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特産品について考える

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 呪いについても考えないといけないものの、特産品についても考えないといけない。
 私はジル様の執務室で参考資料を見せてもらっていた。この季節に採れる野菜や果物、ハーブなんかを調べさせてもらって「ほう……」と何度も声を上げていた。
 この時期はイモもよく獲れ、新タマネギもよく出回る。
 この時期のイモは小ぶりだが歯触りがシャキシャキしていて、煮物にはあまり向かないものの、焼くと秋に獲れるイモのほっくりとした食感とはまた違う食感を楽しむことができる。
 それは新タマネギも同じで、水分が多過ぎて煮るとすぐに煮崩れしてしまうから、煮込み料理にはあまり向かない。こちらも焼き料理メインだ。

「新タマネギは出回りますが、これもなかなかすぐ傷みますからね」
「たしかに、水分が多い野菜は旬の内にしか食べられませんよね……」

 本当だったら根野菜は全般的に収穫したあと、土を付けたまま一旦倉庫に保管し、熟成してから市場に出回ることが多い。そのほうが採れ立てよりも味がよくなるからだ。
 葉物野菜や採れ立て野菜は、農民以外だと貴族にしか出回らないのは、市場に出す際の傷みやすさによるものが多い。

「でもこの時期にできる野菜で、火を通して売れるものとなったらなかなか難しいですね……どれもこれも、出来たてのほうがおいしくなりますし」
「やはり難しいですか?」

 ジル様に尋ねられて、私は考え込む。
 私は黙って新タマネギの皮を剥いて、それを囓らせてもらう。
 生のタマネギは鼻の奥がツンとなって、とてもじゃないけれど食べられないはずなのに、新タマネギは水にさらして辛みを取らずとも甘く、歯触りもいい。この食感は火を通した途端により一層甘く柔らかくなって、水分が出てしまう。
 水分が出ると、なかなか日持ちしなくなっちゃうんだよなあ。

「……水分を飛ばしたら日持ちはします。ただ土産物にはなりにくいかもしれませんね」
「野菜をできる限りおいしく食べて欲しいだけなんですけどねえ」

 ジル様のしょんぼりとした顔に、私は「ううううう……」となる。
 ここの土地は本当になにを食べてもおいしいし、神殿のお菓子だって抜群においしかった。それを広めたいっていうジル様の気持ちだってわかる。わかるものの。
 水分のあるものは、なかなか特産品にもしにくいんだよなあ。
 私はしばらく考えていたら、「失礼します」とドアが叩かれた。エリゼさんが私たちふたりにお茶とお茶請けを持ってきてくれたのだ。

「旦那様、あまり根を詰め過ぎるといけませんよ。新婚なのですからね」
「あー……すまない」

 それにジル様は心底気まずげに視線を彷徨わせていた。
 私が還俗してクレージュ領に嫁いでからというもの、ふたり揃って呪いや特産品の話ばっかりしていて、肝心の夫婦のスキンシップらしいものを全くしていない。
 そうは言ってもなあ。ジル様は私が還俗したばかりで、本気で貴族の常識というものが飛んでしまっているのを知っているため、比較的私を自由にしてくれていた。だから私も呪いの解明のために領地内をあっちこっち行ける訳で。
 ここに住んでいるエリゼさんや執事さんたち、メイドさんたちも「お前らちょっとは夫婦らしいことをしろよ」と思われても仕方がないんだ。
 そこを気遣わせちゃったなあと、私も口を開いた。

「お茶とお茶請けありがとうございます、エリザさん。ただ、あまりジル様をいじめないでくださいませ。元はと言えば、私が世間に疎いのが原因で、ジル様に気遣われているだけですから」
「おやおやおや」

 エリゼさんは悪戯っぽい顔でジル様を見ると、ジル様は気まずそうな顔でお茶に逃げてしまった。私も一旦頭を冷やすために、お茶を口にした。

「……おいしい」

 匂いからして甘酸っぱいと思ったものの、不思議と青々しい野性的な匂いと合わさり、清涼感のある味がする。
 それにエリゼさんが微笑んだ。

「野いちご茶です。葉は毒素がありますので一旦乾燥させて毒素を抜いてから、旬の実と一緒にお茶に煎じました」
「なるほど……だから甘酸っぱくて青い匂いが……」

 ……やっぱり、火を通して水分を飛ばすっていうのが、今の時期の野菜の特産品をつくる上でも必要なことだよね。ただ、水分は飛ばしても野菜のおいしさは損なわないようにしたい。
 私はしばらく野いちご茶を堪能してから「エリゼさん」と頼んだ。

「はい?」
「台所ってお借りできますか?」
「はい?」
「ちょっとつくってみたいものがあるんです。材料もよろしかったら見てもらえないでしょうか?」

 私はジル様に「少し離れてもよろしいですか?」と尋ねると、ジル様は苦笑した。

「いいですよ。ただ、他の者たちをどうぞあまり刺激なさらないでくださいね」
「はいっ」

 こうして、私はエリゼさんに頼んで、初めてクレージュ邸の台所に行くことになったのだ。

****

「おや、奥様が自ら台所にいらっしゃったんですか?」

 不思議そうな顔をしているのは、たっぷりとした体躯を白いコックコートに閉じ込めた、白い髭を蓄えた男性だった。昔はさぞやもてただろう、顔の彫りが神殿の彫刻のように深い。

 彼にエリゼさんが話を付けてくれた。

「奥様は以前は神殿に入っておられて、料理を日課となさっていました。旦那様の手伝いをしようと、特産品の試作をしたいということですが……本日の夕食の邪魔になりますか?」
「いいや、既に仕込みは終えているから、夕方から作業ができれば問題ないよ」
「ありがとうございます。奥様、彼がクレージュ邸の食事を一切喝采賄ってくれる調理師のバジルになります」
「バジルさんですね、私はシルヴィと申します。どうぞよろしくお願いしますね」
「これは丁寧に……して、なにをつくるんで?」
「はい、ケーキをつくろうかと」

 それに周りはキョトンとした。
 他国には野菜を甘くしてお菓子のようにして食べる風習があるけれど、うちの国にはそんなものはない。私も神殿であっちこっちで商売している商人さんから話を聞かないと知らなかった。
 ただもちろん、甘いケーキに野菜を入れてつくるなんて言ったら、うちの国の人は嫌がるだろうし、特産品にするのも難しいと思うけれど。
 私は付け足した。

「甘くないケーキ……ケークサレをつくろうかと思いまして」

 そう言いながら、バジルさんにも材料を集めてもらうことにした。
 この季節の野菜ならば、新イモ、新たまねぎに加え、アスパラガス、エシャロットがある。どれもこれも、火をさっと通すだけで食感を楽しむことができるものだ。私は「よし」と言いながら、それらの皮を剥いて、刻みはじめた。

「小麦粉はここ、卵はここで……ベーコンはこっちだったら夕食には使わないから使ってもいいよ」
「ありがとうございます!」

 小麦粉をざるでふるっておき、卵を割って溶いておく。そして出された塊のベーコンも野菜と同じように細かく刻んでいった。
 あとは器に野菜とベーコンを入れ、溶き卵を包み、最後に小麦粉を加えてさっくりと混ぜていく。これで記事は完成した。

「なんだかキッシュの中身みたいだねえ」
「そういえば材料も似ていますね、こっちは小麦粉の土台をつくらない分、少しだけ楽ですけど」

 バジルさんの素直な感想に私は笑った。
 キッシュにするのも考えたけど、キッシュの場合は土台を一度焼いて固めてから生地を流し込んでさらに焼くという方法が重なるため、特産品として採算が取れないような気がする。
 私はそんなことを思いながら、型に油を塗り、粉をはたいてから生地を流し込んだ。
 竈にはいつでも料理ができるようにと薪が入っているので、ありがたくもそこに薪を追加した上でケークサレを入れて焼きはじめた。
 それを見ながら、エリゼさんはクスクスと笑っている。

「奥様もずいぶんと頑張りますね。旦那様が驚かれています」
「そうは言われても……私もいきなりここに嫁ぐことになったので、なにかお役に立ちたいのです……私は残念ながら、貴族教育をほとんど受けていませんから、女主人としての仕事がほとんどできません。そこだけはクレージュ邸の皆さんに申し訳ないのですが……」

 実際問題、本当だったら貴族同士で結婚する場合は、女主人として屋敷の管理の一切を取り仕切れるように教育を受けた上で送り出すのだけれど……そんなことせず悠々自適に暮らせるのは公爵とかみたいに使用人がいくらでもいるような家系くらいで、そこまでじゃない貴族はやっぱりそこまでじゃない。
 私は初日にそれを素直にジル様に伝えた上で、執事長に一切を任せることで決着を付けたけれど。それで周りに負担をかけてないといいなと思ったものの。
 エリゼさんはなおもクスクスと笑っている。

「いえ。奥様はあまりお気になさらず。旦那様は遅れてきた思春期に振り回されて大変なことになっていますから、落ち着くまでは奥様とまともな夫婦生活営めないでしょうし」
「……はい?」

 意味がわからずエリゼさんを見ていたものの、エリゼさんはそれ以上なにも答えてくれなかった。わからないままバジルさんを見たら、バジルさんはプルプルと首を振ってしまった。
「私を巻き込まんでくださいよ……ああ、いい匂いしてきましたね」
「そうですね」

 焼いたら自然と水分も飛ぶ。そのときにちゃんと野菜の旨味と食感だけ残っているといいんだけど。私はしばらくしたら薪から少しだけ離した場所に型を移動させ、蒸し焼きになるように勤めた。
 そして。薪から移動させて慎重に型から皿にケークサレを外す。

「わあ」

 黄色いのは卵の色。その表面には鮮やかな野菜の色が見え隠れする。新イモ、新たまねぎ、ベーコン、アスパラガス、エシャロット。
 ひと切れ切り分けると、皆で食べはじめた。ケーキよりはつるんとした食感だけれど、季節の野菜のサクサクとした食感が加わり、同時にベーコンの塩分と旨味がじわりと出てきて、野菜の旨味をまとめてくれる。
 我ながら成功だ。おいしい。

「なかなか……パウンドケーキのような形をしてますけれど、味は別物ですね。それに食感が面白いです」

 それをエリゼさんはおいしく食べてくれた。そして……長年ここで台所を任されているバジルさんはどう反応するのかと思ってドキドキして見ていたら、バジルさんは目を細めて食べていた。

「これはいいですね。食感が面白いし、水分が飛んでいるから持ち運びもできる」
「なら……っ!」
「でも日持ちをもう少し考えるなら、多分このケークサレにチーズなりバターなりを入れたほうがよろしい。そのほうが日持ちがよくなります」
「油分はてっきり傷みやすくなるかと思いましたが」
「油分というより塩分ですかね。ケーキも日持ちさせようとすればするほど、砂糖を大量に使うでしょう? それと同じことです」
「そうですね……これも一度ジル様に相談してしますね」

 たしかに神殿の売り物のケーキもなるべく甘めにつくっていた。それを考えると、特産品にしても、商人さんたちに売る方向に舵切りすることも考えたほうがいいかもしれない。
 私はそう思いながら、試作品を持ってジル様の執務室へと向かっていった。
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