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噂話と影法師
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翌朝、十和子は朝の鍛錬もそこそこに慌てて制服に着替え、学校へと出かけていった。昨日の事故の現場に居合わせた後輩に話を聞くためである。
考えなければいけないことが多過ぎる。
(昨日、刀に突き動かされた理由とか、うちの学校にあのおまじないをばら撒いた人とか……誰かが鬼を育ててるとしたら、放っておいたらきっと大変なことになっちゃう)
おそらくは要も人に尋ねて詳細を追っているだろうが、十和子と出会った後輩のことまでは知らないだろうし。
そう思ってパタパタと走っている中。
パチンッと乾いた音が響いたことに、十和子は足を止めた。
音のしたほうに振り返ると、そこには昨日たしかにあの後輩から手紙を受け取っていたはずの男子学生が立っていた。路地の奥まった場所でふたりでいたが、頬に手を当てている後輩を見た途端に、十和子は思わず目を釣り上げた。
「ちょっとあなた! いくらなんでもこんな場所でなにをやっているの!?」
思わずズカズカとその場に割り入ったら、男子学生は冷たい顔で十和子を見た。それに十和子は違和感を覚える。
(あれ? この人って昨日こんな感じじゃなかったような……)
昨日目撃したふたりは、明らかに相思相愛の淡い空気を纏っていた。しかしたった一日で、その淡い空気はかき消えて、殺伐とした気配を漂わせているため、周りは遠巻きにして、路地のほうに一瞬視線を向けても、すぐに逸らしてしまっていた。
後輩のほうは十和子に気付いて一瞬ほっとした顔をしたあと、「違うんです」と十和子の制服の裾を掴んだ。
「違うんです……この方は悪くありませんから」
「でも……」
どう見ても男子学生が彼女に張り手をしたようにしか見えないし、現に彼女は頬に手を当てていても赤くなっているのは隠せていない。
男子学生は「やめてください」と十和子に短く言った。
「お節介はやめてください。我々の問題です」
「あなたたちの問題だからって、殴るのは駄目だわ! それに怪我をさせるのはもっと駄目! 人間ってどれだけ鍛えていても、頬だけは鍛えようがないじゃない!」
十和子はそう吠える。
そもそも士族であり、日頃から鍛錬を行っている十和子の中で、自衛以外の理由で他人に暴力を振るうなど、あってはならないことだった。力は簡単に人を傷付けるものなのだから。
それに後輩は必死で「大丈夫です、大丈夫ですから……」と十和子にしがみついて抑えようとする。
やがて男子学生が「とにかく」と最後に後輩を睨み付けた。
「今後二度と私の前に現れないでください。迷惑です」
「……ごめんなさい」
後輩の泣きそうな声に答えることなく、そのまま男子学生は立ち去ってしまう。その態度に、十和子は「なによ!」と怒るが、後輩は「本当に、怒らないでください……」ととうとう頬に涙を転がすばかりだった。
「いったいなにがどうなっているの? あなたを張り倒しておいて、偉そうに!」
「本当に……私が悪いんです……私があの方を、おまじないで操ろうとしたから……」
「……それのなにが悪いの? おまじないだって、息抜きみたいなもので、告白したから、あの人は受け入れてくれただけじゃないの?」
「そうじゃないんです」
彼女はふるふると首を震えた。
「昨日、車の事故がありましたよね? ふたりで少し散歩に行こうとするだけで、事故に見舞われたんです。橋が壊れてしまったり、店先から屋根が崩れてきたり」
「それは……」
普通であったらありえないとか、運が悪かったと笑い飛ばせるところだが。十和子は既に、それらは笑い事ではないと知っている。
鬼は邪気を食らって育つ。後輩が育ててしまった邪気が、育て主を食らおうと追いかけてきたのだろう。後輩は俯いた。
「あまりにも不運が続くので、ふたりで神社にお祓いに向かったんです。そしたら、神社の宮司さんに言われてしまいました。すぐにふたりは別れるようにと。邪気が無理矢理ふたりを繋いでしまったのだと」
「……そんな」
「私が……おまじないなんかに頼らなかったら……こんなことには」
男子学生視点からしてみれば、彼女の自分勝手な気持ちの押しつけのせいで、彼女の引き起こした邪気の巻き添えになりかけたのだから、そりゃたまらないと思って逃げ出したのだろうが。
ただの恋心を利用して邪気が膨らみ、それが彼女の心身をズタズタにしたのだとしたら、やはり放ってはおけない。
「……あなた、お名前は?」
「あ、名乗り遅れましたね……藤林若菜《ふじばやしわかな》です」
「若菜さんね。わたしは佐木町十和子。ちょっと学校の不思議な事件を追っているんだけど……あなたのおまじない、どこで覚えたのか教えてくれる?」
「十和子さん……ですか……おまじないですけど、教えてくださったのは小間物屋さんです」
「小間物屋さん?」
町には昔ながらの小間物屋が存在している。
女学生は学校帰りに寄って、雑貨を買って少しばかりの贅沢をする。いくら裕福な家庭の娘であったとしても、そんなにお小遣いを持たされている訳もなく、小間物屋で友達とお揃いのペンを買ったり、こっそりと口紅を買ったりするのが、ちょっとした贅沢だった。
十和子は「場所教えてもらえる?」と尋ねると、若菜は小さく頷いてから教えてくれた。
それにふんふんと頷いて「ありがとう」とお礼を言ってから、十和子は要を探すことにした。要もまた、なにかしら調査をしているのだろうが、彼女も少しは彼の役に立ちたかった。
****
誰も校舎に人がいないことを確認してから、十和子は要の普段使っている予備室へと走って行く。
そして戸をコンコンと叩いた。
「要さんいらっしゃいますか? 十和子です」
「んっ…………」
「んっ…………?」
やけに艶っぽい声が聞こえて、十和子はドギマギする。
(まさか、要さん。女装しているのをいいことに、わたし以外に妹になりたがっている子を連れ込んだとか? いや、逆に要さんが襲われてるとか……ど、どうしよう…………!!)
そもそも学校でこんな艶っぽい声を出して大丈夫なんだろうか。十和子は全然大丈夫ではないのだが。
おろおろおろとしたあと、十和子は「要さん、開けますねっ!」とひと言言ってから、ガラリと戸を開けて、またしても目が点になった。
要に要が抱き着いている。どちらも制服姿をし、傍から見ると双子にも見えるが、それにしたって亜麻色の束髪といい、藤色のリボンといい、姿見のようにそっくりそのままで、同一人物にしか見えない。
「ああああああの…………どちらが要さんで、どちらが偽物なんで…………?」
十和子があわあわしながら言うと、要に抱き着かれている要が振り返った。
「申し訳ありませんが、戸を閉めてくださる? 人に見せるものでもありませんから」
「あ、すみません!」
そう言って慌てて十和子は後ろ手で戸を閉めた。そしてふたりの要を見比べる。
「あのう……これはどういった状態で?」
「これは俺の式神だ。調査するにしても、ひとりでは聞き込み調査もなかなかできないからな。だから俺が単独で聞き込みをしている間、別の場所で式神にも聞き込み調査をしてもらっていた」
「ああ、そうなんですね……あのう……それでなんで式神さんが要さんに抱き着いて……」
見目が艶めかしくて、どうにも見てはいけないもののように思えるし、それでも目をそらしてしまうのももったいないという気持ちを十和子は持て余しているが。
対する要は、抱き着かれても、時々声が甘くなり、十和子はそれに「ひゃっ」と耳を塞いでも、冷静な表情のままだった。
「式神と同調しているだけだ」
「ど、同調……ですかあ……」
「どこの誰に、俺が陰陽師で、あちこちに式神を飛ばしているか看破されても困らないように、記憶の摺り合わせだな」
「……一般の人は、陰陽師も式神も、信用しないと思いますよ?」
「君は、俺と校舎裏で会ったのに、次出会ったときに『そんなの知らない』と言われたら変だと思わないのかい?」
「すみません。ちょっと思うかもわかりません」
そう言っている間に、式神はするりと要に頬を擦り寄せて、鼻をくっつけてから、とうとう要の中に消えていった。先程までの艶めかしい様子は、あっという間に拡散してしまった。
十和子は心臓がバクバクしているのを感じながらも「あのう……昨日のこと、なにかわかりましたか?」と尋ねた。
「どうも、学内でおまじないをしている人間が複数いるみたいだったからな。さすがにこれ以上邪気を育てさせる訳にはいかないからと、あのおまじないをするのは止めたほうがいいと言ってから、取り上げさせてもらったよ」
そう言って要はスカートのポケットから複数枚の紙を取り出した。
どれもこれも、紙いっぱいに悪口が書かれ、まさしく呪詛のような様子であった。それを黙って要は火鉢を持ってくると、その中に紙をちぎって入れて燃やしてしまった。
その紙が柿の色の炎で炙られているのを眺めながら、十和子は「あのう」と言う。
「私、昨日おまじないをしていた子に話を聞いてきたんですよ……あの子、昨日告白を成功させたみたいなんですけど……ずっと悪いことが続いて、とうとう相手の人を怒らせて嫌われてしまったとしょげていました」
「それは災難だったね。その子もずいぶんと邪気を育ててしまったもんだ」
「はい……そしてその子からお店の詳細を聞いてきました」
「店?」
「はい、学校の近所の小間物屋さんでおまじないを教わったと」
要は少し考えたよう顎に手を当ててから、本棚からなにかを取り出した。広げたそれは、この辺りの地図のようだった。
「小間物屋は、この地図のどの辺で?」
「ええっと、学校の校門を出て、三つ先ですね」
「なるほど……学校のちょうど北東……鬼門だな」
「あ、あれ? この学校自体が鬼門じゃなかったでしたっけ?」
「前にも言ったと思うが、胡蝶女学館は町の鬼門の位置に存在する。元は神社があったのを、取り壊されて、跡地に建ったとな」
「そういえば……」
「で、小間物屋だが。それが胡蝶女学館の鬼門に当たる」
「家の配置って、考えないと駄目なんですっけ?」
それを言ったら、自分の家の北東はすべからく鬼門だから、縁起が悪くなってしまうが。十和子はそもそも怪異に見舞われるようになったのはつい最近なのだから、全部が全部縁起が悪いと言われても困る。
それに要は笑った。
「陰陽道において、家の北東は厠などが位置し、そこは水で流せば清浄になるとされている。だからそこまで脅えなくってもいいさ。だが、学校の鬼門からおまじないをばら撒かれたというのは、やや意図的に感じるな……」
「そうですね……ここの小間物屋さん、たまにうちの学校の子たちが集まる程度で、そんな邪気を育てるほどの強いおまじないを知ってるなんて、聞いたことないですもの」
「ここは、少し調査したほうがよさそうだ。放課後にでも行ってみようか」
「……式神さんに行ってもらうっていうのは、駄目なんでしょうか……?」
さっきのあれをもうちょっとだけ見てみたいと思った十和子は、下心でつい言ってしまうが。
「俺は俺そっくりの式神しかつくれないからな。補導でもされたら困る」
当然ながら一蹴された。
考えなければいけないことが多過ぎる。
(昨日、刀に突き動かされた理由とか、うちの学校にあのおまじないをばら撒いた人とか……誰かが鬼を育ててるとしたら、放っておいたらきっと大変なことになっちゃう)
おそらくは要も人に尋ねて詳細を追っているだろうが、十和子と出会った後輩のことまでは知らないだろうし。
そう思ってパタパタと走っている中。
パチンッと乾いた音が響いたことに、十和子は足を止めた。
音のしたほうに振り返ると、そこには昨日たしかにあの後輩から手紙を受け取っていたはずの男子学生が立っていた。路地の奥まった場所でふたりでいたが、頬に手を当てている後輩を見た途端に、十和子は思わず目を釣り上げた。
「ちょっとあなた! いくらなんでもこんな場所でなにをやっているの!?」
思わずズカズカとその場に割り入ったら、男子学生は冷たい顔で十和子を見た。それに十和子は違和感を覚える。
(あれ? この人って昨日こんな感じじゃなかったような……)
昨日目撃したふたりは、明らかに相思相愛の淡い空気を纏っていた。しかしたった一日で、その淡い空気はかき消えて、殺伐とした気配を漂わせているため、周りは遠巻きにして、路地のほうに一瞬視線を向けても、すぐに逸らしてしまっていた。
後輩のほうは十和子に気付いて一瞬ほっとした顔をしたあと、「違うんです」と十和子の制服の裾を掴んだ。
「違うんです……この方は悪くありませんから」
「でも……」
どう見ても男子学生が彼女に張り手をしたようにしか見えないし、現に彼女は頬に手を当てていても赤くなっているのは隠せていない。
男子学生は「やめてください」と十和子に短く言った。
「お節介はやめてください。我々の問題です」
「あなたたちの問題だからって、殴るのは駄目だわ! それに怪我をさせるのはもっと駄目! 人間ってどれだけ鍛えていても、頬だけは鍛えようがないじゃない!」
十和子はそう吠える。
そもそも士族であり、日頃から鍛錬を行っている十和子の中で、自衛以外の理由で他人に暴力を振るうなど、あってはならないことだった。力は簡単に人を傷付けるものなのだから。
それに後輩は必死で「大丈夫です、大丈夫ですから……」と十和子にしがみついて抑えようとする。
やがて男子学生が「とにかく」と最後に後輩を睨み付けた。
「今後二度と私の前に現れないでください。迷惑です」
「……ごめんなさい」
後輩の泣きそうな声に答えることなく、そのまま男子学生は立ち去ってしまう。その態度に、十和子は「なによ!」と怒るが、後輩は「本当に、怒らないでください……」ととうとう頬に涙を転がすばかりだった。
「いったいなにがどうなっているの? あなたを張り倒しておいて、偉そうに!」
「本当に……私が悪いんです……私があの方を、おまじないで操ろうとしたから……」
「……それのなにが悪いの? おまじないだって、息抜きみたいなもので、告白したから、あの人は受け入れてくれただけじゃないの?」
「そうじゃないんです」
彼女はふるふると首を震えた。
「昨日、車の事故がありましたよね? ふたりで少し散歩に行こうとするだけで、事故に見舞われたんです。橋が壊れてしまったり、店先から屋根が崩れてきたり」
「それは……」
普通であったらありえないとか、運が悪かったと笑い飛ばせるところだが。十和子は既に、それらは笑い事ではないと知っている。
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「あまりにも不運が続くので、ふたりで神社にお祓いに向かったんです。そしたら、神社の宮司さんに言われてしまいました。すぐにふたりは別れるようにと。邪気が無理矢理ふたりを繋いでしまったのだと」
「……そんな」
「私が……おまじないなんかに頼らなかったら……こんなことには」
男子学生視点からしてみれば、彼女の自分勝手な気持ちの押しつけのせいで、彼女の引き起こした邪気の巻き添えになりかけたのだから、そりゃたまらないと思って逃げ出したのだろうが。
ただの恋心を利用して邪気が膨らみ、それが彼女の心身をズタズタにしたのだとしたら、やはり放ってはおけない。
「……あなた、お名前は?」
「あ、名乗り遅れましたね……藤林若菜《ふじばやしわかな》です」
「若菜さんね。わたしは佐木町十和子。ちょっと学校の不思議な事件を追っているんだけど……あなたのおまじない、どこで覚えたのか教えてくれる?」
「十和子さん……ですか……おまじないですけど、教えてくださったのは小間物屋さんです」
「小間物屋さん?」
町には昔ながらの小間物屋が存在している。
女学生は学校帰りに寄って、雑貨を買って少しばかりの贅沢をする。いくら裕福な家庭の娘であったとしても、そんなにお小遣いを持たされている訳もなく、小間物屋で友達とお揃いのペンを買ったり、こっそりと口紅を買ったりするのが、ちょっとした贅沢だった。
十和子は「場所教えてもらえる?」と尋ねると、若菜は小さく頷いてから教えてくれた。
それにふんふんと頷いて「ありがとう」とお礼を言ってから、十和子は要を探すことにした。要もまた、なにかしら調査をしているのだろうが、彼女も少しは彼の役に立ちたかった。
****
誰も校舎に人がいないことを確認してから、十和子は要の普段使っている予備室へと走って行く。
そして戸をコンコンと叩いた。
「要さんいらっしゃいますか? 十和子です」
「んっ…………」
「んっ…………?」
やけに艶っぽい声が聞こえて、十和子はドギマギする。
(まさか、要さん。女装しているのをいいことに、わたし以外に妹になりたがっている子を連れ込んだとか? いや、逆に要さんが襲われてるとか……ど、どうしよう…………!!)
そもそも学校でこんな艶っぽい声を出して大丈夫なんだろうか。十和子は全然大丈夫ではないのだが。
おろおろおろとしたあと、十和子は「要さん、開けますねっ!」とひと言言ってから、ガラリと戸を開けて、またしても目が点になった。
要に要が抱き着いている。どちらも制服姿をし、傍から見ると双子にも見えるが、それにしたって亜麻色の束髪といい、藤色のリボンといい、姿見のようにそっくりそのままで、同一人物にしか見えない。
「ああああああの…………どちらが要さんで、どちらが偽物なんで…………?」
十和子があわあわしながら言うと、要に抱き着かれている要が振り返った。
「申し訳ありませんが、戸を閉めてくださる? 人に見せるものでもありませんから」
「あ、すみません!」
そう言って慌てて十和子は後ろ手で戸を閉めた。そしてふたりの要を見比べる。
「あのう……これはどういった状態で?」
「これは俺の式神だ。調査するにしても、ひとりでは聞き込み調査もなかなかできないからな。だから俺が単独で聞き込みをしている間、別の場所で式神にも聞き込み調査をしてもらっていた」
「ああ、そうなんですね……あのう……それでなんで式神さんが要さんに抱き着いて……」
見目が艶めかしくて、どうにも見てはいけないもののように思えるし、それでも目をそらしてしまうのももったいないという気持ちを十和子は持て余しているが。
対する要は、抱き着かれても、時々声が甘くなり、十和子はそれに「ひゃっ」と耳を塞いでも、冷静な表情のままだった。
「式神と同調しているだけだ」
「ど、同調……ですかあ……」
「どこの誰に、俺が陰陽師で、あちこちに式神を飛ばしているか看破されても困らないように、記憶の摺り合わせだな」
「……一般の人は、陰陽師も式神も、信用しないと思いますよ?」
「君は、俺と校舎裏で会ったのに、次出会ったときに『そんなの知らない』と言われたら変だと思わないのかい?」
「すみません。ちょっと思うかもわかりません」
そう言っている間に、式神はするりと要に頬を擦り寄せて、鼻をくっつけてから、とうとう要の中に消えていった。先程までの艶めかしい様子は、あっという間に拡散してしまった。
十和子は心臓がバクバクしているのを感じながらも「あのう……昨日のこと、なにかわかりましたか?」と尋ねた。
「どうも、学内でおまじないをしている人間が複数いるみたいだったからな。さすがにこれ以上邪気を育てさせる訳にはいかないからと、あのおまじないをするのは止めたほうがいいと言ってから、取り上げさせてもらったよ」
そう言って要はスカートのポケットから複数枚の紙を取り出した。
どれもこれも、紙いっぱいに悪口が書かれ、まさしく呪詛のような様子であった。それを黙って要は火鉢を持ってくると、その中に紙をちぎって入れて燃やしてしまった。
その紙が柿の色の炎で炙られているのを眺めながら、十和子は「あのう」と言う。
「私、昨日おまじないをしていた子に話を聞いてきたんですよ……あの子、昨日告白を成功させたみたいなんですけど……ずっと悪いことが続いて、とうとう相手の人を怒らせて嫌われてしまったとしょげていました」
「それは災難だったね。その子もずいぶんと邪気を育ててしまったもんだ」
「はい……そしてその子からお店の詳細を聞いてきました」
「店?」
「はい、学校の近所の小間物屋さんでおまじないを教わったと」
要は少し考えたよう顎に手を当ててから、本棚からなにかを取り出した。広げたそれは、この辺りの地図のようだった。
「小間物屋は、この地図のどの辺で?」
「ええっと、学校の校門を出て、三つ先ですね」
「なるほど……学校のちょうど北東……鬼門だな」
「あ、あれ? この学校自体が鬼門じゃなかったでしたっけ?」
「前にも言ったと思うが、胡蝶女学館は町の鬼門の位置に存在する。元は神社があったのを、取り壊されて、跡地に建ったとな」
「そういえば……」
「で、小間物屋だが。それが胡蝶女学館の鬼門に当たる」
「家の配置って、考えないと駄目なんですっけ?」
それを言ったら、自分の家の北東はすべからく鬼門だから、縁起が悪くなってしまうが。十和子はそもそも怪異に見舞われるようになったのはつい最近なのだから、全部が全部縁起が悪いと言われても困る。
それに要は笑った。
「陰陽道において、家の北東は厠などが位置し、そこは水で流せば清浄になるとされている。だからそこまで脅えなくってもいいさ。だが、学校の鬼門からおまじないをばら撒かれたというのは、やや意図的に感じるな……」
「そうですね……ここの小間物屋さん、たまにうちの学校の子たちが集まる程度で、そんな邪気を育てるほどの強いおまじないを知ってるなんて、聞いたことないですもの」
「ここは、少し調査したほうがよさそうだ。放課後にでも行ってみようか」
「……式神さんに行ってもらうっていうのは、駄目なんでしょうか……?」
さっきのあれをもうちょっとだけ見てみたいと思った十和子は、下心でつい言ってしまうが。
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