27 / 27
偽夫婦、それからふたりは
1話
しおりを挟む
ずっしりと重いゲラを広げて、そこに次々と赤を加えていく。
「ええっと……これはママ、これは通して、これは……」
合間に書き続けていた原稿はどうにか最後の仕上げのゲラまで漕ぎ着けることができ、今はお茶を飲みながら必死で赤ペンを走らせているのだ。
校正記号を知らない素子さんは、ときどき俺が赤ペンを入れ終えた原稿を拾っては読んでいる。
「すごいですね……小説って書いたあとに何度も何度も直した上に、更に印刷してから直さないといけないなんて……」
高校生の名目上夫婦が、管理人代行として寮で起こる事件を解決する学園ラブコメ。明らかにどこかの誰かをモデルにした内容だから、もっと素子さんに眉をひそまされてしまうかと思っていたけれど、かなり面白がって読んでくれた。
「これ本当に面白いです。絶対に売れますよ」
「あー、そりゃどうも。本当に売れてくれるといいんですけどねえ」
そう言いながらキリのいいところまで赤ペンを進めてしまおうと思ったところで。チャイムが鳴った。
「すみません、宅配便です」
「はーい」
俺は慌てて宅配便を受け取りに行った。
春先になり、もうそろそろしたら新年度だ。新しくやってくる寮生の荷物が、次から次へと届くのだ。それを部屋まで運ばないといけない。学科によってはびっくりするほど重い荷物を送られてくるんだから、とてもじゃないけどひとりで運ぶのは無理だ。
そのとき送られてきた段ボールの重さに、俺は「うひっ」と悲鳴を上げてしまった。素子さんは心配そうに管理人室から出てきた。
「亮太くん、大丈夫ですか?」
「あー……これはちょっとひとりで運ぶのは無理かもしれません」
受け取った荷物をよろよろと運んで、どうにか廊下にまで乗せた俺を見て、慌てて素子さんが反対側を持ち上げてくれた。
「じゃあ、いっせいのーで!」
「はい!」
ふたりで運んでいく。
「これは二階の新入生の子の、ですよね?」
「はい。かなり重いんで、気を付けて」
「わかってます」
ふたりでよろよろと目的の部屋まで運び込む。
既に窓を開けて空気を入れ替え、なにもない部屋の掃除も済ませたところなので、埃ひとつ落ちてはいない。そこにドカンと重い段ボールを置く。
ふと窓の下を見ると、寮生の子たちがキャラキャラと笑って買い物に向かうのが見えた。既に季節は春に切り替わり、桜の蕾もどんどんと膨らんでいる頃合いだ。服もゴワゴワとした冬物のジャンパーやコートから一転、風で颯爽となびく春物コートへと切り替わっていた。
「新年度も、いい一年になるといいんですけどねえ」
「まあ。ここに住んでいる子たちは皆いい子ですよ。新しく入ってくる子たちも、きっと馴染んでくれますから」
「ええ、そうですよねえ」
去年の今頃は、ただ部屋で飲んだくれていたやさぐれ小説家だったけれど、今は違う。ここでの交流が、俺を真人間にしてくれたんだから。
素子さんとの関係は、相変わらずはっきりとしていない。関係性は保留のままだけれど。
今はこんな日が、一日でも長く続けばいいと、そう思っている。
<了>
「ええっと……これはママ、これは通して、これは……」
合間に書き続けていた原稿はどうにか最後の仕上げのゲラまで漕ぎ着けることができ、今はお茶を飲みながら必死で赤ペンを走らせているのだ。
校正記号を知らない素子さんは、ときどき俺が赤ペンを入れ終えた原稿を拾っては読んでいる。
「すごいですね……小説って書いたあとに何度も何度も直した上に、更に印刷してから直さないといけないなんて……」
高校生の名目上夫婦が、管理人代行として寮で起こる事件を解決する学園ラブコメ。明らかにどこかの誰かをモデルにした内容だから、もっと素子さんに眉をひそまされてしまうかと思っていたけれど、かなり面白がって読んでくれた。
「これ本当に面白いです。絶対に売れますよ」
「あー、そりゃどうも。本当に売れてくれるといいんですけどねえ」
そう言いながらキリのいいところまで赤ペンを進めてしまおうと思ったところで。チャイムが鳴った。
「すみません、宅配便です」
「はーい」
俺は慌てて宅配便を受け取りに行った。
春先になり、もうそろそろしたら新年度だ。新しくやってくる寮生の荷物が、次から次へと届くのだ。それを部屋まで運ばないといけない。学科によってはびっくりするほど重い荷物を送られてくるんだから、とてもじゃないけどひとりで運ぶのは無理だ。
そのとき送られてきた段ボールの重さに、俺は「うひっ」と悲鳴を上げてしまった。素子さんは心配そうに管理人室から出てきた。
「亮太くん、大丈夫ですか?」
「あー……これはちょっとひとりで運ぶのは無理かもしれません」
受け取った荷物をよろよろと運んで、どうにか廊下にまで乗せた俺を見て、慌てて素子さんが反対側を持ち上げてくれた。
「じゃあ、いっせいのーで!」
「はい!」
ふたりで運んでいく。
「これは二階の新入生の子の、ですよね?」
「はい。かなり重いんで、気を付けて」
「わかってます」
ふたりでよろよろと目的の部屋まで運び込む。
既に窓を開けて空気を入れ替え、なにもない部屋の掃除も済ませたところなので、埃ひとつ落ちてはいない。そこにドカンと重い段ボールを置く。
ふと窓の下を見ると、寮生の子たちがキャラキャラと笑って買い物に向かうのが見えた。既に季節は春に切り替わり、桜の蕾もどんどんと膨らんでいる頃合いだ。服もゴワゴワとした冬物のジャンパーやコートから一転、風で颯爽となびく春物コートへと切り替わっていた。
「新年度も、いい一年になるといいんですけどねえ」
「まあ。ここに住んでいる子たちは皆いい子ですよ。新しく入ってくる子たちも、きっと馴染んでくれますから」
「ええ、そうですよねえ」
去年の今頃は、ただ部屋で飲んだくれていたやさぐれ小説家だったけれど、今は違う。ここでの交流が、俺を真人間にしてくれたんだから。
素子さんとの関係は、相変わらずはっきりとしていない。関係性は保留のままだけれど。
今はこんな日が、一日でも長く続けばいいと、そう思っている。
<了>
20
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる