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仇討ちの手伝いは勘弁
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昼間はご飯を外で食べるにしても、帝はかぐやさんを楽しませるための用意はできたんだろうか。
浴衣でいるべきか、服を着替えるべきかで迷った私は、今日は浴衣に帯に入る程度の筆記用具一式、財布を入れたポーチだけを携えて出かけることにした。
相変わらずすずめの従業員たちが「ちゅちゅーん」とお掃除しているのが和む。ふくらすずめ可愛い。
思わず和んでいたところで「たのもーう」という声を聞いた。
待って。ここは温泉宿。幸福湯。なんでいきなりそんな物騒な声が聞こえるの。私は玄関に行くべきかどうかとおろおろしていたら、慌ててあおじが勢い付けて玄関まで飛んでいった。
「はい、いらっしゃいませ。どのようなごようけんでしょうか?」
あおじが出迎えたのは、古めかしい甲冑を着け、赤い髪を高く縛った女の子だった。どう見てもこれは……。
彼女の近くには、いがぐり頭の男の子、黄色い着物に背中に槍を差した女の子、そして体格がお相撲さんみたいにがっちりとしてる男の人で、いったいなんの集団かがわからない。
私は「あわわ……」と思って見ていたら、「仇討ちですねえ」と隣に鶴子さんがやってきた。
「は? 仇討ち?」
「はい。ご家族とかご友人とかいろいろあるでしょうが、仇討ちですね」
「なんで?」
なんでこんな物騒なものを温泉宿に持ち込んできてるんだよと、私はあわあわとするが、鶴子さんはキョトンとしている。
「現世では仇討ちはないんですか?」
「ええっと……大昔……それこそ江戸時代にはあったはずですけど……」
でも江戸時代の仇討ちは、そもそも届け出が必要。誰彼かまわずじゃなく、身内がやられたときのみ対象。そしてその仇討ちが失敗した場合、更なる仇討ちというものは許されないはずだ。
どう見てもあの鎧の女の子たちの物々しさは、江戸時代のものよりも殺伐としている。
私の説明に「そうですかあ」と鶴子さんはのんびりと答えた。
「幽世と現世だったら届け出がある場所があるんですけど、間の場所である幸福湯だとありませんし、店主が承っています」
「はいっ…………!?」
思わず悲鳴を上げた。
どうして平然としているの。それともそれが幽世クオリティーなの。私わかんない。
開いた口が塞がらない中、鶴子さんは続ける。
「一応届け出を出すのは、幸福湯のお客様たちに、今回は仇討ちのお客様がいらっしゃることを通達するためですから、ここで無差別に仇討ちを推奨している訳ではなく、むしろお客様の注意勧告のためです」
「ああ、なるほど……」
「仇討ちが認められた場合も、三日以内に仇討ち対象が宿に現れない場合は、縁がなかったと諦めてもらって以降幸福湯での仇討ちを禁じられます。さすがに店主様も、誰彼かまわず招き入れませんよぉ」
「なるほど……それはたしかに」
あおじは可愛らしい外見とは裏腹に、相当いろんな修羅場を潜り抜けてきたんだなとは、見ていたらわかる話だ。私はそう納得していたら、鶴子さんは続けた。
「ただ、一度通達された方は見届け人になるか、手伝いに回されますから、もし通達を受けたくなかったら、なるべく仇討ちの方々とは関わらないようにすることをお勧めします」
「待って。なにそれ」
誰かの仇討ちを見届けるのも、誰かの仇討ちを手伝わされるのも、どっちも嫌だよ。私が口をパクパクさせていたら、鶴子さんは溜息をついた。
「以前に仇討ちにいらっしゃったお客様、きちんとした縛りなしに仇討ちに許可を出したところ、上客の神様方巻き込んで大惨事を招き、危うく店主様の首が飛ぶところでしたから」
「いやいやいやいや。それはいくらなんでも、横暴過ぎる!」
「ですから、仇討ちの見届け人も仇討ちの手伝いも嫌なら大人しくしてくださいよ……だって奥菜様、変な方々に絡まれてばっかりですから、一度誘われたら断れないでしょうし」
「うっ」
この数日私付きでお世話をしてくれていたばかりに、鶴子さんはばっちり私の性格を熟知していた。
と、とりあえず近付かなきゃいいんだなと納得し、私は帝の様子をそっと見に行こうかなと玄関から離れようとしたら。
「そこのお方。あなたは人間とお見受けしますが」
……先程の赤毛の女の子が声をかけてきたのに、私は喉の奥で「ひい」と鳴いた。
「……なんでしょうか」
私は鶴子さんに助けを求めようとしたものの、彼女はさっさと仕事に戻ってしまっていた。そりゃそうだ。私の世話だけがお仕事じゃないもんな、女中は。
もう一度振り返ると、キリッとした女の子がいきなり頭を下げてきたのだ。
「どうか、どうか私の母の仇討ちを手伝ってはいけないでしょうか!?」
その言葉に、私はくらくらとした。
鶴子さん。もう手遅れですと。
浴衣でいるべきか、服を着替えるべきかで迷った私は、今日は浴衣に帯に入る程度の筆記用具一式、財布を入れたポーチだけを携えて出かけることにした。
相変わらずすずめの従業員たちが「ちゅちゅーん」とお掃除しているのが和む。ふくらすずめ可愛い。
思わず和んでいたところで「たのもーう」という声を聞いた。
待って。ここは温泉宿。幸福湯。なんでいきなりそんな物騒な声が聞こえるの。私は玄関に行くべきかどうかとおろおろしていたら、慌ててあおじが勢い付けて玄関まで飛んでいった。
「はい、いらっしゃいませ。どのようなごようけんでしょうか?」
あおじが出迎えたのは、古めかしい甲冑を着け、赤い髪を高く縛った女の子だった。どう見てもこれは……。
彼女の近くには、いがぐり頭の男の子、黄色い着物に背中に槍を差した女の子、そして体格がお相撲さんみたいにがっちりとしてる男の人で、いったいなんの集団かがわからない。
私は「あわわ……」と思って見ていたら、「仇討ちですねえ」と隣に鶴子さんがやってきた。
「は? 仇討ち?」
「はい。ご家族とかご友人とかいろいろあるでしょうが、仇討ちですね」
「なんで?」
なんでこんな物騒なものを温泉宿に持ち込んできてるんだよと、私はあわあわとするが、鶴子さんはキョトンとしている。
「現世では仇討ちはないんですか?」
「ええっと……大昔……それこそ江戸時代にはあったはずですけど……」
でも江戸時代の仇討ちは、そもそも届け出が必要。誰彼かまわずじゃなく、身内がやられたときのみ対象。そしてその仇討ちが失敗した場合、更なる仇討ちというものは許されないはずだ。
どう見てもあの鎧の女の子たちの物々しさは、江戸時代のものよりも殺伐としている。
私の説明に「そうですかあ」と鶴子さんはのんびりと答えた。
「幽世と現世だったら届け出がある場所があるんですけど、間の場所である幸福湯だとありませんし、店主が承っています」
「はいっ…………!?」
思わず悲鳴を上げた。
どうして平然としているの。それともそれが幽世クオリティーなの。私わかんない。
開いた口が塞がらない中、鶴子さんは続ける。
「一応届け出を出すのは、幸福湯のお客様たちに、今回は仇討ちのお客様がいらっしゃることを通達するためですから、ここで無差別に仇討ちを推奨している訳ではなく、むしろお客様の注意勧告のためです」
「ああ、なるほど……」
「仇討ちが認められた場合も、三日以内に仇討ち対象が宿に現れない場合は、縁がなかったと諦めてもらって以降幸福湯での仇討ちを禁じられます。さすがに店主様も、誰彼かまわず招き入れませんよぉ」
「なるほど……それはたしかに」
あおじは可愛らしい外見とは裏腹に、相当いろんな修羅場を潜り抜けてきたんだなとは、見ていたらわかる話だ。私はそう納得していたら、鶴子さんは続けた。
「ただ、一度通達された方は見届け人になるか、手伝いに回されますから、もし通達を受けたくなかったら、なるべく仇討ちの方々とは関わらないようにすることをお勧めします」
「待って。なにそれ」
誰かの仇討ちを見届けるのも、誰かの仇討ちを手伝わされるのも、どっちも嫌だよ。私が口をパクパクさせていたら、鶴子さんは溜息をついた。
「以前に仇討ちにいらっしゃったお客様、きちんとした縛りなしに仇討ちに許可を出したところ、上客の神様方巻き込んで大惨事を招き、危うく店主様の首が飛ぶところでしたから」
「いやいやいやいや。それはいくらなんでも、横暴過ぎる!」
「ですから、仇討ちの見届け人も仇討ちの手伝いも嫌なら大人しくしてくださいよ……だって奥菜様、変な方々に絡まれてばっかりですから、一度誘われたら断れないでしょうし」
「うっ」
この数日私付きでお世話をしてくれていたばかりに、鶴子さんはばっちり私の性格を熟知していた。
と、とりあえず近付かなきゃいいんだなと納得し、私は帝の様子をそっと見に行こうかなと玄関から離れようとしたら。
「そこのお方。あなたは人間とお見受けしますが」
……先程の赤毛の女の子が声をかけてきたのに、私は喉の奥で「ひい」と鳴いた。
「……なんでしょうか」
私は鶴子さんに助けを求めようとしたものの、彼女はさっさと仕事に戻ってしまっていた。そりゃそうだ。私の世話だけがお仕事じゃないもんな、女中は。
もう一度振り返ると、キリッとした女の子がいきなり頭を下げてきたのだ。
「どうか、どうか私の母の仇討ちを手伝ってはいけないでしょうか!?」
その言葉に、私はくらくらとした。
鶴子さん。もう手遅れですと。
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