君に会うため僕は君の

石田空

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第二章

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 天文部が合宿場に使っているのは、古いコテージだ。
 例年うちの学校の部活で使っているけれど、とにかくそこは古い。窓の外を見れば、町だとまず見ないサイズのでかい蜘蛛がぶら下がっているし、虫よけスプレーを定期的に振りかけておかないと、すぐに蚊に刺される。
 せめて木でできているだったら自然豊かな場所って気分になれるし、レンガ造りだったらサスペンスドラマに潜入したみたいな臨場感が味わえたんだろうけれど。見てくれは白い校舎を放置して黒くなった外観、内観は古くて隅っこが掃除できていなくって汚いだけのがっかり具合だから、テンションはたいして上がらない。
 女子用と男子用に泊まる部屋はわかれて、僕は小泉と男子用の部屋に荷物を置くと、顧問と一緒にバーベキュー用の炭やら肉やらを合宿場に隣接しているバーベキューコーナーまで運んでいた。
 かまどもあるし、薪だって既に切ってある奴を用意してくれているんだから飯盒炊飯でもすればいいのに、顧問は「飯盒炊飯のカレーなんてほとんど水だろ」と一蹴してしまっているため、うちだと毎年バーベキューで肉と野菜を市販の焼き肉のたれを付けて食べるなんて情緒のないことをしている。
 女子もすぐに出てきた。なんか匂いがするのは、日焼け止めクリームでもベタベタと塗っていたのか。

「うちねえ、いっつも夜はバーベキューなんだよ。焼き肉にすればいいのに、先生が串に肉刺すのが好きだから」

 池谷が海鳴にそう笑いながら教えているのを見ると、僕はなんとも言えなくなる。
 女子同士って、好きな男を奪い合いになったら険悪になるもんだと思うけれど、池谷はどうも海鳴には最初っから叶わないと思っている節があるらしく、喧嘩を仕掛けようとはしていないらしい。
 顧問は池谷の説明に「馬鹿野郎」と軽口を叩く。

「串打ち三年、割き五年、焼き一生って言うだろ。串は重要なんだよ」
「先生、そもそもそれってうなぎのかば焼きの修行じゃないですかあ、バーベキューの説明になっていませんよっ!」

 顧問と池谷がキャーキャー言っているのを眺めつつ、僕たちも皿を順番に並べたり、ペットボトルのお茶の準備をしたりする。
 もしかして串でブスリとひと突きでもされるんじゃないかと思って海鳴から自然と距離を取るものの、海鳴は池谷の説明にキャラキャラと笑って、ときにはもじもじした顔で小泉の皿に焼き肉のたれを入れたりとしている。
 本当にあまりにも普通な態度に、僕は本当にダガーナイフをかまえたあいつに追いかけ回されたって記憶は嘘だったんじゃと思い込みたくなるが、あのときに間近に顔を突き合わせて言われたことは、未だに脳裏にこびりついていた。

──あなたが生きてたら、わたしの好きな人が死んじゃうの──

 あんなこと言われてしまったら、警戒心を解けるわけがない。
 僕はげっそりとした気分で準備を終えたら、木炭に火が入れられ、その上で顧問が肉を焼きはじめた。
 ジュージューと食欲をそそる音に匂い。時々ちりちりになった黒い灰が舞うけれど、それをもろともしないで串に突き刺された肉と野菜がいい感じに火がとおっていく。
 ペットボトルのお茶が注がれ、配られる中、海鳴がニコニコした顔で僕に紙コップを手渡してきた。

「はい、入江くん」

 その笑顔に、僕は腹が立った。なんなんだよ、本当に。
 小泉のときみたいに照れるわけでもなく、池谷のときみたいに笑うわけでもなく、殺意を全面に出してくる無表情でもなく。まるでどうでもいいから愛想笑いを浮かべられているみたいで、その海鳴の無神経さに、僕は無性に腹が立ち、いっそ紙コップをひっくり返してやろうかと悪いことまで頭によぎる。
 でも結局は僕はぶっきらぼうに紙コップをひったくるので精一杯だった。

「……どうも」

 お礼を言うつもりはないけれど、そのひと言がないとやってられないような気がして、ほとんどわざとらしくその言葉を付け足した。
 そのまま焼いたバーベキューのものを皆で銘々取りながら、お茶を飲みつついただく。
 お茶に毒を盛られるんじゃ。一瞬はそう思ったものの、海鳴は僕以外の前では恐ろしいくらいに世間体を気にする。だから皆の前で僕を殺すという可能性はゼロじゃないかと判断した。実際、僕が今まで見た夢でも、ひとりになったところを襲われているから、皆の前で殺されたことは一度もなかったはずだ。
 皆で話をするのは、今晩の天体観測のことだ。相変わらず海鳴以外はやる気がない。

「それで、何時から星を見るの?」

 海鳴が目をキラキラとさせて小泉に尋ねると、小泉は「ふむ」と唸る。

「夜九時からだから、それまでにもろもろを済ませておいてくれ。六時くらいには、ここに望遠鏡のセットをするから、入江くんは手伝ってくれ」
「へいへい」

 やる気はないものの、一応星を見る準備はするんだな。
 こんなやる気のない部活で、海鳴は入った部を間違えたとがっかりするんじゃ。一瞬そう思ったものの、慌ててそれを否定する。あいつががっかりしようがしまいが、僕はこいつに殺されかけるんだから、部活の楽しさなんて、関係ないだろ。
 肉を食べつつ、池谷は不思議そうに海鳴に声をかけている。

「それにしても、海鳴さん本当に星が好きだよねえ、なにかきっかけがあるの? 天体観測好きな理由って」
「うん、そうだね……」

 途端にはにかんだ顔で、海鳴はお茶を飲む。それになんか知らないけれどムカムカするけれど、それをお茶と一緒に飲み干す。池谷に対しては、本当に海鳴は気を許していてフレンドリーだ。
 海鳴は顔を上げると、ちらりと小泉のほうに視線を移す。小泉は海鳴の視線をまったく無視して野菜を串から食べるのに四苦八苦しているけれど、海鳴が見ているのは、小泉というより、小泉をとおして誰かを見ているような、どこか遠くを見るような視線をしている。

「どんなに寂しくっても、つらくっても。空を見上げたら星だけは絶対に見ていてくれるの。月は満ち欠けがあるし、花はいつかは枯れちゃうけれど、星だけは絶対に変わらないって思ったら、なんか安心しちゃったんだ」

 それに池谷はお茶を飲みながら「哲学的だねえ」と感想を述べているのに、僕は肉に齧りつきつつ、なんとも言えない気分になる。
 人殺しがなにをポエマーなことを言っているんだ。普段の僕だったらそう一蹴しているだろうに、どうにも今日は海鳴の違う一面ばかりを見ているせいか、いまいち切り捨てきれられないでいる。
 なにを考えているんだ僕は。実際に殺されかけたし、僕は嫌というほどこいつに殺され続ける夢を見続けたんだぞ。普通に考えたら、これで好きになれるわけがない。
 そう、なれるわけがないんだ。ちょっと可愛いからって、目を引くくらいにスタイルがいいからって、それで殺されかけたって事実が帳消しになるわけないだろ。そもそも、殺されかけたとき以外、まともな会話すらしたことがないんだ。
 僕はイラッとしつつ、肉を噛む。肉汁がびちゃっと飛び散り、机が汚れる。それに池谷が「なにやってるの!」と慌てて布巾で拭きはじめる中、海鳴と目が合う。
 海鳴はきょとんとした顔をしていた。普通の女の子のような顔で。

「ごめん」

 僕は白々しい謝罪の言葉を口にする。
 そうだ、僕は海鳴のことが嫌いだ。だって、僕たちの間にはなにもないじゃないか。ただ偶然同じ学校にいる、同じ部活に通ってる、たまたま性別がちがうだけの関係。それが僕と海鳴の全てだ。
 そして、殺そうとする側と、殺されそうになる側。ほら、これでなんの情も沸くわけがない。
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