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お守りの短剣
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アブニールは十年前の出来事について二人に聞かせた。もちろん、主観や余計なやりとりは省いて必要な情報だけを淡々と伝える。感傷や憐憫はアブニールだけが抱えていればよいのだ。憐れみなど必要ないと強気な態度を貫いた。
「不可解な現象ですね。おそらく獣化したのはセンチネルでしょうが、一度に大人数が自然に獣化することはあり得ません」
レーツェルも、フラムと同じ見解だった。
「だが、何らかの方法で意図的に獣化させられたとしたらどうだ? 仮にその方法が此度の連続誘拐事件と関係していたと仮定した場合、センチネルばかり誘拐していた理由も明らかになる」
フラムはそう言って机に頬杖をつき、落ち着きなく机を指でつついた。考え事をしている時の癖なのか、それとも、同胞の危機を感じて焦燥に苛立っているのだろうか。
「これもまた仮定の話だが、もしも俺が現在の王の政策に不満を抱いていたとして、同時に獣使いに対しても差別的な思考を抱いていたとする。そこに都合よくセンチネルを理性を失った獣に出来る方法があったならまず飛びつくだろうな」
合点がいったアブニールは、フラムの言葉の先を予想する。
「獣化したセンチネルを王暗殺にけしかけるのか?」
フラムはアブニールの予想を肯定するように頷いた。
「邪魔な王はいなくなり、国民に獣使いに対する恐怖心を植え付けることもできる。一石二鳥だ」
「さらに、自分たちで暴走させておきながら素知らぬ顔でセンチネルたちをせん滅すれば、民の信頼を得ることも出来ます。なるほど。いいこと尽くめというわけですか」
随分と狡猾で、吐き気を催すほど極悪非道な目論見だ。しかも例えば王暗殺に失敗したとしても、獣化したセンチネルたちが市街で暴れた時点で、黒幕は王の政策に根拠を伴った異議を唱えることが出来る。議会までにセンチネルの集団暴走の原因が判明しない場合、反対派を抑え込むことは難しいだろう。
ただ、これもすべて憶測にすぎない。他に何か目的がある可能性も捨てきれないのだ。
何しろ、複数人を獣化させる技術が本当にあるのかすら、アブニールたちにはわからないのだから。
「だが、もしもそんな恐ろしいものが存在したとして、どうやったっていうんだ。もしも食物に含まれていたとしたら、子供の俺の方こそ真っ先に獣化していないとおかしい。だが、あの時、センチネルで獣化しなかったのは子供の俺だけだった」
「確かにお前の言う通りだ。子供には効かないなんて、都合の良い話はないだろう。お前だけ口にしなかった食品があるというなら話は別だが、お前の話を聞いた限り、その可能性は低そうだしな」
「ですが、もしもそれが薬品だった場合、我々がこの場で頭を捻るよりも確実かつ迅速な方法がありますよ」
アブニールの脳裏に浮かんだのは、研究棟の前で出会ったクライスだ。
「なるほど。クライスに聞くわけか。確かに手っ取り早いな」
フラムも同じ人物を思い浮かべたらしい。フラムの口からクライスの名が出ると、レーツェルがこれ見よがしにため息を吐いた。
「彼は変わり物ですが、探究心と頭の回転の早さに関しては研究員の中ですら右に出る者はいませんからね。あれでもう少し話が通じる相手だとやりやすいのですがね……」
苦い顔をするレーツェルは、過去にアブニールと似たような目にあったのかもしれない。渋面を浮かべる二人を交互に見遣り、フラムがやれやれという風に苦笑した。
「わかった。お前たちは関わりたくないようだから、クライスには俺の方から聞いておくことにする。幸い、俺は能力的にはこれと言って突出したところも変わったところもないから、奴の好奇心の対象外だからな」
アブニールとレーツェルは迷うことなくフラムの言葉に甘えることにした。
「では、僕は引き続き調査を続けます」
「ありがとう。ただし、あまり危険な真似は控えてくれ」
「心配は無用です。僕はガイドですから」
どうやら執務室での密議は終わったらしい。レーツェルは頭を下げて退室し、執務室にはアブニールとフラムの二人が残された。
「お前、色々苦労してきたんだな」
再び椅子の背もたれに寄りかかって、フラムが沈黙を破る。アブニールは自嘲気味に笑った。
「同情はいらねえよ。俺は生き延びた。だから生き続けた。それだけだ」
「そうだな。強い奴だよ。お前は」
シンプルかつまっすぐな称賛だった。だから、アブニールも素直に受け止めることが出来る。
「それはどうも」
変に憐れまれて気を使われるのは不快だが、認めてもらえるのは嬉しかった。
「それに……おそらくだがお前は、養母に守られてきたんだろう」
フラムの推測にアブニールは目を見開いた。
養母というのは、団長であり養父グルダンの妻のことだろう。
養父がアブニールを保護した時、既に奥さんとは死に別れていたので、アブニールは一度も会ったことがない。面識がなく、アブニールのことなど知るはずもない彼女に守られていたとは、どういうことなのか。
「お前が親父さんからもらったっていうナイフだよ。おそらく彼女はガイドだったんじゃねえか?」
「お、同じ獣使いだったとは聞いたが……」
そもそもアブニールはセンチネルだのガイドだのという分類は、ここではじめて聞いたのだ。だが、そういえば養父が生前「妻は傷の手当てがうまかった」と話していたような気がする。
「ガイドである奥さんの祈りが籠められたナイフに、お前も守られてきたんじゃねえかって思ったんだ。ま、根拠はねえがな。ただ、だからこそお前は十年間もの間ガイディングを受けなくとも平気だったと考えれば、俺の話もあながち妄言とも言えねえだろ?」
顔も姿も知らないからこそ、養母と呼ぶことすら躊躇われていた養父の妻。その彼女のおかげでずっと生きてこられたのだとしたら。
アブニールは胸が熱くなるのを感じた。感動なのか、照れくさいのか、わからない。ただ、じわりと目頭が熱くなった。
「不可解な現象ですね。おそらく獣化したのはセンチネルでしょうが、一度に大人数が自然に獣化することはあり得ません」
レーツェルも、フラムと同じ見解だった。
「だが、何らかの方法で意図的に獣化させられたとしたらどうだ? 仮にその方法が此度の連続誘拐事件と関係していたと仮定した場合、センチネルばかり誘拐していた理由も明らかになる」
フラムはそう言って机に頬杖をつき、落ち着きなく机を指でつついた。考え事をしている時の癖なのか、それとも、同胞の危機を感じて焦燥に苛立っているのだろうか。
「これもまた仮定の話だが、もしも俺が現在の王の政策に不満を抱いていたとして、同時に獣使いに対しても差別的な思考を抱いていたとする。そこに都合よくセンチネルを理性を失った獣に出来る方法があったならまず飛びつくだろうな」
合点がいったアブニールは、フラムの言葉の先を予想する。
「獣化したセンチネルを王暗殺にけしかけるのか?」
フラムはアブニールの予想を肯定するように頷いた。
「邪魔な王はいなくなり、国民に獣使いに対する恐怖心を植え付けることもできる。一石二鳥だ」
「さらに、自分たちで暴走させておきながら素知らぬ顔でセンチネルたちをせん滅すれば、民の信頼を得ることも出来ます。なるほど。いいこと尽くめというわけですか」
随分と狡猾で、吐き気を催すほど極悪非道な目論見だ。しかも例えば王暗殺に失敗したとしても、獣化したセンチネルたちが市街で暴れた時点で、黒幕は王の政策に根拠を伴った異議を唱えることが出来る。議会までにセンチネルの集団暴走の原因が判明しない場合、反対派を抑え込むことは難しいだろう。
ただ、これもすべて憶測にすぎない。他に何か目的がある可能性も捨てきれないのだ。
何しろ、複数人を獣化させる技術が本当にあるのかすら、アブニールたちにはわからないのだから。
「だが、もしもそんな恐ろしいものが存在したとして、どうやったっていうんだ。もしも食物に含まれていたとしたら、子供の俺の方こそ真っ先に獣化していないとおかしい。だが、あの時、センチネルで獣化しなかったのは子供の俺だけだった」
「確かにお前の言う通りだ。子供には効かないなんて、都合の良い話はないだろう。お前だけ口にしなかった食品があるというなら話は別だが、お前の話を聞いた限り、その可能性は低そうだしな」
「ですが、もしもそれが薬品だった場合、我々がこの場で頭を捻るよりも確実かつ迅速な方法がありますよ」
アブニールの脳裏に浮かんだのは、研究棟の前で出会ったクライスだ。
「なるほど。クライスに聞くわけか。確かに手っ取り早いな」
フラムも同じ人物を思い浮かべたらしい。フラムの口からクライスの名が出ると、レーツェルがこれ見よがしにため息を吐いた。
「彼は変わり物ですが、探究心と頭の回転の早さに関しては研究員の中ですら右に出る者はいませんからね。あれでもう少し話が通じる相手だとやりやすいのですがね……」
苦い顔をするレーツェルは、過去にアブニールと似たような目にあったのかもしれない。渋面を浮かべる二人を交互に見遣り、フラムがやれやれという風に苦笑した。
「わかった。お前たちは関わりたくないようだから、クライスには俺の方から聞いておくことにする。幸い、俺は能力的にはこれと言って突出したところも変わったところもないから、奴の好奇心の対象外だからな」
アブニールとレーツェルは迷うことなくフラムの言葉に甘えることにした。
「では、僕は引き続き調査を続けます」
「ありがとう。ただし、あまり危険な真似は控えてくれ」
「心配は無用です。僕はガイドですから」
どうやら執務室での密議は終わったらしい。レーツェルは頭を下げて退室し、執務室にはアブニールとフラムの二人が残された。
「お前、色々苦労してきたんだな」
再び椅子の背もたれに寄りかかって、フラムが沈黙を破る。アブニールは自嘲気味に笑った。
「同情はいらねえよ。俺は生き延びた。だから生き続けた。それだけだ」
「そうだな。強い奴だよ。お前は」
シンプルかつまっすぐな称賛だった。だから、アブニールも素直に受け止めることが出来る。
「それはどうも」
変に憐れまれて気を使われるのは不快だが、認めてもらえるのは嬉しかった。
「それに……おそらくだがお前は、養母に守られてきたんだろう」
フラムの推測にアブニールは目を見開いた。
養母というのは、団長であり養父グルダンの妻のことだろう。
養父がアブニールを保護した時、既に奥さんとは死に別れていたので、アブニールは一度も会ったことがない。面識がなく、アブニールのことなど知るはずもない彼女に守られていたとは、どういうことなのか。
「お前が親父さんからもらったっていうナイフだよ。おそらく彼女はガイドだったんじゃねえか?」
「お、同じ獣使いだったとは聞いたが……」
そもそもアブニールはセンチネルだのガイドだのという分類は、ここではじめて聞いたのだ。だが、そういえば養父が生前「妻は傷の手当てがうまかった」と話していたような気がする。
「ガイドである奥さんの祈りが籠められたナイフに、お前も守られてきたんじゃねえかって思ったんだ。ま、根拠はねえがな。ただ、だからこそお前は十年間もの間ガイディングを受けなくとも平気だったと考えれば、俺の話もあながち妄言とも言えねえだろ?」
顔も姿も知らないからこそ、養母と呼ぶことすら躊躇われていた養父の妻。その彼女のおかげでずっと生きてこられたのだとしたら。
アブニールは胸が熱くなるのを感じた。感動なのか、照れくさいのか、わからない。ただ、じわりと目頭が熱くなった。
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