貧乏神の嫁入り

石田空

文字の大きさ
上 下
4 / 24

次期当主の事情

しおりを挟む
 紋付き袴の旦那さんと私は、宮司さんの前で三三九度をする。
 ふたりでお酒を飲み交わしてから、やっと重い着物を脱ぐことができた。
 化粧を落とされ、それから私は旦那さんの部屋に向かうことになったのだけれど。そこは武家屋敷の本邸から長い廊下を抜けた先の離れだった。

「あのう……旦那様はここで暮らしてらっしゃるんですか?」
「そうですよ」

 女中さんはあっさりと教えてくれた。

「坊ちゃまはお体が優れず、この数日ばかりは熱を出して寝たきりでした」
「そ、そんな方が今日、式を挙げて大丈夫だったんですか!?」
「だからあなた様を呼んだんですよ」

 訳がわからず、私は目を瞬かせた。どうにも鎮目邸の皆さんは、私が貧乏神の末裔だってことはおかまいなしらしい。
 私が訳がわからないままいたら「どうぞ坊ちゃまのことをよろしくお願いします」とお辞儀され、そのまま離れの前に置き去りにされてしまった。
 ……体が弱い人と、いきなり初夜ってことはないよね。それともあれか。生きている内に子供をつくれみたいなことだったら、いくらなんでもあんまりだ。
 昨日の今日でいきなり決まった婚姻だし、向こうも困ってないといいけれど。私はどうやって中に入るのがいいのかと、離れの前の廊下を右往左往としていたら。離れの戸がするりと開いた。

「お嫁さん。いきなりお呼び立てしてすみません」

 相変わらず柳のような人が、私に微笑んだ。
 立てば柳、座ればそよご、歩く姿は青紅葉。彼の柔和な雰囲気に、私は思わず見とれた。
 着ているのは既に重い紋付き袴は脱いで、着流し姿になっている。
 そういえば、病み上がりだと聞いた。私は慌てて「中に入ってください、風に当たります!」と言って、中に入れた。
 私は離れに入り、清涼感漂ういぐさの匂いと一緒に独特のにおいに気付いた。
 粉薬、漢方薬、薬膳酒……とにかく薬の匂いで充満していたのだ。

「これは……」
「すみません。自分が離れで暮らしている理由に、昨日今日でいきなり婚姻がまとまってしまった話を、お話ししないといけませんね。それにそもそも、自己紹介すらしておりませんから」

 旦那様は、たおやかに言った。そして私のほうを心底申し訳なさそうに見つめた。

「……あの」
「僕は鎮目しずめ桃矢とうやと言います。一応肩書きでは鎮目家の次期当主ということになっていますが、体が持つかどうか、ずっと疑問視されていました」
「お体、そこまで悪いんですか?」
「はい。母は僕を生んでからすぐに亡くなりました。今、本邸で暮らしているのは父の次の妻になります」

 ずいぶんと複雑な家庭ではあるけれど。
 でも女中さんにしろ、一度だけあったお義父様にしろ、普通に旦那様を心配していたから、不仲という訳ではなさそうだ。
 旦那様は続ける。

「体が弱いため、父は前以上に風水に力を上げましたが……僕の体は風水だけではどうすることもできませんでした。そんな中、中村家の噂を聞きつけたのです」
「……うちですか」

 タラタラと冷や汗を掻く。
 事業失敗が年中行事。貧乏な長屋生活。元気以外取り立てて能のない家庭で、食事はいつもわびしい。魚も肉も数年に一度食べられたらありがたいほうだ。
 そんなんを連れ帰ってありがたがって大丈夫なんだろうか。私が勝手に心配していたら、旦那さんがにっこりと笑った。

「貧乏神の末裔だそうですね」
「は、はい……お恥ずかしい限り。我が家代々おひとよしらしくって、貧乏神に好かれてそのまんま所帯を持ったらしくて」
「それでも代が続いたのでしょう? 大変に丈夫な血筋とお聞きしています」
「本当に体が丈夫なだけですよ? 貧乏で毎日毎日働き通しで……血筋関係ない母には申し訳なかったですし、兄は私が物心ついたときに『こんな家いやだ』と逃げ出しました。ですから、そのう……」

 いくら私が頑丈だからと言って、旦那様まで楽しい貧乏生活に巻き込んでいいのか。しかも体弱い人に。そう思って、なんとか言ってみるものの、旦那様はにこやかに笑うばかりだ。

「風水の判定をしたところ、互いに住まいを一緒にすれば、いい関係に繋がるそうです。これからよろしくお願いしますね。お嫁さん。お名前を教えていただいてもよろしいですか?」

 そうにこやかに言われると、「離縁してもいいですよ?」と言いづらくなる。
 母と旦那様。どちらの命を天秤にかけるべきか、私だって困っているのだ。

「……中村いろり、でした。今は鎮目いろりになりますが」
「では、いろりさんですね。これからどうぞよろしくお願いします。僕のことも、ぜひとも桃矢とお呼びください」
「……桃矢様、ですか?」
「できればさんで、お願いしますね」

 そうにこにこされて言われると、もうこちらがなにを言っても駄目なような気がする。
 私たちはこうして自己紹介し、夫婦になったのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

黒神と忌み子のはつ恋

遠野まさみ
キャラ文芸
神の力で守られているその国には、人々を妖魔から守る破妖の家系があった。 そのうちの一つ・蓮平の娘、香月は、身の内に妖魔の色とされる黒の血が流れていた為、 家族の破妖の仕事の際に、妖魔をおびき寄せる餌として、日々使われていた。 その日は二十年に一度の『神渡り』の日とされていて、破妖の武具に神さまから力を授かる日だった。 新しい力を得てしまえば、餌などでおびき寄せずとも妖魔を根こそぎ斬れるとして、 家族は用済みになる香月を斬ってしまう。 しかしその神渡りの神事の際に家族の前に現れたのは、武具に力を授けてくれる神・黒神と、その腕に抱かれた香月だった。 香月は黒神とある契約をしたため、黒神に助けられたのだ。 そして香月は黒神との契約を果たすために、彼の為に行動することになるが?

椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ
キャラ文芸
※毎日18時更新予定です。 架空の国の後宮物語。 若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。 有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。 しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。 幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……? あまり暗くなり過ぎない後宮物語。 雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。 ※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

【完結】天使のスプライン

ひなこ
キャラ文芸
少女モネは自分が何者かは知らない。だが時間を超越して、どの年代のどの時刻にも出入り可能だ。 様々な人々の一生を、部屋にあるファイルから把握できる。 モネの使命は、不遇な人生を終えた人物の元へ出向き運命を変えることだ。モネの武器である、スプライン(運命曲線)によって。相棒はオウム姿のカノン。口は悪いが、モネを叱咤する指南役でもある。 モネは持ち前のコミュ力、行動力でより良い未来へと引っ張ろうと頑張る。 そしてなぜ、自分はこんなことをしているのか? モネが会いに行く人々には、隠れたある共通点があった。

【完結】孤独な少年の心を癒した神社のあやかし達

フェア
キャラ文芸
小学校でいじめに遭って不登校になったショウが、中学入学後に両親が交通事故に遭ったことをきっかけに山奥の神社に預けられる。心優しい神主のタカヒロと奇妙奇天烈な妖怪達との交流で少しずつ心の傷を癒やしていく、ハートフルな物語。 *丁寧に描きすぎて、なかなか神社にたどり着いてないです。

八奈結び商店街を歩いてみれば

世津路 章
キャラ文芸
こんな商店街に、帰りたい―― 平成ノスタルジー風味な、なにわ人情コメディ長編! ========= 大阪のどっかにある《八奈結び商店街》。 両親のいない兄妹、繁雄・和希はしょっちゅうケンカ。 二人と似た境遇の千十世・美也の兄妹と、幼なじみでしょっちゅうコケるなずな。 5人の少年少女を軸に織りなされる、騒々しくもあたたかく、時々切ない日常の物語。

卑屈令嬢と甘い蜜月

永久保セツナ
キャラ文芸
【全31話(幕間3話あり)・完結まで毎日20:10更新】 葦原コノハ(旧姓:高天原コノハ)は、二言目には「ごめんなさい」が口癖の卑屈令嬢。 妹の悪意で顔に火傷を負い、家族からも「醜い」と冷遇されて生きてきた。 18歳になった誕生日、父親から結婚を強制される。 いわゆる政略結婚であり、しかもその相手は呪われた目――『魔眼』を持っている縁切りの神様だという。 会ってみるとその男、葦原ミコトは白髪で狐面をつけており、異様な雰囲気を持った人物だった。 実家から厄介払いされ、葦原家に嫁入りしたコノハ。 しかしその日から、夫にめちゃくちゃ自己肯定感を上げられる蜜月が始まるのであった――! 「私みたいな女と結婚する羽目になってごめんなさい……」 「私にとって貴女は何者にも代えがたい宝物です。結婚できて幸せです」 「はわ……」 卑屈令嬢が夫との幸せを掴むまでの和風シンデレラストーリー。 表紙絵:かわせかわを 様(@kawawowow)

【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。

N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い) × 期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい) Special thanks illustration by 白鯨堂こち ※ご都合主義です。 ※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。

処理中です...