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学園抗争編
偽りのアルカナ・8
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スピカはその宣言を唖然として見つめていた。
エルメスは悔しげな顔をしていたものの、レダはその宣言を受けても動揺も反発もしない。
「わかりました」
「寮に戻り、即刻荷物をまとめなさい」
「はい」
そのままレダが立ち去ろうとする中、彼女の隣にいたエルメスが「生徒会執行部くんたち、ちょっといいかな?」と手を挙げた。
それにイシスが困ったように眉をひそめる。
「残念ですが、こちらの弁明は受け付けておりません。大勢出ている偽装アルカナの処罰がございます。エルナトさんのアルカナを使って嘘を暴くところまでは、こちらもできる限り避けたいのです」
「弁明はできないさ。ただ、こちらの提案だが。俺の退学は受け入れてもらえるのかな?」
「……ええ?」
「彼女のいない学園生活は、色のない世界とおんなじだ。俺がここにいる意味はないから、もう学園生活とはおさらばだ。いいかな?」
「……学園アルカナを退学して、どうされるおつもりで?」
「さあな? とりあえず各地を回ろうかと思っているけれど」
そう言ってエルメスはさっさと封筒を差し出した。
いつも持ち歩いていたのか、よれた封筒にはたしかに退学届が入っていた。
エルナトは困ったように肩を竦める。
「エルメスくん、君ホント享楽主義だよねえ。刹那主義というか。心配だなあって思うよ? でもホントにいい? 受理しちゃうよ?」
「かまわないよ。どうせ一寸先は闇だ。彼女を失って生きていたところで意味がないんだから」
「……そこまで言うんだったら、もう引き留めてもしょうがないよね。お気を付けて」
そう言って、そのまま立ち去ろうとする中、ちらりとエルメスはスピカたちを見る。
「俺たちは寮を出たら、このまま学園を去るけれど。話があるんだったら、寮にいる内だったらまだ」
「……あ」
寮内であったら、寮母のアルカナの能力により、ゾーンが展開されている関係で、戦うこともできなければ、【世界】に立ち聞きされることもない。
慌ててスピカたちは、エルメスの背中を追って、寮へと戻ることにした。
スピカは「レダ先輩探してくる!」と三人に言って、慌ててレダの寮室へと向かった。
二年生の階に向かうと、レダの寮室はすぐに見つかる。スピカは周りに他の先輩たちがいないのを確認してから、ドンドンと叩いた。
「レダ先輩! いいですか?」
「どうぞ」
「失礼します!」
彼女の部屋に入ると、レダは小さな肩掛けバックひとつを持っていた。
彼女の開けっぱなしのクローゼットにはなにもかかってはおらず、私物らしい私物がほぼない。それをレダは自嘲気味に笑う。
「驚くほど殺風景でしょ?」
「そんなことは……」
「謙遜しないで。私、あなたのこと嫌いだから、そう言われても嬉しくないわ」
「あ、はい。私は好きです」
スピカがそう返して、レダは少しだけ目を見開いた。
「……あなた、変わっているって言われない?」
「なんか会う人会う人によく言われますけど、私。わざわざ敵をつくりたくないんです。命がいくつあっても足りない状態にいますから、できる限り人に好かれるようにしてます……割としゃべって楽しかった人を敵に回したくはないじゃないですか」
「そう……それがあなたの処世術って訳ね。【世界】が血眼になって探し出すはずだわ」
レダの言葉に、スピカがビクンと肩を跳ねさせた。
(レダ先輩……やっぱり、【世界】と通じてたんだ)
その確信が、じわじわとスピカを締め付けるが、とにかく聞き出さないといけない。
「……あのう、ひとつ聞いてもいいですか?」
「ひとつで足りるの? ならひとつしか答えないけど」
「ありがとうございます……私たち、何度も偽装アルカナの所持者と戦っていましたけど、レダ先輩は偽装アルカナに全然思えないくらいに、【恋人たち】の使い方が自然でした。本当に……【世界】は偽装アルカナをつくっているんですか?」
いくらエルメスが日頃からレダと離れないとは言っても、レダひとりとも戦ったことのあるスピカからしてみれば、余計におかしな話だと思った。
カウスたちから聞いた【世界】が偽装アルカナを手駒にするために学園内にばら撒き、とうとう生徒会執行部まで対処に追われているという現状。
てっきり最初は、アルカナカードを奪われた人たちに、アレスがスピカに貸してくれたかのように、一回ぽっきりの力を使えるようにするものなのかと思っていたが、レダを見ている限りそうではない。
レダは「まあ、たしかに一回ね」と溜息をついてから、口を開いた。
「あの人が私に【恋人たち】のアルカナに偽装したのは、この学園入学前よ? 偽装アルカナは、ただ力を配るんじゃない。配布した大アルカナになりきるための手段だわ」
「え……そ、んなこと……」
「これは独り言だけれど」
スピカを元自室に置き去りにしつつ、レダはドアに手をかけながら告げる。
「【世界】の力は、正攻法じゃ手に負えないわよ。もしあなたが【世界】の天敵だというなら、せいぜい天敵としての才能をちゃんと育てないと……死ぬわよ」
そう言って、バタンとドアを閉めて立ち去ってしまった。
スピカはダラダラと冷や汗を掻きながら、立ち尽くしている。
(……アレスの力は、一回ポッキリの力だけれど……レダ先輩の言い分が本当だとしたら、【世界】の偽装アルカナは、そんな弱いものじゃない……与えたアルカナの力を、永続させている)
目眩がしそうになった。
いくら【世界】にとって【運命の輪】が天敵だとしても、そんな途方もない力を持っている相手に立ち向かわないといけないのか。
(戦う相手は【世界】だけじゃない……【星】、【月】、【太陽】、【審判】……それらを全部対峙してからじゃなかったら、きっと相手にすらしてもらえないのに)
スピカはハクハクと呼吸を繰り返しながらも、ぎゅっと手を握りしめる。
(……強くなりたい。あの人たち全員と戦えるくらいに、強く)
スピカ・ヴァルゴ。
今まで生まれ落ちたときから処刑対象という生き方を強いられ、人とは当たり障りない距離でしか生きてこず、できる限り誰とも敵対しないような生き方を心がけていたが。
この学園に来て初めて、巻き込まれるのではなく、自ら挑もうとする意思を示しはじめていた。
彼女の最後の能力は、まだ魔力量が足りな過ぎて使える気配が全くないが。
もう、猶予はない。
****
寮を出たレダは、寮の前でエルメスが待っていることに気付き、微笑んだ。
「……待っててくれてたの?」
「どうせ護衛が必要だろう? もう、君は力を使えないのだから」
「……そうね」
【世界】が生徒会執行部の退学通知を聞いたのだろう。彼女のアルカナカードから【恋人たち】はすっかりと抜け落ち、元の剣の8に戻っていた。
エルメスが手を差し出すと、レダはおずおずと彼の手を取る。そのままふたり寄り添って歩きはじめる。エルメスが小さくレダに囁いた。
「じゃあ、この国を出ようか」
「そうね」
大アルカナでなければ、まともに暮らすことはできない。
貴族でなければ、生きていく価値がない。
そんな国とおさらばすべく、ふたりは門をくぐり抜けた。
****
鏡の間で、それらを鑑賞していた人々はお茶を飲みながら好きに感想を言う。
「ええ、ええ……ふたりの愛が茨の道へと突き進む! 本当に素晴らしい物語でした!」
ひとりで勝手に感動して拍手をしているのは、長く艶やかなブルーブロンドの髪の、一見すると性別不詳の危うい美しさを誇る青年であった。目尻には歓喜の涙すら浮かべている。
それを醒めきった顔で見つめているモスグリーンブロンドの髪の青年は、自らお茶をカップに注ぎ入れた。
「君、いくらなんでもえこひいきが過ぎなくないかな? 偽装アルカナの子から力を回収するならまだわかるけれど、彼はどうせ一代限りの爵位持ちなんだから、力を回収してしまってもよかったのに」
「元々彼女の持ち物ではなかったからね、【恋人たち】は。だから回収したけれどね。そして彼から力を回収しなかったのは、彼女に対しての敬意だよ」
「君が平民に敬意を持っていたなんて、初めて聞いたけれど」
「彼女は僕たちのためによく働いてくれたからね。その健気な献身に敬意を表してに、彼からはなにも奪わなかったのさ」
「ふぅーん……結局は、えこひいきじゃないか」
そうぶすくれた態度を取る彼に、【世界】は極上の笑みを浮かべた。
「ソール、今日は君もずいぶんと刺々しいね。体の具合でも悪いのかな?」
「そりゃ怒りたくもなるよ……ルーナに、あんなことさせて! まるで彼女は悪人じゃないか!」
「彼女を悪辣ではないと思っているのは、おそらくは君だけだと思うよ? 皆、彼女の悪辣な部分を認めているというのに」
「あーあーあーあー……君は本当にこれだから友達がいないんだよっ、オシリスくんやヨハネくんが庇ってくれていることに、ちょっとは感謝したらいいんじゃないかなっ?」
「おやおや」
「ヨハネ」と呼ばれた青年は、にこやかに笑った。
「私は単純に【世界】の紡ぎ上げた物語が好みなだけですよ。【世界】が面白い内は付き合ってもいいというだけで、庇ったりはしませんよ、ええ」
「ほんっとうに、五貴人って僕以外性格悪いのしかいないじゃないか」
「君が自分のことを性格がいいって思っていたのは驚きだけどね。でも」
偽装アルカナが暴かれ、退学者も出た。
いよいよもって学園の混沌は加速し続け、この学園に通う全ての生徒は舞台へと上げられた。
「皆が皆、次の幕が他人事だと思えたらいいのだけどね」
「誰もを他人事にしないのが、あなたの心情でしょう?」
「……そうだね。【運命の輪】を処刑し、次の時代が来るまでの礎をつくる……次の時代が来るまでの時間稼ぎができるのだったら。僕の残りの命にも、意味がある」
そう言って、彼が膝を突いた。それをひょいとヨハネは抱き留める。
「……そろそろ魔力の使い過ぎですね。体中すっかり熱が回ってしまってるじゃないですか。私のゾーンに移動しますよ」
「すまないね、ヨハネ」
「ええ、ええ。私はあなたの紡ぐ物語をこよなく愛していますから」
一瞬で鏡の間は光り輝いて消えたかと思いきや、次の瞬間真っ白な柱の立ち並ぶ間へと切り替わる。
備え付けの長椅子に【世界】は横たわった。
(……これが教義の上の天国に一番近い光景なのかな……)
そう思いながら、できればまだ召されたくないなと思った。
彼が死後向かうのは、天国からは一番遠い場所のはずだが。
エルメスは悔しげな顔をしていたものの、レダはその宣言を受けても動揺も反発もしない。
「わかりました」
「寮に戻り、即刻荷物をまとめなさい」
「はい」
そのままレダが立ち去ろうとする中、彼女の隣にいたエルメスが「生徒会執行部くんたち、ちょっといいかな?」と手を挙げた。
それにイシスが困ったように眉をひそめる。
「残念ですが、こちらの弁明は受け付けておりません。大勢出ている偽装アルカナの処罰がございます。エルナトさんのアルカナを使って嘘を暴くところまでは、こちらもできる限り避けたいのです」
「弁明はできないさ。ただ、こちらの提案だが。俺の退学は受け入れてもらえるのかな?」
「……ええ?」
「彼女のいない学園生活は、色のない世界とおんなじだ。俺がここにいる意味はないから、もう学園生活とはおさらばだ。いいかな?」
「……学園アルカナを退学して、どうされるおつもりで?」
「さあな? とりあえず各地を回ろうかと思っているけれど」
そう言ってエルメスはさっさと封筒を差し出した。
いつも持ち歩いていたのか、よれた封筒にはたしかに退学届が入っていた。
エルナトは困ったように肩を竦める。
「エルメスくん、君ホント享楽主義だよねえ。刹那主義というか。心配だなあって思うよ? でもホントにいい? 受理しちゃうよ?」
「かまわないよ。どうせ一寸先は闇だ。彼女を失って生きていたところで意味がないんだから」
「……そこまで言うんだったら、もう引き留めてもしょうがないよね。お気を付けて」
そう言って、そのまま立ち去ろうとする中、ちらりとエルメスはスピカたちを見る。
「俺たちは寮を出たら、このまま学園を去るけれど。話があるんだったら、寮にいる内だったらまだ」
「……あ」
寮内であったら、寮母のアルカナの能力により、ゾーンが展開されている関係で、戦うこともできなければ、【世界】に立ち聞きされることもない。
慌ててスピカたちは、エルメスの背中を追って、寮へと戻ることにした。
スピカは「レダ先輩探してくる!」と三人に言って、慌ててレダの寮室へと向かった。
二年生の階に向かうと、レダの寮室はすぐに見つかる。スピカは周りに他の先輩たちがいないのを確認してから、ドンドンと叩いた。
「レダ先輩! いいですか?」
「どうぞ」
「失礼します!」
彼女の部屋に入ると、レダは小さな肩掛けバックひとつを持っていた。
彼女の開けっぱなしのクローゼットにはなにもかかってはおらず、私物らしい私物がほぼない。それをレダは自嘲気味に笑う。
「驚くほど殺風景でしょ?」
「そんなことは……」
「謙遜しないで。私、あなたのこと嫌いだから、そう言われても嬉しくないわ」
「あ、はい。私は好きです」
スピカがそう返して、レダは少しだけ目を見開いた。
「……あなた、変わっているって言われない?」
「なんか会う人会う人によく言われますけど、私。わざわざ敵をつくりたくないんです。命がいくつあっても足りない状態にいますから、できる限り人に好かれるようにしてます……割としゃべって楽しかった人を敵に回したくはないじゃないですか」
「そう……それがあなたの処世術って訳ね。【世界】が血眼になって探し出すはずだわ」
レダの言葉に、スピカがビクンと肩を跳ねさせた。
(レダ先輩……やっぱり、【世界】と通じてたんだ)
その確信が、じわじわとスピカを締め付けるが、とにかく聞き出さないといけない。
「……あのう、ひとつ聞いてもいいですか?」
「ひとつで足りるの? ならひとつしか答えないけど」
「ありがとうございます……私たち、何度も偽装アルカナの所持者と戦っていましたけど、レダ先輩は偽装アルカナに全然思えないくらいに、【恋人たち】の使い方が自然でした。本当に……【世界】は偽装アルカナをつくっているんですか?」
いくらエルメスが日頃からレダと離れないとは言っても、レダひとりとも戦ったことのあるスピカからしてみれば、余計におかしな話だと思った。
カウスたちから聞いた【世界】が偽装アルカナを手駒にするために学園内にばら撒き、とうとう生徒会執行部まで対処に追われているという現状。
てっきり最初は、アルカナカードを奪われた人たちに、アレスがスピカに貸してくれたかのように、一回ぽっきりの力を使えるようにするものなのかと思っていたが、レダを見ている限りそうではない。
レダは「まあ、たしかに一回ね」と溜息をついてから、口を開いた。
「あの人が私に【恋人たち】のアルカナに偽装したのは、この学園入学前よ? 偽装アルカナは、ただ力を配るんじゃない。配布した大アルカナになりきるための手段だわ」
「え……そ、んなこと……」
「これは独り言だけれど」
スピカを元自室に置き去りにしつつ、レダはドアに手をかけながら告げる。
「【世界】の力は、正攻法じゃ手に負えないわよ。もしあなたが【世界】の天敵だというなら、せいぜい天敵としての才能をちゃんと育てないと……死ぬわよ」
そう言って、バタンとドアを閉めて立ち去ってしまった。
スピカはダラダラと冷や汗を掻きながら、立ち尽くしている。
(……アレスの力は、一回ポッキリの力だけれど……レダ先輩の言い分が本当だとしたら、【世界】の偽装アルカナは、そんな弱いものじゃない……与えたアルカナの力を、永続させている)
目眩がしそうになった。
いくら【世界】にとって【運命の輪】が天敵だとしても、そんな途方もない力を持っている相手に立ち向かわないといけないのか。
(戦う相手は【世界】だけじゃない……【星】、【月】、【太陽】、【審判】……それらを全部対峙してからじゃなかったら、きっと相手にすらしてもらえないのに)
スピカはハクハクと呼吸を繰り返しながらも、ぎゅっと手を握りしめる。
(……強くなりたい。あの人たち全員と戦えるくらいに、強く)
スピカ・ヴァルゴ。
今まで生まれ落ちたときから処刑対象という生き方を強いられ、人とは当たり障りない距離でしか生きてこず、できる限り誰とも敵対しないような生き方を心がけていたが。
この学園に来て初めて、巻き込まれるのではなく、自ら挑もうとする意思を示しはじめていた。
彼女の最後の能力は、まだ魔力量が足りな過ぎて使える気配が全くないが。
もう、猶予はない。
****
寮を出たレダは、寮の前でエルメスが待っていることに気付き、微笑んだ。
「……待っててくれてたの?」
「どうせ護衛が必要だろう? もう、君は力を使えないのだから」
「……そうね」
【世界】が生徒会執行部の退学通知を聞いたのだろう。彼女のアルカナカードから【恋人たち】はすっかりと抜け落ち、元の剣の8に戻っていた。
エルメスが手を差し出すと、レダはおずおずと彼の手を取る。そのままふたり寄り添って歩きはじめる。エルメスが小さくレダに囁いた。
「じゃあ、この国を出ようか」
「そうね」
大アルカナでなければ、まともに暮らすことはできない。
貴族でなければ、生きていく価値がない。
そんな国とおさらばすべく、ふたりは門をくぐり抜けた。
****
鏡の間で、それらを鑑賞していた人々はお茶を飲みながら好きに感想を言う。
「ええ、ええ……ふたりの愛が茨の道へと突き進む! 本当に素晴らしい物語でした!」
ひとりで勝手に感動して拍手をしているのは、長く艶やかなブルーブロンドの髪の、一見すると性別不詳の危うい美しさを誇る青年であった。目尻には歓喜の涙すら浮かべている。
それを醒めきった顔で見つめているモスグリーンブロンドの髪の青年は、自らお茶をカップに注ぎ入れた。
「君、いくらなんでもえこひいきが過ぎなくないかな? 偽装アルカナの子から力を回収するならまだわかるけれど、彼はどうせ一代限りの爵位持ちなんだから、力を回収してしまってもよかったのに」
「元々彼女の持ち物ではなかったからね、【恋人たち】は。だから回収したけれどね。そして彼から力を回収しなかったのは、彼女に対しての敬意だよ」
「君が平民に敬意を持っていたなんて、初めて聞いたけれど」
「彼女は僕たちのためによく働いてくれたからね。その健気な献身に敬意を表してに、彼からはなにも奪わなかったのさ」
「ふぅーん……結局は、えこひいきじゃないか」
そうぶすくれた態度を取る彼に、【世界】は極上の笑みを浮かべた。
「ソール、今日は君もずいぶんと刺々しいね。体の具合でも悪いのかな?」
「そりゃ怒りたくもなるよ……ルーナに、あんなことさせて! まるで彼女は悪人じゃないか!」
「彼女を悪辣ではないと思っているのは、おそらくは君だけだと思うよ? 皆、彼女の悪辣な部分を認めているというのに」
「あーあーあーあー……君は本当にこれだから友達がいないんだよっ、オシリスくんやヨハネくんが庇ってくれていることに、ちょっとは感謝したらいいんじゃないかなっ?」
「おやおや」
「ヨハネ」と呼ばれた青年は、にこやかに笑った。
「私は単純に【世界】の紡ぎ上げた物語が好みなだけですよ。【世界】が面白い内は付き合ってもいいというだけで、庇ったりはしませんよ、ええ」
「ほんっとうに、五貴人って僕以外性格悪いのしかいないじゃないか」
「君が自分のことを性格がいいって思っていたのは驚きだけどね。でも」
偽装アルカナが暴かれ、退学者も出た。
いよいよもって学園の混沌は加速し続け、この学園に通う全ての生徒は舞台へと上げられた。
「皆が皆、次の幕が他人事だと思えたらいいのだけどね」
「誰もを他人事にしないのが、あなたの心情でしょう?」
「……そうだね。【運命の輪】を処刑し、次の時代が来るまでの礎をつくる……次の時代が来るまでの時間稼ぎができるのだったら。僕の残りの命にも、意味がある」
そう言って、彼が膝を突いた。それをひょいとヨハネは抱き留める。
「……そろそろ魔力の使い過ぎですね。体中すっかり熱が回ってしまってるじゃないですか。私のゾーンに移動しますよ」
「すまないね、ヨハネ」
「ええ、ええ。私はあなたの紡ぐ物語をこよなく愛していますから」
一瞬で鏡の間は光り輝いて消えたかと思いきや、次の瞬間真っ白な柱の立ち並ぶ間へと切り替わる。
備え付けの長椅子に【世界】は横たわった。
(……これが教義の上の天国に一番近い光景なのかな……)
そう思いながら、できればまだ召されたくないなと思った。
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