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学園抗争編
舞踏会の罠・4
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人がもっとも嫌う感情は、異物感である。
どれだけ寛容な人間であったとしても、自分の常識の範疇外のものは遠ざけようとするし、向こうから近付いてこれば、それを暴力を持ってしても遠ざけようとする。
【世界】がいともたやすく放り投げた異物感により、舞踏会の会場は既に混乱状態に陥ってしまっていた。
【戦車】と【死神】を探そうと血眼になっている者たちのアルカナの力で場は錯乱していた。
「なんで【戦車】と【死神】がいないんだよ!?」
「そもそも【戦車】はゾーン持ちだろ。そこでステルス決め込まれたら見つからねえよ。ゾーンの入り口を探せ!」
「革命組織の連中は!?」
「気付いたら会場からいなくなってた! 畜生、一網打尽にできたのに!」
そう声を荒げている中。
「これはいったいどういうことだ!?」
今まで外部警備を行っていた生徒会執行部が、とうとう講堂内に介入してきた。
本来ならば全員ドレスコードに沿った衣装を着ているはずだが、警備のために、全員シンプルなパンツスーツを着ていた。
「【世界】が! 【世界】がアルカナ集めに特別ルールを課して!」
「こんな滅茶苦茶な状態でか!?」
オシリスは眉間に皺を寄せ過ぎて、招待状を挟めそうなほどになってしまっている中、冷静な副会長のイシスが、それぞれに役割を振っていた。
「イブさんはアルカナを使って荒れている生徒の制圧を。エルナトさんは、拘束した生徒の処罰を。私は未参加者の避難誘導に向かいます」
「了解しました!」
「了解」
イブが早速【女教皇】の力で制圧に向かい、エルナトが自身のカードフォルダーに触れて、拘束された生徒が来るまで待機している中、イシスがオシリスに振り返る。
「今はこの狂乱を治めるほうが先です。【世界】に怒るのはそのあとです。会長」
「……くっ、了解した。俺もイブに続いて制圧に向かう。拘束した生徒の処罰はエルナトに任せた」
「はい、会長もお気をつけて」
エルナトはそう言ってそれぞれの場に駆けていく面々を見守った。
イシスが出向くまでに、アルカナ集めに参加しない面々は右往左往として錯乱状態に陥っていた。
なにぶん出入り口が四つしかないここでは、避難誘導もなしに上手く逃げ出すこともできず、混乱状態は熱を伴って蔓延するばかりである。
その中でさっさと出入り口を開こうとばかりに暴風が吹き荒れた。
エルメスがレダの腰を抱きながら、さっさと脱出を試みていたのだ。
「全く……本当に【世界】は余計なことをしないね。こんな狭い場所でアルカナ集めを起こすものじゃないさ」
「ええ……でも、私はなんだか怖いわ」
暴風でようやく人の捌けた出入り口を駆けながら、レダは言う。
「レダ?」
「……あの人に逆らおうとする人たちのことよ。【戦車】も【死神】も【運命の輪】も……本気で【世界】と五貴人のおそろしさをわかってないんじゃないかしら……あの人たちは、私たちのことを人となんて思っていないのに」
「君が恐れることはないよ」
エルメスは彼女の背中に腕を回した。いつものように。
「俺が君を……君が恐れる全てのものから守るから」
「エルメス……」
レダの背中は小刻みに震えていた。
この学園は【世界】が国を治めるための箱庭だ。
【世界】が王位に就いたときの縮図が、この学園の現状となる。
その学園内にこれだけの恐怖を植え込んでも、学園の中だけの話ならまだいい。
これを外に出していいのか?
学園を卒業したと同時に、恐怖で塗り固められた外に放り出されるのか?
嫌悪、侮蔑、恐怖……植え込まれた負の感情は一長一短では消えやしない。【世界】はそれを狙ってやっているようにしか見えなかった。
****
「貴様ら、いい加減にしろ! 【世界】になにを吹き込まれたかは知らんが、舞踏会でアルカナ集めをするんじゃない……!!」
生徒会執行部が介入し、暴れ回っていた生徒たちがひとり、またひとりと制圧、拘束され、アルカナ集めの未参加者たちが避難誘導されて講堂を後にしていく。
それを見て、タニアは「あらあら」と口元に手を当てた。
「典雅ではございませんわね。もう生徒会執行部の方々がいらっしゃったの? せっかくの舞踏会がもう中止だなんて、残念ですわね」
「もう見る影もなくなっているけどね」
「それは【世界】がせっかちさんなんですもの。仕方がございませんわね」
「……なにが仕方ないんですか。なにが残念なんですか」
スピカは喉の奥から振り絞るように声を、タニアとルーナに向かって吐き出した。
タニアに抱かれたルヴィリエの目からは、完全に光が消えてしまい、彼女は人形のようになってしまっている。
いったい彼女が壊れるまで、なにをしたのか。
今までしゃべった彼女の言葉を、全部が全部、嘘だとは思えなかった。今までしてくれた親切が全て、命令されたからだとは思えなかった。
もし彼女が本気でスピカを【運命の輪】か探っていたのならば、彼女の持っているアルカナから剣を取り出して、首筋にでも当てて聞き出せばよかった。日頃からスピカに抱き着いているルヴィリエだったら、そんなこといとも簡単にできただろう。
「ルヴィリエを返してください! この子をこんなことにして……こんなのって……こんなのって……!」
「あらあら、おかしなことをおっしゃりますね、【運命の輪】さんは」
スピカは叫びたいのを堪えて、アレスに爪を立てた。アレスは一瞬顔をしかめたものの、彼女にされるがままになった。
タニアはくすくすと笑う中、ルーナは淡々と言う。
「この子は私たちの人形。人形は持ち主の思い通りに動くもの。どうして今までの行動を自主的に動いていたと思うの?」
「この子は……私に優しかった! それでも、それを嘘だと?」
「嘘なんていくらでもつける。自分を守るためだったら、どれだけやりたくないことでも、平気で嘘をつける」
ルーナは抑揚のないまま、スピカをじっと見ながら言う。
彼女の目を見て、スピカは愕然とする。
ルーナの抑揚のないのは、表情や口調だけでない。こちらに向けている瞳が完全に虚無なのである。
「人間は自分が一番可愛い。一番可愛い自分のためにだったら、いくらでも嘘をつける。だって、処刑対象の【運命の輪】の秘匿に協力するなんて、それだけで処刑対象に追加されるのに、自分自身に嘘をつけないとできる訳がないでしょ」
彼女の言葉には抑揚がない。熱がない。冷静そのものだ。
その淡々とした感情のない言葉だからこそ、激しくスピカを抉った。彼女の柔らかい心に傷を付けた。
彼女が学園アルカナに来るまで、当たり障りのない人間関係以外形成できなかった理由そのものだからだ。
(私は……無神経に、ルヴィリエを傷つけてた? 嫌な思いをさせてた? 私が……私が……【運命の輪】だから?)
スピカはだんだん唇が震えてきた。
混乱して、頭が混ぜっ返されて、上手いこと考えがまとまらなくなる。
そんな中、「はっ」と声を上げたのに、スピカは思わず隣を見た。
今まで黙っていたアレスが、貴族を嫌悪する目をギラつかせたまま、目前のふたりを睨みつけていた。
「お貴族様って、本当に俺たちを下にしか見てないな。その上、馬鹿だからなにを言ってもかまわねえと思っているようにお見受けする」
「おい、アレス……!」
スカトが止める前に、アレスは吐き出した。その声からは、貴族に対する嫌悪だけでなく、憎悪が含まれている。
「わかってない、理解してないと思い込んで、話を混ぜっ返すんじゃねえよ。こいつのアルカナとあんたらがルヴィリエにやらかしたことに、なんの因果もないじゃねえか。なんであんたらがやらかしたことまで、こいつに罪を擦り付けられなきゃならねえんだよ。冗談じゃない。そんなのいちいち許容していたら、お貴族様の金の使いこみまで平民のせいにされるじゃねえか。本当にいい加減にしろよ」
そう言ってアレスはカードフォルダーに触れると、「スカト、来い」と呼んだ。
それにタニアとルーナは驚いた顔をする。
「ちょっと……! お待ちなさい! まだ話は終わってませんわよ!」
「もうあんたたちに話すことなんて、なんにもねえよ。じゃあな」
そのままアレスがカードをつくると、タニアとルーナが閉め出された。
なにが起こったのかと目を白黒とさせていて、気が付いた。
「これって……ゾーン!?」
アレスがカウスのゾーンをコピーしたのである。でもここは所有者の都合に合わせて形を変えるせいなのか、ここは空間というよりも、長い廊下であった。
アレスはそのままスピカの手首を掴んだまま走り、スカトもそれに合わせて走っていた。
「驚いたな、お前ゾーンは魔力が足りないから無理って言ってなかったのか?」
「俺ひとりじゃこんなもんコピーできねえよ。カウス先輩から借りたんだよ」
「借りた? でも他人が自分のアルカナの魔力の代替わりなんてできないだろ」
「違う違う。正確に言うと、カウス先輩が日頃から借りている魔力の供給源を借りたんだ」
日頃から、カウスはゾーンの中にソファーを置いて、その中で寝転がっている。ゾーンの保持と魔力の温存のためだろうと思うが、それ以外で魔力の供給源とは。
スピカは「そういえば」と気付いたことを言う。
「カウス先輩、なにかアレスに言ってたけど、それが関係してるの?」
「まあな。あの人……デネボラ先輩のアルカナを貸してくれたんだ。デネボラ先輩も許可済みだよ」
「あ……」
日頃からカウスの世話をデネボラが行っていると思ったら、彼女がカウスのゾーン維持のための要だったのだ。
それにスカトが「あー……」と頷く。
「デネボラさんのアルカナは【力】だから。対象をひとり選んで、あの人が魔力を肩代わりしてたんだよ」
「そんな魔力の肩代わりなんて便利なアルカナもあるんだ……だからアレスでもゾーンが張れたんだね」
「でも欠点だらけだろ。ゾーンも入り口を特定されて入り口を破壊されたらおしまいなんだからさ。今はこのゾーンを寮まで繋いでる。そのまんま寮に逃げ切れたら俺たちの勝ち。もしそれまでに入り口を壊して追いかけられたら、俺たちの他のアルカナで相手しなきゃだけど」
「ああ……だからここ、長い廊下だったんだ」
そのまま走りつつ、スピカは後ろを振り返る。
幸い、ゾーンの入り口をこじ開けようとする者はいない。五貴人は全員ゾーン持ちだと聞いてはいるが、幸いあのふたりには直接戦闘能力はなかったらしい。
スピカは走りながら、置いてきたルヴィリエを思う。
「……ルヴィリエ、どうしよう」
それに答えられるものは、この場にはいなかった。
壊れた心というものは、そう簡単に修復できるものなんだろうか。
それ以前に、五貴人の手に落ちた彼女を助ける術はあるんだろうか。
今の三人は、怖いものから逃げ出すことが精いっぱいで、立ち向かうための勇気も力も持ち合わせてはいない。
どれだけ寛容な人間であったとしても、自分の常識の範疇外のものは遠ざけようとするし、向こうから近付いてこれば、それを暴力を持ってしても遠ざけようとする。
【世界】がいともたやすく放り投げた異物感により、舞踏会の会場は既に混乱状態に陥ってしまっていた。
【戦車】と【死神】を探そうと血眼になっている者たちのアルカナの力で場は錯乱していた。
「なんで【戦車】と【死神】がいないんだよ!?」
「そもそも【戦車】はゾーン持ちだろ。そこでステルス決め込まれたら見つからねえよ。ゾーンの入り口を探せ!」
「革命組織の連中は!?」
「気付いたら会場からいなくなってた! 畜生、一網打尽にできたのに!」
そう声を荒げている中。
「これはいったいどういうことだ!?」
今まで外部警備を行っていた生徒会執行部が、とうとう講堂内に介入してきた。
本来ならば全員ドレスコードに沿った衣装を着ているはずだが、警備のために、全員シンプルなパンツスーツを着ていた。
「【世界】が! 【世界】がアルカナ集めに特別ルールを課して!」
「こんな滅茶苦茶な状態でか!?」
オシリスは眉間に皺を寄せ過ぎて、招待状を挟めそうなほどになってしまっている中、冷静な副会長のイシスが、それぞれに役割を振っていた。
「イブさんはアルカナを使って荒れている生徒の制圧を。エルナトさんは、拘束した生徒の処罰を。私は未参加者の避難誘導に向かいます」
「了解しました!」
「了解」
イブが早速【女教皇】の力で制圧に向かい、エルナトが自身のカードフォルダーに触れて、拘束された生徒が来るまで待機している中、イシスがオシリスに振り返る。
「今はこの狂乱を治めるほうが先です。【世界】に怒るのはそのあとです。会長」
「……くっ、了解した。俺もイブに続いて制圧に向かう。拘束した生徒の処罰はエルナトに任せた」
「はい、会長もお気をつけて」
エルナトはそう言ってそれぞれの場に駆けていく面々を見守った。
イシスが出向くまでに、アルカナ集めに参加しない面々は右往左往として錯乱状態に陥っていた。
なにぶん出入り口が四つしかないここでは、避難誘導もなしに上手く逃げ出すこともできず、混乱状態は熱を伴って蔓延するばかりである。
その中でさっさと出入り口を開こうとばかりに暴風が吹き荒れた。
エルメスがレダの腰を抱きながら、さっさと脱出を試みていたのだ。
「全く……本当に【世界】は余計なことをしないね。こんな狭い場所でアルカナ集めを起こすものじゃないさ」
「ええ……でも、私はなんだか怖いわ」
暴風でようやく人の捌けた出入り口を駆けながら、レダは言う。
「レダ?」
「……あの人に逆らおうとする人たちのことよ。【戦車】も【死神】も【運命の輪】も……本気で【世界】と五貴人のおそろしさをわかってないんじゃないかしら……あの人たちは、私たちのことを人となんて思っていないのに」
「君が恐れることはないよ」
エルメスは彼女の背中に腕を回した。いつものように。
「俺が君を……君が恐れる全てのものから守るから」
「エルメス……」
レダの背中は小刻みに震えていた。
この学園は【世界】が国を治めるための箱庭だ。
【世界】が王位に就いたときの縮図が、この学園の現状となる。
その学園内にこれだけの恐怖を植え込んでも、学園の中だけの話ならまだいい。
これを外に出していいのか?
学園を卒業したと同時に、恐怖で塗り固められた外に放り出されるのか?
嫌悪、侮蔑、恐怖……植え込まれた負の感情は一長一短では消えやしない。【世界】はそれを狙ってやっているようにしか見えなかった。
****
「貴様ら、いい加減にしろ! 【世界】になにを吹き込まれたかは知らんが、舞踏会でアルカナ集めをするんじゃない……!!」
生徒会執行部が介入し、暴れ回っていた生徒たちがひとり、またひとりと制圧、拘束され、アルカナ集めの未参加者たちが避難誘導されて講堂を後にしていく。
それを見て、タニアは「あらあら」と口元に手を当てた。
「典雅ではございませんわね。もう生徒会執行部の方々がいらっしゃったの? せっかくの舞踏会がもう中止だなんて、残念ですわね」
「もう見る影もなくなっているけどね」
「それは【世界】がせっかちさんなんですもの。仕方がございませんわね」
「……なにが仕方ないんですか。なにが残念なんですか」
スピカは喉の奥から振り絞るように声を、タニアとルーナに向かって吐き出した。
タニアに抱かれたルヴィリエの目からは、完全に光が消えてしまい、彼女は人形のようになってしまっている。
いったい彼女が壊れるまで、なにをしたのか。
今までしゃべった彼女の言葉を、全部が全部、嘘だとは思えなかった。今までしてくれた親切が全て、命令されたからだとは思えなかった。
もし彼女が本気でスピカを【運命の輪】か探っていたのならば、彼女の持っているアルカナから剣を取り出して、首筋にでも当てて聞き出せばよかった。日頃からスピカに抱き着いているルヴィリエだったら、そんなこといとも簡単にできただろう。
「ルヴィリエを返してください! この子をこんなことにして……こんなのって……こんなのって……!」
「あらあら、おかしなことをおっしゃりますね、【運命の輪】さんは」
スピカは叫びたいのを堪えて、アレスに爪を立てた。アレスは一瞬顔をしかめたものの、彼女にされるがままになった。
タニアはくすくすと笑う中、ルーナは淡々と言う。
「この子は私たちの人形。人形は持ち主の思い通りに動くもの。どうして今までの行動を自主的に動いていたと思うの?」
「この子は……私に優しかった! それでも、それを嘘だと?」
「嘘なんていくらでもつける。自分を守るためだったら、どれだけやりたくないことでも、平気で嘘をつける」
ルーナは抑揚のないまま、スピカをじっと見ながら言う。
彼女の目を見て、スピカは愕然とする。
ルーナの抑揚のないのは、表情や口調だけでない。こちらに向けている瞳が完全に虚無なのである。
「人間は自分が一番可愛い。一番可愛い自分のためにだったら、いくらでも嘘をつける。だって、処刑対象の【運命の輪】の秘匿に協力するなんて、それだけで処刑対象に追加されるのに、自分自身に嘘をつけないとできる訳がないでしょ」
彼女の言葉には抑揚がない。熱がない。冷静そのものだ。
その淡々とした感情のない言葉だからこそ、激しくスピカを抉った。彼女の柔らかい心に傷を付けた。
彼女が学園アルカナに来るまで、当たり障りのない人間関係以外形成できなかった理由そのものだからだ。
(私は……無神経に、ルヴィリエを傷つけてた? 嫌な思いをさせてた? 私が……私が……【運命の輪】だから?)
スピカはだんだん唇が震えてきた。
混乱して、頭が混ぜっ返されて、上手いこと考えがまとまらなくなる。
そんな中、「はっ」と声を上げたのに、スピカは思わず隣を見た。
今まで黙っていたアレスが、貴族を嫌悪する目をギラつかせたまま、目前のふたりを睨みつけていた。
「お貴族様って、本当に俺たちを下にしか見てないな。その上、馬鹿だからなにを言ってもかまわねえと思っているようにお見受けする」
「おい、アレス……!」
スカトが止める前に、アレスは吐き出した。その声からは、貴族に対する嫌悪だけでなく、憎悪が含まれている。
「わかってない、理解してないと思い込んで、話を混ぜっ返すんじゃねえよ。こいつのアルカナとあんたらがルヴィリエにやらかしたことに、なんの因果もないじゃねえか。なんであんたらがやらかしたことまで、こいつに罪を擦り付けられなきゃならねえんだよ。冗談じゃない。そんなのいちいち許容していたら、お貴族様の金の使いこみまで平民のせいにされるじゃねえか。本当にいい加減にしろよ」
そう言ってアレスはカードフォルダーに触れると、「スカト、来い」と呼んだ。
それにタニアとルーナは驚いた顔をする。
「ちょっと……! お待ちなさい! まだ話は終わってませんわよ!」
「もうあんたたちに話すことなんて、なんにもねえよ。じゃあな」
そのままアレスがカードをつくると、タニアとルーナが閉め出された。
なにが起こったのかと目を白黒とさせていて、気が付いた。
「これって……ゾーン!?」
アレスがカウスのゾーンをコピーしたのである。でもここは所有者の都合に合わせて形を変えるせいなのか、ここは空間というよりも、長い廊下であった。
アレスはそのままスピカの手首を掴んだまま走り、スカトもそれに合わせて走っていた。
「驚いたな、お前ゾーンは魔力が足りないから無理って言ってなかったのか?」
「俺ひとりじゃこんなもんコピーできねえよ。カウス先輩から借りたんだよ」
「借りた? でも他人が自分のアルカナの魔力の代替わりなんてできないだろ」
「違う違う。正確に言うと、カウス先輩が日頃から借りている魔力の供給源を借りたんだ」
日頃から、カウスはゾーンの中にソファーを置いて、その中で寝転がっている。ゾーンの保持と魔力の温存のためだろうと思うが、それ以外で魔力の供給源とは。
スピカは「そういえば」と気付いたことを言う。
「カウス先輩、なにかアレスに言ってたけど、それが関係してるの?」
「まあな。あの人……デネボラ先輩のアルカナを貸してくれたんだ。デネボラ先輩も許可済みだよ」
「あ……」
日頃からカウスの世話をデネボラが行っていると思ったら、彼女がカウスのゾーン維持のための要だったのだ。
それにスカトが「あー……」と頷く。
「デネボラさんのアルカナは【力】だから。対象をひとり選んで、あの人が魔力を肩代わりしてたんだよ」
「そんな魔力の肩代わりなんて便利なアルカナもあるんだ……だからアレスでもゾーンが張れたんだね」
「でも欠点だらけだろ。ゾーンも入り口を特定されて入り口を破壊されたらおしまいなんだからさ。今はこのゾーンを寮まで繋いでる。そのまんま寮に逃げ切れたら俺たちの勝ち。もしそれまでに入り口を壊して追いかけられたら、俺たちの他のアルカナで相手しなきゃだけど」
「ああ……だからここ、長い廊下だったんだ」
そのまま走りつつ、スピカは後ろを振り返る。
幸い、ゾーンの入り口をこじ開けようとする者はいない。五貴人は全員ゾーン持ちだと聞いてはいるが、幸いあのふたりには直接戦闘能力はなかったらしい。
スピカは走りながら、置いてきたルヴィリエを思う。
「……ルヴィリエ、どうしよう」
それに答えられるものは、この場にはいなかった。
壊れた心というものは、そう簡単に修復できるものなんだろうか。
それ以前に、五貴人の手に落ちた彼女を助ける術はあるんだろうか。
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