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学園抗争編
舞踏会の罠・3
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「五貴人……五貴人!? カーテン越しにしか出なかったのに、どうして……」
スピカは及び腰になる中、アレスは彼女の手を離さなかった。そして彼女の手首を握った指先でコツコツと叩く。
落ち着けとばかりに。
(……外は封鎖されているし、中は暴風雨みたいになっているんだから、うかつにひとりになったら、そっちのほうが詰む……か)
その中でも、豪奢な金髪を巻いた女性は小さく鼻息を立てる。
「本来ならわたくしたちが出る予定はございませんでした。【世界】が少々焦っているようでしてね。典雅ではなくて申し訳ございませんわね」
「私は別に……本当にどっちだっていい」
対照的な銀髪の少女は抑揚のない口調で、アメジストの瞳でじっと皆を見つめたあと、固まっているルヴィリエを見た。
ルヴィリエはまるで凍ったかのように、一歩も動かさない。
彼女の表情は、あからさまに恐怖で凝り固まってしまっている。
そのルヴィリエを背にして、スカトが口を開く。こちらもまた畏怖と恐怖でないまぜになった表情をしているが、ルヴィリエほどの恐怖は見受けられない。
「ルヴィリエになにかなさったんですか?」
「あら。おかしなことをおっしゃるのね」
そう言いながら金髪の女性はルヴィリエの頬を撫でる。彼女はされるがままになって頬を弄ばれる。一方彼女は人形でも撫でるかのように無遠慮だ。
ルヴィリエをあからさまに愛玩人形として扱っている。
愛玩されていても、それは人扱いではない。あくまで「愛玩物」扱いだ。
「この子は最初から、わたくしたちの所有物ですのに」
「所有物を回収に来ただけ」
「……所有物って、ルヴィリエのことですか……っ!?」
とうとうスピカが声を上げた。それにアレスが「おい」と小さく諫めるが、それでもスピカは声を上げる。
「この子は、私たちの友達です! 五貴人の存在は学園に来るまで知りませんでしたけど……人を物扱いするって……あなたたちはそこまで偉いんですか!?」
「あら……あらあらあら……ふふ、ふふふふふふふっ」
途端に金髪の女性は口元に手を当てて笑いはじめた。それは哄笑とも嘲笑とも取れる。
一方、抑揚のない銀髪の少女は、つまらないものを見る目をスピカに向ける。
「あなた、頭がおかしいの?」
「おかしいって……おかしいのはあなたたちで」
「あなたたちに限らず、私たちは全て【世界】の所有物でしょう? 所有物がさぞ人権があるというように言うほうがお笑い種だわ」
抑揚のない顔で、淡々と吐き出す言葉に、スピカは反論することもできなかった。
銀髪の少女は続ける。
「所有物には上から順番に自由があるだけ。アルカナが強いか弱いかで振れ幅があるだけ。【世界】はその気になれば簡単にその権限を剥奪できるのに。さぞや自分にその自由があると思っているなんて。可哀想な子」
「あなた……本当になにを……」
スピカは反論することができずにいて、思わずアレスを見た。
アレスは目を爛々とさせて、歯を食いしばって目前のふたりを睨みつけていた。今にもこのふたりに唾を吐きかけたいというのを必死で堪えて。
(アレス……王都で、ずっと貴族の理不尽を受けていたから? でも……そうだね。アレスの知っている人が学園内で死んでも、なんの情報も得られなかったんだから……不信感はずっと募っているんだ……)
ふたりとも必死で唇を噛みしめて堪えている中、スカトが口を開いた。
彼は努めて冷静にしているようだが、それでもルヴィリエを気にしている。
「……友人の無礼をお許しください。友人は平民階級ゆえに、この手の場は不得手ですので。それで……僕たちの友人であるルヴィリエがあなた方の所有物だというのは?」
「彼女、わたくしたちにとって都合のいいアルカナを所持しておりますの。【世界】に頼めば剥奪も簡単ですけれど、いつもいつも【世界】に頼むことも叶わないでしょう? ですからお願いしたのです。彼女は当時、あなた方のように無礼でしたから、大変困りましたけれど……何度も何度もお願いをしたら、ようやく首を縦に振ってくれましたのよ。本当に……長いこと時間がかかりましたが」
その言葉は、どう考えても「頼んだ」方法がおかしい。
スカトがまるで独り言のように「どうやって……」と囁く中。
銀髪の少女が淡々と言う。
「ゾーンの中に三日三晩はいと言うまで出さなかった。ただ首を縦に触れるようになったときには、もうなにも答えられなくなっていたから、知らない」
「……それ、いつに閉じ込めたんですか?」
だんだんスカトの声も引きつってきた。
彼は貴族の会話を心得ている。だが、ふたりの物言いは、彼の許容範囲をとっくの昔に越えている。彼を抑え込んでいるのは、「五貴人を敵に回すのはまずい」と理解している理性だけである。
金髪の女性は答える。
「去年、かしら」
「ちょっと待って……私たち、普通にしゃべっていたけど……」
「わたくしたちのお人形さんが、自分の意志でお話できる訳ないでしょう?」
スピカはアレスの手をギューッと握った。彼は一瞬顔をしかめたが、されるがままにしていた。
(じゃあ……じゃあ、私たちが会ったときには、既にルヴィリエは……! この人たち、本当に自分たちより下のアルカナは……人間とすら思ってないっていうの!?)
こちらには、狂乱状態の火の粉すら飛んでこない。このふたりがアルカナを使っているせいなのかは、スピカには把握できない。
ただ、このふたりの女の形をした悪魔を、今すぐ殴り飛ばしたくて仕方がなかった……それを今はすることすら困難なんだが。
****
ルヴィリエ・ガレは、貴族にしては普通の少女であった。
彼女の家族は貴族の中でも珍しく、慈善活動を行う人々であり、人間は貴族も平民も関係ないという考え方を持つ少女であった。
だから王都でも、貴族と平民が混ざっている学校に通い、弱いものいじめを嫌い、貴族の横暴を嫌がるという、慈愛と博愛の娘であった。
それこそ、列車でスピカやアレスと出会った頃となんら変わりのない少女だったのである。
学園アルカナへの召喚が決まったその日。
彼女の自宅前に見知らぬ車が停められた。
「ごきげんよう、ルヴィリエ様。わたくし、タニア・アウストラリスと申します。彼女は、ルーナ・セレーネー」
「ご、五貴人のおふたりが……どうして我が家に!?」
いきなり現れたふたりの五貴人の存在に、当然ながらルヴィリエは背筋を伸ばした。
彼女の生まれた頃には、学園アルカナ内だけでなく、社交界を制圧する五貴人と呼ばれる姓の人々は固定していた。貴族以外はさすがに知られてない話ではあるが。
タニアは妖艶に笑いながら、ルヴィリエに語り掛ける。
「学園アルカナ召喚、おめでとうございます」
「あ、りがとうございます……あの、おふたりは学園アルカナから出て大丈夫なんですか? 卒業まで、学園アルカナから外出は禁止って聞いてたんですけれど」
「本来ならば外出は原則禁止ですが、【世界】に特別に許可をいただきましたの。王族の彼に許可をいただいたのならば、なんの問題もございませんでしょう?」
「そう……なんですね」
ルヴィリエはそこに一瞬「ん?」と思ったが、黙っていた。
王族が堂々と校則を破るのはどうなんだろう。その疑問を飲み込んだことで、彼女は判断が遅れた。
もし彼女は、早く学園アルカナに連絡を取り、このふたりを引き取ってもらっていたならば、以後の彼女の人生は大幅に変わっていただろう。
友情を得ることもない代わりに、友情に亀裂を入れることもなかった。
「あなたにぜひとも、生徒会執行部に入って欲しいんです。五貴人の手足になっている方々ですのよ?」
「……それって、五貴人の方々が人選を決めているものなんですか?」
「現在の会長は自主性を重んじますけれど、あれは頭が固い方ですから。そのおかげで学園内が少々好き勝手に動く方が増えて困っておりますから、バランスを保つためにもわたくしたち側からの方に入って欲しいと思っておりますのよ」
「……私が入っても、五貴人の皆さんのお役には立てないと思うんですけど」
「いいえ。【正義】。このアルカナはわたくしたちに大変有効ですから」
「……タニア。どうしてそんなまどろっこしいことをするの?」
静かに話を聞いていたルーナが口を開く。
「どうして学園内の縮図は、全てこの国の縮図になる。全ては【世界】のためにあるんだから、同じことでしょう?」
そう言うと、彼女はカードフォルダーを取り出すと、それでルヴィリエに触れた。
途端に幕一枚が彼女を覆ったように感じる。
「まあルーナ。実力行使は典雅ではございませんわよ?」
「【世界】がなんとでもするでしょう?」
抑揚のない言葉に押し出されるように、彼女はルーナのアルカナによるゾーンによって閉じ込められた。
「……ここは?」
ルヴィリエもこれがアルカナの効果だろうとは思ったものの、どうやって破ればいいのかがわからなかった。
ゾーンの中に入ったら、条件を満たさなければ解放されることはない。外からの助けを待ったほうがいいんだろうか。
そう彼女が悩んでいたところで、父親が現れた。
「お父様?」
「このガレ家の恥知らずが」
吐き出されたのは、拒絶の言葉だった。
「五貴人の要請を受けることなんて滅多にないというのに! あれを断るような真似をするなんて!」
「待ってお父様! そもそも、そういうのは生徒会から要請されたら応じるものであって、五貴人からスパイの真似をするように言われるのは……!」
「これで【世界】に目をつけられたらどうする! 家はお取り潰しになるかもしれない! アルカナを没収されるかもしれない! お前は、なんてことを……!!」
父親に何度も何度もビンタをされ、ルヴィリエの頬は腫れてきた。
最初は痛かったはずの頬も、だんだんと麻痺して、腫れあがった部分が固くなってきて、なにも感じなくなっていく。
そこから、次から次へと彼女を責め立てる人々に出会った。
「五貴人に逆らったって!」
「まあ……なんということでしょう!」
「これで俺たちまで目を付けられるなんて真っ平だ!」
「貴族の面汚し!」
「偽善者!」
「お前なんか処刑されてしまえ!」
「考えなし!」
「身だしなみも貴族らしくない! 子供みたいで馬鹿じゃないの!」
次から次へと侮蔑の言葉を並べ立てられ、彼女の心根が、彼女の性格が、彼女の家柄が、彼女の行いが、否定の言葉で塗り潰されていく。
人の心は、どれだけ強くても、否定の言葉には弱い。
聞き続ければ、どんどん心根は弱くなっていく。
三日三晩、否定され続けたルヴィリエは、あるところでプツンという音を立てて、そのまま膝を折って座り込んでしまった。
もう、なにも心に届かなくなったところで、ようやく彼女は楽になれた。
そんな中、彼女はふいに抱き着かれた。
先程までさんざん聞かされた否定の言葉を思い出し、ルヴィリエはその相手を突き飛ばしてしまったが、それはタニアだったことに気付き、ルヴィリエは顔を青褪めさせる。
三日三晩閉じ込められた彼女からしてみれば、彼女は……というより、五貴人は、既に恐怖と畏怖の対象になっていた。
「ごめんなさいね、ルーナのアルカナは少々で。ですけれど、わたくしでしたら、あなたを外に出してあげることができます」
「え……出たい、出たいです……!」
「ええ、ええ。どうかあなたは学園内でお友達をたくさんつくって欲しいんです。そしてあなたのアルカナで、情報をどんどん抜いて、わたくしたちに報告してくださいな」
「……おふたりに、情報を引き渡すんですか?」
ルヴィリエの体の竦み具合に、タニアは困ったように小首を傾げた。
「あらあら……すっかり恐怖を植え込まれてしまいましたのね……大丈夫ですわ。あなたはわたくしたちに出会ったとしても、すぐに忘れてしまいます。思い出せませんから。忘れていることは、怖くはないでしょう?」
「そ、うですね……」
「ですから、あなたがここで話したことも思い出せません。全部夢です。どうかわたくしたちにあなたのアルカナを有効活用させてくださいませね……【正義】」
そのままプツンと、音を立ててルヴィリエの視界は暗転した。
このまま暗くてかまわない。もうなにも感じていたくない。
怖いのは嫌だ。嫌われるのも嫌だ。
皆から怒られて、責められ続けるくらいならば、もう、楽になりたい。
ルヴィリエの心は未だに、ルーナのゾーンに囚われたままである。
スピカは及び腰になる中、アレスは彼女の手を離さなかった。そして彼女の手首を握った指先でコツコツと叩く。
落ち着けとばかりに。
(……外は封鎖されているし、中は暴風雨みたいになっているんだから、うかつにひとりになったら、そっちのほうが詰む……か)
その中でも、豪奢な金髪を巻いた女性は小さく鼻息を立てる。
「本来ならわたくしたちが出る予定はございませんでした。【世界】が少々焦っているようでしてね。典雅ではなくて申し訳ございませんわね」
「私は別に……本当にどっちだっていい」
対照的な銀髪の少女は抑揚のない口調で、アメジストの瞳でじっと皆を見つめたあと、固まっているルヴィリエを見た。
ルヴィリエはまるで凍ったかのように、一歩も動かさない。
彼女の表情は、あからさまに恐怖で凝り固まってしまっている。
そのルヴィリエを背にして、スカトが口を開く。こちらもまた畏怖と恐怖でないまぜになった表情をしているが、ルヴィリエほどの恐怖は見受けられない。
「ルヴィリエになにかなさったんですか?」
「あら。おかしなことをおっしゃるのね」
そう言いながら金髪の女性はルヴィリエの頬を撫でる。彼女はされるがままになって頬を弄ばれる。一方彼女は人形でも撫でるかのように無遠慮だ。
ルヴィリエをあからさまに愛玩人形として扱っている。
愛玩されていても、それは人扱いではない。あくまで「愛玩物」扱いだ。
「この子は最初から、わたくしたちの所有物ですのに」
「所有物を回収に来ただけ」
「……所有物って、ルヴィリエのことですか……っ!?」
とうとうスピカが声を上げた。それにアレスが「おい」と小さく諫めるが、それでもスピカは声を上げる。
「この子は、私たちの友達です! 五貴人の存在は学園に来るまで知りませんでしたけど……人を物扱いするって……あなたたちはそこまで偉いんですか!?」
「あら……あらあらあら……ふふ、ふふふふふふふっ」
途端に金髪の女性は口元に手を当てて笑いはじめた。それは哄笑とも嘲笑とも取れる。
一方、抑揚のない銀髪の少女は、つまらないものを見る目をスピカに向ける。
「あなた、頭がおかしいの?」
「おかしいって……おかしいのはあなたたちで」
「あなたたちに限らず、私たちは全て【世界】の所有物でしょう? 所有物がさぞ人権があるというように言うほうがお笑い種だわ」
抑揚のない顔で、淡々と吐き出す言葉に、スピカは反論することもできなかった。
銀髪の少女は続ける。
「所有物には上から順番に自由があるだけ。アルカナが強いか弱いかで振れ幅があるだけ。【世界】はその気になれば簡単にその権限を剥奪できるのに。さぞや自分にその自由があると思っているなんて。可哀想な子」
「あなた……本当になにを……」
スピカは反論することができずにいて、思わずアレスを見た。
アレスは目を爛々とさせて、歯を食いしばって目前のふたりを睨みつけていた。今にもこのふたりに唾を吐きかけたいというのを必死で堪えて。
(アレス……王都で、ずっと貴族の理不尽を受けていたから? でも……そうだね。アレスの知っている人が学園内で死んでも、なんの情報も得られなかったんだから……不信感はずっと募っているんだ……)
ふたりとも必死で唇を噛みしめて堪えている中、スカトが口を開いた。
彼は努めて冷静にしているようだが、それでもルヴィリエを気にしている。
「……友人の無礼をお許しください。友人は平民階級ゆえに、この手の場は不得手ですので。それで……僕たちの友人であるルヴィリエがあなた方の所有物だというのは?」
「彼女、わたくしたちにとって都合のいいアルカナを所持しておりますの。【世界】に頼めば剥奪も簡単ですけれど、いつもいつも【世界】に頼むことも叶わないでしょう? ですからお願いしたのです。彼女は当時、あなた方のように無礼でしたから、大変困りましたけれど……何度も何度もお願いをしたら、ようやく首を縦に振ってくれましたのよ。本当に……長いこと時間がかかりましたが」
その言葉は、どう考えても「頼んだ」方法がおかしい。
スカトがまるで独り言のように「どうやって……」と囁く中。
銀髪の少女が淡々と言う。
「ゾーンの中に三日三晩はいと言うまで出さなかった。ただ首を縦に触れるようになったときには、もうなにも答えられなくなっていたから、知らない」
「……それ、いつに閉じ込めたんですか?」
だんだんスカトの声も引きつってきた。
彼は貴族の会話を心得ている。だが、ふたりの物言いは、彼の許容範囲をとっくの昔に越えている。彼を抑え込んでいるのは、「五貴人を敵に回すのはまずい」と理解している理性だけである。
金髪の女性は答える。
「去年、かしら」
「ちょっと待って……私たち、普通にしゃべっていたけど……」
「わたくしたちのお人形さんが、自分の意志でお話できる訳ないでしょう?」
スピカはアレスの手をギューッと握った。彼は一瞬顔をしかめたが、されるがままにしていた。
(じゃあ……じゃあ、私たちが会ったときには、既にルヴィリエは……! この人たち、本当に自分たちより下のアルカナは……人間とすら思ってないっていうの!?)
こちらには、狂乱状態の火の粉すら飛んでこない。このふたりがアルカナを使っているせいなのかは、スピカには把握できない。
ただ、このふたりの女の形をした悪魔を、今すぐ殴り飛ばしたくて仕方がなかった……それを今はすることすら困難なんだが。
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ルヴィリエ・ガレは、貴族にしては普通の少女であった。
彼女の家族は貴族の中でも珍しく、慈善活動を行う人々であり、人間は貴族も平民も関係ないという考え方を持つ少女であった。
だから王都でも、貴族と平民が混ざっている学校に通い、弱いものいじめを嫌い、貴族の横暴を嫌がるという、慈愛と博愛の娘であった。
それこそ、列車でスピカやアレスと出会った頃となんら変わりのない少女だったのである。
学園アルカナへの召喚が決まったその日。
彼女の自宅前に見知らぬ車が停められた。
「ごきげんよう、ルヴィリエ様。わたくし、タニア・アウストラリスと申します。彼女は、ルーナ・セレーネー」
「ご、五貴人のおふたりが……どうして我が家に!?」
いきなり現れたふたりの五貴人の存在に、当然ながらルヴィリエは背筋を伸ばした。
彼女の生まれた頃には、学園アルカナ内だけでなく、社交界を制圧する五貴人と呼ばれる姓の人々は固定していた。貴族以外はさすがに知られてない話ではあるが。
タニアは妖艶に笑いながら、ルヴィリエに語り掛ける。
「学園アルカナ召喚、おめでとうございます」
「あ、りがとうございます……あの、おふたりは学園アルカナから出て大丈夫なんですか? 卒業まで、学園アルカナから外出は禁止って聞いてたんですけれど」
「本来ならば外出は原則禁止ですが、【世界】に特別に許可をいただきましたの。王族の彼に許可をいただいたのならば、なんの問題もございませんでしょう?」
「そう……なんですね」
ルヴィリエはそこに一瞬「ん?」と思ったが、黙っていた。
王族が堂々と校則を破るのはどうなんだろう。その疑問を飲み込んだことで、彼女は判断が遅れた。
もし彼女は、早く学園アルカナに連絡を取り、このふたりを引き取ってもらっていたならば、以後の彼女の人生は大幅に変わっていただろう。
友情を得ることもない代わりに、友情に亀裂を入れることもなかった。
「あなたにぜひとも、生徒会執行部に入って欲しいんです。五貴人の手足になっている方々ですのよ?」
「……それって、五貴人の方々が人選を決めているものなんですか?」
「現在の会長は自主性を重んじますけれど、あれは頭が固い方ですから。そのおかげで学園内が少々好き勝手に動く方が増えて困っておりますから、バランスを保つためにもわたくしたち側からの方に入って欲しいと思っておりますのよ」
「……私が入っても、五貴人の皆さんのお役には立てないと思うんですけど」
「いいえ。【正義】。このアルカナはわたくしたちに大変有効ですから」
「……タニア。どうしてそんなまどろっこしいことをするの?」
静かに話を聞いていたルーナが口を開く。
「どうして学園内の縮図は、全てこの国の縮図になる。全ては【世界】のためにあるんだから、同じことでしょう?」
そう言うと、彼女はカードフォルダーを取り出すと、それでルヴィリエに触れた。
途端に幕一枚が彼女を覆ったように感じる。
「まあルーナ。実力行使は典雅ではございませんわよ?」
「【世界】がなんとでもするでしょう?」
抑揚のない言葉に押し出されるように、彼女はルーナのアルカナによるゾーンによって閉じ込められた。
「……ここは?」
ルヴィリエもこれがアルカナの効果だろうとは思ったものの、どうやって破ればいいのかがわからなかった。
ゾーンの中に入ったら、条件を満たさなければ解放されることはない。外からの助けを待ったほうがいいんだろうか。
そう彼女が悩んでいたところで、父親が現れた。
「お父様?」
「このガレ家の恥知らずが」
吐き出されたのは、拒絶の言葉だった。
「五貴人の要請を受けることなんて滅多にないというのに! あれを断るような真似をするなんて!」
「待ってお父様! そもそも、そういうのは生徒会から要請されたら応じるものであって、五貴人からスパイの真似をするように言われるのは……!」
「これで【世界】に目をつけられたらどうする! 家はお取り潰しになるかもしれない! アルカナを没収されるかもしれない! お前は、なんてことを……!!」
父親に何度も何度もビンタをされ、ルヴィリエの頬は腫れてきた。
最初は痛かったはずの頬も、だんだんと麻痺して、腫れあがった部分が固くなってきて、なにも感じなくなっていく。
そこから、次から次へと彼女を責め立てる人々に出会った。
「五貴人に逆らったって!」
「まあ……なんということでしょう!」
「これで俺たちまで目を付けられるなんて真っ平だ!」
「貴族の面汚し!」
「偽善者!」
「お前なんか処刑されてしまえ!」
「考えなし!」
「身だしなみも貴族らしくない! 子供みたいで馬鹿じゃないの!」
次から次へと侮蔑の言葉を並べ立てられ、彼女の心根が、彼女の性格が、彼女の家柄が、彼女の行いが、否定の言葉で塗り潰されていく。
人の心は、どれだけ強くても、否定の言葉には弱い。
聞き続ければ、どんどん心根は弱くなっていく。
三日三晩、否定され続けたルヴィリエは、あるところでプツンという音を立てて、そのまま膝を折って座り込んでしまった。
もう、なにも心に届かなくなったところで、ようやく彼女は楽になれた。
そんな中、彼女はふいに抱き着かれた。
先程までさんざん聞かされた否定の言葉を思い出し、ルヴィリエはその相手を突き飛ばしてしまったが、それはタニアだったことに気付き、ルヴィリエは顔を青褪めさせる。
三日三晩閉じ込められた彼女からしてみれば、彼女は……というより、五貴人は、既に恐怖と畏怖の対象になっていた。
「ごめんなさいね、ルーナのアルカナは少々で。ですけれど、わたくしでしたら、あなたを外に出してあげることができます」
「え……出たい、出たいです……!」
「ええ、ええ。どうかあなたは学園内でお友達をたくさんつくって欲しいんです。そしてあなたのアルカナで、情報をどんどん抜いて、わたくしたちに報告してくださいな」
「……おふたりに、情報を引き渡すんですか?」
ルヴィリエの体の竦み具合に、タニアは困ったように小首を傾げた。
「あらあら……すっかり恐怖を植え込まれてしまいましたのね……大丈夫ですわ。あなたはわたくしたちに出会ったとしても、すぐに忘れてしまいます。思い出せませんから。忘れていることは、怖くはないでしょう?」
「そ、うですね……」
「ですから、あなたがここで話したことも思い出せません。全部夢です。どうかわたくしたちにあなたのアルカナを有効活用させてくださいませね……【正義】」
そのままプツンと、音を立ててルヴィリエの視界は暗転した。
このまま暗くてかまわない。もうなにも感じていたくない。
怖いのは嫌だ。嫌われるのも嫌だ。
皆から怒られて、責められ続けるくらいならば、もう、楽になりたい。
ルヴィリエの心は未だに、ルーナのゾーンに囚われたままである。
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