君に会うため僕は君の

石田空

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第三章

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 窓を見たら、滴が貼りついて流れ落ちていくのが見える。
 このところ外れ続きだった天気予報も、今晩は精度がよかったらしい。大雨で大当たりだ。
 でもコテージにある広間に、皆が集められて、小泉はわざわざつくってきたのか、しおりを皆に配っていた。書かれているのは誕生日から誕生星座を見る早見表だ。十二星座じゃない、十三星座と書かれている。

「なんだ、これ?」
「最近NASAで正式発表されたんだ、今は十三星座で誕生日を区切るものらしい」

 なんだそれ。しおりをぺらぺらめくってみれば、星座ごとの性格が書かれているのに、僕は閉口する。誕生日で性格を決められてもな。十二星座だったら、僕は魚座にされていたのに、十三星座になった途端に水瓶座に変わっている。
 魚座はロマンティストだと評されているのに対して、ひとつずれた水瓶座では宇宙人だとされている。なんだそりゃ。
 そもそも誕生日一日ずれただけで性格が変わるとかありえないし、僕はお世辞にも性格がよくないという自覚はあるけれど、水瓶座全員が変人なわけではないだろ。僕はしおりを放り出したい顔をしていたけれど、池谷は目をきらきらさせながらそれを読んでいる。

「私、十二星座でも十三星座でも変わらないんだなあ、蟹座。海鳴さんはどう?」
「わたしは……蠍座から蛇使い座に変わってる」

 しおりを見てみると、蠍座って指定されている日が蛇使い座を無理矢理入れたせいなのか極端に減ってしまっているのに、ますます胡散臭さを感じてしまっていた。
 僕のあからさまな拒否反応を、小泉はにやりと笑いながら言う。

「ああ、僕は君のそういう反応が見たかったんだよ」
「……はあ?」
「だって君は星座占いなんて信じてないだろう?」

 人の嫌がる顔を見たいとか、いったいどこのサドだよ。僕は思わず眉を持ち上げるものの、小泉はにやにやと笑ったままだ。
 そもそも占い自体をオカルトだと思っているけどな。そこまでは言わなかったけれど、僕は頷く。それに池谷は不思議そうにしおりを眺めながら言う。

「占いを信じてないのに、私たちに占いのしおりを配ったの?」
「すまないすまない。興味を引くには、わかりやすいものを見せたかったからだ。例えば入江くんの誕生日は?」
「……三月二日」
「十二星座だったら、魚座。十三星座だったら、水瓶座になるな。その特徴を上げてみてくれ」
「……魚座だったら『ロマンティスト』『感受性が強い』『お人よし』。水瓶座だったら『独創的』『常識にとらわれない』『合理主義』。星座がひとつずれただけで真逆な性格になっているんだけど」
「あっ、本当だね、すごい」

 池谷がポン、と手を叩く中、海鳴は不思議そうな顔でまじまじと小泉を見ている。小泉はその中で「ちなみに僕は」と言葉を続ける。

「『理性的』『礼儀正しい』『真面目』になるそうだ」
「ええっと……」

 その言葉だけで、海鳴は必死でしおりを見比べて、ようやくそう書かれている記述を引っ張り出す。

「小泉くんって乙女座なのかな?」

 そう言われて、僕は思わず乙女座の記述の部分を読む。たしかにそう書かれているが、こいつがそれをなにも見ずに言うところがいちいち癇に障るなとぼんやり思っていたら、意外にも小泉は「ちがう」と横に首を振った。

「実はこれ、血液型診断でA型に書かれていることなんだ。ちなみに僕は乙女座ではなくって、天秤座だ」
「ええ……」

 ちなみに天秤座は『平和主義』『真実より調和』『外交肌』。小泉に当てはまる部分もあれば見当違いな部分もある。僕らがそれを読み上げたのを確認してから、小泉は重々しく口を開いた。

「インプリティング、刷り込みってわかるか?」

 それに僕はひよこを頭に思い浮かべる。ひよこは卵からかえったときに、真っ先に見たものを親だと認定するという。それがどう見てもにわとりではなく、犬や猫なんかの四つ足の動物だけでなく、人間にだっておんなじ反応をする。
 小泉はゆったりと言葉を続ける。

「例えば入江くんの場合も『君は魚座なんだからロマンティストなんだ』『君は魚座らしくお人よしだね』と言われ続ければ、さも魚座らしい性格になったかもしれないが、十三星座になった途端に『君は水瓶座らしく合理的な考え方だね』と言われるようになってしまった。実に不思議なことじゃないか?」
「そりゃ、そうなるけど」

 いったいなにが言いたいんだろう。単純に占いは全部刷り込みであって嘘八百なんだとでも言いたいのか? それにしては。僕はちらりと海鳴と池谷を見る。
 池谷は相変わらず小泉がなにを言っても「格好いい!」と目にハートが浮かんで見えるようなオーラを放っているけれど、意外なのは海鳴のほうだ。
 海鳴はとまどったような、困ったような顔をして、小泉を眺めている。……なんだ? 僕が訝し気な顔をしている間も、小泉の独壇場が続いている。

「星座の起源は遡ればメソポタミア文明の頃だと言われている。その頃から星座を整理し、この星座が出ている年には洪水が来る、この星座が出ている年には豊作になると、星によって天候を読み解くことを、いつしか予知予言に使われるようになったんだ。実際、今も占いに使われる星座は十二星座、十三星座を含めて四十八星座ほどで、それは星座が発明された頃からほとんど変わっていない」

 それって、オカルトっていうよりも統計学から見た予知予測って奴では。僕はそう思いながら肘をついて聞いていたら、海鳴がおずおずと口を開いた。

「だったら……この星座占いによる性格や特徴っていうのは? これも、星を見て決めたのかな?」

 海鳴の質問に、小泉は「いい質問だ」と解説をはじめる。

「これもまた、星による統計の結果だけれど、それだとおかしい。人間の性格が血液型占いのように四パターンでも、星座占いのように十二パターン、十三パターンなわけがない。ただ全員分の特徴で一番平均的なものを言えば、ひとつくらいは当たるとされているだけだ」
「そうなんだ……」
「星座占いっていうのは、大局を見る面においては有効だ。洪水や豊作は予測できたほうが、対策が取れるしな。ただそこには小局を見るだけの力はない」

 そう言われて、僕はむずむずとした。
 そこでふっと思い至ったのは、僕が何度も何度も見た予知夢のことだ。
 海鳴がまったく否定しなかったことからして、あれは何度も繰り返したことなんだと思う。でも。結果はいつも僕が殺されて終わったけれど、夢の細部は違った。
 盆の時期、合宿から帰る頃合いに、僕はダガーナイフを持っている海鳴に追いかけ回された挙句、殺されている。そこまでは全部の夢の共通項だ。
 背後から刺されることもあった。コンクリートブロックで殴りつけられることもあった。マンホールの穴に突き落とされることもあった。
 結果は全部同じなのに、どうして細部がちがうんだろう? 同じ日を繰り返しているはずなのに。その疑問に答える術は、僕は持っていない。
 もしかすると、繰り返しているということすら、思い込みなのかもしれないと、藁にもすがりつきたい思いだけれど、実際に僕を殺そうとしてくる海鳴のことの説明が、まだついてないんだから。
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