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火車
七
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椿の提案は、大きな反響を得た。
いや、史郎の予想以上だった。
元々瓦版は、面白おかしい与太話を多数掲載していた時期があったが、いつしかそれらは禁止され、真面目なこと以外書くことを許されなくなった。
しかしこれが陰陽師が提案した記事となったら話が変わってくる。しかも民間の陰陽師ではなく、下っ端でも陰陽寮の小役人がだ。
妖怪の話が書かれて面白がって買った人が半分、鏡のお守りを買い、先日の長屋の火事のことを思い出してその記述を求めて買った人が半分。あと残りはなんか売れているから買った人々だ。
妖怪を呼ぶ可能性があるから鏡に布を被せろと瓦版に載せた途端、瓦版屋に問い合わせが殺到し、いちいち長屋の史郎の元まで、瓦版屋が聞きに来るようになったんだ。
「最近お守りと称して鏡の風鈴を買ったが、あれはどうしたらいいのかと」
「普通に外せばいいだろ。お守りにしたいんだったら、布でもかけて吊しておけと」
あの記事を出してからというもの、あのやたらと羽振りのよかった民間の陰陽師の喜助は、這々の体で逃げ出してしまったらしい。鏡は大量に残されており、出島から仕入れていた大店は大慌てだったらしいが、得体の知れないお守りだったらいざ知らず、鏡だけだったら大店のお嬢さん方は使う。今は普通の使われ方をされ、史郎の書いた記事のように、使われないときはきちんとしまい込まれているらしい。
瓦版屋は自分のところに届いた問い合わせ内容を逐一史郎に問いただしてから、それらをきちんと帳面に付けておいた。
「わかりました、お伝えしときますよ。いやいや、最近は与太話に飢えていましたからね。しかし最近は検閲でなにかとうるさいですから、その手の話を書けなかったので、ちょうどよかったですよ。できれば今度もまた、妖怪に関する記事書きませんか?」
「おいおい勘弁しておくれよ。俺ぁ、ただの一介の小役人だ。暦書くのが仕事なのに、そんな話ばっかり並べ立てられてたら、上からなに言われるかわかりゃしねえよ」
瓦版屋が儲かったところで、史郎は最初に書いた記事の分しか支払われておらず、特に儲けがない。反響はあれども儲けてないから、陰陽寮から呼び出しを受けて怒られてないだけだ。もし儲けていたら、どれだけみかじめ料を取られるかわかったもんじゃなく、裏長屋で平凡に暮らしたい史郎からしてみれば本気で勘弁して欲しい話であった。
結局は瓦版屋に、短期集中連載を暦と一緒に掲載する旨を約束させられ、渋々了承した次第だった。史郎は上から呼び出されたくない、瓦版屋は売れる種が欲しいで、ふたりでああでもないこうでもないと協議した折衷案であった。
「はあ……本当に勘弁しておくれよ……」
「あらまあ。いいじゃありませんか先生」
椿はころころ笑いながら、お茶を差し出す。それを史郎はぐびりと飲みながら「なにがだい?」とうんざりした顔をした。
そもそもが、椿が原因で瓦版の記事を出す羽目になったのである……もっとも、民間の陰陽師やら、大店やらと表立って揉めたくなかった、上から怒られたくなかったという小役人じみた感情の結果だったのだが。
椿はころころ笑いながら続ける。
「だって先生。これで準備は整いましたわ。この町で妖怪に悩んでいる方々に助け船を出す準備が!」
「……おいおい、まさかお前さん、俺に妖怪の起こした案件が来るたびに、片っ端から妖怪退治させたいって訳かい?」
「はい! 火車の一件は妖怪のせいではございませんでしたけど、先生の考察で見事事件は解決しましたし、もう火車が出ないように後始末まで終えましたわ! これならば、真の妖怪が現れたときも退治できるというものです!」
「……だからな、椿。俺は何度も言うが、暦を読む以外は能がない小役人なんだ。妖怪を退治するような力なんか持ってないから。ご先祖のようなすごい逸話なんか、無理だから」
「まあ、ご謙遜なさらず!」
「謙遜なんてしとらんわ!?」
史郎の悲鳴が響いたが、この長屋の人々は「ああ、またか」と済ませてしまった。
この面倒臭がりな割に頭と口が回るお人は、大家の糸をはじめとした、困っている人の相談事や厄介事を、「面倒臭い」「やりたくない」と口では言っておきながら、結局のところは断ったことがない。
だからどうせ、また勝手に持ち込まれる厄介事を、「やりたくない」と投げ出すこともなく、結局は遂行してしまうのだろうと。
いや、史郎の予想以上だった。
元々瓦版は、面白おかしい与太話を多数掲載していた時期があったが、いつしかそれらは禁止され、真面目なこと以外書くことを許されなくなった。
しかしこれが陰陽師が提案した記事となったら話が変わってくる。しかも民間の陰陽師ではなく、下っ端でも陰陽寮の小役人がだ。
妖怪の話が書かれて面白がって買った人が半分、鏡のお守りを買い、先日の長屋の火事のことを思い出してその記述を求めて買った人が半分。あと残りはなんか売れているから買った人々だ。
妖怪を呼ぶ可能性があるから鏡に布を被せろと瓦版に載せた途端、瓦版屋に問い合わせが殺到し、いちいち長屋の史郎の元まで、瓦版屋が聞きに来るようになったんだ。
「最近お守りと称して鏡の風鈴を買ったが、あれはどうしたらいいのかと」
「普通に外せばいいだろ。お守りにしたいんだったら、布でもかけて吊しておけと」
あの記事を出してからというもの、あのやたらと羽振りのよかった民間の陰陽師の喜助は、這々の体で逃げ出してしまったらしい。鏡は大量に残されており、出島から仕入れていた大店は大慌てだったらしいが、得体の知れないお守りだったらいざ知らず、鏡だけだったら大店のお嬢さん方は使う。今は普通の使われ方をされ、史郎の書いた記事のように、使われないときはきちんとしまい込まれているらしい。
瓦版屋は自分のところに届いた問い合わせ内容を逐一史郎に問いただしてから、それらをきちんと帳面に付けておいた。
「わかりました、お伝えしときますよ。いやいや、最近は与太話に飢えていましたからね。しかし最近は検閲でなにかとうるさいですから、その手の話を書けなかったので、ちょうどよかったですよ。できれば今度もまた、妖怪に関する記事書きませんか?」
「おいおい勘弁しておくれよ。俺ぁ、ただの一介の小役人だ。暦書くのが仕事なのに、そんな話ばっかり並べ立てられてたら、上からなに言われるかわかりゃしねえよ」
瓦版屋が儲かったところで、史郎は最初に書いた記事の分しか支払われておらず、特に儲けがない。反響はあれども儲けてないから、陰陽寮から呼び出しを受けて怒られてないだけだ。もし儲けていたら、どれだけみかじめ料を取られるかわかったもんじゃなく、裏長屋で平凡に暮らしたい史郎からしてみれば本気で勘弁して欲しい話であった。
結局は瓦版屋に、短期集中連載を暦と一緒に掲載する旨を約束させられ、渋々了承した次第だった。史郎は上から呼び出されたくない、瓦版屋は売れる種が欲しいで、ふたりでああでもないこうでもないと協議した折衷案であった。
「はあ……本当に勘弁しておくれよ……」
「あらまあ。いいじゃありませんか先生」
椿はころころ笑いながら、お茶を差し出す。それを史郎はぐびりと飲みながら「なにがだい?」とうんざりした顔をした。
そもそもが、椿が原因で瓦版の記事を出す羽目になったのである……もっとも、民間の陰陽師やら、大店やらと表立って揉めたくなかった、上から怒られたくなかったという小役人じみた感情の結果だったのだが。
椿はころころ笑いながら続ける。
「だって先生。これで準備は整いましたわ。この町で妖怪に悩んでいる方々に助け船を出す準備が!」
「……おいおい、まさかお前さん、俺に妖怪の起こした案件が来るたびに、片っ端から妖怪退治させたいって訳かい?」
「はい! 火車の一件は妖怪のせいではございませんでしたけど、先生の考察で見事事件は解決しましたし、もう火車が出ないように後始末まで終えましたわ! これならば、真の妖怪が現れたときも退治できるというものです!」
「……だからな、椿。俺は何度も言うが、暦を読む以外は能がない小役人なんだ。妖怪を退治するような力なんか持ってないから。ご先祖のようなすごい逸話なんか、無理だから」
「まあ、ご謙遜なさらず!」
「謙遜なんてしとらんわ!?」
史郎の悲鳴が響いたが、この長屋の人々は「ああ、またか」と済ませてしまった。
この面倒臭がりな割に頭と口が回るお人は、大家の糸をはじめとした、困っている人の相談事や厄介事を、「面倒臭い」「やりたくない」と口では言っておきながら、結局のところは断ったことがない。
だからどうせ、また勝手に持ち込まれる厄介事を、「やりたくない」と投げ出すこともなく、結局は遂行してしまうのだろうと。
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