負けヒロインはくじけない

石田空

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天文台の戦い

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 うらら先生と私で凍傷になっている人たちと低体温症になっている人たちを選別する。

「これは、風花を呼んできたらすぐに治せるんだけれど……」
「あの、私! 呼んできましょうか!?」
「そうだね。私だと、応急処置までしかできないから。もう犯人はわかってるだろう? みもざはすぐに人に共感してしまうところがあるから、あんまり共感して飲まれないようにね」

 うらら先生にそう言われて送り出された私は、そのまま桜子さんと風花ちゃんを探して、再び廊下へと飛び出していった。
 廊下に飛び出したところで、パツン……と音が響くので、思わずしゃがみ込む。
 いきなり氷が生えてきたのだ。まるで獲物目掛けて放たれた槍のようで、咄嗟にしゃがまなかったらあっという間に串刺しだったとぞっとする。
 私はうらら先生のように鼻が利かないものの、なんとか先程の道を思い返して走って行った。

「風花ちゃん! 桜子さん!」

 私と桜子さんは契約しているから、使い魔として呼び出してくれてもかまわないのに……呼び出せないってことは、本当になにかあったんだ! 私は廊下を走り、扉を見つけたら、片っ端から開けていく。
 どれもこれも、ドアノブを握った途端に、握った人間を凍てつかせようと迫ってくるため、神通刀でドアノブを壊してからでないと入れないのが厄介だった。
 やがてしばらく走った先。そこで、しゃがみ込んでしまっている風花ちゃんの姿があった。風花ちゃんは血塗れのコートを抑えていた。

「風花ちゃん!?」
「み、みもざちゃん……」
「どうしたの!? 怪我!?」
「大丈夫……これは、わたしが腕を引きちぎって逃げてきたから……今なら、まだ生えるから……」

 そう言った矢先に、抑えていた血塗れの袖から、シュルリと音を立てて真新しい腕が生え替わってくる。人魚の血のなせる技だけれど、腕を引きちぎって逃げてきたっていうのが穏やかではない。

「風花ちゃん、いったいなにがあったんですか? それに、桜子さんは……」
「……桜子さんは、今。凍っています」
「……っ」

 喉を鳴らした。風花ちゃんはカクカクと震えている。
 ……恐怖じゃない。私が抱き締めると、彼女はまるで氷のように冷え切っていた。彼女は、おそらく凍らされる直前に、凍った腕を犠牲にして逃げてきたのだろう。

「あの先祖返りはなんですか? 雪女ですか?」
「……多分、違うと思います。あれは多分……」
「衣更市天文台へようこそおいでくださいました。陰陽師一行様。当方責任者が、責任を持ってあの世にお連れします」

 そう淡々と告げる声に、私たちははっと顔を上げた。
 そこに立っていたのは、先程のスーツの女性。彼女がスタッフや皆を凍らせていたんだ。そして。彼女はつららに桜子さんをぶら下げている。桜子さんは、青白くなって気絶してしまっている。

「……桜子さん!」
「陰陽師の方がおられては厄介ですので、封印させていただいております。先祖返りの皆さんは、ひとりずつあの世にお連れいたしますので、少々お待ちくださいませ!」

 私は自分の胸を抑えた。
 私の心臓は契約で彼女のものと繋がっている……もし桜子さんが死んでしまったら、私の心臓も止まるけれど、まだ私が苦しくなる様子はない。つまりは、彼女は生きている。
 私は神通刀を構えると、背後に寄せた風花ちゃんに言った。

「……スタッフの皆さんが、凍傷や低体温症で苦しんでいます。風花ちゃんは、先に皆さんの治療に当たってください」
「……でも、みもざちゃんひとりでやるの?」
「ここは狭いから、風花ちゃんの弓矢ではなかなか戦えないと思います。今、うらら先生が応急処置を行ってくださっていますから、交替でうらら先生を送ってくだされば」
「……わかりました。みもざちゃん、気を付けて。桜子さんを」
「……必ず助けます。私の、大切な人ですから」

 風花ちゃんが行ったのを確認してから、私は神通刀をスーツの人に向ける。

「あなたはいったい何者ですか? どうして桜子さんはともかく、皆さんを……天文台の方々まで凍らせたんですか?」
「決まっています。現状維持が、ちょうどいいからです!」

 そう言いながら、彼女が手を向けた。
 途端に床が割れ、私は思わず仰け反った……いきなり、氷が生えてきたのだ。
 ゲームの本編内でも、雪女と戦ったはずだけれど、たしかそのときは四方八方から雪を出して、ホワイトアウトの中で雪女本人を探し出して叩くってやり方をしていた。
 この人は、やっぱり雪女ではないんだ。でも、いきなり氷を生やしたりするのは、なんの先祖返りだ。
 氷は天井、床、壁から次々と生えてきて、私はそれを避けたり、神通刀で叩き斬ったりしてやり過ごす。彼女の元に一歩も近付けやしない。
 これは、うらら先生が来るまでどうにか制御しないと駄目じゃないか?
 それにしても、桜子さんが封印されて、風花ちゃんは凍らされる直前に腕をちぎって逃げて難を逃れた……氷を使うってところまではわかっているけれど。それに関係する妖怪……。
 しばらく考えて、気が付いた。

「……あなた。まさかつらら女ですか?」

 その言葉に、彼女はにっこりと笑った。

「正解です。よく、雪女と勘違いされるんですけどね!」

 そう言いながら、自身の腕からつららを生やし、私に銃弾のように打ち込んできた。私はそれを全部叩き落としてやり過ごした。
 だとしたら、彼女は。

「……つらら女だったら、春になったら溶けて消えてしまうじゃないですか。どうして、要石を隠して、元に戻るのをやめようとするんですか?」

 つらら女は、理不尽な妖怪だ。
 冬の間しか存在できず、風呂に入れられればすぐに溶けて死んでしまう。それでいて情が深く相手の心変わりを許さない。
 春から秋までの間、姿をくらませたつらら女は、夫が新しい妻を娶ったと知った途端に夫をつららで刺し殺し、自分も溶けて死んでしまうという逸話は衣更市にも残っている。
 それに彼女は妖艶に笑った。
 ……彼女は、他の先祖返りと違い、理性は蒸発していても、会話だけはできるようだった。もっとも、こちらの問答を完全にわかって答えているのかは、私にも判断ができないけれど。

「だって理不尽じゃないですか。いきなり異形の血に目覚めたと思ったら、元に戻してあげるから忘れろだなんて」
「でも……!」
「だってあなた、契約してるじゃないですか。そのほうが、あなたの本質に合っていたということでしょう?」
「……っ!」
「あの陰陽師様、あなたを呼び出そうとしたので、眠っていただいたんです。大丈夫ですよ。私、殺したい相手は真っ先に刺し殺しますので、彼女は生きています」
「な、んで……」

 彼女の言葉に丸め込まれないように。そううらら先生にも諫言されていたはずなのに、私はついつい彼女の話を聞いてしまう。
 スーツの人はけざやかに笑った。

「殺したいと願った相手を殺すことができて、惚れた相手に忘れられない女になる。結構なことではないですか。私の本質はこちらです。誰にも、理解がされませんがね!」

 そう言いながら、彼女は私の方向へつららを伸ばしてきた。私はなんとかそれを斬り破る。

「どうして……! スタッフの方々を殺そうと!?」
「私が先に好きだったのに、勝手に結婚すると報告してきたんで。悲しい、苦しい、気に食わないと思ったときに、上司から『陰陽寮の人間が来る』と伝えられたんですよ! 要石の世話をして、私は力に目覚めたんです! そう、今ならやれると!」

 滅茶苦茶だ。滅茶苦茶過ぎて、人間であったら理解ができない。
 でも……異形の血に目覚めるということは、人間がつくった倫理や法律から大きく逸脱してしまうということ。だからこと退魔師の体液を定期的に摂って理性を保たないといけない訳で、理性が蒸発してしまったら、もう倫理や法律で、してはいけないことだからと止められない。
 自分にとっての都合のいいことしか、考えられなくなる。

「あなたは……勝手です!!」
「そういうあなたは、先祖返りのままで契約したのでしょう!? もう二度と人間に戻らなくて済むように! そっちのほうが浅ましいとは思わないのですか!?」
「浅ましいと思っているに決まっているじゃないですか!!」

 抑圧と解放。
 自己嫌悪と欲求不満。
 私と彼女の意見は混じり合わないし折り合わない。私たちは神通刀とつららでひたすら打ち合う。
 ちらりと桜子さんのほうを見た。彼女は青白いままで、風花ちゃんがスタッフの皆さんを治療し終わるのを待って彼女を助けられるのかどうか……。
 そこまで考えて、心臓がキュッとなった。
 私が死ぬことよりも、彼女を失うことのほうが、私は怖い。

「浅ましくても、私は私のままがいい! でも私は自分の理性を保っていたい! だから一番大切な人に、私の首を預けたんです! あなたは自分勝手に人を殺すじゃないですか! 私は私のままでいたいけれど、私は私以外の人だって、理由なく殺したりはしたくないんですから!!」
「……っ!? そんなにあなたは、誰かに愛されてるの!? 羨ましい限りねえ……!!」

 その言葉に、カチンと来た。
 ……仲春くんは、私のことを好きじゃなかった。桜子さんは、私のことをどう思っているのか知らない。
 好きになってほしい。でも、好かれないからって。

「……好かれないからって、好きになってもらえないからって、殺すなんて身勝手が許される訳がないでしょう!?」

 私は、やっとのことでスーツの女性のつららを打ち砕くと、彼女を一閃した。それで彼女は血を噴き出して、倒れる。
 刃を振って血を落とし、鞘に収めた。
 彼女の失恋の痛手は、気持ちがわかり過ぎた。……私も、もし仲春くんと照日さんが連れ添っているのを目撃したとき、正気でいられる自信がないから。
 でも……私は今は桜子さんと契約している。
 彼女と心臓を繋げた今は、彼女にふさわしい人間になりたいって思っている。
 ……もう私は普通の女の子には戻れないけれど。私の中に巣くっている殺人衝動をずっと飼い馴らして、今度はちゃんと好きになってもらいたい。
 受け身だけの好きは、きっとつらすぎるから。
 そこへようやっとうらら先生と風花ちゃんがやってきた。

「みもざちゃん、大丈夫ですか!?」
「なんとか……」
「あーあー……派手にやっちまったねえ。とりあえず風花、麦秋助けるから、さっさと治してあげな。こんなところで低体温症はまずいだろ」
「は、はい……!」

 うらら先生の狐火がつららを溶かして、桜子さんを助け出してくれた。風花ちゃんが彼女を手当てしてくれた中、私たちはどうにか要石を探し出し、それに霊力を込めたのだった。
 あと五つ。あと五日以内に五つ修復すれば、全てが終われる。
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