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第一章
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休み時間になった途端、海鳴の席にわっと人が集まってきた。
主に転校生に興味を示すのは女子の役割で、遠巻きに海鳴を眺めている男子もちらちらといる。
汗でぺたんと貼りついて、体のラインが出ている。うちの学校の女子は全体的に華奢な子が多くって、海鳴みたいにグラビアアイドルみたいな体型の女子はほとんどいない。
「S県から来たって言ってたけど、どうして?」
「うん、お父さんの転勤で。今まで住んでた社宅も住める期限がそろそろ切れそうだったから、いい機会だからってここに家を買ったんだ」
「そうなんだぁ……! でもS県って」
「すっごい田舎なんだよぉ。うちのお父さんはそこの辺りの工場で働いてたけど」
「兄弟は?」
「うちはひとりっ子だよぉ」
彼女はきゃらきゃらとよく笑い、女子ともすぐに打ち解けているように見えた。
意外だ、と僕は思う。
夢の中の彼女は、いつだって険しい顔をしていたから、あんな風に笑うことだってあったのかと思う。でもよくよく考えれば、女子が女子同士に見せる顔と、男子に見せる顔はそもそも違うだろう。僕だってSNSで素を見せようなんて思わないし、コミュニティーによってする顔が違うのは普通のことか。
普通、女子は縄張り意識が高い。ときおりとばっちりで巻き込まれるから、男はそこから必死で距離を取るんだけれど、海鳴は意外と会話の引き出しが多く、縄張り意識の高い女子ともすぐに打ち解けているのがわかる。
田舎あるあるネタからはじまって、趣味のものは通販で買うとか、この辺りだったら注文して三日以内には届くところが二週間以上かかるとか。田舎でも流行を追うのはネットのおかげでなんとかなるもんらしい。
「海鳴さん、早速人気だねえ」
池谷は僕の近くで、僕の貸したノートを写している。一時間目で既に寝てて大丈夫か? 僕は頬杖をつきながら、海鳴をまじまじと見る。
見たことない笑顔で、笑うたびにポニーテールが揺れる。ときどきお腹を抱えて笑えば、制服に詰まった胸まで揺れるから、男子のどよめきも休み時間の喧騒に混じって聞こえる。
「そうだなあ……」
「あれ、入江くんも気になるの? まあ海鳴さんスタイルいいもんねえ」
「そこで可愛いとか言うのが女子の常套句じゃないのかよ」
「そんな、安っぽく『可愛い』って連呼しちゃもったいないよ」
きゃらきゃらと笑う池谷は、どうも小泉以外におべんちゃらを使う気は毛頭ないらしい。池谷のそういうところはものすごく楽だ。
そういえば。僕はふと思いついた。
「同じ夢ばっかり見るのって、なんかあるんだっけ?」
「あれ? 前に小泉くんが弁舌してたのに、聞いてなかったの?」
「そうだった?」
「うん。夢は深層心理レベルで整理したいことを並べておくことだって」
「あの変人……」
小泉だったらたしかに言い出しそうだなと思い、ぐんにゃりと机に突っ伏す。池谷は僕の気持ちを知らずに、ノートを写す手を動かしながら話を続ける。
「予知夢っていうのも、たくさんある出来事を深層心理で分析した結果、夢として弾き出される現象なんだってさ」
「ふうん……」
そもそも。会ったこともなければ見たこともない女子に何度も何度も殺される夢って。それが予知夢だとしたら、いったい僕は彼女にどんな恨みを買っているんだっていう話だ。
向こうでは相変わらず海鳴は、女子に囲まれて楽しそうに話をしている。……夢の中では、いつも無表情でこちらを追いかけてきて迫ってくるんだ。
僕に「お願いだから死んで」って。
いい気なもんだなと、まだなにもしていない彼女に対して思い、ちらりと背後を見たとき。
ずっと笑っていたはずの海鳴と目が合った。
浮かべていたはずの笑顔を取り払った彼女の顔は、驚くほど冷たい色を浮かべ、瞳孔は見開かれていた。
ズクリ……と冷たいものが背筋を走る。
あの表情は、何度も何度も夢の中で僕を殺すために追いかけてきた顔と一緒だった。ロボットアイみたいに、大きく見開かれているのにも関わらず、感情がまったく浮かんでない瞳。
さっき否定したはずの不安が、また浮上してくる。
僕は彼女に殺される。
誰にも相談できないし、誰に言っても信じてはくれない話だ。
無表情で僕を見ていた時間はどれくらいだったのかはわからない。
「あれ、海鳴さんどうかした?」
「ううん。なんでもない。部活入りたいけど、夏だったらどこも大会や練習で邪魔になるかなあ?」
彼女はすぐに女子との会話に戻ってしまい、一瞬だけ取っ払われた笑顔をまた浮かべていた。……取り繕ってあんなに明るい表情を浮かべているんだと知ってしまってぞっとする。
僕がブルリと震えていると、池谷は首をひねっていた。
「どうかしたの? なんか入江くん震えているよ?」
「……いや、冷房がいい具合に冷えてたから」
「そーう? ここの席、あんまり冷房の風来ないと思うけど」
会話を打ち切らせるように、チャイムが鳴ってくれて、僕は心底ほっとした。
でも……海鳴は僕を見ていた。やっぱり僕は彼女に殺されるんだろうか。何度も何度も繰り返し見た夢。たったの一度も、彼女を出し抜けたことなんてない。
あれは夢だ、現実じゃない。そう否定してほしいけれど、そのためには僕がずっと繰り返し見た夢を説明しないといけなくなる。
主に転校生に興味を示すのは女子の役割で、遠巻きに海鳴を眺めている男子もちらちらといる。
汗でぺたんと貼りついて、体のラインが出ている。うちの学校の女子は全体的に華奢な子が多くって、海鳴みたいにグラビアアイドルみたいな体型の女子はほとんどいない。
「S県から来たって言ってたけど、どうして?」
「うん、お父さんの転勤で。今まで住んでた社宅も住める期限がそろそろ切れそうだったから、いい機会だからってここに家を買ったんだ」
「そうなんだぁ……! でもS県って」
「すっごい田舎なんだよぉ。うちのお父さんはそこの辺りの工場で働いてたけど」
「兄弟は?」
「うちはひとりっ子だよぉ」
彼女はきゃらきゃらとよく笑い、女子ともすぐに打ち解けているように見えた。
意外だ、と僕は思う。
夢の中の彼女は、いつだって険しい顔をしていたから、あんな風に笑うことだってあったのかと思う。でもよくよく考えれば、女子が女子同士に見せる顔と、男子に見せる顔はそもそも違うだろう。僕だってSNSで素を見せようなんて思わないし、コミュニティーによってする顔が違うのは普通のことか。
普通、女子は縄張り意識が高い。ときおりとばっちりで巻き込まれるから、男はそこから必死で距離を取るんだけれど、海鳴は意外と会話の引き出しが多く、縄張り意識の高い女子ともすぐに打ち解けているのがわかる。
田舎あるあるネタからはじまって、趣味のものは通販で買うとか、この辺りだったら注文して三日以内には届くところが二週間以上かかるとか。田舎でも流行を追うのはネットのおかげでなんとかなるもんらしい。
「海鳴さん、早速人気だねえ」
池谷は僕の近くで、僕の貸したノートを写している。一時間目で既に寝てて大丈夫か? 僕は頬杖をつきながら、海鳴をまじまじと見る。
見たことない笑顔で、笑うたびにポニーテールが揺れる。ときどきお腹を抱えて笑えば、制服に詰まった胸まで揺れるから、男子のどよめきも休み時間の喧騒に混じって聞こえる。
「そうだなあ……」
「あれ、入江くんも気になるの? まあ海鳴さんスタイルいいもんねえ」
「そこで可愛いとか言うのが女子の常套句じゃないのかよ」
「そんな、安っぽく『可愛い』って連呼しちゃもったいないよ」
きゃらきゃらと笑う池谷は、どうも小泉以外におべんちゃらを使う気は毛頭ないらしい。池谷のそういうところはものすごく楽だ。
そういえば。僕はふと思いついた。
「同じ夢ばっかり見るのって、なんかあるんだっけ?」
「あれ? 前に小泉くんが弁舌してたのに、聞いてなかったの?」
「そうだった?」
「うん。夢は深層心理レベルで整理したいことを並べておくことだって」
「あの変人……」
小泉だったらたしかに言い出しそうだなと思い、ぐんにゃりと机に突っ伏す。池谷は僕の気持ちを知らずに、ノートを写す手を動かしながら話を続ける。
「予知夢っていうのも、たくさんある出来事を深層心理で分析した結果、夢として弾き出される現象なんだってさ」
「ふうん……」
そもそも。会ったこともなければ見たこともない女子に何度も何度も殺される夢って。それが予知夢だとしたら、いったい僕は彼女にどんな恨みを買っているんだっていう話だ。
向こうでは相変わらず海鳴は、女子に囲まれて楽しそうに話をしている。……夢の中では、いつも無表情でこちらを追いかけてきて迫ってくるんだ。
僕に「お願いだから死んで」って。
いい気なもんだなと、まだなにもしていない彼女に対して思い、ちらりと背後を見たとき。
ずっと笑っていたはずの海鳴と目が合った。
浮かべていたはずの笑顔を取り払った彼女の顔は、驚くほど冷たい色を浮かべ、瞳孔は見開かれていた。
ズクリ……と冷たいものが背筋を走る。
あの表情は、何度も何度も夢の中で僕を殺すために追いかけてきた顔と一緒だった。ロボットアイみたいに、大きく見開かれているのにも関わらず、感情がまったく浮かんでない瞳。
さっき否定したはずの不安が、また浮上してくる。
僕は彼女に殺される。
誰にも相談できないし、誰に言っても信じてはくれない話だ。
無表情で僕を見ていた時間はどれくらいだったのかはわからない。
「あれ、海鳴さんどうかした?」
「ううん。なんでもない。部活入りたいけど、夏だったらどこも大会や練習で邪魔になるかなあ?」
彼女はすぐに女子との会話に戻ってしまい、一瞬だけ取っ払われた笑顔をまた浮かべていた。……取り繕ってあんなに明るい表情を浮かべているんだと知ってしまってぞっとする。
僕がブルリと震えていると、池谷は首をひねっていた。
「どうかしたの? なんか入江くん震えているよ?」
「……いや、冷房がいい具合に冷えてたから」
「そーう? ここの席、あんまり冷房の風来ないと思うけど」
会話を打ち切らせるように、チャイムが鳴ってくれて、僕は心底ほっとした。
でも……海鳴は僕を見ていた。やっぱり僕は彼女に殺されるんだろうか。何度も何度も繰り返し見た夢。たったの一度も、彼女を出し抜けたことなんてない。
あれは夢だ、現実じゃない。そう否定してほしいけれど、そのためには僕がずっと繰り返し見た夢を説明しないといけなくなる。
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