10 / 46
研究棟のマッドサイエンティスト
しおりを挟む
本当に精悍な目鼻立ちといいすらりとした長躯といい、容姿だけ見ればフラムと双璧を成せる逸材だというのに、よれよれで所々に色鮮やかな絵の具? ペンキ? が付着してやけにカラフルになった白衣といい、袖の上から厚手の手袋をはめているところといい、極めつけは首から下げたやたらレンズのでかいゴーグルといい、格好が独特で奇抜であるがゆえに、せっかくの美男が台無しになっている。
「これはね、犬笛を応用した技術でね。特定の相手にのみ声を届けられる特殊な拡声器なんですよ。ほら、ここのレバーを回して調整するんです。今は、最小値に絞ったので、近くにいるキミには聞こえたけど、団長には何も聞こえなかったでしょう? ということは実験は成功というわけなのですよ」
上手くいったことがよほどうれしかったのか、聞いてもいないのに説明してくれる。嬉々として……いや、もはや恍惚の表情と言っても過言ではない様子で滔々と述べた。
「おや? ところでキミは誰ですか?」
悦に入って語っていた男は、急に人格が変わったかのように真顔になり、フラムを盾にしているアブニールを観察し始めた。観察という表現がしっくりくる見方だ。足先からつむじまでつぶさに注視されている。
「ああ、そうか! キミが昨晩フラム団長が連れこんだという黒犬クンですね?」
「連れ込んだって言い方だと誤解を招くけどな」
「これは失礼」
フラムのさりげない訂正に口先で謝罪して、白衣の男はアブニールの肩を勢いよく掴んだ。背後から接近されていることにも気付けなかったが、今も全く動きが予想できなかった。いつもならこんなに容易く触らせはしないのに。レーツェル同様、この男もただのマッドサイエンティストではなさそうだ。
「はあはあ、これが一度もガイドによるガイディングを受けたことがないにもかかわらず今日まで獣化を免れた黒犬クンですか」
ただ、今のアブニールには心を落ち着けるだけの心のゆとりがなかった。何しろ、目と鼻の先で男が興奮しているのだ。初体験ではなくとも怖いものは怖い。
「なぜ、獣化を免れたのだろうか。有害物質が自然に体外に放出される体質なのか。もしや、特別な酵素の持ち主なのか?」
今にもよだれを垂らしそうなくらい息を乱し、頬を染めてぎらぎらと目を輝かせている。
今すぐ振りほどきたいのに、それを許さないほどの気迫に圧倒されていた。同じ人間を相手にしているとは思えないほど無遠慮に身体のあちこちを触りながらどんどん接近してくるので、次第にアブニールはえびぞりになっていく。
「筋肉量は普通……いや、控えめか。体系は痩せ型、足は長め、ふむ。至って普通の少年、いや、青年だな。ならば、やはり秘密は体内にあるのか」
「ちょっ……、おい!」
止まらない独り言を延々と呟きながら、肩だの腰だの太ももだの撫でまくったあげく、臀部の狭間まで指を食い込ませようとしたので、アブニールはとうとう耐えきれなくなり抗議の声をあげた。
「はいはい、そこまでにしてくれ。クライス」
頭突きでもかましてやろうかと身体に力をためるが、ギリギリのところでフラムがクライスを引き剥がしてくれた。
「何をするんですか。今大事な調査の最中なのです。団長とはいえ邪魔しないでいただきたい」
ぷんぷん怒っているが、何をするんですかはアブニールの台詞である。
別に暴かれた経験がないわけではないが、合意もなしに触られるなど不愉快極まりない。
「研究に没頭すると回りが見えなくなるってのはわかってんだが、下心があろうとなかろうとそこはダメだ。俺だってまだ触らせてもらってないのに」
途中まで見直していたアブニールだったが、最後にぼそっと付け加えられた一言に半眼になる。
「最後の願望さえなけりゃあ、普通に感謝も出来るんだけどなあ」
思わずため息をこぼすアブニールの前で、クライスが手を打つ。
「なるほど、それなら彼の許可があれば問題ないですね? キミ、どうか私に身体の隅々、いや、奥底まで調べさせてはくれまいか」
「あいにくとそこまで安売りはしてねぇんだ。せめて伯爵くらいにはなって出直してきな」
きっぱりと突っぱねてやると、クライスは枯れた花のように目に見えてしおれる。
「なるほど、伯爵以上か」
その後ろではフラムがアブニールの逃げの常套句を真に受けていた。もしも誘ってきたのが伯爵なら、辺境伯になってからと位が置き換わるだけなのだが、わざわざ教えてやる必要もないだろう。
一騒動あったが、ようやく互いに自己紹介をすることになる。
「私はいつでもこの研究棟にいますので、気が変わったらいつでも来てください」
「たぶん一生ねえとは思うが、覚えとくよ」
「では、私はほかに取り掛かるべき研究がありますのでこれで」
諦めは良い方らしく、アブニールの身体を調べられないと知るなりアブニールへの興味を無くした。そのあたり、アブニールとは気があうらしい。アブニールも手が届く範囲が手にはいれば十分で、あまりに高すぎる理想は追わない性質だから。
「まさか、研究棟に入りたくない理由って……」
クライスが去っていったガラス扉を見つめながらアブニールは問う。
「毎度あの嵐を止めるのは骨が折れるんだよ。クライスの性格的に、お前に興味を示すことは明らかだったからな」
「そうか。だが俺も一度経験したことで教訓を得たよ。あっちがわにはなるべく行かねぇようにしようってな」
「そりゃ英断だ。どうかこれからも俺のために操を立ててくれ」
「そうだな。クライスにもあんたにも軽率に近寄らねえようにする」
「これはね、犬笛を応用した技術でね。特定の相手にのみ声を届けられる特殊な拡声器なんですよ。ほら、ここのレバーを回して調整するんです。今は、最小値に絞ったので、近くにいるキミには聞こえたけど、団長には何も聞こえなかったでしょう? ということは実験は成功というわけなのですよ」
上手くいったことがよほどうれしかったのか、聞いてもいないのに説明してくれる。嬉々として……いや、もはや恍惚の表情と言っても過言ではない様子で滔々と述べた。
「おや? ところでキミは誰ですか?」
悦に入って語っていた男は、急に人格が変わったかのように真顔になり、フラムを盾にしているアブニールを観察し始めた。観察という表現がしっくりくる見方だ。足先からつむじまでつぶさに注視されている。
「ああ、そうか! キミが昨晩フラム団長が連れこんだという黒犬クンですね?」
「連れ込んだって言い方だと誤解を招くけどな」
「これは失礼」
フラムのさりげない訂正に口先で謝罪して、白衣の男はアブニールの肩を勢いよく掴んだ。背後から接近されていることにも気付けなかったが、今も全く動きが予想できなかった。いつもならこんなに容易く触らせはしないのに。レーツェル同様、この男もただのマッドサイエンティストではなさそうだ。
「はあはあ、これが一度もガイドによるガイディングを受けたことがないにもかかわらず今日まで獣化を免れた黒犬クンですか」
ただ、今のアブニールには心を落ち着けるだけの心のゆとりがなかった。何しろ、目と鼻の先で男が興奮しているのだ。初体験ではなくとも怖いものは怖い。
「なぜ、獣化を免れたのだろうか。有害物質が自然に体外に放出される体質なのか。もしや、特別な酵素の持ち主なのか?」
今にもよだれを垂らしそうなくらい息を乱し、頬を染めてぎらぎらと目を輝かせている。
今すぐ振りほどきたいのに、それを許さないほどの気迫に圧倒されていた。同じ人間を相手にしているとは思えないほど無遠慮に身体のあちこちを触りながらどんどん接近してくるので、次第にアブニールはえびぞりになっていく。
「筋肉量は普通……いや、控えめか。体系は痩せ型、足は長め、ふむ。至って普通の少年、いや、青年だな。ならば、やはり秘密は体内にあるのか」
「ちょっ……、おい!」
止まらない独り言を延々と呟きながら、肩だの腰だの太ももだの撫でまくったあげく、臀部の狭間まで指を食い込ませようとしたので、アブニールはとうとう耐えきれなくなり抗議の声をあげた。
「はいはい、そこまでにしてくれ。クライス」
頭突きでもかましてやろうかと身体に力をためるが、ギリギリのところでフラムがクライスを引き剥がしてくれた。
「何をするんですか。今大事な調査の最中なのです。団長とはいえ邪魔しないでいただきたい」
ぷんぷん怒っているが、何をするんですかはアブニールの台詞である。
別に暴かれた経験がないわけではないが、合意もなしに触られるなど不愉快極まりない。
「研究に没頭すると回りが見えなくなるってのはわかってんだが、下心があろうとなかろうとそこはダメだ。俺だってまだ触らせてもらってないのに」
途中まで見直していたアブニールだったが、最後にぼそっと付け加えられた一言に半眼になる。
「最後の願望さえなけりゃあ、普通に感謝も出来るんだけどなあ」
思わずため息をこぼすアブニールの前で、クライスが手を打つ。
「なるほど、それなら彼の許可があれば問題ないですね? キミ、どうか私に身体の隅々、いや、奥底まで調べさせてはくれまいか」
「あいにくとそこまで安売りはしてねぇんだ。せめて伯爵くらいにはなって出直してきな」
きっぱりと突っぱねてやると、クライスは枯れた花のように目に見えてしおれる。
「なるほど、伯爵以上か」
その後ろではフラムがアブニールの逃げの常套句を真に受けていた。もしも誘ってきたのが伯爵なら、辺境伯になってからと位が置き換わるだけなのだが、わざわざ教えてやる必要もないだろう。
一騒動あったが、ようやく互いに自己紹介をすることになる。
「私はいつでもこの研究棟にいますので、気が変わったらいつでも来てください」
「たぶん一生ねえとは思うが、覚えとくよ」
「では、私はほかに取り掛かるべき研究がありますのでこれで」
諦めは良い方らしく、アブニールの身体を調べられないと知るなりアブニールへの興味を無くした。そのあたり、アブニールとは気があうらしい。アブニールも手が届く範囲が手にはいれば十分で、あまりに高すぎる理想は追わない性質だから。
「まさか、研究棟に入りたくない理由って……」
クライスが去っていったガラス扉を見つめながらアブニールは問う。
「毎度あの嵐を止めるのは骨が折れるんだよ。クライスの性格的に、お前に興味を示すことは明らかだったからな」
「そうか。だが俺も一度経験したことで教訓を得たよ。あっちがわにはなるべく行かねぇようにしようってな」
「そりゃ英断だ。どうかこれからも俺のために操を立ててくれ」
「そうだな。クライスにもあんたにも軽率に近寄らねえようにする」
2
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
帝国皇子のお婿さんになりました
クリム
BL
帝国の皇太子エリファス・ロータスとの婚姻を神殿で誓った瞬間、ハルシオン・アスターは自分の前世を思い出す。普通の日本人主婦だったことを。
そして『白い結婚』だったはずの婚姻後、皇太子の寝室に呼ばれることになり、ハルシオンはひた隠しにして来た事実に直面する。王族の姫が19歳まで独身を貫いたこと、その真実が暴かれると、出自の小王国は滅ぼされかねない。
「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」
「そうだね、クーちゃん。ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実を」
「では、盛って服を乱して、血を……主様、これ……いや、まさかやる気ですか?」
「うん、クーちゃん」
「クーちゃんではありません、クー・チャンです。あ、主様、やめてください!」
これは隣国の帝国皇太子に嫁いだ小王国の『姫君』のお話。
英雄様の取説は御抱えモブが一番理解していない
薗 蜩
BL
テオドア・オールデンはA級センチネルとして日々怪獣体と戦っていた。
彼を癒せるのは唯一のバティであるA級ガイドの五十嵐勇太だけだった。
しかし五十嵐はテオドアが苦手。
黙って立っていれば滅茶苦茶イケメンなセンチネルのテオドアと黒目黒髪純日本人の五十嵐君の、のんびりセンチネルなバースのお話です。
不本意な溺愛です!
Rate
BL
オメガバースの世界で、ある一人の男の子が将来の番に出会うお話。小学六年生の男の子、山本まさるは親からの長年の虐待に耐え兼ねて家を飛び出し無我夢中で走っていた、すると誰かにぶつかり転んだ。そこに立っていたのは……………
人気者の陽キャ男子くんが可愛いすぎるのだか?(´゚д゚`)
雷長 (らいちょう)
BL
陰キャとまではいかないけれど目立たず平凡に生きてきた中野静(なかのしず)
ある授業中クラスで人気No.1陽キャの国枝蒼(くにえだそう)が困っているのをみて世話焼きが出てしまい話しかけた…「お前クソかわいいなッッッ!」(心の声) 心の声多めじれじれラブコメディー
美形×隠れ美形 陽キャ攻め 主人公受け
一応R15ですがもしかしたら18になるかも…
初投稿です!!小説初めて書いたので温かな目で見守ってください!!!
光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
俺を助けてくれたのは、怖くて優しい変わり者
くるむ
BL
枇々木尚哉は母子家庭で育ったが、母親は男がいないと生きていけない体質で、常に誰かを連れ込んでいた。
そんな母親が借金まみれの男に溺れたせいで、尚哉はウリ専として働かされることになってしまっていたのだが……。
尚哉の家族背景は酷く、辛い日々を送っていました。ですが、昼夜問わずサングラスを外そうとしない妙な男、画家の灰咲龍(はいざきりゅう)と出会ったおかげで彼の生活は一変しちゃいます。
人に心配してもらえる幸せ、自分を思って叱ってもらえる幸せ、そして何より自分が誰かを好きだと思える幸せ。
そんな幸せがあるという事を、龍と出会って初めて尚哉は知ることになります。
ほのぼの、そしてじれったい。
そんな二人のお話です♪
※R15指定に変更しました。指定される部分はほんの一部です。それに相応するページにはタイトルに表記します。話はちゃんとつながるようになっていますので、苦手な方、また15歳未満の方は回避してください。
くろちゃん!
美国
BL
人型獣耳たちのお話
俺は生まれつき黒ミミ黒しっぽで生まれてきた。俺は拾われた子供らしく、母も父も兄弟も血の繋がったものはいなかった。物心ついた時にはこの虎の群れの中で生活していた。
主人公はいろいろな獣に愛されまくります。
転生したので異世界でショタコンライフを堪能します
のりたまご飯
BL
30歳ショタコンだった俺は、駅のホームで気を失い、そのまま電車に撥ねられあっけなく死んだ。
けど、目が覚めるとそこは知らない天井...、どこかで見たことのある転生系アニメのようなシチュエーション。
どうやら俺は転生してしまったようだ。
元の世界で極度のショタコンだった俺は、ショタとして異世界で新たな人生を歩む!!!
ショタ最高!ショタは世界を救う!!!
ショタコンによるショタコンのためのBLコメディ小説であーる!!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる