上 下
14 / 19

治水工事の視察に向かう

しおりを挟む
 次の日、私はベッドに沈み込みながら、体が妙に動かないことに気付いた。
 なんだろう、昨日はたくさん食べたから、体が重くなったとか……でも夜は晩酌だけで終わらせたし。なんとか寝返りを打とうとして、腰が拘束されていることに気付く。
 ……ジル様ときたら、私を抱き込んですやすやと眠っていたのだ。抱き枕ですか、私は。
 それにしても、日が結構昇ってきているし、どれだけ眠ったんだろう。私はどうにか身じろぎしてジル様の腕を抜け出すと、彼の寝顔をまじまじと眺めた。
 まだ一緒のベッドで眠っているだけだけれど。いずれはきちんと夫婦になるのよね。
 普段温厚に目を細めて笑う目は閉じられて、意外と長い睫毛に縁取られているのがわかる。寝間着姿のジル様は普段着痩せしてしまってわからないだけで、存外腕も太いし筋肉も乗っている……畑仕事を手伝っていたらそうなるのかも。
 昨日の今日だからもう少し寝かせてあげたいのが半分、私はジル様の予定を把握してないけれど、そろそろ起こしたほうがいいんじゃないかが半分。
 そう困っていたら。寝室の扉が大きく叩かれた。

「旦那様、おはようございます。そろそろ視察に向かわなければ今日一日で帰ってこられなくなります故、早く起きてください。昨日の今日で奥様の足腰が立たないようでしたら、こちらで介抱しますから」
「なっ……!」

 いつものようにエリゼさんのからかい口調で、ひどいこと言われている。
 私は半泣きになりながら「足腰立たなくなってません!!」と悲鳴を上げたら、ようやくベッドでピクリとジル様が肩を跳ねさせた。

「んー……んん?」

 私とジル様が笑う。ジル様が一瞬私と目を合わせたあと、フニャリと笑った。

「おはようございます」
「……っ」

 可愛い。旦那様をそのように思うのはよろしくないかもしれないけれど。私はおずおずとエリゼさんに言った。

「もう少しこのままでは、いけませんか?」
「ハハハハハ、奥様。あまり流されませんように。旦那様、母性に付け込む悪癖がありますので、振り回されませんように」
「それエリゼさんの経験則じゃないですよね!?」
「今すぐ乗り込んで旦那様の前で丸裸にされたくなければ、さっさと寝室から出てください。こちらで服の用意がありますので」

 私は仕方なくまだ寝ぼけているジル様の頬に軽くキスを落とすと「それでは着替えて参りますので」とひと言添えてから、いそいそとベッドから降りて寝室を出て行った。寝室は中で私が最初に寝泊まりしていた私室とジル様の執務室と繋がっている。
 私が私室に行けば、さっさとエリゼさんがドレスに着付けてくれた。

「本当に一緒に寝ただけですか、がっかりです」
「……あまりジル様をからかわないでくださいね」
「からかっていませんよ。昨晩はお楽しみでしたねとねぎらいたいだけで」

 エリゼさん、この人もとことん謎なんだよな。ジル様に恋愛意識はないようだけれど、いちいちからかい倒すから。
 それはそうとと尋ねる。

「今回、ジル様は視察に行くとのことですけど、どちらに?」
「治水工事の視察ですね」
「治水工事……ですか」
「はい。今は最新式の風車の試運転をしておりましてね。これで水やりの負担を軽減できないか検証実験中なんですよ。参加してくださった村にも謝礼を支払わなければなりませんので」
「なるほど……」

 畑の水やりはとにかく重労働だ。川の水を汲んで畑に水をやるというのが一般的ではあるけれど、大きな畑でいちから水を汲んできて畑に撒くというのは実用的じゃない。だから各地で川の水を畑に引くとか、水を自動で撒くシステムをつくるとかの研究がされている訳で。
 水車はたしかに実用的なのかもしれない。

「私も見に行っていいですか?」
「前々から思っていましたけど、奥様は視察が好きですね? 治水工事が面白いかどうかは、私にもわかりかねますが」
「私も結構長いこと神殿にいましたから、外のことを知るのが嬉しいんだと思います」

 なによりも、訳がわからない呪いの風評被害を突破する方法が知りたいのだから、風評被害を受けているかもしれない現地の人の話だってできるだけ多く聞きたい。
 きっと治水工事のとき、ジル様もそれらを聞くのだろうから。

「という訳で、行きますね」
「私が止めても行くんでしょうし、旦那様にもひと声かけてきますよ」
「はいっ!」

 とうとう諦めたエリザさんにお礼を言ってから、私は食卓へと向かっていった。
 正式に夫婦になったばかりとはいえど、やることがまだまだあるのは楽しい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

転生悪役令嬢、物語の動きに逆らっていたら運命の番発見!?

下菊みこと
恋愛
世界でも獣人族と人族が手を取り合って暮らす国、アルヴィア王国。その筆頭公爵家に生まれたのが主人公、エリアーヌ・ビジュー・デルフィーヌだった。わがまま放題に育っていた彼女は、しかしある日突然原因不明の頭痛に見舞われ数日間寝込み、ようやく落ち着いた時には別人のように良い子になっていた。 エリアーヌは、前世の記憶を思い出したのである。その記憶が正しければ、この世界はエリアーヌのやり込んでいた乙女ゲームの世界。そして、エリアーヌは人族の平民出身である聖女…つまりヒロインを虐めて、規律の厳しい問題児だらけの修道院に送られる悪役令嬢だった! なんとか方向を変えようと、あれやこれやと動いている間に獣人族である彼女は、運命の番を発見!?そして、孤児だった人族の番を連れて帰りなんやかんやとお世話することに。 果たしてエリアーヌは運命の番を幸せに出来るのか。 そしてエリアーヌ自身の明日はどっちだ!? 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

処理中です...