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センチネルとガイド
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しかしこれで合点がいった。
「つまり、獣憑きに憑いた獣の事をスピリットアニマルと呼ぶんだな?」
アブニールとしては謎が一つとけてすっきりとした気分なのだが、フラムは苦虫を嚙み潰したような顔になった。おそらくはアブニールの言動の所為で。
「獣憑きか……。未だにその差別的な呼称が蔓延ってるんだな」
どうやら懸案事項に触れたらしい。語弊のないようにアブニールは言葉を付け加える。
「いや、分からねえ。正直俺はノワールについて誰かに話す機会はほとんどないんだ。普通の奴にはまず気味悪がられるしな。だから情報が古いのかもしれねえ」
そもそもノワールの存在は、アブニールが故郷を追われた原因でもあるのだ。
アブニールの故郷では、獣付きは災いを呼ぶものとして恐れられていた。獣憑きだと判明したら、赤子だろうと容赦なく追放させる。出来なければ親族もろともが村八分にされるので、拒む者はまずいない。
狭く閉鎖的な集落程、孤立を恐れるものだ。だから仕方ない……と言えるのは、アブニールが運よく拾われたからだろう。
「まあ、そうだな。王都ですら未だに俺達を忌避……あるいは畏怖する奴らがちらほらいるくらいだ。うかつには話せないか」
フラムは納得した様子で頷いた。
「ちなみに推奨される総称は獣使いだ」
「語感的には対して変わらねえような気もするが」
「確かにな。だが意味合いは大きく変わる。お前だって、大事な相棒を憑き物扱いされたら愉快じゃないだろ?」
「それはまあ、そうだな」
改めて考えてみると、憑りつくという表現には確かに違和感を覚える。
「わかった。今後は獣使いと呼ぶことにする」
ノワールは一つの魂を分け合う相棒であってゴーストではない。そう考えるアブニールだからこそ、すんなりと受け入れることが出来た。
「スピリットアニマルについては分かったが、それとお前が俺の怪我を治したことがどうつながるんだ?」
アブニールが水を向けると、フラムは愁眉を開いて説明を再開した。
「獣使いはその役割によってセンチネルとガイドの二種類に分類されるんだ。まずはセンチネル。こっちは五感が常人よりはるかに鋭敏らしいな。ちなみに学術的には、五つのうちいくつかが発達している者をパーシャル、五感すべてが発達しているものをセンチネルと呼ぶんだが、ややこしいんで、一般的にはまとめてセンチネルと呼んでる。お前はこのセンチネルだろ?」
ならばアブニールは正確にはパーシャルだ。四つの感覚は優れているが唯一視覚のみ一般人と変わらない。色彩感覚に至っては平均を下回っているくらいなのだ。おそらく相棒が犬だからだろうと思われる。
「ああ。じゃあ、もう一つのガイドってのは?」
「ガイドは基本的にはセンチネルのメンタルケアが可能だ。中には俺みたいに外傷まで治すことが出来るやつもいる。これはガイドとしての能力というより、スピリットアニマルの能力なのかもな。ま、医師みたいなもんだ」
「メンタル……精神面か?」
確かに戦場に身を置くことで心的外傷を受ける戦士は多いと聞く。強いトラウマによる戦意喪失を避けるための処置のためにガイドがいるという事だろうか。
「そもそもセンチネルってのは戦闘中、スピリットアニマルと同化した状態にある。そのおかげで身体能力が一時向上するんだ」
アブニールも戦闘中は驚くほど身軽に動ける。その時には、いつもよりもずっとノワールの存在を身近に感じていた。あれはそばに居たからではなく、一つになっていたのだ。
「だが、何事にもデメリットはある。それが体内の有害物質の蓄積だ」
「有害物質?」
不穏な単語にアブニールは寒気を覚えた。
「精神的、身体的に負荷を与え、理性を奪っていく恐ろしいもんだ。最初のうちは無症状だが、そのうち慢性的な倦怠感や疲労感に苛まれる。身体からの危険信号だろうな。これを無視してさらに能力を使い続けると、やがてセンチネルは野生化して、理性を失って暴れまわる猛獣となり果てる……」
「な、なんだって!」
フラムの宣告にアブニールは飛び起きた。傷口がふさがるのと一緒に解毒もなされたらしく身体の痺れも解けていたが、気を取られる余裕はなかった。
今、フラムは確かに言ったのだ。理性を失って暴れまわると。
「野生化するって……っ、猛獣になって暴れまわるって本当か!」
起き上がった勢いのまま、男の服に掴みかかる。屈強な体躯は急に揺さぶられそうになってもびくともしなかったが、表情からは驚愕をうかがえた。さっきまで大人しかったアブニールが急に取り乱したのだから無理もない。
「あ……」
冷静さを失ったのはほんの数秒だった。フラムの見開いた目と視線が交差するなり、アブニールは己の失態に気付いてすごすごと元の位置に戻る。だが思いがけず起き上がれることが判明したので、横にはならず座ったままでいた。
「おい、大丈夫か。顔色が悪い」
急につかみかかられたというのに、フラムは憤るどころか色を失うアブニールを気遣ってくれる。
「いや、悪かった。忘れてくれ」
無理矢理笑みを作って空元気に振舞うが、男はさらに「話はここまでにしておくか?」と気遣ってくれた。心遣いは痛み入るが、学ぶ機会を逃したくないアブニールは頭を振る。
「大丈夫。ちょっと昔の事を思い出しただけなんだ」
「そうか。無理矢理聞き出すことはしないが、辛かったらいつでも言えよ?」
フラムはアブニールの気持ちを慮ってくれた。ひとまず安堵して、ともすれば怖気を震いそうな身体に力を籠めて堪える。こうすることで表面上は取り繕うことが出来るが、心の方はそう簡単にはいかなかった。
野生化すると理性を失い暴れまわる猛獣と化す。
フラムの話は、アブニールのかつての仲間たちの末路を語っているかのようだった。
「つまり、獣憑きに憑いた獣の事をスピリットアニマルと呼ぶんだな?」
アブニールとしては謎が一つとけてすっきりとした気分なのだが、フラムは苦虫を嚙み潰したような顔になった。おそらくはアブニールの言動の所為で。
「獣憑きか……。未だにその差別的な呼称が蔓延ってるんだな」
どうやら懸案事項に触れたらしい。語弊のないようにアブニールは言葉を付け加える。
「いや、分からねえ。正直俺はノワールについて誰かに話す機会はほとんどないんだ。普通の奴にはまず気味悪がられるしな。だから情報が古いのかもしれねえ」
そもそもノワールの存在は、アブニールが故郷を追われた原因でもあるのだ。
アブニールの故郷では、獣付きは災いを呼ぶものとして恐れられていた。獣憑きだと判明したら、赤子だろうと容赦なく追放させる。出来なければ親族もろともが村八分にされるので、拒む者はまずいない。
狭く閉鎖的な集落程、孤立を恐れるものだ。だから仕方ない……と言えるのは、アブニールが運よく拾われたからだろう。
「まあ、そうだな。王都ですら未だに俺達を忌避……あるいは畏怖する奴らがちらほらいるくらいだ。うかつには話せないか」
フラムは納得した様子で頷いた。
「ちなみに推奨される総称は獣使いだ」
「語感的には対して変わらねえような気もするが」
「確かにな。だが意味合いは大きく変わる。お前だって、大事な相棒を憑き物扱いされたら愉快じゃないだろ?」
「それはまあ、そうだな」
改めて考えてみると、憑りつくという表現には確かに違和感を覚える。
「わかった。今後は獣使いと呼ぶことにする」
ノワールは一つの魂を分け合う相棒であってゴーストではない。そう考えるアブニールだからこそ、すんなりと受け入れることが出来た。
「スピリットアニマルについては分かったが、それとお前が俺の怪我を治したことがどうつながるんだ?」
アブニールが水を向けると、フラムは愁眉を開いて説明を再開した。
「獣使いはその役割によってセンチネルとガイドの二種類に分類されるんだ。まずはセンチネル。こっちは五感が常人よりはるかに鋭敏らしいな。ちなみに学術的には、五つのうちいくつかが発達している者をパーシャル、五感すべてが発達しているものをセンチネルと呼ぶんだが、ややこしいんで、一般的にはまとめてセンチネルと呼んでる。お前はこのセンチネルだろ?」
ならばアブニールは正確にはパーシャルだ。四つの感覚は優れているが唯一視覚のみ一般人と変わらない。色彩感覚に至っては平均を下回っているくらいなのだ。おそらく相棒が犬だからだろうと思われる。
「ああ。じゃあ、もう一つのガイドってのは?」
「ガイドは基本的にはセンチネルのメンタルケアが可能だ。中には俺みたいに外傷まで治すことが出来るやつもいる。これはガイドとしての能力というより、スピリットアニマルの能力なのかもな。ま、医師みたいなもんだ」
「メンタル……精神面か?」
確かに戦場に身を置くことで心的外傷を受ける戦士は多いと聞く。強いトラウマによる戦意喪失を避けるための処置のためにガイドがいるという事だろうか。
「そもそもセンチネルってのは戦闘中、スピリットアニマルと同化した状態にある。そのおかげで身体能力が一時向上するんだ」
アブニールも戦闘中は驚くほど身軽に動ける。その時には、いつもよりもずっとノワールの存在を身近に感じていた。あれはそばに居たからではなく、一つになっていたのだ。
「だが、何事にもデメリットはある。それが体内の有害物質の蓄積だ」
「有害物質?」
不穏な単語にアブニールは寒気を覚えた。
「精神的、身体的に負荷を与え、理性を奪っていく恐ろしいもんだ。最初のうちは無症状だが、そのうち慢性的な倦怠感や疲労感に苛まれる。身体からの危険信号だろうな。これを無視してさらに能力を使い続けると、やがてセンチネルは野生化して、理性を失って暴れまわる猛獣となり果てる……」
「な、なんだって!」
フラムの宣告にアブニールは飛び起きた。傷口がふさがるのと一緒に解毒もなされたらしく身体の痺れも解けていたが、気を取られる余裕はなかった。
今、フラムは確かに言ったのだ。理性を失って暴れまわると。
「野生化するって……っ、猛獣になって暴れまわるって本当か!」
起き上がった勢いのまま、男の服に掴みかかる。屈強な体躯は急に揺さぶられそうになってもびくともしなかったが、表情からは驚愕をうかがえた。さっきまで大人しかったアブニールが急に取り乱したのだから無理もない。
「あ……」
冷静さを失ったのはほんの数秒だった。フラムの見開いた目と視線が交差するなり、アブニールは己の失態に気付いてすごすごと元の位置に戻る。だが思いがけず起き上がれることが判明したので、横にはならず座ったままでいた。
「おい、大丈夫か。顔色が悪い」
急につかみかかられたというのに、フラムは憤るどころか色を失うアブニールを気遣ってくれる。
「いや、悪かった。忘れてくれ」
無理矢理笑みを作って空元気に振舞うが、男はさらに「話はここまでにしておくか?」と気遣ってくれた。心遣いは痛み入るが、学ぶ機会を逃したくないアブニールは頭を振る。
「大丈夫。ちょっと昔の事を思い出しただけなんだ」
「そうか。無理矢理聞き出すことはしないが、辛かったらいつでも言えよ?」
フラムはアブニールの気持ちを慮ってくれた。ひとまず安堵して、ともすれば怖気を震いそうな身体に力を籠めて堪える。こうすることで表面上は取り繕うことが出来るが、心の方はそう簡単にはいかなかった。
野生化すると理性を失い暴れまわる猛獣と化す。
フラムの話は、アブニールのかつての仲間たちの末路を語っているかのようだった。
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