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スピード解決 しかしなにも終わっていない

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 気絶できたらいいなあと思ったものの、ドミニクさんに首根っこを掴まれたまま、私は延々とクリストハルト様に愛の囁きを垂れ流されつつ、ドミニクさんから尋問を受けていた。

「それで、惚れ薬を殿下に盛って、なにをしたかったと?」
「ああ、ドミニク。だから私の花に気安く触るのは止めたまえよ」
「殿下は少し黙っていてください……事と次第によっては、貴様を国家反逆罪で連行せねばなるまいよ」

 さようなら、さようなら、さようなら、私の首。
 白目を剥きつつも、実家に被害が及んではかなわないと、必死で口を動かした。

「惚れ薬かけたかったのは、クリストハルト様じゃありませんよう。お金持ちだったら誰でもよかったんです……ひと月以内に大金をつくらないといけなかったんで、惚れ薬かけて借金を肩代わりしてもらいたかったんです」
「で、手元を誤って殿下にかけたと? 借金とはなんだ」
「……これ、私が全部話したら実家に被害及びませんか?」
「隠し立てすると、貴様の実家にも事情聴取せねばならない」

 ドミニクさんは日頃からクリストハルト様の傍につきっきりの番犬みたいな方だから、それはそれは手厳しい。
 一方、クリストハルト様は先程までは頬を薔薇色に染めていたはずなのに、少し考える素振りをしはじめた。

「君はもし僕以外に惚れ薬をかけた場合、その人と結婚する予定だったのかな?」
「なっ……そんな他人様の人生滅茶苦茶にするこたしませんよぉ」
「借金肩代わりしてもらおうと言っていたのはどの口だっ!?」
「だって、ひと月しか猶予なかったんですもんっ! 私借金完済できなかった場合、退学して年齢差四倍婚強いられるところだったんですから、そりゃ必死になりますよぉ!」

 年齢差四倍と聞いて、さすがにドミニクさんはたじろいでしまった。一方、クリストハルト様と来たら「ふうむ……」と顎に手を当てて考え込みはじめた。
 ……さすがに第二王子に借金肩代わりしてなんておそれ多いことは言えない。私は慌てて腕を振り回す。

「惚れ薬かけたお相手だって、借金を肩代わりしてもらったあと、お金返す予定はありましたよ! だって他人様の人生滅茶苦茶にはできませんし、宮廷魔術師のお誘い来てますから、馬車馬のように働いて返済する気ありましたし!」
「……その借金というのは、君ひとりでつくったものではなくて、君の自領のものということでかまわないかな?」
「えっと……はい。あっ! うちの実家の問題ですし、まさか国庫から借金立て替えなんて話になったら、ちょっとまずいので勘弁してください!」
「貴様……惚れ薬つくろうなんて突飛な行動取る割に、なんでいちいちせせこましいんだ……」

 ドミニクさんはとうとう呆れ返ってしまったものの、クリストハルト様と来たら、やはりなにか考えはじめた。

「話せる範囲でかまわないから、その借金の内訳を聞かせてもらえるかな?」
「はい?」

 とりあえず、私もお父様から聞いたうちの自領の災害とそれに使ったお金、あちこちから借りてきたお金の話をする。そしてそれらを一括立て替えてくれた富豪の話も。
 それをしばらく聞いていたクリストハルト様は「ふーむ……」とまた顎に手を当て視線を空に浮かせると、ようやっと口を開いた。

「これ、どこかで費用が中間搾取されてないかい?」
「……へっ?」

 思ってもいないことを言われて、私は素っ頓狂な声を上げる。クリストハルト様は滑らかな弁舌で語り出す。

「君のところはたしかに裕福とは言わないものの、土は豊かなはずだし、農作物もいいものが多い。その上貯蔵も多いのだから、道がひとつふたつ閉鎖されたくらいでは問題ないくらいに利益は上がっているはずだし、災害対策の予備費くらい用意してあるはずだよ。だからいくら災害続きとはいえども、ここまで首が絞まるのはおかしい。おそらく子爵も借金返済で頭がいっぱいになって、中間搾取のことにまで頭が回っていない。悪いことは言わないから、早馬でも使って帳簿を見直すよう促したほうがいい」
「えっ……クリストハルト様……うちの領地のこと、そこまでご存じだったんですか?」
「君のことはいつも見ているからね」

 ねえ、これ惚れ薬の言葉!? 帳簿の話のところまでは普通のトークだったってことでいいんですかね!?
 私が動揺している間に、クリストハルト様はドミニクさんに告げる。

「ドミニク、私のバラのために早馬を用意してくれないかな? 彼女の地元まではそれを用意しなければ連絡が遅れるだろう。普通の馬じゃ最低一週間はかかるから」
「はっ……おい、実家に問い合わせの手紙を送るから、早く用意するように。殿下のご厚意に感謝するんだな」
「はっ! わっかりました! すぐ書きます!」

 私は慌てて筆記用具を取り出すと、走り書きで手紙を書いて、それをドミニクさんに渡した。

「よろしくお願いします……」
「うむ。殿下、少し席を外します……おい、殿下に変なことをするなよ!?」
「私がされそうなんですけど!?」
「貴様の自業自得だろうが!」

 私のほうに何度も何度も振り返りながらも、ドミニクさんは早馬に手紙の配送を頼みに行ってくれた。
 残された私は、クリストハルト様とふたりっきりだ。
 普段であったら「きゃー、クリストハルト様黙っていても格好いい! さすが氷の王子様!」と騒いでいるところだというのに、現状のクリストハルト様の顔は、デロッデロに溶けている。
 それこそパンケーキにたっぷりかけた蜂蜜のような仕上がりだ。

「これで君は四倍差婚を免れそうかな? 私は君の喜ぶ顔が見たかったのだけれど」
「あーうー……」

 そりゃ私だったらテンパリ過ぎて全然気付かなかった問題に、その明晰な頭脳でさっさと最適解叩き出してくれて、退学アンド四倍差婚から脱却させてくれたことには、感謝してもし足りない。
 ただ。そのせいでクリストハルト様が完全にキャラ崩壊してしまった事実がいたたまれたない。
 誰だこんな仕打ちをした奴は。私だよ。はい、自業自得!
 ひとまず私は頭を大きく下げた。

「助けてくださりありがとうございます! まさかクリストハルト様に助けていただけるとは思ってもいませんでした!」
「うん。私は君をいつだって助けたいと思っているからね」
「ですけど! 惚れ薬のせいで私のことを好きだと言うのは、もろもろ問題になりますので、教室までお送り次第私は逃げます」
「えっ」
「逃げます! 私が万が一クリストハルト様に危害加えるようでしたら、ドミニクさんに怒られますし」
「君の気持ちは、ドミニクに怒られるものなのかい?」

 そう言いながら、クリストハルト様は私の手を取った。
 アワ、アワワワワワ……。
 振りほどいたら不敬罪になるんだろうか。ドミニクさんが見てないからセーフなんだろうか。

「ただいま婚約破棄結果待ちですけど、そういうのはよろしくないかと!」
「でも、君は今は婚約していない……私も婚約はまだしてない。駄目?」

 駄目じゃないけど、多分無理!
 助けてぇ、私のこと無茶苦茶怒ってもいいから、ドミニクさん早く戻ってきてぇ……!
 結局私の手をにぎにぎされ、「私よりも小さいね」と掌合わせられたり、「綺麗な手」と爪を撫で回されたり、恋人繋ぎされてみたりと、本当に手以外の接触は一切なかったとはいえど、ドミニクさんが帰ってきた頃には、私はすっかりと茹で上がっていた。

「た、助けてぇ……」
「なんだ貴様!? いったい殿下になにをしたのだ!?」
「私がされたほうだったんですけど!?」
「うん、可愛かったよ。私の子猫は」

 やめて! だからキャラ崩壊しているのになおも大変よろしい顔面綻ばせて笑うのはやめて!
 勘違いしそうになるから!

****

 男子禁制のアウレリア様のサロンは、今日はベリータルトとベリーティーのベリー尽くしで、その甘酸っぱい香りだけが私の心を和ませてくれていた。
 私がクリストハルト様に追いかけ回されているのは、もう皆が知っていることだった。

「あのう……本当に大丈夫ですか、イルザさん? 今日はやたらとクリストハルト様、雰囲気が変わっていらしたから……」
「うん……自業自得です。自業自得……」

 まさか惚れ薬間違ってかけました。現在進行形で追いかけ回されています。手を繋がれて甘い言葉かけられまくります。なんて言ったら全校のクリストハルト様ファンを敵に回すと思う。
 というより、既にファンクラブでも議題に上がっている。

「クリストハルト様が、まさか我がファンクラブ会員に声をかけるなんて……!」
「今までの氷の王子はいったいどこに!? 彼の情熱はいったいどこから!?」

 すみませんすみませんすみません。私が原因ですごめんなさい。

「でも……頬を染め上げる乙女に見えるクリストハルト様も、初々しくて素敵ですよね……」

 一部からボソリと声が上がる。
 ファンクラブ内にピシッと亀裂が走った。

「あなたクリストハルト様をなんだと思っていらっしゃるの!? きっと悪いものを食べたに違いありません!」
「クリストハルト様だって、年がら年中同じ顔な訳ないでしょう!? 喜怒哀楽だって存在しますし、好きなもの見たら笑うくらいするでしょう!? 彫刻じゃあるまいし、年がら年中情緒が死んでらしたらそれこそ御身が心配ですが!?」

 私のようにキャラ崩壊大変だ派閥と、新しい解釈キタコレ派閥で、それはもう、ファンクラブミーティングが混迷を極めていた。
 アウレリア様がのんびりとお茶をしながら、ファンクラブが声を張り上げているのを眺めていた。

「ずいぶんなことがありましたね、イルザさん」
「あ……大変申し訳ございません、アウレリア様。私のせいでクリストハルト様が……」

 私がしょぼくれていても、アウレリア様は特に態度を変えない。普通に考えれば「王族になんて不埒な真似を。恥を知りなさい」と一蹴してサロンの出禁を食らっても仕方ないのだけれど、アウレリア様は余裕の表情で、ベリータルトを嗜んでいた。

「それで、あの子の態度のおかしさはあなたが原因なのでしょうか?」
「ううっ……」
「あの子もあんまり顔に表情が出ないので、我が殿下も気にしてらしたんです」

 ちなみにアウレリア様は大概クリストハルト様を「あの子」と呼び、婚約なさっている王太子殿下のことは「我が殿下」と呼んでいる。
 ただいま留学中の王太子殿下はしょっちゅう留学先から花と手紙を送ってくる熱々っぷりで、アウレリア様は「そろそろ新しいものが必要ね」と言いながら、手紙は全部宝箱に入れているし、届けられた花はドライフラワーにして大事にしているそうだ。羨ましい。
 私は背中を丸めながら、ちびちびとベリーティーを飲む。

「……魔法が原因みたいです。まさか魔法ひとつで、あそこまでキャラ変更するなんて……」
「あらまあ。宮廷魔術師に見せれば、あれは治るのでしょうか」

 そこで私はメイベル先生が頭にぱっと浮かんだ。
 でもなあ……あの人、用事で登城してて、最低でも七日間は王立学園のほうには顔を出さないはずだ。
 だいたいの魔法薬が切れるのも七日間。つまりは私はあと七日間は逃げ続けないといけない。

「……七日間は無理じゃないでしょうか?」

 私の言葉に、アウレリア様は特に突っ込むことなく「そうなのですか」とだけ答えた。
 心配そうにしているのはシャルロッテさんだ。

「イルザさん、本当に大丈夫?」
「平気よ、シャルロッテさん、なんとか七日間は逃げ切ってみせるから」
「……ドミニクさんお怒りじゃないかしら」
「もう充分怒ってます」

 なぜかシャルロッテさんもしょんぼりし出したので、気を取り直してプレートのベリータルトをいただいた。
 今日のベリーはやけに酸っぱく感じた。
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