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そうだ、惚れ薬をつくろう

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 お父様曰く、この数年うちの領土は不幸続きだった。

「この間のハリケーンのせいで土壌が緩んで落盤事故。なんとか開通させなかったらうちの作物を売ることさえ困難だから。そんなんで借金がかさんで……」

 このままだと領民を食べさせていけないと、あちこち駆け回った結果が。

「それで、私の身売りですか……」
「ああ、豪商で大富豪なんだよ! うちの借金を全部肩代わりしてくれてね。イルザの年齢差四倍はあるけど」
「ぶっ……」

 それ、棺桶に足突っ込んでる人に後妻業してこいってことじゃない。お父様、お金なさ過ぎて我を失い過ぎている……!!
 私は頬をピクンピクン引きつらせながら尋ねた。

「……それ、猶予はあるんですか?」
「最低ひと月返済を待つけれど、それができない場合は、イルザに退学して家に入れと……! すまないね、なんとか借金完済目指すから!」

 短い。猶予むっちゃ短い。
 お父様は、「それじゃあ、金策のために出かけないといけないから!」とそのまま鈴を鳴らすと、そそくさと帰ってしまった。
 私は呆然と立ち尽くしていた。
 年の差四倍……? それで結婚って、結婚というより介護か看取りじゃないか。私まだ十代なのに。
 でも超お金持ちだから、うちの度重なる災害でのトラブルのお金を全部支払ってくれた訳で。私もなんとかして金策考えないと、とんでもないことにならないかな。普段優しいお父様まで、目がお金になって、我を忘れてしまっているもの。その大富豪だって、十代の私を嫁に寄越せと言っている時点でまともじゃないし。
 アウレリア様に相談する……? いやいやいや、公爵令嬢に「うちの借金がー!」なんて下手なこと言ったら大事になるじゃない。既に王太子妃内定しているのに、そんな人を巻き込むんじゃない。
 シャルロッテさんは……駄目だ。あそこも今、ちょっと揉めている。そもそもシャルロッテさんは跡取り問題回避のために、一度は修道院に送られていたものの、流行り病で跡継ぎが全滅してしまったがために、急遽還俗して呼び戻されたクチで、婿養子を取らないといけないってことで家でもなにかといざこざがあるんだから、そこにプラスして「うちの借金!」なんて友達甲斐のないこと言えない。
 でも……年の差四倍と結婚? それもう結婚なの、介護じゃない? 看取りじゃない?

「……絶対にヤダ」

 いくら婚約が決まってない身の上とはいえど、強制退学プラス年齢差四倍婚はなんとしても阻止したい。
 私は寮母さんに「忘れ物しました!」と言って、そのまんま校舎へととんぼ返りした。
 ……そのとき私は、アウレリア様に「いいから大人しくしていなさい」と占われたことを、しっかりと忘れていた訳で。

****

「先生ー! メイベル先生ー!」

 校舎の端っこ。園芸場の近くの小屋に、私は大声をかけた。何回か叫んだところで、小屋の戸が開く。
 中から出てきたのは、真っ黒なワンピースに黒い帽子を被った年齢不詳の美魔女だ。
 メイベル先生は、元々は宮廷魔術師で王立学園には出向で来ている。王立学園では魔法薬調剤を担当している。あまりにマニアックな授業なため、宮廷魔術師を志している人以外はほぼ取らない授業だけれど、私は選択間違いで取ってしまったら案外楽しかったので、メイベル先生にはなにかと「卒業したら宮廷魔術師にならないか?」と誘われているものの、田舎者が過ぎる私が権力闘争のど真ん中でやっていける自信もなく断り続けている。
 さて、メイベル先生は私を見た途端に変な顔をした。

「なんだ、イルザか。そろそろ校舎も消灯時刻だろうにどうした」
「先生! 薬草を、ちょーっとだけ分けてもらえませんか!?」
「うん? 調剤授業は指定された教室以外でしては駄目だろうが」
「それはそうなんですけど! ちょっとですね、深い事情がありまして……私、今すぐにでも金持ちの彼氏をゲットしなければならないんですよ」
「ほむ……?」

 メイベル先生はなにか察してくれたのか、「とりあえず中に入れ」と小屋に入れてくれた。
 小屋は普段から授業で使う薬草やら材料やらを運んだりしているため、私も勝手知ったる顔で椅子に座らせてもらった。メイベル先生は指先を操って、お茶を淹れはじめた。
 ふわっとしたバラの香りにシナモンをプラス。体に優しいお茶だった。

「穏やかじゃないなあ。イルザは第二王子のファンだったと思ってたのに、急に金持ちの彼氏欲しいだなんて」
「そんな、クリストハルト様に国庫開けてなんて言えませんよぉ! ……実はですね、実家がちょっと大変でして」

 自領の度重なる災害、それで飛んでいく補正予算、このままじゃ領民飢え死ぬと借金が借金を呼び、結果としての私の人身御供。
 それにメイベル先生は「ふーむ……」と唸り声を上げた。

「アウレリアのサロンに参加しているんだったら、アウレリアにでも相談したら、金は動かせなくとも人は動かしてくれるだろうが」
「そんな……アウレリア様は次期王太子妃ですよぉ。あの人が動いたら自体は大事になってしまいますし、お父様も公爵家に頭が上がらなくなってしまいますから」
「お前はやたらとミーハーな割には、変なところで現実主義者だなあ……で、退学するのが嫌だから、借金を全部肩代わりしてくれるような金持ちの彼氏が欲しいと」
「はい……だから、薬草を分けてもらいに来ました」
「たしかに他の生徒だったら、私も馬鹿者と言って断るところだが……お前の腕だったらつくれるだろうしなあ……惚れ薬も」

 そう。私がメイベル先生のところにわざわざ相談に来たのは他でもない。
 惚れ薬をつくる材料を分けてもらえないかの交渉に来たのだ。
 他の先生だったら、実家の事情も無視して「バカタレ」で一喝されて終わってしまうだろうけれど、メイベル先生は優しい美魔女だから、ちょっとは話を聞いてくれるんじゃないかなあというのが半分。
 そもそもメイベル先生には宮廷魔術師として働かないかとスカウトを受けているから、もしここで惚れ薬をしっかりと作り出してその成果を認めてもらえれば、薬草代を支払う代わりに宮廷魔術師として馬車馬のごとく働けばなんとかならないかなあと思ったのが半分。
 私はメイベル先生に頭を下げる。

「お願いしますっ! ほんっとうに嫌なんです! もし人身御供が回避できたら、その分宮廷魔術師として馬車馬のように働きますからぁ……!」
「そうだなあ、お前は腕がいい割にそそっかしいから。もし惚れ薬をきちんとつくれたら買い取ってやってもいい。材料はいつもの場所にあるから、持っていけ」

 そう言ってメイベル先生はお茶を飲みはじめた。
 途端に私はパァーッと顔を明るくしてから、頭を下げた。

「ありがとうございます! 頑張りますね!」

 こうして、私はせっせと小屋にかかった薬草や材料を紙にくるんで持ち運んだ。
 バラの花びら、ローズマリー、月桂樹、真珠、天馬の羽……。
 それらを持ち帰って、女子寮へと戻った。
 自室に戻ると「よし」と惚れ薬の材料を引っ張り出し、授業で使う鍋を取ってきた。最後にランプと葡萄酒を持ってくると、時間を確認した。
 魔法薬の調剤に必要なのは、材料をきっちり計ることと、時間を確認すること。
 特に時間は重要で、日の光が必要な魔法薬と月の光が必要な魔法薬だと、つくる時間帯さえ違う。
 私は窓の近くでランプをセットし、鍋を乗せて葡萄酒を傾けると、しっかりと計量した材料を入れて混ぜはじめた。
 ぶくぶくとアクが出てきたら、それを木べらで取り除き、焦げないように粘りが出ないように慎重に混ぜ続ける。
 やがて、酒気も飛び、代わりに甘い匂いが漂い、最後に妖精の鱗粉を入れることで、葡萄酒色だった鍋の色が抜け落ちてきた。

「よし」

 くべた時間を考えると、材料の多さの割には、出来上がったのは小瓶一本ほどの惚れ薬だ。私はそれを麻布で越して慎重に移し替えた。

「完成! うーん……我ながらいい出来だわ」

 問題は。惚れ薬を使う相手だ。
 サロンで聞きかじった人間関係について考える。
 うちがど田舎貴族のせいで、権力闘争と無縁なせいなのか、上のほうの貴族の子たちがなにかと私に対して愚痴を聞かせてくる。聞かされても誰が誰だかわかってないから流し聞きしていたけれど、まさか延々聞かされていたことが生かされる日が来るなんて思ってもみなかったなあ。
 まずは王都の権力闘争組に惚れ薬をかけたら、最悪裁判沙汰になったら困るからパス。その手の話のない次男坊三男坊で、既に商売をしていて婚約者とかがいなくってトラブルにならないのは……。
 結局のところ、二、三人に当たりを付けた。よし、明日の登校時間に見つけ次第、惚れ薬をかけよう。
 借金肩代わりさえしてくれたら、あとは惚れ薬の効果が切れるまで逃げよう。うん、作戦はこれで。
 サロンで談笑していたところから、まさかの退学の危機、急いでの惚れ薬づくりで、私は心身共に疲れ果てていた。そのため、私は小瓶を明日の荷物にまとめるとすぐに眠ってしまった。
 しかし、このとき私は抜け落ちていた。
 アルレリア様の占い鑑定結果も、周りから「いいから大人しくしとけ」とさんざん忠告を受けていたことも。

****

 翌日。私はシャルロッテさんと登校中、「あっ、いけない! 今日は授業の当番だったの!」と言った。シャルロッテさんは困った顔で白い髪を揺らす。

「まあ……手伝いましょうか?」
「大丈夫よ、当番を忘れていただけだもの! 先に行きますね!」

 そのままシャルロッテさんを置いて逃げ出した。
 そして私は走って男子寮の前に待ち伏せる。
 たしかお金持ちは、時間に対してゆっくりで、私やシャルロッテさんみたいに早めに教室に向かわないのだ。
 私は鞄に仕込んだ惚れ薬を構える。
 ……これをお金持ちにかけて、うちの借金帳消しにする。待ち構えていたところで、やがて銀髪が目に入った。
 やったあ、たしか噂の富豪! 彼にお金をかけてしまえば……!
 私は茂みから大きく振りかぶって小瓶を、投げた……!
 が。

「ああ、すまない。これは君の忘れ物じゃないかい?」
「忘れ物なんてあったかな?」

 男子が声の主に振り返った途端に、彼に当てる予定だった惚れ薬は、彼の横を素通りして、声の主のほうに向かった。
 そのまま、パリンと割れる。

「あ……」

 なにしてくれるんだ。
 私は富豪男子に勝手にキレた。
 惚れ薬つくるのに時間も体力もかかるのに。小瓶一本分つくるだけでどれだけ手間暇かかったと思ってるの! つくり終わるまで眠れなかったんだぞ!
 それに惚れ薬をかけてしまったのは……。

「殿下! なんということを!」

 透明の液体をポタポタと垂らす、水も滴るいい男……やかましいわ。
 クリストハルト様は呆然とした顔をして立っていた。

「そこ! 何奴!?」

 護衛のドミニクさんがこちらに向かって走ってきて、私の首根っこを捕まえた。ギャーッ!

「ご、ごめんなさい! 間違えたんです!」
「いったい殿下になにをかけたんだ!?」
「死にません! 毒薬じゃありませんから! 本当です!」

 アカン。さようなら私の首。胴とはお別れだよ。
 ひとり勝手に死期を悟っていたら、「ドミニク」と低い声がかけられた。
 おろおろしている富豪男子に対し、クリストハルト様は「早く授業に出たまえよ」と言って校舎に向かわせ、そのまま捕まっている私の元へとやってきた。

「ク、クリストハルト様……ほ、本当にごめんなさ……」
「……私のバラ。ようやく見つけた」
「はい?」

 普段のクールさをいったいどこに落としてきたんだ。
 クリストハルト様の顔は、それはそれは蕩けきった目で、私の手を取ってきたのだ。
 ドミニクさんは当然ながら引きつった顔をしている。

「……殿下?」
「ドミニク、私の小鳥から手を離してくれたまえよ」
「おい、貴様、本当になにをかけたんだ!?」

 ヤバイヤバイヤバイヤバイ。これどんな効き方してるんだ!?
 私は必死に手を振る。

「ほ……」
「ほ?」
「惚れ薬ですよぉ…………!!」

 拝啓 お父様
 先ゆく不幸をお許しください。
 私の心は既にあの世に向かっていた。
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