春花国の式神姫

石田空

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番の呪いと陰陽師

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 牛車の近くには、私と一緒に神庭に入る侍女、見送りに来た従者たちが寄ってきていた。
 鼻の奥が痛いのは、私は無理矢理あやかしの番にされたばかりに、無理矢理出家させられるんだという理不尽と、なんで侍女を巻き込むんだという憤りだった。
 私はあまり信心深くなく、神様にお祈りなさいと言われてもよくわからないし、神嫁として毎日楽器を奉納しなさいと言われても上手いのは横笛ばかりで、女が弾けないと駄目とされる琴は下手くそなままだった。
 ああん、もう。ほんっとうにイヤ。
 そう、憤っているときだった。

「お待ちください。こちらの方角はあまりよろしくありませんよ」

 そう声をかけてきた人を見て、怪訝な思いになった。
 狩衣を着た凛としたたたずまい。しかし貴族っぽくないと思ったのは、狩衣がやや着崩れていたり、そもそも貴族だったら本来なら今頃出仕しているだろうから、こんな王族の端っこの邸宅になんかいる暇がない。
 それにお父様は「これはこれは」と挨拶をした。

つごもり様でしたか……まさかこのような場所にまでお越しくださるとは思いもせず」
「王族なのですから、謙遜なさらず」
「……この国では男では王族であっても大したことはできませんよ」

 お父様は少しだけ晦と呼ばれる男性に悲しげに答えた。私は首を捻りながら、お父様と晦を見比べる。

「お父様? この方はいったい……」
「ああ、藤花。彼こそは陰陽寮筆頭陰陽師の晦様だよ。今時これだけ霊験あらたかな方はおられないからね。あやかしをいくらでも調伏できるような方なんて、他にはおられないから……もっと早くにお会いしたかったですなあ……」

 武官たちが教えてくれた話を思い返した。
 ……もしこの人に、もっと早く会えていたら。私を番にしたあやかしを調伏してもらって、番の呪いから解放されたのに。
 晦は私のほうにちらりと視線を向ける。そしてふいっとお父様のほうに視線を戻した……なんだあ、私が王族っぽくないからって、その態度はあ。こちとら幼少期から出家が決まってたせいでまともな教育受けさせてもらってないから野生に帰るしかなかった姫だぞぉ。
 私が思わずジト目になって彼を見ている中、晦はお父様に尋ねる。

「ということは、彼女が番の呪いを受けた?」
「ええ……我が娘の藤花です。本日、神庭に招かれるのです」
「さようですか……わかりました。神庭で神様に楽を奉納し続けることを許された姫様のために、こちらもまじないを授けましょう」
「ああ、お願いします!」

 お父様は晦に夢中になっているものの、私は本当に久しぶりに見た陰陽師に、なんとも言えない胡散臭さを感じて、思わず手をぎゅっと握りしめていた。
 なんだろう……この変に据わりが悪いのは。私がガルガルと威嚇している中、晦はふっと笑いながら、袖から人形ひとがたを取り出すと、呪文を唱えはじめた。
 晦の声音は心地いい。妙に耳に馴染む。さっきまで覚えていた剣呑さはなりをひそめ。
 だんだん、視界がぼやけてくるのに気付いた。
 ……あれ?
 私はくらっとする頭を抑えようとして、気付いた。手が透けていることに。

「えっ? えっ? なに?」

 声を発しているはずなのに、声にならない。
 それどころか。私の隣に私がいることに気付いた。な、なんで!? 私が増えた!?
 やがて呪文を唱え終えると、お父様と私はお辞儀をして、私はそのまま牛車に乗せられていく。お父様は私が乗った牛車を見送ると、本当にひと回り小さくなったかのように背中を丸めて、とぼとぼと屋敷に帰ってしまった……。
 って。

「私、ずっとここにいるのに、なんで私が増えて、増えたほうの私が勝手に牛車に乗って神庭に運ばれちゃったの!?」
「おやおやおや。お気付きませんでしたか、姫様」

 私が叫んだのに、声が返ってきた。私のほうを晦ははっきりと見ていたのである。
 それに私は「え?」と思う。私の声は、どれだけ叫んでも誰も聞こえてなかったはずなのに。

「あ、あなたですか! 私を増やしたのは! いったいなにを考えているんで!?」
「いやいや、姫様。違いますよ。私は呪文を唱えました。それと同時に、あなたの肉体からあなたの魂を引き抜いた。それだけです。今の姫様の体は、私が式神を使って遠隔操作を行っておりますから」
「……ええ? えええええええ…………!!」

 さっき立ちくらみがしたのも。さっき体が透けてたのも。私が魂になってしまったからかあ……!
 思わず私は晦を殴ろうとするものの、手はスカッスカッと彼の体をすり抜けていくばかり。

「もう! 本当に来てほしいときにはちっとも顔を見せなかった癖に、私が出家する当日にひょっこりとやってきたと思ったら、いきなり私の魂を引っこ抜くとか、いったいなにを考えてるんですか!?」
「おや、姫様は私に会いたかったんですか?」
「私は! 私に呪いをかけたあやかしを、殺したかった! でも下手なことをしたら、族滅させられてしまうんでしょう? ならば、せめて現代最高峰の陰陽師に、私に呪いをかけたあやかしを殺してほしかった! 神庭に行きたくはなかったけど、神庭に行かなくっていいように魂だけになりたいなんて思ってなかった! なんでそんなことをするの!?」

 ポカポカポカと、透けてもなお晦の胸を叩き続ける。それでも全部透けてしまうし、だんだん腕を振るっている感覚も消えてきてしまう。
 やだ、体から無理矢理抜かれたせいで、私自身が消えかけてるの?
 小さい頃に呪われたからって、そこまでされないといけないの?

「もうやだあ……」

 とうとう目尻からポロッと涙が零れはじめた。涙はちゃんと流れてくれるみたいだ。
 私が声を上げて泣き出した中、晦は溜息をつくと、ひょいと人形を取り出した。途端に私の体は吸い込まれて、人形の中に納まってしまった。
 途端に、掌よりちょっと小さいくらいの大きさだった人形は膨らみ、私の体に変わった。

「え?」
「姫様。今は私の式神となりました。これで体と切り離されたからと言って、魂があの世に旅立つことはなくなったはずです」
「ちょ……どうして……」
「そもそもおかしな話なんですよね。王族の女性が呪われるなんて話は」

 私は驚いて晦を見上げた。彼はお父様に向けていた柔和な表情をポイ捨てして、不快げに頭を撫でた。

「いくら王弟の娘とは言っても立派な王族。朝廷にはきちんと結界が施されているはずです。それを無視してあやかしが侵入してくるなんて本来はありえません。何度も調査しようとしたんですが、なぜか陰陽寮の調査を受け入れてもらえなかったんですよねえ。ですから、結界の外に絶対に出る出家当日を待って、あなたを捕まえることにしたんですよ。いきなり不埒な真似をしてすみませんね?」

 いきなり殊勝なことを言われ、私はなんとも言えない顔をした。

「そんな……私、ずっとここにいました。ここにいる中で、私が呪われたとき以外、ほとんど陰陽師の方をお見掛けしませんでしたけど……」
「朝廷内には、陰陽師はなかなか簡単に出入りはさせてもらえないのですよ。いかんせん陰陽師は汚れ仕事が専門ですから、穢れをもちこんではいけないと、手順を踏まなかったら、招き入れられない限りは自主的に入ることはできません」
「……あなたは、私になにをしようっていうんですか? 私は王位継承権もとっくの昔に破棄された人間で、まともな教育は受けていません」
「そうですね。あなたのご家族のお話を、あなたがわかる範囲でしてください。それと」
「はい?」

 途端に晦はにっこりと笑った。
 あっ、胡散臭い顔。

「私の恋人になってください」

 思わず張り手をした。
 式神になったせいか、見事に紅葉の跡がついた。やったー。
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