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無情な記憶

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 累々と積みあがる屍の小山が、視界のあちこちに積みあがっている。
 静謐な森の中、前触れなく始まった仲間割れは、たった一人の少年を残して終幕した。
 少年の名はアブニール。元は捨て子だったが、傭兵団に拾われて団長の養子となった。そう、養父から直接聞いた。
 捨てられたころの記憶は幼すぎたがゆえに曖昧で、実の両親のことは顔すらも覚えていない。だからアブニールにとっては養父こそが実父のような存在だった。
 豪放磊落で求心力が強く、仲間想いで頭の回転もはやかった。巌のような体つきに見合う実力の持ち主で、重たい斧からちんまりしたダガーナイフまで、なんでも器用に使いこなした。
 傭兵団長グルダンの前に敵なしとまで謳われていた父。その父も今や、血だまりの中に俯せている。待てど暮らせど起きる気配はなく、時間ばかりが無情に過ぎていく。
 にわかに樹冠のはざまに陽光が差し込んだ。殺戮の現場が、陽の光に惨い程鮮烈に晒される。
 さっきまで笑っていた仲間たちの絶望した顔。不自然に折れ曲がった身体、切り離された腕や足、散乱する荷物、踏み荒らされた食物、粉々に砕けた食器、赤い水の滴る枝葉。
 どれほど逃避しようとも逃れられない現実が、怒涛の勢いで押し寄せてくる。

「う……うぅ」

 人形のように立ち尽くしていたアブニールの身体が唐突に頽れる。忘れていた涙が、今頃になってあふれ始めた。血濡れの下草を握り締め、もう片方の手で父から託された短剣を抱きしめて、声を殺して咽び泣いた。
 歯止めが利かなくなった涙に誘発されるようにして、止まっていた感情もあふれ出す。
 やはり真っ先に「なぜ?」という疑問が浮かんだ。父の率いる傭兵団は時たま喧嘩に発展することはあっても、全体的に見れば統率の取れた、団結力のある一団だったはずだ。
 昨晩だって、大きな仕事を片付けた祝いの酒宴を開いていた。飲んで食べて歌って騒いで、楽しい一夜だったはずだ。
 なのに突然異変が起こった。口論すらないうちに急に争いがはじまった。どう考えても普通ではなかったのだが、子供のアブニールがどれほど頭を捻ったところで、原因を探ることはできない。
 涙を流すアブニールの隣に、どこからともなく現れた黒毛の犬が寄り添う。ぺろぺろと塩辛いだろう頬を舐められて、アブニールはくすぐったさに泣き笑いした。

「ありがとう。ノワール。励ましてくれるんだな」

 熟した木の実のような赤い両目が、黒い獣毛の中で無垢に輝いている。ある日突然アブニールの前に現れた黒犬は、アブニールが故郷を追われる原因でもあるが、いついかなる時も寄り添ってくれた唯一無二の相棒である。

「そうだな。立ち止まってはいられない」

 アブニールは脱力する身体を𠮟咤して立ち上がると、短剣を腰のベルトにひっかけた。空いた両手指を組み合わせ、仲間たちの魂を見送る。
 本当は一人一人丁寧に埋葬してやりたいところなのだが、こどもひとりの力では到底無理だった。だからこそ、精いっぱい祈る。彼らが無事に天へと昇れますように。
 長い間祈ってから、アブニールは最後にもう一度だけ、一番近くに倒れ伏す、父の亡骸を見つめた。その表情を、一生涯忘れることのないようにしっかりと眼に焼き付ける。

「……よし。行こう」

 気のすむまでそうしてから、自分に言い聞かせるように独り言をつぶやいた。そして後ろ髪を引かれる想いを振り切って、獣道を抜けた先の街道を目指す。
 生き永らえたアブニールに自死は選べない。生き続けるのならば仕事がいる。
 正直、不安でいっぱいだった。だが大丈夫だと言い聞かせる。自分には、父や仲間たちからもらった生きる知恵が備わっているのだから。

「それに、お前もいてくれるしな」

 隣を歩く黒犬に話しかけると、任せろとばかりにマズルを天に向けた。
 一つの魂を分け合う一人と一匹は、緩やかに中天を目指す太陽に追われるようにして、ただひたすらに前進を続けた。
 アブニール・グルダン。わずか十歳の、今からちょうど十年前の出来事である。
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