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クロカンブッシュの下準備

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 案の定というべきか、バジルさんはジル様のリクエストに難儀していた。
 ちらりと見てみると、チェリーワインは飴の香り付けで使うらしく、飴と一緒に添えているし、麦はシューづくりにもカスタードクリームづくりにも必要不可欠だから問題がないとしても、残りはなかなかの難題だったようだ。

「この時期の野菜をクロカンブッシュに添えるとか、坊ちゃまもなにを考えてるのか……野菜をジュレに使えとでも?」
「ま、まあ……! たしかにうちの領地からあちこちの農村の関係者も参列してくださるんでしたら、野菜も考えないといけませんよね! でもたしかに困りましたねえ……」
「奥様もさすがに無理難題だと言ってくれないかい? これはさすがに……」
「リクエストされた野菜のリストを見せてもらってもいいですか?」
「これだよ」

 そう言いながら出されたものを見て、バジルさんが難色示した理由も理解できた。
 ズッキーニ、ほうれんそう、レタス……ズッキーニはともかく、他の葉野菜は毎度毎度売り方に苦慮しているからこそ、なんとかしてクロカンブッシュづくりに使って欲しかったんだろうけれど、これをクリームに入れてもおいしくないし、煮て甘くしてもおいしくなさそうだ。

「たしかに色は鮮やかですけど、これを甘くするのは……」
「さすがに材料を用意してくれた土地に申し訳ないから一応やってみたけれど……とてもじゃないけどこんな料理を客に出すべきものじゃないし、ましてやお祝いの席には論外だよ」

 ああ、バジルさん。一応言われたことはやっていたのね、バジルさん。
 私は手を挙げて「試作品残ってますか?」と尋ねると、バジルさんは「本当に食べられたものじゃないよ」と注意をしながら、端に寄せてあった試作品のシューを出してくれた。色こそ緑で鮮やかだし、カスタードクリームまで緑色だ。

「色、綺麗ですねえ……」
「そりゃね。レタスは火を通すと色が落ちるけれど、ほうれんそうはそうじゃないから、ベーストにした上でシュー生地に練り込んでおいたんだよ。カスタードクリームにはズッキーニを入れている」
「なるほど……いただきます」

 食べてみて、バジルさんがいかに苦慮したかがよぉーくわかった。
 私は喉を詰め、目を白黒とさせる。バジルさんはコップに水差しの水を汲んで差し出してくれたので、私はそれを一気飲みした。
 バジルさんは相変わらずの困り顔だ。

「それで感想は?」
「……なんと言いますか、味がえぐいです。青臭いと言いますか。ただ、一番懸念したほうれんそうシューは特にえぐみがなかったんですよね。カスタードクリームはえぐみが原因で飲み込むことができなかったんですけど」
「そりゃねえ。ほうれん草はシュー生地の中にほうれんそうとレタスを茹でてペースト状にしたものを入れてるけど、少量で充分色がつくから。ただ問題のズッキーニだけれど、これは結構な量を使わないと色が付かない。だからカスタードクリームの中にも結構な量が入っているけれど、それで本来のカスタードクリームの味を阻害しているという訳だよ」

 ズッキーニは焼けばトロトロに溶けて食感もホクホクしておいしいけれど、カスタードクリームに入れた途端に色だけでなくえぐみが足されるというのは致命傷だ。
 でもなあ。これをほうれんそうやレタスを代替で入れたとしても同じじゃないかな。えぐみが足されたものは、誰も食べたくない。
 あれ、でもそういえば。

「……レタスは、味も色も出ないって伺いましたけど」
「ああ、そうだね。この中じゃレタスが一番水分を含んでいるから、ペースト状にしても、ほとんど消えるんだよ。ほら、これがレタスに火を通してベーストにした奴」

 見せてもらったレタスは、確かにしなしなになった上に、ほとんど繊維しか残ってない。それをペーストにしても、ただザラザラとした食感だけで、味まで付かないんだ。
 ……味まで付かない。

「……いっそのこと、ズッキーニとほうれんそうをシュー生地に、レタスをカスタードクリームにしませんか?」
「ええ? でも色がわからないんじゃないかい?」
「でも繊維だけでも入ってるのはわかります。それにシューをパリッと焼いて、飴と一緒にアーモンドを砕いてかければ、カスタードクリームの食感は誤魔化せると思います」
「……なるほど。ちょっとやってみようか」

 こうして、私も手伝ってふたりでズッキーニとほうれんそう、レタスのちょうどいい調合を探すこととなったのだ。

****

「あれだけ試食して大丈夫でしたか? 採寸したサイズと変わらなければよろしいですけど」
「うっ……ジル様に手伝ってくれるよう言われたので、私のドレスは……よくはないんですけど、二の次ですよ」
「それなら結構なんですが」

 何度も何度も割合を替え、なんとか味に問題がなく、色の綺麗な調合を会得したので、これで前日にクロカンブッシュを焼けば間に合う。
 私はエリゼさんにお茶を出してもらいつつも、さすがにこれ以上甘いものは入らないからお菓子はパスした途端にからかわれてしまった。
「でも」とエリゼさんは悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「多分旦那様も喜んでらっしゃいますよ。あちこちに招待状を出しながらうきうきなさっていますからね」
「それはなによりですが……でも私、そんなにジル様に喜んでもらうようなことは」
「あの人、家督を継いだ途端に風評被害と格闘する羽目になりましたからね。それで打ちのめされている中で綺麗な奥方が嫁いでこられたのなら、そりゃ浮かれるでしょう」
「……からかわないでくださいっ」
「おまけにただのお飾りでなく、有能な方となったら、そりゃ自慢だってしたくなっちゃいますよ」
「そんなことはありませんからっ」
「私は、謙遜も行き過ぎると還って傲慢に見えると思うんですよね。奥様のいらっしゃった神殿ではそうではなかったのですか?」
「うっ……」

 エリゼさんの言葉に私が縮こまっていると、彼女はふっと笑った。

「まあ、冗談はさておいて。旦那様が奥様に惚れ込んでいるのは本当ですよ。そろそろ寝室ご一緒にされてもよろしいのでは?」
「そっ、そこまでは……!」
「私がメイドたちに手配できませんので、そろそろお覚悟を」
「ふぐっ……!」

 さんざんからかわれつつも、私も「そうだなあ……」と考え込みはじめた。
 式を挙げたら正式な夫婦なのだから、そろそろ同じ部屋で寝てもいいのかもしれない。私は本当に虫の鳴くような声で「式が終わったその日に……」と言うと、エリゼさんはにんまりとした。

「かしこまりました。メイドたちにしっかりと手配しておきますので。奥様も、ドレスのサイズはなかなか替えられませんので、体型維持頑張ってくださいよ。うちのメイドたちのマッサージだけでは足りないでしょうし」
「わかってます……!」

 とうとう私は悲鳴を上げたのだった。
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