ちゅちゅん すずめのお宿

石田空

文字の大きさ
上 下
13 / 26

面倒くさいが嫌いになれない

しおりを挟む
 次の日、私は朝に足湯に入りに出かけた。景色を楽しみたかったのが半分、考えをまとめたかったのが半分だ。
 あまりに独特過ぎるかぐやさんと帝のやり取りを、私はほっぽり出してきて逃げてしまったがあれでよかったんだろうか。かぐやさん個人とはまたお話ししたいものの、帝の間に挟まるのは勘弁願いたいというのがある。

「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ねっていうけど、死にたくもないしなあ……」

 ひとりでそうぶつぶつ呟いていたら、足湯には既に先客がいた。
 若彦さんがひとりで温泉卵を食べながら、足湯にのんびり使っていた。私の姿を見て、会釈をしてくれた。私も思わず会釈を返す。

「どうしました、浮かない顔をして」

 そう尋ねられ、どうしたもんかと考える。

「友達になりたいなあという人に横恋慕している人の対処法がわかりません」
「ほう」

 若彦さんは私のほうにひょいと卵を差し出した。

「先日も買いました売店で買った温泉卵ですけど、よろしかったらどうぞ」
「……いただきます」

 私はそれを割ってもしゃりと食べた。おいしい。ほっくりとした黄身の味が気持ちを和ませてくれ、少し落ち着きそうだ。
 相変わらず足湯は心地よく、程よい朝冷えとお湯の熱さのコントラストで、気持ちも静まった。そして眼前には相変わらずの美しい紅葉と桜。
 これだけ美しいものって、慣れることはあっても案外飽きないものだなと、しみじみと思いながら私は温泉卵をもうひと口だけ頬張ってから言葉を続けた。

「私自身、現世でも友人の恋愛にうっかりと挟まってしまい、さんざんな目に遭っているので、これ以上介入すべきか、もう見て見ぬ振りして彼女とは友達になりたかったが残念だったで済ませるべきかで、悩んでいます」
「難しい問題ですね」
「はい。難しいんです。だって、彼女が悪い訳でもありませんし」

 かぐやさんは、ただその場にいるだけ。
 月で罰を受けて地上に降ろされ、親切な老夫婦の元で成長し直していただけ。美貌のせいで大量に求婚者を引き寄せてしまい、無理難題を言って帰ってもらっただけ。そして無理難題を言える相手ではない帝は文通してもまだ諦めず、わざわざ不死の妙薬を飲んで追いかけてきているが、女友達が欲しいかぐやさんからしてみれば、いい加減にしてくれで怒っている。
 千年かけた恋に挟まる私は、普通に邪魔者だが、千年かけて辟易しているかぐやさんの立場はどうなるんだとか、帝もなんで今になってやってくるのとか、思うことが上手くまとまらないんだ。
 若彦さんはのんびりと言った。

「自分は奥菜さんはそのスタンスのまんまでいいと思いますよ」
「……それ、無神経じゃないですか?」
「いえ、ちっとも。むしろ普通に『そんなの関係ない』でほったらかしにするほうが普通ですよ。でもふたりに気持ちを割いている上に、友達になりたい方を気遣っている。それで充分じゃないですか」
「うーん。仲人とかは」
「する必要ありますかねえ。むしろ、現在進行形で、その横恋慕しているほうが奥菜さんからもその友達になりたかった方からも嫌われているんですから、これ以上のことはしてこないと思いますよ。というか、これ以上のことをしたらここの店主が黙っていませんから。あれでも店主はお客様第一主義ですからね。これ以上は迷惑かかると判断した場合は、店主権限で追い出しにかかります」

 私は思わず脳裏に「ちゅちゅーん」と頼りになるのかならないのかちっともわからないあおじが頭に浮かんだ。
 まさかとは思うけど、あのすずめは帝を追い出せるくらいに強かったんだろうかと、少しだけ考え込んでしまった。
 それに若彦さんが笑った。

「そんな訳ですから、あまり奥菜さんが気にする必要ありませんて。その横恋慕の方だってこれ以上嫌われない方向で考えるでしょうから大丈夫ですよ」
「そうですか……わかりました。お話し聞いてくださりありがとうございます」
「いえいえ」
「あっ、温泉卵……」

 さすがにおごってもらっちゃまずいかなと思ったけれど、若彦さんが「いえいえ」とやんわりと止める。

「別にお気遣いなく。たまにでいいので、自分の正体について思いを馳せてくれたら、それだけで充分です」
「あー……すみません。どっかであなたの名前を見たと思ったんですけど、上手く調べることができず……」
「そうですか。まあ、気長に探ってくださいよ」

 そう言って若彦さんは目を細めた。

****

「だから言ったじゃありませんかあ。かぐやさんはひとでなしだって」

 足湯から戻ってきたら、部屋はすっかり片付けられて、代わりに朝ご飯が並んでいた。
 今日はきのこを中心とした炊き込みご飯に、貝の味噌焼き、だし巻き卵に熊の甘露煮と豪華だった。甲斐甲斐しく給仕をしてくれている鶴子さんは、気のせいかプリプリしていた。

「あのう、かぐやさんは久し振りだと言ってましたけど」
「かぐやさんはそうかもしれませんけどね、帝さんはそうじゃないです。あのひとがあんまりにも湿っぽいから他の女中が無理と断ってきたので、今や私がほぼ専門の担当になってますけどね。あのひとの気持ちもわからなくもありませんから」
「あれ、そうなんですか?」

 たしかに鶴子さんは恋愛脳が過ぎる人とは思っていたが、あれだけ暴走気味な帝の気持ちがわかるとは思ってもみなかった。
 それに鶴子さんは「わかりますよぉ」と答えた。

「というかですね。かぐやさんが誰かひとりを選べないっていうのなら、あれだけ傍若無人でも誰も選ばないんだなで終わる話なんです。ただあの方、誰にだって気を持たせますから。それが彼女の気まぐれであったとしても、溺れる者は藁をもすがる、そういう風にできてるんですからね。あまりにもそれは、ひとでなしという奴ですよ」
「なるほど……」

 私はそう言いながら貝の味噌焼きを食べた。ほんのり焦げた味噌の苦みと貝の甘さとジューシーさが合わさってものすごくおいしい。
 それはさておいて、鶴子さんの言い分も恋愛脳が過ぎているとは言えど、少しわからなくもないとは思った。
 でもなあ……。
 帝の立場を思い、お世話になっている老夫婦の立場を思えば、かぐやさんは帝の言葉を無下にできたり断れたりはできたんだろうか。大量にやってきた求婚者を「いや」のひと言で鎮められたんだろうか。
 無理だよなあ……と思ってしまう。
 断ったらなにされるかわからないとなったら、向こうから折れてもらうしかなくないか。そう考えたら、彼女が誰に対してものらりくらりとしていた気持ちもわからなくはない。

「私はあれですねえ……かぐやさんのこと、面倒くさいとは思いますけど、やっぱり嫌いにはなれませんね」
「あれ? 奥菜さんはもっと面倒くさがりかと思ってましたけど」
「そりゃ面倒ごとは好きじゃありませんけど。小説って面倒な言動をどうして面倒なのかって考えながら書くものなんで、ひとの感情の機微まで面倒くさいって投げてしまったら書けるものも書けなくなってしまうじゃないですか……ただ、面倒ってだけで、彼女のこと嫌いにはなれませんよ」

 彼女の立場上、もう帰るのがわかっていたんだから、久々に降りてきた程度に好きな場所にも未練を残せなかった。だから誰も選べないし選ばない。
 そう考えたらやっぱり嫌いにはなれないんだ。
 それに鶴子さんは「それもそうですねえ」と答えた。

「つくるのが簡単だからって、好物がお茶漬けのひと、ほとんどいらっしゃいませんし」
「……まあ、そうですよね」

 思わずずっこけそうになりながらも、私は頷いて今日も赤だしをすすったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏吉原あやかし語り

石田空
キャラ文芸
「堀の向こうには裏吉原があり、そこでは苦界の苦しみはないよ」 吉原に売られ、顔の火傷が原因で年季が明けるまで下働きとしてこき使われている音羽は、火事の日、遊女たちの噂になっている裏吉原に行けると信じて、堀に飛び込んだ。 そこで待っていたのは、人間のいない裏吉原。ここを出るためにはどのみち徳を積まないと出られないというあやかしだけの街だった。 「極楽浄土にそんな簡単に行けたら苦労はしないさね。あたしたちができるのは、ひとの苦しみを分かつことだけさ」 自称魔女の柊野に拾われた音羽は、裏吉原のひとびとの悩みを分かつ手伝いをはじめることになる。 *カクヨム、エブリスタ、pixivにも掲載しております。

荷車尼僧の回顧録

石田空
大衆娯楽
戦国時代。 密偵と疑われて牢屋に閉じ込められた尼僧を気の毒に思った百合姫。 座敷牢に食事を持っていったら、尼僧に体を入れ替えられた挙句、尼僧になってしまった百合姫は処刑されてしまう。 しかし。 尼僧になった百合姫は何故か生きていた。 生きていることがばれたらまた処刑されてしまうかもしれないと逃げるしかなかった百合姫は、尼寺に辿り着き、僧に泣きつく。 「あなたはおそらく、八百比丘尼に体を奪われてしまったのでしょう。不死の体を持っていては、いずれ心も人からかけ離れていきます。人に戻るには人魚を探しなさい」 僧の連れてきてくれた人形職人に義体をつくってもらい、日頃は人形の姿で人らしく生き、有事の際には八百比丘尼の体で人助けをする。 旅の道連れを伴い、彼女は戦国時代を生きていく。 和風ファンタジー。 カクヨム、エブリスタにて先行掲載中です。

お江戸陰陽師あやし草紙─これはあやかしのしわざですか?─

石田空
キャラ文芸
時は江戸。日々暦をつくって生活している下っ端陰陽師の土御門史郎の元に、押しかけ弟子の椿がやってくる。女だてらに陰陽道を極めたいという椿に振り回されている史郎の元には、日々「もののけのしわざじゃないか」「あやかしのしわざじゃないか」という悩み事が持ち込まれる。 お人よしで直情型な椿にせかされながら、史郎は日々お悩み相談に精を出す。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

猫の罪深い料理店~迷子さんの拠り所~

碧野葉菜
キャラ文芸
アラサー真っ只中の隅田川千鶴は仕事に生きるキャリアウーマン。課長に昇進しできない男たちを顎で使う日々を送っていた。そんなある日、仕事帰りに奇妙な光に気づいた千鶴は誘われるように料理店に入る。 しかしそこは、普通の店ではなかった――。 麗しの店主、はぐれものの猫宮と、それを取り囲む十二支たち。 彼らを通して触れる、人と人の繋がり。 母親との確執を経て、千鶴が選ぶ道は――。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...