学園アルカナディストピア

石田空

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学園抗争編

それでも日常に戻る

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 スピカたちがどうにか寮に帰ってきたとき、未だに講堂から避難している最中なのだろうか。寮母以外の人は寮にはおらず、がらんと人の気配がなかった。
 アレスはぜいぜいと息を切らして、その場に尻餅をついた。魔力を借りたとは言えども、彼の魔力量では無理な力を行使したのだ。精神的疲労が彼を襲っていた。

「あー……どうにか逃げ切れたみたいだな」
「うん。ありがとう、アレス」
「ぜんっぜん、ありがとうって感じしねえけど?」

 アレスにそう指摘され、スピカは黙り込んだ。
 置いていかざるを得なかったルヴィリエのことを、彼女はずっと気にしていたのだから。
 スカトは「うむ」と腕を組む。

「問題が山積みだな。まさか……スピカが【運命の輪】だったなんて。大丈夫なのか?」
「……スカトは全然反応変わらないんだね?」
「僕もアルカナの力の強弱でさんざんな目に遭っていたからな。完全にとはいかないけど、スピカの心労は想像できる……大変だったな」

 スカトの言葉は飾り気がなく、それ故に優しい。
 その労りの言葉で、スピカは涙が溢れ落ちそうになったが、必死で耐えた。

(私、全然泣いていい立場じゃない。ルヴィリエを置いていったことに、なんの変わりもないもの)

 スピカが歯を食いしばって涙を堪えている中、アレスが「それなあ……」と頭をガリガリと引っ掻いた。

「多分生徒全員にはばれてないとは思うけど、少なくとも五貴人にはばれた。あれも関係者には平気でばらしてくると思うから、今後はそういうのがスピカんところに襲撃に来ると思う。俺らがいるときだったらまだ対処できるけど……」
「僕たち、共通授業以外はほぼ授業内容が被ってないからなあ」

 このままでは、スピカは自衛ができないのである。
 アレスは「あー……」と言いながら、髪を引っ掻くと、「今日はもう俺、魔力が空っ穴で無理だけど」と言い置いてから続ける。

「お前ってぶっちゃけさ、魔力量どれだけあるの? 最近はずっと特訓してるけど、あれから魔力増えた? 増えてない?」
「ええ?」

 いったいアレスはなにを聞きたいのか。スピカはわからないまま、自身のカードフォルダーを取ると、それを床に置いて、自身の手を広げた。
 何度も何度も講師に聞いて、少しずつ少量の魔力でも精密操作ができるように朝と夜に特訓を繰り返していた。おかげで。
 彼女はパシッと音を立てて床に置いたカードフォルダーを手に取ることができるようになったのだ。

「魔力量、増えてるかどうかはわからないけど……少ない量でちゃんと使えるようにはなった……私のアルカナの能力を全部使えるかどうかは、まだわからないけど」
「よっしゃ。それなら充分。あとは食堂でご飯食べながら作戦会議な」
「えっ? うん」

 こうして、スピカはアレスとスカトとそれぞれ女子寮、男子寮に別れていった。
 スピカはドレスを脱ぎながら、ひとりで悶々と考える。
 ルヴィリエのこと。五貴人のこと。それにいつかのズベンのように誰かになにかしら吹き込まれた人や、エルメスやレダのようになにかしら理由のある人たちだって襲ってくるかもしれない。
 そもそも何故かアルカナが違う人たちだって襲ってきた理由が、未だにわからないのだから。
 でもひとりで全部を捌くのは、全ての【運命の輪】の力を持ってしても戦闘能力皆無な彼女では不可能だ。ひとつひとつ、なんとか処理していくしかない。

「まずは……自衛、だよね」

 アレスがなにかしら考えてくれるらしいし、魔力を使う特訓だけはどうにか欠かさずに行おう。そう思いながら服を部屋着に着替えると、いつもの通り魔力量を増やす反復特訓を行ってから、彼女は眠りについた。

****

 次の日、スピカは急いで制服に着替えると、てけてけと走って行った。普段はルヴィリエの部屋に直接向かうことはないが、昨日の今日でどうなったのかわからなかったがために、様子を見に来た。
 ドアを三回叩く。

「ルヴィリエ? ルヴィリエいる?」

 返事はない。どうしようかと悩んだ末「開けるよ」とひと言添えてから、部屋を開けた。
 部屋を見たが、中身は空っぽだった。
 クローゼットは開け放たれ、ドレスはおろか制服一式、私服すらもなくなっている。机には本来あるであろう教科書に筆記用具、ノートすらも置いてない。
 どう考えても、誰かが持ち去ったとしか思えなかった。

「これ……どういうこと?」

 五貴人に連れて行かれたんだろうか。そもそも五貴人は寮を使っていないようだから、彼女たちの居住区にいると考えたほうがいいのだろうか。
 スピカは悩んだ末に、頭を下げてから部屋を閉めた。

「まだ……どうやったらルヴィリエを助けられるのかわからない。私が助けるって言ってもおこがましいかもしれないけど。でも」

 彼女がいつも抱き着いてきて、笑顔で笑っていたのが、全部タニアとルーナに操られた末とは思えなかった。
 彼女の心を壊されている事実に、あのふたりに操られている事実。それでも。
 何度も何度もスピカを助けてくれた事実が、消えてなくなってしまう訳ではない。

「……なんとかするから」

 そう自分に言い聞かせてから、食堂へと向かった。
 食堂は相変わらず閑散としている。昨日の今日のせいか、余計にだ。その中でも「おはよう」と手を振ってアレスとスカトに合流する。

「ルヴィリエは?」

 スカトに尋ねられて、スピカは首を振る。

「寮の部屋、荷物が全部消えてた。多分だけれど……五貴人の人たちが持って行っちゃったんだと思う」
「やっぱりかあ……とりあえずスピカ。カードフォルダー貸せ」
「うん……? どうするの?」
「貸してやるから」

 その言葉に、スピカは目を見開いた。スピカは既に、【愚者】の能力を全て把握している。 スピカは「うん」と頷いてからカードフォルダーを取り出すと、アレスは自身のものと彼女のものを重ね合わせた。
 スピカはカードフォルダーの中身を覗き込んだ。

「言っとくけど、俺魔力までは貸し借りできねえからな」
「わかってるよ。ありがとう」

 ふたりがカードフォルダーをしまい込んでから、皆で朝ご飯を食べる。
 普段であったらパンケーキにソーセージ山盛りで興奮して食べているだろうに、いつも騒がしいルヴィリエがいないだけで、妙に場が静かだ。
 皆で一生懸命パンケーキとソーセージを咀嚼してから、校舎へと向かう。
 ふたりに心配されつつも、一時間目は変人のユダのいる星占術だ。彼の下でいきなり襲撃されることはないだろう。そう高を括って出かけていった。
 スピカが教室に入ると、既にユダが天井にぶら下がっていた。ユダの陰気な目が、スピカを捉える。

「あ、おはようございます」
「おはようございます……ふむ、昨晩は騒々しかったようですが」
「あー……ご存じでしたか。そういえば、昨日の舞踏会、ユダ先輩はおられませんでしたね?」
「あんな生徒会執行部やら五貴人やらが総括している行事になんて、行く訳ないでしょう」

 ユダは不機嫌気味に鼻息を立てた。それにスピカは「はあ……」と答える。
 相変わらず周りは、ユダとその下で授業を受けるスピカを遠巻きにして席を取るため、ふたりの周りは空席のままだ。
 スピカは教科書を広げていると「ところで」とユダが声をかけてきた。
 日頃から彼のおかげで星占術の授業の行き帰りにはアルカナ集めに巻き込まれていないため、感謝と敵対したくない一心でスピカは挨拶と世間話の応酬はできるだけ欠かしたことがないが、実のところ彼から話しかけられることは少ない。

「はい? どうかされましたか?」
「浮かない顔ですね。舞踏会でのこととなにか関係でも?」
「いやあ……」

 それにどう答えるべきかと、スピカは判断に迷った。

(言えないよねえ……まさか【世界】のせいでアルカナ集めのルールが変更になったなんて……その中で私が狙われているなんて)

 そもそもどう考えても【吊された男】であるユダの能力だって、スピカは知らないため、言う義理がないし、相談に乗ってもらおうにも自分の素性を明かさなければできないために、それはどだい無理な話だった。
 スピカがどう答えるべきかと判断に迷っている中、ユダが「ふん」と鼻息を立てた。

「大方【世界】がまたも余計なことをしたというところでしょう。昔から、あれはそういう人間ですから」
「……前々から思っていましたけど、ユダ先輩って案外人のことをよく知ってらっしゃいますか?」
「あれはたびたびやれ生徒会に入れ、やれ五貴人に顔出ししろとか、人を好き勝手に操ろうとする自分のことしか考えてない男ですよ。あんなのが国王になるなんて、世も末です」
「そこまで言うんですね……」
「あなた、昨日の今日であれを庇うんですか?」
「いや、全然庇うとかそういう気はないんですけど、ユダ先輩から罵倒が飛んできたのが新鮮だっただけです」

 そうしみじみと言うスピカは内心「あれ?」となっていた。

(そういえばユダ先輩って、貴族なのかな、平民なのかな。それ以前に、あのバリバリ階級主義者の【世界】が取り入ろうというか取り込もうとしているユダ先輩って、本当に何者なんだろう?)

 疑問は浮上しても、講師が来たために世間話は打ち切り。そのまま授業になった。
 ガリガリとノートを書きながらも、スピカは頭上を気にした。

(この人だったら、五貴人のこととか相談できないかな。五貴人のアルカナのこととか、力のこととか。カウス先輩とかナブー先輩とかもいるけれど、あの人たちはいつもいつも会える訳じゃないから。その点、ユダ先輩は授業には必ず出ているから捕まえやすいし……)

 五貴人のアルカナの能力や、彼らの人となりさえわかれば、ルヴィリエを助け出すことができるのでは。
 ひとりだとどうにも頼りないし、アレスやスカトと一緒にいたくても授業が違ったらなかなか基礎教養以外で一緒の授業を受けられない。ひとりで学園生活を送っている間でも、ルヴィリエを助ける方法を模索する方法はあるはずだ。
 スピカはそう思いながら、ユダを眺めた。
 ノートも取らずに、蓑虫のように授業を受けているユダ。彼がなにを考えているのかはわからないが、敵にならない代わりに味方にもなってくれないこの人にどうやって取り入るかと、スピカはそれについて必死で考えはじめた。
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