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案外、忠義者

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 何はともあれ、この軽口が止まらない軟派な男にアブニールを害する気はないことは確かだ。もしもそうなら、あの場に放置すればよい話である。そうすれば毒が回って勝手に野垂れ死んだのだから。

「俺の荷物はどこだ? 中に気付け薬が入ってるはずなんだが」

 命を狙われるのは何も昨晩だけに限った話でないため、ひとまず急場をしのぐための薬は常備している。
 感覚をマヒさせる薬で解毒作用はないため、すぐさま拠点に戻らなくてはならないが、どのみちこの男に払う謝礼も取りに行かなくてはならない。

「そう焦んなくてもいいだろ。連れ込んだ美人に速攻で帰られたんじゃ、男が廃る」

「確かにあんたは俺の恩人だが、俺にあんたの矜持を保ってやる義理はないとおもうがな」

「うーん。もんのすごく人馴れしてない犬を拾った気分だな」

 犬、と聞いてアブニールは一瞬身構えた。その「犬」がどちらの意味なのか、それとも単なるたとえなのか。まあ、血なまぐさい現場を見られた以上、善良な一般市民とは思われていないだろうが。

「どういう意味かって顔だな。正解は両方だ。俺も一応、国に忠誠を誓う武人だもんでね。宮城から離れた騎士寮舎とは言え素性の知れないもんを連れ込むわけにはいかねえ。そういうわけで一通り調べさせてもらった。ま、調べるまでもなくお前は有名人だけどな。何でも屋、黒犬くろいぬ
 
 すらすらと語る男の弁は筋が通っている。道理にかなっているのなら、身辺を探られても腹は立たない。むしろ、男を見直しすらした。どうやら、単なる声のでかい軟派男ではないようだ。手強そうだが、だからこそ信を置ける。

「ちなみに表では黒犬だが、裏ではもう一つの異名もあるだろ。昨日のいざこざはそっち絡みか? 暗殺者ヘルハウンド」

「……想像に任せる」

「なら、肯定の意と受け取っておくか。依頼内容に関しては守秘義務だろうから、教えてって言っても無理だよな?」

 アブニールはわずかな時間黙考し、口を開いた。

「別にいいぜ」

 予想外だったらしく、男が目を見開く。

「……いいのかよ? 信用問題にかかわるんじゃないのか」

「守秘義務が発生するのは、依頼を受けた瞬間からだ。俺は昨夜の依頼を断った。その前に、あっちがぺらぺら話したことなら教えてやる」

 アブニールは今一度、行きつけの食堂で交わされた昨夜のやりとりを思い起こした。
 こうして後から思い返してみると、明らかに場慣れしていない相手だったと思う。おそらく、悪事に手を染めるようになって日が浅かったのだろう。

「どうやら王様を殺してほしい奴がいるらしいぜ」
 
 そんな末端も末端の小悪党が狙うにはあまりに大物すぎるし、何より「黒犬」ではなく「ヘルハウンド」に依頼する際のルールもすっ飛ばした。知らなかったのか、あるいはさっさと片付けてしまいたいという焦燥がそうさせたのだろう。

「たぶん、昨日の奴らは利用されたんだろうな。断るようなら殺してしまえとも命じられていたんじゃねえか?」
 
 おそらく黒幕は別にいて、その黒幕から伝言を任されたのではないかとアブニールは睨んでいる。多額の報酬に目がくらんで飛びついたなら、アブニールが手を下さずとも彼らは始末されていたのではないだろうか。

「なるほど。なら、運よく一人でも生き残っていたところで有益な情報は得られなかったってわけか。ちなみになんだが、お前は何か、書状の類は持ってるか?」

「さっきも言ったが依頼は断った。それに俺が依頼主なら使い捨ての駒に大事な書簡を持たせたりは出来ねえな」

「確かにその通りだ。つまり、お前に接触してきた奴らはあくまでも伝言役で、お前が依頼を受けた場合に限り本契約に映る目算だったのかもな」

 アブニールとしてもおおむね男と同意見だった。

「ちなみに、お前はいくら積まれたら陛下暗殺に加担するんだ? その方法は?」

 男は表情こそ薄ら笑いを浮かべたままだったが、纏う気配を急激に凍らせた。語調も変化しないよう気を使っているようだが、その気遣いの所為でかすかに硬く聞こえる。
 殺気に慣れたアブニールですら、ぞわりと総毛立つような気配。下手なことは言えないと直感した。同時に、この男が存外忠義者だという事実に驚く。

「今の政策が維持されるなら、たとえ国家予算規模でも受ける気はねえな。そもそもそんなに金には困ってねえ」

 だから正直に答えた。決して命惜しさの方便ではない。アブニールは本当に、現在の王の治世に期待を寄せているのだ。

「確かに陛下は公明正大なお方だからな。どんな身分、どんな立場の者だろうと平等に扱ってくださる。だからこそ頭の固い保守派の連中には、目の上のこぶなのさ。それこそさっさと退位してもらって、自分の息のかかった者を後釜に据えたいと考えるくらいにな」

 男が王の暗殺を企てる者がいると聞いても動じなかったのは、はじめから王に敵が多いと知っていたからなのか。やはりすらすらと口にするが、保守派の連中と言った時には唾棄だきするような響きがあった。

「急進的な改革は、とかく敵を作りやすいからな。だが残念だ。一応介抱してもらった謝礼になるかと踏んでたんだが」

「なら、もう一つの質問にも答えてくれよ」

「もう一つ?」

 冗談交じりに落胆するアブニールは、男の疑問を思い出した。
 そういえばたしかに、もう一つ問われていたことがあった。アブニールに暗殺の意志がないと知った今では答えることに意味はないようにも思われるが、暗殺者の思考の一例として知っておきたいのかもしれない。やはり忠義者だ。それに用心深い。

「俺なら、そうだな……近々、建国記念祭が開かれるだろう。王様は馬車で城下を回るはずだ。周りには王の姿を一目見ようと集まった群衆がどこまでも続いてる。これ以上ない程の好機だろうな。俺ならこの日を狙う」

「なるほど。では当日は警備を強化しないとな」

「少しは参考になったか?」

「ああ。おおいに」

 男が満足げに頷いたので、アブニールは先ほどは断られた頼みごとをもう一度口にすることにした。
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