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元通りのような……。
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しばらく荒波に呑まれていたアブニールは、唐突に我に返った。嵐の後には呆然として、これから何をすべきか考えなくてはならない。思い浮かんだのは、フラムの去り際の言葉だった。
(そ、そうだ。今のうちに手紙を読んでおこう)
まだ微妙にさびついたままの思考を必死に働かせ、封筒を手に取る。一度冷静になるためにも、全く別の事に意識を向けるのは有効だと思った。
手紙の内容はおおよそアブニールの想像通りだった。それに加え、アブニールが獣使いだとは勘付いていたが、まさか一度もガイディングを受けていないとは知らなかったことと、それに対する謝罪が続いた。
文面から、センチネルがガイディングを受けないことがいかに命知らずな選択なのかが分かる。
(本当に綱渡りの状態だったんだな……)
フラムに救われた幸運に改めて感謝し、さらに続きを読んでいく。その先の内容にアブニールは眉根を寄せた。
本当にアブニールまで誘拐されなくてよかった。と続いている。殺されなくてよかった、ではなく、誘拐されなくてよかったと言い切っているのだ。
これは単なる情報の行き違いなのだろうか。それとも本当に、あの刺客たちはアブニールをかどわかすつもりだったのか。
そうなると、王暗殺の依頼はフェイクだったのだろうか。あるいはどこかに監禁して洗脳でもするつもりだったのか。
そもそもアブニールまでという事は、過去に、それもつい最近、似たような策に嵌り敵の手に落ちたものがいるということだ。
(回りくどい方法を使うわりに、人手を集めている。いや、同一犯とは限らないか。フラムの言う通り、王に敵が多いのなら、近々城下に下りてくる機会に乗じようと考える者が複数いてもおかしくない)
手持ちの札だけでは、情報が足りない。だが、この件に関してアブニールよりは詳細を知っているだろう人物に心当たりはあった。国家の平穏を守る騎士ならば、少なくとも平民以上の情報を持っているはずだ。
アブニールも被害にあった以上、無関係とはいえない。今後、別の手口で狙われないとも限らないので、聞き出せる範囲で聞いておくことにする。
店主からの手紙の最後は、「せっかくの機会なんだからゆっくり休みな」という労いの言葉で締め括られていた。何でも屋としても暗殺者としても仕事を待つのに利用させてもらった店なので、店主はアブニールがずっと働き詰めだったのを知っているのだ。
気遣いの言葉に顔を綻ばせつつ便箋を封筒に戻していると、ふわりと花の芳香が漂った。汗を流したフラムがタイミングよく戻ってきたのだ。
「悪い。待たせた」
脱兎の勢いで逃げていった時には異様なくらい顔が赤かったが、今は健康的に血色が良くなっているように見える。
フラムの纏う石鹸はアブニール好みだった。何しろ鼻が敏感なので、匂いの強い石鹸は気分が悪くなってしまうのだ。
「早かったな。……ちゃんと拭けよ」
毛先から水滴が滴っているのを見咎めて目を眇める。肩から厚手のタオルをかけているので服まで浸透することはないが湯冷めして風邪でも引いたらどうするのかと思う。アブニールを待たせないようにと烏の行水で済ませてきたなら、責任の一端はアブニールにあることになってしまうじゃないか。
「お前が優しく拭いてくれてもいいんだぜ」
「値段による」
「初回サービスってことで」
「残念ながら、そんな甘っちょろいシステムはねえんだよなあ」
ぎこちなくならずに軽口の応酬が出来ていることに、なぜかほっとする。フラムはわざとらしく残念そうにしながらも、自ら髪を拭き始めた。
「さて、次は一応保護施設の方も見せてやろうかと思ってんだが、お前、子供は好きか?」
「……いや、そこはいい。子供が嫌いってわけじゃねえが、奴らは……体力のバケモンだからな」
無垢だからこそ恐ろしい。心の中でノワールも警戒して尻尾を腹の方に隠してしまった。アブニールもノワールも何度もボロボロにされた経験があるのだ。彼らは時に、悪意なく人を人とも思わない扱いをする。
「ん。ずいぶん詳しいな? ……ま、まさかお前……っ、隠し子が」
「勘違いすんじゃねえ。俺は表じゃ何でも屋をやってんだ。忘れたのかよ」
何でも屋は何でも屋だ。ベビーシッターの経験もあるし、孤児院で子供たちの遊び相手になったことも一度や二度じゃない。それとは別に、生活に余裕が出るようになってからは孤児院や救貧院には個人的に寄付もしているのだが、まあこれは別にわざわざ言う事でもない。
ただ、団長に救われた経験のあるアブニールは、同じように親を失った子供たちを支援する義務があると考えているだけ。あくまでもアブニールの偽善で、自己満足なのだから。
(でも別に、力いっぱい否定することもなかったよな……)
別にフラムに子持ちだと誤解されようと、問題はなかったはずだ。感情的になってしまった事が今更ながら恥ずかしい。
「そ、それより、あんたに聞きたいことがある」
なぜかこの話題は長引かせないような良い気がして、急いで話を変えた。
(そ、そうだ。今のうちに手紙を読んでおこう)
まだ微妙にさびついたままの思考を必死に働かせ、封筒を手に取る。一度冷静になるためにも、全く別の事に意識を向けるのは有効だと思った。
手紙の内容はおおよそアブニールの想像通りだった。それに加え、アブニールが獣使いだとは勘付いていたが、まさか一度もガイディングを受けていないとは知らなかったことと、それに対する謝罪が続いた。
文面から、センチネルがガイディングを受けないことがいかに命知らずな選択なのかが分かる。
(本当に綱渡りの状態だったんだな……)
フラムに救われた幸運に改めて感謝し、さらに続きを読んでいく。その先の内容にアブニールは眉根を寄せた。
本当にアブニールまで誘拐されなくてよかった。と続いている。殺されなくてよかった、ではなく、誘拐されなくてよかったと言い切っているのだ。
これは単なる情報の行き違いなのだろうか。それとも本当に、あの刺客たちはアブニールをかどわかすつもりだったのか。
そうなると、王暗殺の依頼はフェイクだったのだろうか。あるいはどこかに監禁して洗脳でもするつもりだったのか。
そもそもアブニールまでという事は、過去に、それもつい最近、似たような策に嵌り敵の手に落ちたものがいるということだ。
(回りくどい方法を使うわりに、人手を集めている。いや、同一犯とは限らないか。フラムの言う通り、王に敵が多いのなら、近々城下に下りてくる機会に乗じようと考える者が複数いてもおかしくない)
手持ちの札だけでは、情報が足りない。だが、この件に関してアブニールよりは詳細を知っているだろう人物に心当たりはあった。国家の平穏を守る騎士ならば、少なくとも平民以上の情報を持っているはずだ。
アブニールも被害にあった以上、無関係とはいえない。今後、別の手口で狙われないとも限らないので、聞き出せる範囲で聞いておくことにする。
店主からの手紙の最後は、「せっかくの機会なんだからゆっくり休みな」という労いの言葉で締め括られていた。何でも屋としても暗殺者としても仕事を待つのに利用させてもらった店なので、店主はアブニールがずっと働き詰めだったのを知っているのだ。
気遣いの言葉に顔を綻ばせつつ便箋を封筒に戻していると、ふわりと花の芳香が漂った。汗を流したフラムがタイミングよく戻ってきたのだ。
「悪い。待たせた」
脱兎の勢いで逃げていった時には異様なくらい顔が赤かったが、今は健康的に血色が良くなっているように見える。
フラムの纏う石鹸はアブニール好みだった。何しろ鼻が敏感なので、匂いの強い石鹸は気分が悪くなってしまうのだ。
「早かったな。……ちゃんと拭けよ」
毛先から水滴が滴っているのを見咎めて目を眇める。肩から厚手のタオルをかけているので服まで浸透することはないが湯冷めして風邪でも引いたらどうするのかと思う。アブニールを待たせないようにと烏の行水で済ませてきたなら、責任の一端はアブニールにあることになってしまうじゃないか。
「お前が優しく拭いてくれてもいいんだぜ」
「値段による」
「初回サービスってことで」
「残念ながら、そんな甘っちょろいシステムはねえんだよなあ」
ぎこちなくならずに軽口の応酬が出来ていることに、なぜかほっとする。フラムはわざとらしく残念そうにしながらも、自ら髪を拭き始めた。
「さて、次は一応保護施設の方も見せてやろうかと思ってんだが、お前、子供は好きか?」
「……いや、そこはいい。子供が嫌いってわけじゃねえが、奴らは……体力のバケモンだからな」
無垢だからこそ恐ろしい。心の中でノワールも警戒して尻尾を腹の方に隠してしまった。アブニールもノワールも何度もボロボロにされた経験があるのだ。彼らは時に、悪意なく人を人とも思わない扱いをする。
「ん。ずいぶん詳しいな? ……ま、まさかお前……っ、隠し子が」
「勘違いすんじゃねえ。俺は表じゃ何でも屋をやってんだ。忘れたのかよ」
何でも屋は何でも屋だ。ベビーシッターの経験もあるし、孤児院で子供たちの遊び相手になったことも一度や二度じゃない。それとは別に、生活に余裕が出るようになってからは孤児院や救貧院には個人的に寄付もしているのだが、まあこれは別にわざわざ言う事でもない。
ただ、団長に救われた経験のあるアブニールは、同じように親を失った子供たちを支援する義務があると考えているだけ。あくまでもアブニールの偽善で、自己満足なのだから。
(でも別に、力いっぱい否定することもなかったよな……)
別にフラムに子持ちだと誤解されようと、問題はなかったはずだ。感情的になってしまった事が今更ながら恥ずかしい。
「そ、それより、あんたに聞きたいことがある」
なぜかこの話題は長引かせないような良い気がして、急いで話を変えた。
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