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センチネルの誘拐

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「俺はてっきり口封じされんだと思ってたが、違うらしいな」

 アブニールが真剣な声で切り出すと、フラムも真面目な話と察したようだ。

「手紙の送り主が教えてくれたのか?」

「ああ。攫われなくてよかったと」

「そうか」

 フラムは腕を組んで少し黙考し、考えがまとまったのか一つ頷いた。

「詳しい話は執務室でしよう。そろそろレーツェルも来ているころだ」

 フラムの提案に、アブニールは驚愕に目を見開いた。

「いいのか?」

 レーツェルは騎士団の諜報員だ。その彼が話す内容ならば、騎士団の中でも一部の者にしか共有されない秘中の秘だろう。その場に部外者のアブニールが同席してもよいものだろうか。

「お前も被害者だしな。ってのは建前で、正直なところ、お前の力を借りたいと思ってる」

 続いた要望にアブニールはさらに衝撃を受けた。
 仮にも騎士団の団長が、どこの商会に属するわけでもなく自ら何でも屋を自称しているだけの、言ってしまえば根無し草のアブニールに協力を求めてくるとは、意外だった。
 つまりフラムは今回の一連の誘拐事件についてある程度把握しているが、捜査は難航しているということなのか。
 アブニールの時と同じ手が使われているならたしかに、黒幕まで辿るのは難しいかもしれない。しかも、それほど敵は用心深い。そう簡単に尻尾を掴ませてはくれないという訳か。

「……それは、何でも屋として? それとも、暗殺者ヘルハウンドへの依頼か?」

 自分にも関わることなので協力を惜しむつもりはないが、一応確認しておく。どちらも動くのはアブニール自身だが、持ち物や武器などに微妙な違いがあるのだ。

「敵の出方次第だが、出来れば穏便に済ませたいと思ってる。後に国王暗殺を企てた愚か者として断頭台に上げるためにな」

 なるべく生け捕りにして法に則って裁きたいということなら、何でも屋の方がふさわしいだろう。

「わかった。あんたに助けてもらった礼としておとりでも追跡でも、何でもしてやる」

「協力してくれるのか」

 二つ返事で引き受けたアブニールにフラムは意外そうに目を見開いた。

「まあ、どうやら俺にも関わることのようだからな」

 職業柄、狙われるのは日常茶飯事だが、危険が近づいていると分かっていて放置しておくほど豪胆ではない。それにフラムにはまだ、助けてもらった恩を返せてはいないのだ。借りを返すのにはもってこいの依頼だとアブニールは考えた。

「助かる。それじゃ、行くとするか」

 アブニールは一つ頷いて、フラムの後について歩き出した。
 執務室に前にはすでにレーツェルが待機していて、フラムがアブニールまで入室させたことに目を剥いていた。
 三人部屋に入った後で扉を閉め、しっかりと施錠しておく。執務室は他の部屋に比べて壁が厚いらしい。耳が良いセンチネルにも聞こえないよう、特殊な防音加工が施されているためだそうだ。

「団長、それでは報告に入らせてもらいますが、彼のお耳にも入れることになります。よろしいですか?」

 レーツェルが壁に寄りかかっているアブニールを一瞥して確認すると、フラムは鷹揚に頷いた。

「ああ、今回の一件、ニールにも協力してもらう方が解決への糸口になるだろうと考えた。もちろん、お前を信頼していないわけじゃない。ただ、どうやら敵は騎士団おれたちをやたら警戒しているようだからな」

「そのようですね。さすがにセンチネルだけに狙いを絞っているだけのことはあり、獣使いへの対策は万全です。部下に追跡させても、必ず途中でまかれてしまうのです。センチネルならばたとえ姿を見失ったとしても、彼らが捕らわれている場所を特定できるはずなのですが、それも出来ない」

「それはなぜだ?」

 黙って耳を傾けるべきか迷ったが、協力することになった以上は状況を出来るだけ正確に把握しておきたい。

「標的を見失うのは、ジャスミンやブッドレアなどの香木の群生地なのです」

 レーツェルの答えを聞いて、アブニールは顔をしかめた。

「なるほど。それじゃ鼻がいかれちまうな」

 嗅覚が鋭敏な分、もともと強いにおいを放つ木々は思わぬ障害になる。甘ったるい匂いを想像するだけで胸やけがしそうだ。吐き気がする不快な気分を振り払い、もう一つの疑問もついでに口にする。

「ところで、さっき、センチネルを狙うって言ってたな」

「ええ。すでに誘拐されている十人は皆、センチネルです。いずれも大怪我をして研究棟の医務室で治療中のガイドからの証言です。基本、センチネルは有害物質が溜まるのを恐れて早めにガイドを見つけて契約を結びますからね」

 やはり単独行動していたアブニールは、相当異端ということか。

「そして今回も、同じくセンチネルであるニールが狙われた。なぜこうも、センチネルにこだわるのか」

 フラムは座していた椅子の背もたれに寄りかかって唸る。ややして、天井を向いていた目線がアブニールへと向けられた。

「そういえばお前はさっき、集団が一度に獣化する可能性はないのかと聞いたよな?」 

 アブニールは頷く。
 確かに聞いた。そしてフラムは「ないとは言い切れない」と答えた。

「無理にとはいわない。そう聞いた理由を教えてくれねえか?」

 アブニールが逡巡したのは、仲間たちにとっての醜聞を語ることに抵抗があったからだ。しかし背に腹は代えられないかもしれない。十年前の記憶を呼び起こしたアブニールは、同時にぞっと背筋が粟立つのを感じた。

(まさか、十年前と同じことが起ころうとしているのか?)

 そんな恐ろしい考えが浮かんでしまったからだ。だから敵はセンチネルばかり集めているのではないかと。

(だったら、躊躇ってはいられねえか……。悪い。みんな)

 苦しみのない場所へと旅立った仲間たちに詫びてから、アブニールは意を決して口を開いた。

「わかった。正直十年も前の事だから記憶があいまいだが、話せることは全て話そう」

 そう前置きして、アブニールは十年前の悲劇を語り始めた。
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