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水車の見学
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馬車に乗って一刻と少し。だんだんとカッタンカッタンと独特の音が耳に入るようになってきた。
「わあ……!」
「ここですね、水車の検証実験を行っている村は」
辺り一面は麦畑であり、その向かい側に川がある。その川でカッタンカッタンと音を立てている水車があった。
その水車が川の水を汲み、川から細く伸ばされている水道に水を送る仕組みのようだ。その水道がそれぞれの畑に伸びている。
「すごいですね、これは」
「はい。これで水不足の村に水が送れ、逆に川の増水に困っている村が助かる仕組みになればと、学者たちに検証してもらっている最中なんです」
「その実験を行っている方々がここに?」
「半分以上が元々この村で小麦を育てている農民ですけれど、もう半分は水道の実験を進めてくれている学者たちです。水車の中にも、人がいるはずですよ。見てみますか?」
「はい」
すごいな、たしかに治水工事になるんだ。川が通っていない村は、井戸を掘ったところで水が出ないし、逆に川が近くにあって雨期に増水のせいで近場の人たちが洪水に悩んでいるとなったら、その水を反対にすればいいんだから。
そこらへんを検証実験を進めている人たちってどんな人たちなんだろう。私はそう思いながら、ジル様についていった。
「失礼します。ジルです」
「おお、領主様。お久し振りです。どうぞ」
水車の中では、ギッタンバッタンと回る車に合わせて麦を踏む音が響いていた。その潰された麦をテーブルに載せて検証しているのは、色素の薄い灰色の髪をし、メガネをかけた男性だった。シャツの上に白いローブを羽織っている。たしかに学者さんらしい。
ジル様は学者さんに頭を下げる。
「お久し振りです、マティウス博士」
「領主様こそお久し振りです。おや、そちらの女性は」
「妻です」
「ああ、先日式を挙げられていた。おめでとうございます。新婚旅行ですか?」
マティウス博士と呼ばれた学者さんにニコニコと言われて、私は気まずい思いをして肩を竦めてしまった。でもこの人はエリゼさんと違ってからかわれているという感じはしないんだよな。
私はどうにかしゃべらないとと、口を開いた。
「妻のシルヴィです。私もクレージュ領に来てから、いろいろと夫の仕事の手伝いができないかと無理を言って視察に連れてきてもらっているだけです……私は貴族教育を受けていませんので、屋敷のほうは執事に一任しております」
「なるほど」
「あのう、最新式の水車の開発と検証実験を行っていると伺ったのですが……」
「ええ。新しく水道管を敷くために、水を各地に送れないかという検証を進めているんですよ」
マティウス博士はおっとりとした見た目と違い、かなりきびきびしている印象の人だった。
それは先程もジル様からちらりと聞いたけれど。ジル様は頷く。
「ええ。ひとつは嵐のときの被害を最小限に留めるため、川の増水を防ぐという目的があります」
「だから河川のない場所に水を移動しようとしているんですね」
「はい。もうひとつは河川のない場所に水を送ることで、畑の水だけでなく生活用水の確保をしたいというのがあります。ですけど、ただ闇雲に川から水を減らすだけでなく、水を調整できないかの実験検証を行っている最中なんですよ。農村で検証を行っているのも、一番の目的である農作の利便性の向上に繋がっているかの確認がありますから」
なるほど。私はテーブルの麦を見る。
「この麦は?」
「水の調整ができているかどうかの検証ですね。元々水車を利用して、麦を挽いて粉にしていますから、河川の水の調整の際に、水力が強いか弱いかの確認にも利用できます。これで増水しているか確認しているんですね」
「なるほど……本当にいろんなことをなさっているんですね」
「ええ。呪いに打ち勝つためにも、これらを実用段階にまで持ち込まなければいけませんから」
「ええ……? 呪い、ですか?」
呪いと水車が全く結びつかず、私はマティウス博士をパチパチしながら見つめた。これにはしばらく私とマティウス博士の話を聞いていたジル様が口を挟んで説明してくれた。
「呪いがなんなのか、まだ全体的に把握できていません。ただ時期は特定でき、何故か領民には発生していないことだけは判明しています。それらをマティウス博士とも話をしていたのですが」
「……可能性があるとすれば、郷土病なのではないかと思っています」
「郷土病……ですか」
「それにしては、風邪のような症状が出るだけで死ぬ訳でもなく、ただ呪いじゃないかと気味悪がられているのだけは解せませんがね。なら病気の元凶を潰してしまえばいいのではないかと、生活用水の普及をできないかと考えたんですよ」
そういえば、神殿でも言ってたな。外の人しか呪いにかからないと。そしてその呪いは外から嫁いできた私もかかる可能性がある訳で。その症状が人死にが出るものでもないけれど、風評被害が著しいからなんとかしたいっていうのが、今のクレージュ領の現状ってことか。
でも風邪のような症状で死ぬ訳でもないっていうのが、また。
神殿でも「病は気から」と、流行病の時期になったら、掃除洗濯が徹底されていたし、井戸水も普通に使っていた。でも井戸水が使えないような場所だったら水を汲みに行くしかないから。力作業ができないところのために、生活用水を普及させようとしているんだから、発想の転換が素早いんだろう。
「お話、ありがとうございました」
「いえいえ。ただ、秋の季節になりましたら、念のため気を付けてくださいね」
そう言い合いながら、マティウス博士と別れた。
水車を後にした私たちは、村長さんに水車ができてどうかという話を伺いに行った。
「いやあ、水車と水道。このおかげでかなり便利になりましたねえ」
村長さんはにっこにっことしていた。
「畑の水やりがかなり楽になりましたから。一応うちの近所は川があるんですけれど、川の氾濫のせいで畑がやられることが多かったので……その川の水の調整をしようって話が出てくれたら、うちも助かりますね。増水のせいで、畑の様子を見に行った連中が流されて死体になって帰ってきた例が多かったですから……」
あー。川がない場所のことばかり気にしていたけれど、川の近くは川の近くで、畑がやられるだけでなくって人が流れて死んでしまう例もあるんだな。
だからこそ、治水工事が重要になってくると。
村長さんは私たちに食事を振る舞ってくれた。
ここの麦は育てやすい大麦だけでなく小麦もあり、焼きたてのサクッとしたパンだった……川魚と季節の果物のタルトも出してくれた。川魚は淡泊な味付けだけれど、それが今の時期に獲れるいちじくとよく合い、不思議とさわやかな味わいで食べることができた。
「普段川のことについて考えたことありませんでしたけど、川の利便性と危険って表裏一体なんですねえ……」
「ええ。ですから、皆で平和に使っていきたいんですよ」
そう言いながらジル様はペロリとタルトを平らげた。
よくよく考えると、今でこそ農業国であるクレージュ領だけれど、先々代の時代では開拓まっただ中だったんだから、なにかしら問題がある場合には学者を呼んできて解決策を模索するっていうのはクレージュ伯爵たちにとっては当たり前のことなのかもしれない。
私はそれのお手伝いができればいいのだけれど。
他にもあちこちで畑の様子も見学してから、私たちは馬車で帰ることとなった。私は外の様子を眺める。今日の果物の収穫は終わり、まだ青い麦が豊かに伸びているのが見えた。
「やっぱり、呪いがなんとかなるといいですよね。郷土病じゃないかって推測は立っているんですから」
「ええ……早く呪いが解けたらいいんですけれど。それでうちの風評被害も治まりますから」
「そうですね……もし私に呪いがかかったら、それで研究してください」
「シルヴィさん?」
「外から来た人しかかからないのでしたら、私だってかかる可能性がありますから。そのときは大人しく神殿に頭を下げてそこで引っ込みますから」
「奥さん。あまりそういうこと言わないでください」
ジル様は少し唇をとんがらせると、私の手を取った。
「たしかにあなたは外から来た人ですけれど、あなたに呪いの実験になってくれとは思っていません」
「ですけど……」
「そういうこと、冗談でも絶対に言ってはいけません」
ジル様にぴしゃんと言われてしまった。
そこはたしかに浅はかだったかもしれない。でも。このままここがずぶずぶ沈んでいくのだけは見たくない光景だ。
「わあ……!」
「ここですね、水車の検証実験を行っている村は」
辺り一面は麦畑であり、その向かい側に川がある。その川でカッタンカッタンと音を立てている水車があった。
その水車が川の水を汲み、川から細く伸ばされている水道に水を送る仕組みのようだ。その水道がそれぞれの畑に伸びている。
「すごいですね、これは」
「はい。これで水不足の村に水が送れ、逆に川の増水に困っている村が助かる仕組みになればと、学者たちに検証してもらっている最中なんです」
「その実験を行っている方々がここに?」
「半分以上が元々この村で小麦を育てている農民ですけれど、もう半分は水道の実験を進めてくれている学者たちです。水車の中にも、人がいるはずですよ。見てみますか?」
「はい」
すごいな、たしかに治水工事になるんだ。川が通っていない村は、井戸を掘ったところで水が出ないし、逆に川が近くにあって雨期に増水のせいで近場の人たちが洪水に悩んでいるとなったら、その水を反対にすればいいんだから。
そこらへんを検証実験を進めている人たちってどんな人たちなんだろう。私はそう思いながら、ジル様についていった。
「失礼します。ジルです」
「おお、領主様。お久し振りです。どうぞ」
水車の中では、ギッタンバッタンと回る車に合わせて麦を踏む音が響いていた。その潰された麦をテーブルに載せて検証しているのは、色素の薄い灰色の髪をし、メガネをかけた男性だった。シャツの上に白いローブを羽織っている。たしかに学者さんらしい。
ジル様は学者さんに頭を下げる。
「お久し振りです、マティウス博士」
「領主様こそお久し振りです。おや、そちらの女性は」
「妻です」
「ああ、先日式を挙げられていた。おめでとうございます。新婚旅行ですか?」
マティウス博士と呼ばれた学者さんにニコニコと言われて、私は気まずい思いをして肩を竦めてしまった。でもこの人はエリゼさんと違ってからかわれているという感じはしないんだよな。
私はどうにかしゃべらないとと、口を開いた。
「妻のシルヴィです。私もクレージュ領に来てから、いろいろと夫の仕事の手伝いができないかと無理を言って視察に連れてきてもらっているだけです……私は貴族教育を受けていませんので、屋敷のほうは執事に一任しております」
「なるほど」
「あのう、最新式の水車の開発と検証実験を行っていると伺ったのですが……」
「ええ。新しく水道管を敷くために、水を各地に送れないかという検証を進めているんですよ」
マティウス博士はおっとりとした見た目と違い、かなりきびきびしている印象の人だった。
それは先程もジル様からちらりと聞いたけれど。ジル様は頷く。
「ええ。ひとつは嵐のときの被害を最小限に留めるため、川の増水を防ぐという目的があります」
「だから河川のない場所に水を移動しようとしているんですね」
「はい。もうひとつは河川のない場所に水を送ることで、畑の水だけでなく生活用水の確保をしたいというのがあります。ですけど、ただ闇雲に川から水を減らすだけでなく、水を調整できないかの実験検証を行っている最中なんですよ。農村で検証を行っているのも、一番の目的である農作の利便性の向上に繋がっているかの確認がありますから」
なるほど。私はテーブルの麦を見る。
「この麦は?」
「水の調整ができているかどうかの検証ですね。元々水車を利用して、麦を挽いて粉にしていますから、河川の水の調整の際に、水力が強いか弱いかの確認にも利用できます。これで増水しているか確認しているんですね」
「なるほど……本当にいろんなことをなさっているんですね」
「ええ。呪いに打ち勝つためにも、これらを実用段階にまで持ち込まなければいけませんから」
「ええ……? 呪い、ですか?」
呪いと水車が全く結びつかず、私はマティウス博士をパチパチしながら見つめた。これにはしばらく私とマティウス博士の話を聞いていたジル様が口を挟んで説明してくれた。
「呪いがなんなのか、まだ全体的に把握できていません。ただ時期は特定でき、何故か領民には発生していないことだけは判明しています。それらをマティウス博士とも話をしていたのですが」
「……可能性があるとすれば、郷土病なのではないかと思っています」
「郷土病……ですか」
「それにしては、風邪のような症状が出るだけで死ぬ訳でもなく、ただ呪いじゃないかと気味悪がられているのだけは解せませんがね。なら病気の元凶を潰してしまえばいいのではないかと、生活用水の普及をできないかと考えたんですよ」
そういえば、神殿でも言ってたな。外の人しか呪いにかからないと。そしてその呪いは外から嫁いできた私もかかる可能性がある訳で。その症状が人死にが出るものでもないけれど、風評被害が著しいからなんとかしたいっていうのが、今のクレージュ領の現状ってことか。
でも風邪のような症状で死ぬ訳でもないっていうのが、また。
神殿でも「病は気から」と、流行病の時期になったら、掃除洗濯が徹底されていたし、井戸水も普通に使っていた。でも井戸水が使えないような場所だったら水を汲みに行くしかないから。力作業ができないところのために、生活用水を普及させようとしているんだから、発想の転換が素早いんだろう。
「お話、ありがとうございました」
「いえいえ。ただ、秋の季節になりましたら、念のため気を付けてくださいね」
そう言い合いながら、マティウス博士と別れた。
水車を後にした私たちは、村長さんに水車ができてどうかという話を伺いに行った。
「いやあ、水車と水道。このおかげでかなり便利になりましたねえ」
村長さんはにっこにっことしていた。
「畑の水やりがかなり楽になりましたから。一応うちの近所は川があるんですけれど、川の氾濫のせいで畑がやられることが多かったので……その川の水の調整をしようって話が出てくれたら、うちも助かりますね。増水のせいで、畑の様子を見に行った連中が流されて死体になって帰ってきた例が多かったですから……」
あー。川がない場所のことばかり気にしていたけれど、川の近くは川の近くで、畑がやられるだけでなくって人が流れて死んでしまう例もあるんだな。
だからこそ、治水工事が重要になってくると。
村長さんは私たちに食事を振る舞ってくれた。
ここの麦は育てやすい大麦だけでなく小麦もあり、焼きたてのサクッとしたパンだった……川魚と季節の果物のタルトも出してくれた。川魚は淡泊な味付けだけれど、それが今の時期に獲れるいちじくとよく合い、不思議とさわやかな味わいで食べることができた。
「普段川のことについて考えたことありませんでしたけど、川の利便性と危険って表裏一体なんですねえ……」
「ええ。ですから、皆で平和に使っていきたいんですよ」
そう言いながらジル様はペロリとタルトを平らげた。
よくよく考えると、今でこそ農業国であるクレージュ領だけれど、先々代の時代では開拓まっただ中だったんだから、なにかしら問題がある場合には学者を呼んできて解決策を模索するっていうのはクレージュ伯爵たちにとっては当たり前のことなのかもしれない。
私はそれのお手伝いができればいいのだけれど。
他にもあちこちで畑の様子も見学してから、私たちは馬車で帰ることとなった。私は外の様子を眺める。今日の果物の収穫は終わり、まだ青い麦が豊かに伸びているのが見えた。
「やっぱり、呪いがなんとかなるといいですよね。郷土病じゃないかって推測は立っているんですから」
「ええ……早く呪いが解けたらいいんですけれど。それでうちの風評被害も治まりますから」
「そうですね……もし私に呪いがかかったら、それで研究してください」
「シルヴィさん?」
「外から来た人しかかからないのでしたら、私だってかかる可能性がありますから。そのときは大人しく神殿に頭を下げてそこで引っ込みますから」
「奥さん。あまりそういうこと言わないでください」
ジル様は少し唇をとんがらせると、私の手を取った。
「たしかにあなたは外から来た人ですけれど、あなたに呪いの実験になってくれとは思っていません」
「ですけど……」
「そういうこと、冗談でも絶対に言ってはいけません」
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