守護獣騎士団物語 犬と羽付き馬

葉薊【ハアザミ】

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二度目のガイディング

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 埃っぽい身体で室内に戻るのは気が引けて、まずは汗を流してから食堂に立ち寄り、それからフラムの部屋に戻ると、少し遅れてフラムが戻って来た。目が合うなり包み紙で包んだ何かを投げ渡される。
 まだほのかに温かいそれを開いてみると、シナモンの香りがするプレッツェルが入っていた。

「そのくらいなら食えるだろ。ていうか食え」

 片手に持っていたトレイを卓上に置きながら、有無を言わせぬ口調で命じられる。夕食を抜くと聞いて気を使ってくれたのだろう。断るのも気が引けて、ありがたく頂戴する。

「道理で細いわけだよ。もうちょい肉付きが良い方が俺好みなんだがなあ」

 フラムがマグカップに水差しの水を注ぎながら不満を漏らす。

「何で俺があんたの好みに合わせなきゃいけねえんだよ。小さい方が仕事がしやすいんだよ。力仕事は難儀するけどな」

 水をもらって喉を潤しつつ、出来立てのプレッツェルを食べ終える。

「俺なんか三食は食わねえと力がでないもんだがな」

「胃袋なんてもんは、食わなきゃ縮むんだよ。まあ、あんたは身長に見合う量は栄養を摂取していた方が良いとは思うが」
 
 空になったマグカップと包み紙をトレイの上に戻し、一段落する。するとちょうど卓を挟んで向かい合う位置に座っていたフラムが腰を上げた。ベッドに移動し、ここへ来いとばかりに隣を叩く。

「何のまねだよ」

 また何か揶揄うつもりなのかと辟易しながら聞くと、フラムはしたり顔になった。

「期待させて悪いが、見当違いだぜ。お前の中の有害物質を取り除くんだ」

 ようするにガイディングをしてくれるつもりなのだ。

「なら、口で言え」

 呆れながらも素直にベッドに腰掛ける。その後ふと思い立ち、フラムの耳元に唇を寄せた。

「せっかくその気だったのに」

 吐息たっぷりに囁いてから、目が合うなり婀娜あだっぽく笑んでやると、フラムが圧倒されたようにのけぞる。数秒後には渋面を浮かべて額を抑えた。

「お前、そういうのどこで覚えたんだ?」

「独学に決まってんだろ。高潔な騎士様には刺激が強かったか? そりゃ悪かったな」

 仕返しに成功して気分が良くなったのもつかの間、しばらくすると何を下らない張り合いをしているのかと馬鹿馬鹿しい気持ちになった。自分はこんなに精神面が幼稚だっただろうかと呆れる。

「なんか、お前といると精神年齢だけ若返る気がするわ」

 どうやらフラムもアブニールと似たような思考に至ったようで、顔を見合わせ、二人そろって苦笑いした。気を取り直し、フラムからのガイディングを受ける。

「怪我をしているなら、患部に触れるのが効果的なんだが、今回は内部だからな。触れる場所はどこでもいい。手でも繋ぐか」

「わかった。よろしく頼む」

 空中で、初めは大きさを比べるかのように手のひらを合わせる。するとフラムが殊更ゆっくりと指を絡めてきたので、アブニールも同じように指を折り曲げた。
 ベッドで二人、無言で手指を絡めあう。つい先刻揶揄いあっていたときよりよほどムーディな雰囲気が流れ始め、アブニールは落ち着かない気分になった。
 フラムは既にガイディングに集中しているらしく、双眸を閉じている。唇も真一文字に引き結んで、真剣な面持ちだ。

(こうしてみると、本当に整ってんな)

 的確な位置に配置されたパーツ。長いまつげ、眉は太めで凛々しく、黙っていれば文句なしの美男だ。

(これで騎士団長だってんだから、女も男も放っておかねえだろ)

 きっと何度も艶聞が立ったのだろう。それに騎士ならば、娼館にも通いやすいはずだ。戦という本来騎士が活躍できる大舞台に立つ機会はなかったとしても、命をかける仕事の前には娼館へ行くことを勧められる。

(ああでも、獣使いってのは忌み嫌われてんだっけ。そんじゃ、普通の奴らじゃ恐れをなしちまうのかもな。こんなに良い顔なのに童貞だったりするんだろうか。それはもったいねえなあ。宝の持ち腐れだ)

 ただ黙って待っているのは据わりが悪く、あれこれ埒もない事を考えて懸命に気を散らす。そうでもしないと、また自分の中におかしな感覚が渦巻いてしまいそうだった。そわそわと落ち着かなく、身体の内側から擽られるようなあの妙な感覚にアブニールはまだ慣れない。

(まあ、ここまでしてもらってるし、こいつが本当に俺の顔が好みだってんなら一夜くらい付き合ってやらないこともねえが……)

「はあっ?」

 それまで眠っているように静かだったフラムが急に大声を出したので、アブニールは驚愕した。手をつないだままで、お互い目を剥いたまま視線を交差させる。

「あ、いや……。その、」

 しばらく時が止まったようになり、再び唐突にフラムが狼狽しだす。ああだの、ううだの、言葉にならないうめき声のような声を何度か漏らした後で、腹を括ったように真面目な顔つきになった。

「あのな。フェアじゃねえと思うから話しておくが……、怒るなよ?」

 表情こそ真剣そのものなのだが、なぜか赤面している。アブニールにもはっきりわかる程に顔が赤い。その上、この物騒な前置きだ。一体何を言われるのかとアブニールは身構えた。

「ガイディング中、センチネルとガイドは心が繋がった状態にある。そもそもガイディングってのは、センチネルの心を開いて行う治療なんだ」

「つまり……?」

「ガイディング中は、お前は俺に隠し事が出来ない。考えてることまで、残らず伝わってきちまうんだ」

 アブニールは目をぱちくりさせながら、フラムの言葉を咀嚼し、やがてみるみる顔を熱くさせていった。

「ふっ、ふざけんなよ! 勝手に人の心読みやがって!」

 真っ赤になって激昂する。
 つまるところ、今アブニールが考えていたことは全てフラムに筒抜けだったのだ。整った顔立ちを褒めたことも、それから、抱かれても良いと思ったことも。
 パニックに陥って手を離そうとするが、フラムがそれを許さない。

「待て待て! 伝え忘れた俺が悪かったが、まだガイディングは終わってない!」

「……う。くそ」

 身体が軽くなっていく感覚以外は何もわからないアブニールは、ガイドであるフラムの指示に従うしかない。大人しく抵抗を辞めたが、胸を苛む羞恥は時間の経過に伴って増幅していった。
 恥ずかしい。特に抱かれても構わないという気持ちは、絶対に伝えないつもりだったのに。
 それからフラムの手が離れていくまで、アブニールは一言も発することはなかった。フラムとは目も合わせられず、ひたすら俯いていた。
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