学園アルカナディストピア

石田空

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黄金の夜明け編

中休み、そして偵察

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 新入生たちの魔力増強訓練に加え、スピカとアレスの五貴人のゾーンの習得訓練で、毎日毎日フラフラになるまで訓練を行い、寮の食事を貪るように食べたあとは、泥のように眠る。
 そのローテーションが続いている中、とうとう楓の季節は終わりを迎えた。

「あ……」

 この訓練の最中でも、授業は普通にある。
 授業に向かうために長い廊下を歩いていたら、スピカは空からふんわりと綿が降ってきたことに気付いた。
 雪である。

「俺らがずぅーっと訓練訓練また訓練の間に、とうとう季節変わってんじゃんかよ」

 アレスは嫌そうに金色の双眸を細める。
 一方スカトは少しだけ嬉しそうに、ルヴィリエは少しだけ憂鬱そうに空を眺めた。

「……もうそろそろ、聖夜祭ね」
「まあ待て、まだひと月はあんだろうが」
「僕たちは生徒会で、聖夜祭のための発注をあれこれやっているから。そもそも非戦闘アルカナの面々は寮で普通に聖夜祭を行ってるから」
「あー……そっち行きたーい」

 アレスのため口に、ルヴィリエはギュンッと目つきを吊り上げて「はあ?」と野太い返事を出すが、彼の天邪鬼さにすっかり慣れたスカトが「ただの冗談だろ、さすがに付き合ってる彼女放置しないから」とだけ言って、ルヴィリエはなんとか落ち着いた。

「冗談はさておいて。マジで聖夜祭にフリーダ・フォルトゥナが来るのは確定なんだよなあ?」

 アレスの言葉に、スカトは頷いた。

「先方も聖夜祭には仕事がとか、大量に言い訳を並べたけれど、押し通したんだよ。それこそこの間の革命組織の騒動自体は言わなかったけど、騒動が起こって学園全土が復興中だからと言い張って、五貴人が譲らなかったんだ」
「まあ……こちらが日付を飲んだように、向こうからは生徒会執行部のメンバーのアルカナを教えるようにって言われて、それは引き渡さざるを得なくなったんだけどね」

 軽い口調だが、それはすごい情報である。
 教会にアルカナが登録してあるのだから、スピカが叔父のシュルマに偽造を頼んでいるような例外措置がない限りは、簡単にアルカナが割れる……つまりは、生徒会執行部側の戦力が割られてしまうおそれがあるのだ。

「それ、大丈夫なの?」
「その辺りは、ヨハネ先輩が根回ししたらしいけれど」

 あの長髪でやたらと舞台がかったしゃべり方の、やたらめったらアイオーンと距離の近い五貴人の先輩が頭に浮かんだ。
 そういえば、あのテンションでありながらも、最年少神官長だったと思い出した。

「具体的になにやったの、あの先輩は……」
「さすがに情報隠蔽やら偽造やらはしなかったと思うけど……一部情報がついうっかり閲覧できなくなったとかで、少しでも抜ける情報を減らしたみたい。そもそも、あちらも交渉の中で、今年は【運命の輪】がいること、革命組織が学園内に存在していることまでは情報を出さなかったから」

 たしかに、【皇帝】【女帝】【女教皇】【教皇】などの強カードが生徒会執行部に存在していることを抜かれてしまったのは痛手だったが。
 革命組織に存在している【戦車】【力】【死神】【節制】の情報が割れていないこと、全てのアルカナを一旦リセットできる【運命の輪】がいること、そもそも【吊された男】であるユダがアルカナ制作者の家系であることなどが割れていないのは、僥倖中の僥倖である。

「たしかに、それだったら大丈夫なのかな」
「でも……相手にはゾーンを消す能力者がいるみたいだし、トートアルカナはこちらと所持アルカナがそもそも違うかもしれないんだから、油断しちゃ駄目よね」

 相手の力は、現在もユダとアルで解析中なのだから、もうしばらくしたらそのことに触れることもあるだろう。
 四人は重たい体を引きずってどうにか授業をこなしたあと、重たい体のまま五貴人居住区へと移動する。今日いたのは、ちょうど話題に登っていたヨハネであった。
 日頃はきちんとカソック風の制服を着ている彼が、珍しく神官の正装を着ているのに、少しばかり驚いた。

「すみませんねえ……今日はあなた方の訓練を見る役目を仰せつかっていたんですが。私もこれから神殿に呼ばれていまして、出かけなければならないんですよぉ」
「ええ? ヨハネ先輩。そもそも校則では……」

 思わずスピカがそう言ってのけるものの、ヨハネは困り眉を浮かべながらも、笑みは消えていない。

「一応私、神殿で一番偉い人間ですので。この辺りは学園アルカナ側にも許可はいただいておりますよ。特に聖夜祭となったら、なにかと神官長お話しせねばならないことが多過ぎまして」
「それは、ええっと……お疲れ様です? でも、【黄金の夜明け団】もいますのに、危なくないんですか?」

 アレスの当然ながらの質問に、「ですので、彼女に守ってもらうんですよぉ」と振り返る。そこには、きっちりとドレスを着て上に外套を羽織ったタニアが立っていた。
 時期辺境伯として、武芸全般に長けている彼女ならば、たしかに数人がかり相手でも物ともしないだろう。そもそもふたりのゾーンの相性がいいものだから、互いに切り替えながら戦えば、よっぽどの相手でない限りは対処できる。
 それにアレスとスピカは「お疲れ様です」と会釈をすると、タニアは「はあ」と溜息をついた。

「久し振りの外出ですのに、どうして護衛なんて典雅ではないこと引き受けなければなりませんの……」
「そんなことおっしゃらず。私とあなたの仲ではありませんか」
「五貴人以外に共通項ございませんでしょう?」

 ふたりはぐたぐだ言い合いながら立ち去ろうとする中、ヨハネはにこりと笑いかけてきた。

「そんな訳で、我々は出かけますので。少し早いですがどうぞ聖夜祭を楽しんでらしてください」

 その言葉に、ふたりはパァーッと顔を見合わせてから「ありがとうございます!」とお礼を言った。
 このところ季節が変わるのに気付くのすら遅れるくらいに、訓練漬けだったのだ。たしかに入学当初と比べれば、ふたりの魔力はかなり増えた。具体的に言えば、それぞれのアルカナの行使くらいならば、倒れることがなくなったのだ。だが、五貴人のそれぞれのアルカナであるゾーンの維持自体には、未だに魔力を食い過ぎてなかなかできないだけで。

「町行こう、町!」
「私お菓子買いたい! シュトーレン買ってる暇なかったもの!」
「買おう買おう。なんかあったかい飲み物売ってねえかなあ」
「ビール売ってたらいいよねえ」

 ふたりでキャイキャイと言いながら、階段へと戻っていった。
 しばしの休み。しばしの羽休め。
 どうせその先は、再び戦場なのだから。

****

 学園アルカナを出たあと。
 車に乗り込むと、ヨハネとタニアは向かい合わせに座り合う。
 座りながら、ヨハネは自身のカードフォルダーに触れると、車内いっぱいにゾーンを張り巡らせた。学園アルカナの内部はアイオーンのゾーンの中だが、学園から一歩離れればそれは国のゾーンの中となる。
 秘密会議をしたくば、ゾーンを持っている人間はゾーンを展開させてからでなければできるものではなかった。もっとも、国内にゾーンが張り巡らせてあることなど、五貴人くらいでなければ理解にも及ばないし、まさかたったひとりが国内に生きる全ての人間の情報を精査しているなんて、気付きもしないだろうが。

「それで、【世界】はなにを考えて、こんな時期にわたくしたちを偵察に向かわせましたの。わたくしだけならともかく、お気に入りのヨハネまで外に出すなんて」
「いえいえ。私が国内の教会で話を進めなければならないのは本当の話です。そして、今日ちょうどフリーダ・フォルトゥナの舞台がありますので、観覧するよう勧めてくださったのですよ」
「観覧……それならわたくしでなくて、【魔法使い】にでも頼めばよかったでしょうに」

 あの白塗りで愉快犯の舞台好きを例に挙げると、途端にヨハネは膨れる。

「たしかにあの方と私は同じ舞台好きですが。主人公に求める方向性が違うんですよぉ。あなたもご存じじゃありませんか」
「はいはい。そうでしたわね。それで、本当にそれだけ?」
「もちろん観覧は本当ですが。彼女は【黄金の夜明け団】の一番のスポンサー。当然ながらその辺りに【黄金の夜明け団】の方々がいらっしゃいますから、偵察を頼むとのこと」
「……それ、わたしくだけではなくて、【隠者】を連れてこればよろしかったのではなくて?」
「ええ、ええ。ですが【隠者】があまりにも偵察向きだということは、あちらもご存じですから、対策は取られてしまっています。既に生徒会執行部の情報は引き渡しておりますからね」
「だから、わたくしたちという訳ですのね……」
「あと」

 ヨハネは謎めいた笑みを浮かべた。

「回収を頼まれていますから」
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