこしく出来ている。
「そして、一人目が十五歳になるころ、ようやく王妃様は二人目を身籠った。待望の第二王子誕生に宮殿内はお祭り騒ぎだったが、第二王子はある大きな問題を抱えていた」
「大きな問題?」
フラムはそこで一度中断し、グラスの中身を干した。二杯目を注ぎ、アブニールのグラスにも問答無用でつぎ足す。そうしてから再び口を開いた。
「獣使いだったんだよ」
アブニールははっとしてフラムの背中を見遣った。こちらに背を向けたまま話すフラムは、なぜだか少し気落ちしているように見える。
「そのころはまだ、獣使いは獣憑きと忌み嫌われ、災いの象徴とも呼ばれていた。そんな呪われた忌み子を産んでしまった事がきっかけで、王妃は精神を病んで儚くなった」
再びグラスを干す。ピッチが早いような気がするが、酒の力でも借りなければ話しにくいのだろう。
「王様は最愛の妻を死に追いやった息子を恨み、幾度も亡き者にしようとした」
「我が子を殺そうとしたのか」
血の繋がりは必ずしも絆には繋がらないことを、アブニールは身をもって知っている。だが、幾度も実父に狙われた子供の心情を思うと遣る瀬無い気持ちになった。
「ああ。だが、獣使いってのは頑丈にできてるんだな。何度死ぬ思いをしても生還しやがる。そのうち王様は諦めて、王妃を喪った悲しみを埋めるように後宮に入り浸り、挙句病気をもらって崩御なされた。災厄をもたらすってのもあながち作り話とは言えねえってことだな」
「そいつの所為にするのはお門違いってもんだろ」
アブニールが即答すると、グラスを持つ手が震えたのが分かる。並々と注がれた酒がグラスの中で波打っていた。何かを言いかけて止め、寓話……否、昔ばなしを続ける。
「結局、王様と王妃様の最初の子供である王太子が王位を継承した。新たな王は年の離れた弟を憐れに思い、同じ獣使いを集めて騎士団をつくった。そして行き場を失った弟をそこの団長に据えたわけだ」
「それが、守護獣騎士団か」
アブニールはグラスの中の飴色の水面を見つめながらつぶやいた。
「あんたは……王子様なのか」
「一応な。そうは言っても長兄以外からは鼻つまみ者だよ」
アブニールはようやく合点がいった。アブニールと最初に話しをしたとき、王暗殺に関する話題の際に流れた不穏な気配は、単に主君を守ろうとする騎士道精神から来るものではなかったのだ。フラムは血の繋がった実の兄を全身全霊で守ろうとしている。
「なんで話してくれたんだ?」
「お前も話してくれたからな。ま、酒の肴にするには湿っぽいな。興味がないなら、忘れてくれ」
アブニールとしては、必要なければ生い立ちまで踏み込むつもありはなかったのだが、自主的に話してもらえたことに関しては正直喜びを感じていた。心まで踏み込ませてもらえたような、認めてもらえたような気持ちだ。
「俺はさ、この国を守りたいんだ。……いや、違うな。兄上を守りたいと思っている」
「うん」
「そして、俺やお前のように、獣使いというだけで差別や迫害を受けてきた奴らの最後の拠り所であるこの場所を守りたい」
「そうだな」
アブニールはさりげなくフラムの隣に座り、彼の気持ちに寄り添った。
近づくことはしなかったのだが、獣使いの子供たちが保護されている建物も遠目に確認した。子供たちは皆襤褸ではないしっかりした衣服を身に着け、元気に駆け回っていた。
隊員たちも聖獣騎士団に入らなければ、もっと過酷で不幸な境遇に追いやられていたかもしれない。
仕事柄、凄惨な末路を辿った同胞たちを目の当たりにすることもあったアブニールだからこそ言える。この場所は獣使いにとってなくてはならない場所だ。
もちろん、保護されず自由に生きていかれることが一番だが、根強い差別思考が続く間は、寄る辺となる場所が必要である。
「お前の協力も決して無駄にはしない。手を貸してくれて本当に感謝してるんだ」
真摯な言動が面映ゆく軽口に逃げてしまいたくなるが、今はアブニールも真剣に応じるべきだと分かっている。
「俺も、たった数日だけど、この場所が俺達獣使いにとってなくてはならない場所だってのはよく分かった。俺もあんたと同じ気持ちだ。この場所は獣使いのためにも守られなくちゃいけねえ」
そのためには、今水面下で着実に進んでいるだろう計画をなんとしてでも阻止しなくてはならない。
「その為に協力を惜しむつもりはねえよ。安心してくれ。それに俺は人生で二度も命を救われた強運の持ち主なんでね。味方に付けたら百人力だと思うぜ」
不遜ともとれる態度で言い切ると、フラムも口角を上げた。
「わかってるさ。頼りにしてるぜ。ニール」
再び杯を交わし、アブニールはフラムと見つめあった。互いの目に同じ決意が宿っている事実に勇気づけられる。
フラムは寝台に腰を下ろし、ちびちびとグラスを傾ける。アブニールも同じように甘い酒を舐めた。軽口で飲みやすいため、気を抜くと深酒してしまいそうな味わいだ。
しばらく無言のままグラスを傾けていたが、しばらくしてフラムが沈黙を破った。
「昔、あるところにそれは仲のいい王様と王妃様がいてな」
寓話のような語り口で始まった話に、アブニールは静かに耳を傾ける。
「結婚してすぐに第一子に恵まれたんだが、王侯貴族ってのは確実に跡取りを得るためにより多く子供を作っておくもんでさ、ずっと二人目を望んでたんだ」
もともと免疫力の低い子供は病に罹りやすく早世しやすいため、身分の高い家柄ほど子だくさんが推奨される。しかし子供が複数いることで今度は跡目争いが起こる。上流階級とは何ともややこしく出来ている。
「そして、一人目が十五歳になるころ、ようやく王妃様は二人目を身籠った。待望の第二王子誕生に宮殿内はお祭り騒ぎだったが、第二王子はある大きな問題を抱えていた」
「大きな問題?」
フラムはそこで一度中断し、グラスの中身を干した。二杯目を注ぎ、アブニールのグラスにも問答無用でつぎ足す。そうしてから再び口を開いた。
「獣使いだったんだよ」
アブニールははっとしてフラムの背中を見遣った。こちらに背を向けたまま話すフラムは、なぜだか少し気落ちしているように見える。
「そのころはまだ、獣使いは獣憑きと忌み嫌われ、災いの象徴とも呼ばれていた。そんな呪われた忌み子を産んでしまった事がきっかけで、王妃は精神を病んで儚くなった」
再びグラスを干す。ピッチが早いような気がするが、酒の力でも借りなければ話しにくいのだろう。
「王様は最愛の妻を死に追いやった息子を恨み、幾度も亡き者にしようとした」
「我が子を殺そうとしたのか」
血の繋がりは必ずしも絆には繋がらないことを、アブニールは身をもって知っている。だが、幾度も実父に狙われた子供の心情を思うと遣る瀬無い気持ちになった。
「ああ。だが、獣使いってのは頑丈にできてるんだな。何度死ぬ思いをしても生還しやがる。そのうち王様は諦めて、王妃を喪った悲しみを埋めるように後宮に入り浸り、挙句病気をもらって崩御なされた。災厄をもたらすってのもあながち作り話とは言えねえってことだな」
「そいつの所為にするのはお門違いってもんだろ」
アブニールが即答すると、グラスを持つ手が震えたのが分かる。並々と注がれた酒がグラスの中で波打っていた。何かを言いかけて止め、寓話……否、昔ばなしを続ける。
「結局、王様と王妃様の最初の子供である王太子が王位を継承した。新たな王は年の離れた弟を憐れに思い、同じ獣使いを集めて騎士団をつくった。そして行き場を失った弟をそこの団長に据えたわけだ」
「それが、守護獣騎士団か」
アブニールはグラスの中の飴色の水面を見つめながらつぶやいた。
「あんたは……王子様なのか」
「一応な。そうは言っても長兄以外からは鼻つまみ者だよ」
アブニールはようやく合点がいった。アブニールと最初に話しをしたとき、王暗殺に関する話題の際に流れた不穏な気配は、単に主君を守ろうとする騎士道精神から来るものではなかったのだ。フラムは血の繋がった実の兄を全身全霊で守ろうとしている。
「なんで話してくれたんだ?」
「お前も話してくれたからな。ま、酒の肴にするには湿っぽいな。興味がないなら、忘れてくれ」
アブニールとしては、必要なければ生い立ちまで踏み込むつもありはなかったのだが、自主的に話してもらえたことに関しては正直喜びを感じていた。心まで踏み込ませてもらえたような、認めてもらえたような気持ちだ。
「俺はさ、この国を守りたいんだ。……いや、違うな。兄上を守りたいと思っている」
「うん」
「そして、俺やお前のように、獣使いというだけで差別や迫害を受けてきた奴らの最後の拠り所であるこの場所を守りたい」
「そうだな」
アブニールはさりげなくフラムの隣に座り、彼の気持ちに寄り添った。
近づくことはしなかったのだが、獣使いの子供たちが保護されている建物も遠目に確認した。子供たちは皆襤褸ではないしっかりした衣服を身に着け、元気に駆け回っていた。
隊員たちも聖獣騎士団に入らなければ、もっと過酷で不幸な境遇に追いやられていたかもしれない。
仕事柄、凄惨な末路を辿った同胞たちを目の当たりにすることもあったアブニールだからこそ言える。この場所は獣使いにとってなくてはならない場所だ。
もちろん、保護されず自由に生きていかれることが一番だが、根強い差別思考が続く間は、寄る辺となる場所が必要である。
「お前の協力も決して無駄にはしない。手を貸してくれて本当に感謝してるんだ」
真摯な言動が面映ゆく軽口に逃げてしまいたくなるが、今はアブニールも真剣に応じるべきだと分かっている。
「俺も、たった数日だけど、この場所が俺達獣使いにとってなくてはならない場所だってのはよく分かった。俺もあんたと同じ気持ちだ。この場所は獣使いのためにも守られなくちゃいけねえ」
そのためには、今水面下で着実に進んでいるだろう計画をなんとしてでも阻止しなくてはならない。
「その為に協力を惜しむつもりはねえよ。安心してくれ。それに俺は人生で二度も命を救われた強運の持ち主なんでね。味方に付けたら百人力だと思うぜ」
不遜ともとれる態度で言い切ると、フラムも口角を上げた。
「わかってるさ。頼りにしてるぜ。ニール」
再び杯を交わし、アブニールはフラムと見つめあった。互いの目に同じ決意が宿っている事実に勇気づけられる。
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