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神殿での挙式
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風が吹いている。クレージュ領の夏風はさわやかで、強い日差しの中でも涼を与えてくれるよい風だ。
その中、私は職人たちが用意してくれたウェディングドレスの試着をしていた。白いオレンジの花の刺繍をたくさんあしらったドレスは可憐で、私は「わーわー」と言いながらそのドレス姿を姿見に写してくるくると回っていた。
胸元には金色の羽の刺繍。金色の糸はジル様の瞳に合わせたものだ。
着付けてくれたエリゼさんはにこやかに笑っている。
「お気に召しましたか?」
「はい、本当に可愛いです! 体にも合ってよかったです!」
「はい。クロカンブッシュをずっと試食し続けた奥様の体型が変わらなくて大変よかったです。これでサイズの修正をしないといけないとなったら職人たちに申し訳ありませんでしたから」
「う……肝に銘じておきます」
エリゼさんにチクリと嫌みを言われて、私は肩を竦めた。本当に綺麗。私はうきくきとしながらドレスを一旦脱ぎ、式のことについて聞いていた。
「まずは神殿で挙式をしてから、神殿の中庭に移動して披露宴をします。クロカンブッシュを割って皆に配ったあとは、新郎新婦も好きに食事をしてかまいませんから。ただ祝い酒が大量に回ってくる場合もありますから、これ以上飲めない場合は私にヘルプを出してくださいね。すぐにお色直しなどで離脱させますから」
「ありがとうございます。そのお色直しとは?」
「こちらは普段着より少しいいドレスになりますね。あまりお気になさらず」
「わかりました。その……ジル様の予定はよろしいですか?」
領主の挙式となったらあちこちに根回しをしないといけないらしく、式が近付くに付け、食事のときですら顔を合わせることができなくなってしまっていた。
ジル様も目を回してないといいのだけれど。私の言葉に、エリゼさんはクスリと笑う。
「ええ、旦那様は奥様に会いたがっておりました。どうか式が終わったあとにでも、慰めてあげてくださいませ。寝室をひとつにする用意は、当日には済ましておきますから」
「わあ」
さんざんエリゼさんに前触れをされていたとはいえど、いよいよ部屋がひとつになるのかと思うと、少し緊張する。
まだ夫婦だという実感が伴わないまま、一緒の部屋で寝泊まりするのかと思うと。ただ……。
初日ほどなんでもかんでも「ヒャッ」という感じでは既に無くなっているのは事実だ。この人と夫婦になりたいなと、そればかり思っている。
私の心を読まれたのか、エリゼさんにクスクスと笑われた。
「その表情、旦那様に見せてあげてくださいませ。あの方、奥手なだけで、奥様に対してなにも思ってない訳ではないんですから」
「あ……はい」
こうして私たちは挙式当日を待つこととなったのだ。
****
うちの国の結婚式は、新郎新婦は挙式当日まで顔を合わせない。
だからどんな服を着てジル様が挙式に出るのか、私も知らないのだ。
エリゼさんにエスコートされて馬車から降り、神殿の礼拝堂へと向かう。顔見知りになった巫女さんたちが「おめでとうございます!」とにこやかに祝福してくれる中、礼拝堂の前で立っているジル様に出会った。
そこで私は言葉を失った。
白いドレスコートには真っ白な刺繍。この土地で獲れる麦穂がたくさん縫い付けられているのだ。腰にはサーベルを差している。その凜々しい姿は、普段笑顔で畑仕事を手伝ったり、あちこちで難しい顔して仕事をしているジル様とはまた趣が違って目を見張るものがある。
私の姿を見た途端に、ジル様が頬を綻ばせた。
「シルヴィさん……よくお似合いです」
「ジ……ジル様も、よく似合っています」
「それでは、神官様のお話しを聞きましょう」
「は、はい……」
既に参列者たちは礼拝堂の席に着いて、神官様の到着を待っている。
巫女たちは豊穣の歌を歌いはじめる。これは本来は秋の実りの季節のお祝いに歌うものだけれど、神殿で挙式をする場合にも歌われることがある。
その歌を聞いてじわじわと結婚するんだと感じているとき、やっと神官様が到着した。
神言を伝えてから、私たちは口付けをして結婚を誓う。それが終わってから、披露宴だ。
神官様に伝えられるまま「それでは、新郎新婦、誓いのキスを」と言われ、私は一歩ジル様に近付いた。
私たちは身長差がそこそこあるため、ジル様が屈まなければキスができない。ジル様は私の肩を抱いて、緊張したように首を曲げた。
「シルヴィさん」
「はい」
「……愛しています。これからも」
なにか答える前に、私の唇は塞がれた。
ここで言わなくってもいいのに。私はそう思いながらも、彼の唇を受け入れていた。
拍手が飛んできて、唇が離れたとき、ジル様はにこやかに笑った。
「それじゃあ参りましょうか」
「はい」
私たちは、続いて中庭の披露宴へと向かう。
中庭にはクレージュ領の特産品でつくられた料理が並び、どれもこれもおいしそうになっている。
今の季節の野菜でつくられたキッシュ。野菜のテリーヌ。肉に詰め込んでいるのも野菜と炊き上げた押し麦だし。その中心に。
バジルさんとずっと頑張ってつくっていたクロカンブッシュが鎮座している。
「それでは、皆さん先に乾杯と参りましょう」
乾杯用に配られたのはチェリーワインでつくられたカクテルで、ワインだけよりもだいぶ薄まっている。
それで乾杯してから、私はそわそわとジル様に尋ねた。
「あのう……新郎新婦ってここを動いていいんでしょうか? 食べてもいいとはエリゼさんもおっしゃってましたけど」
「はい。なにか取りに行きましょうか?」
「ああ……私、ただ食べてみたいだけなんですけど……」
「むしろどんどん食べてあげてください。これは全て領民のつくった野菜でつくった料理ですから。それをおいしく食べることで、皆が安心しますから」
「ああ……」
ここで和やかに食事を食べている人たち、談笑している人たちを見る。
わかりやすく貴族や豪商らしい上品な服を着ている人たちもいるけれど、なんとか頑張って一張羅で着てくれたんだろうとわかる人たちもいる。あの人たちは村の代表として参列してくれた人たちだろう。
前にもジル様がおっしゃっていた。呪いのせいで疲弊してしまっている村が多いから、領主が結婚式でおいしく野菜を食べることで安心させたいと。実際に豪商らしき人たちが領主夫妻が領の野菜をいただくことで、野菜の価値だって変わるだろう。
まだ呪いのことも、詳細がなにひとつ掴めないけれど、不安が不安を呼んで悪化させるより、安心させるべきだろう。
私はジル様と一緒に食事を取りに向かうことにした。
ちょうど私たちが見かけたことある農村の方々が目に留まった。向こうも気付いたらしく、頭を下げてくれた。
「こたびは……結婚本当におめでとうございます」
「こちらこと忙しい中参列ありがとうございます。こちらの食事をいただいてもよろしいですか?」
「はい……今の時期おいしい野菜でつくりましたテリーヌです。どうぞ召し上がってください」
フォークで簡単に繊維ごと切れるくらいに柔らかく仕上げられている野菜に、ひと口食べると野菜だけでなく鶏の旨味も凝縮してあるのがわかる。きっと鶏と一緒に柔らかく煮込んだ野菜を寄せて仕上げたのだろう。
「おいしいです」
途端に相手の顔が心底ほっとしたように顔が緩んだ。
きっと、これが少しでも不安を取り除くために必要なことなのだろう。私たちは頻繁に料理やお酒の話を向けて、それらを一生懸命食べていた。義務感だけではないけれど、どれも食べなければいけないものだった。
その中、私は職人たちが用意してくれたウェディングドレスの試着をしていた。白いオレンジの花の刺繍をたくさんあしらったドレスは可憐で、私は「わーわー」と言いながらそのドレス姿を姿見に写してくるくると回っていた。
胸元には金色の羽の刺繍。金色の糸はジル様の瞳に合わせたものだ。
着付けてくれたエリゼさんはにこやかに笑っている。
「お気に召しましたか?」
「はい、本当に可愛いです! 体にも合ってよかったです!」
「はい。クロカンブッシュをずっと試食し続けた奥様の体型が変わらなくて大変よかったです。これでサイズの修正をしないといけないとなったら職人たちに申し訳ありませんでしたから」
「う……肝に銘じておきます」
エリゼさんにチクリと嫌みを言われて、私は肩を竦めた。本当に綺麗。私はうきくきとしながらドレスを一旦脱ぎ、式のことについて聞いていた。
「まずは神殿で挙式をしてから、神殿の中庭に移動して披露宴をします。クロカンブッシュを割って皆に配ったあとは、新郎新婦も好きに食事をしてかまいませんから。ただ祝い酒が大量に回ってくる場合もありますから、これ以上飲めない場合は私にヘルプを出してくださいね。すぐにお色直しなどで離脱させますから」
「ありがとうございます。そのお色直しとは?」
「こちらは普段着より少しいいドレスになりますね。あまりお気になさらず」
「わかりました。その……ジル様の予定はよろしいですか?」
領主の挙式となったらあちこちに根回しをしないといけないらしく、式が近付くに付け、食事のときですら顔を合わせることができなくなってしまっていた。
ジル様も目を回してないといいのだけれど。私の言葉に、エリゼさんはクスリと笑う。
「ええ、旦那様は奥様に会いたがっておりました。どうか式が終わったあとにでも、慰めてあげてくださいませ。寝室をひとつにする用意は、当日には済ましておきますから」
「わあ」
さんざんエリゼさんに前触れをされていたとはいえど、いよいよ部屋がひとつになるのかと思うと、少し緊張する。
まだ夫婦だという実感が伴わないまま、一緒の部屋で寝泊まりするのかと思うと。ただ……。
初日ほどなんでもかんでも「ヒャッ」という感じでは既に無くなっているのは事実だ。この人と夫婦になりたいなと、そればかり思っている。
私の心を読まれたのか、エリゼさんにクスクスと笑われた。
「その表情、旦那様に見せてあげてくださいませ。あの方、奥手なだけで、奥様に対してなにも思ってない訳ではないんですから」
「あ……はい」
こうして私たちは挙式当日を待つこととなったのだ。
****
うちの国の結婚式は、新郎新婦は挙式当日まで顔を合わせない。
だからどんな服を着てジル様が挙式に出るのか、私も知らないのだ。
エリゼさんにエスコートされて馬車から降り、神殿の礼拝堂へと向かう。顔見知りになった巫女さんたちが「おめでとうございます!」とにこやかに祝福してくれる中、礼拝堂の前で立っているジル様に出会った。
そこで私は言葉を失った。
白いドレスコートには真っ白な刺繍。この土地で獲れる麦穂がたくさん縫い付けられているのだ。腰にはサーベルを差している。その凜々しい姿は、普段笑顔で畑仕事を手伝ったり、あちこちで難しい顔して仕事をしているジル様とはまた趣が違って目を見張るものがある。
私の姿を見た途端に、ジル様が頬を綻ばせた。
「シルヴィさん……よくお似合いです」
「ジ……ジル様も、よく似合っています」
「それでは、神官様のお話しを聞きましょう」
「は、はい……」
既に参列者たちは礼拝堂の席に着いて、神官様の到着を待っている。
巫女たちは豊穣の歌を歌いはじめる。これは本来は秋の実りの季節のお祝いに歌うものだけれど、神殿で挙式をする場合にも歌われることがある。
その歌を聞いてじわじわと結婚するんだと感じているとき、やっと神官様が到着した。
神言を伝えてから、私たちは口付けをして結婚を誓う。それが終わってから、披露宴だ。
神官様に伝えられるまま「それでは、新郎新婦、誓いのキスを」と言われ、私は一歩ジル様に近付いた。
私たちは身長差がそこそこあるため、ジル様が屈まなければキスができない。ジル様は私の肩を抱いて、緊張したように首を曲げた。
「シルヴィさん」
「はい」
「……愛しています。これからも」
なにか答える前に、私の唇は塞がれた。
ここで言わなくってもいいのに。私はそう思いながらも、彼の唇を受け入れていた。
拍手が飛んできて、唇が離れたとき、ジル様はにこやかに笑った。
「それじゃあ参りましょうか」
「はい」
私たちは、続いて中庭の披露宴へと向かう。
中庭にはクレージュ領の特産品でつくられた料理が並び、どれもこれもおいしそうになっている。
今の季節の野菜でつくられたキッシュ。野菜のテリーヌ。肉に詰め込んでいるのも野菜と炊き上げた押し麦だし。その中心に。
バジルさんとずっと頑張ってつくっていたクロカンブッシュが鎮座している。
「それでは、皆さん先に乾杯と参りましょう」
乾杯用に配られたのはチェリーワインでつくられたカクテルで、ワインだけよりもだいぶ薄まっている。
それで乾杯してから、私はそわそわとジル様に尋ねた。
「あのう……新郎新婦ってここを動いていいんでしょうか? 食べてもいいとはエリゼさんもおっしゃってましたけど」
「はい。なにか取りに行きましょうか?」
「ああ……私、ただ食べてみたいだけなんですけど……」
「むしろどんどん食べてあげてください。これは全て領民のつくった野菜でつくった料理ですから。それをおいしく食べることで、皆が安心しますから」
「ああ……」
ここで和やかに食事を食べている人たち、談笑している人たちを見る。
わかりやすく貴族や豪商らしい上品な服を着ている人たちもいるけれど、なんとか頑張って一張羅で着てくれたんだろうとわかる人たちもいる。あの人たちは村の代表として参列してくれた人たちだろう。
前にもジル様がおっしゃっていた。呪いのせいで疲弊してしまっている村が多いから、領主が結婚式でおいしく野菜を食べることで安心させたいと。実際に豪商らしき人たちが領主夫妻が領の野菜をいただくことで、野菜の価値だって変わるだろう。
まだ呪いのことも、詳細がなにひとつ掴めないけれど、不安が不安を呼んで悪化させるより、安心させるべきだろう。
私はジル様と一緒に食事を取りに向かうことにした。
ちょうど私たちが見かけたことある農村の方々が目に留まった。向こうも気付いたらしく、頭を下げてくれた。
「こたびは……結婚本当におめでとうございます」
「こちらこと忙しい中参列ありがとうございます。こちらの食事をいただいてもよろしいですか?」
「はい……今の時期おいしい野菜でつくりましたテリーヌです。どうぞ召し上がってください」
フォークで簡単に繊維ごと切れるくらいに柔らかく仕上げられている野菜に、ひと口食べると野菜だけでなく鶏の旨味も凝縮してあるのがわかる。きっと鶏と一緒に柔らかく煮込んだ野菜を寄せて仕上げたのだろう。
「おいしいです」
途端に相手の顔が心底ほっとしたように顔が緩んだ。
きっと、これが少しでも不安を取り除くために必要なことなのだろう。私たちは頻繁に料理やお酒の話を向けて、それらを一生懸命食べていた。義務感だけではないけれど、どれも食べなければいけないものだった。
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