18 / 27
偽夫婦、またまたトラブルに対処します
1話
しおりを挟む
あの昼も夜も暑くて息をするのすらしんどかった夏も、気付けば終焉を迎えていた。
どこかでリィーンリィーンと鳴る鈴虫の音を聞きながら、俺は電話をしていた。
『うーん……たしかに前よりもずっと面白くなりました。ただ、この分ですと起承転結に欠けます』
「起承転結ですか……」
『この管理人代行ふたりがどうして偽装結婚状態なのか、どうして高校生がそうなのか、一行でもいいので説明が欲しいです』
付き合いの長い佐々木さんの言葉でも、いい加減企画の通らなさに、久々に酒が飲みたくて仕方がなくなっていた。管理人との兼業状態でなかったら、間違いなく長い缶の酎ハイを買ってきて呷っているところだった。兼業素晴らしい。
怒りそうになるのをぐっとこらえて、俺は努めて平常通りの声色を出した。
「……わかりました。なんとかします」
『ありがとうございます、頑張ってください』
そうやって打ち合わせが終わったところで、俺は座布団にスマホをぶん投げた。
「ああ、もう……!」
思わずゴロンと大の字に転がると、資格テキストの参考書の問題を解いていた素子さんが顔を上げた。
「亮太くん大丈夫ですか? 企画、本当になかなか通らないもんなんですねえ」
「あー……すみません。前以上に企画を絞っているところが多いんで、苦しいのは俺だけじゃないはずなんですけどね、ははは」
実際に企画が半年通らないなんて、ざらにあるから、そこで自分が不幸だと言い張っていてもしょうがないのはわかっている。
素子さんは俺が転がっているのを眺めつつ、急須とやかんに手を伸ばす。
「人と苦労なんて比べ合うもんでもないですよ。お疲れ様です。私の分もお茶淹れますけど飲みますか?」
「あー……じゃあお願いします」
素子さん優しいなとしんみりしているところで、いきなりスマホのバイブが揺れた。入れているメッセージアプリのせいだ。
青陽館の子たちに情報共有できるよう、メッセージアプリに管理人からのお知らせのグループに定期的にメッセージを投げている。でも滅多に個別のメッセージなんてやってこない。
俺はスマホに手を伸ばして、アプリを起動させる。お茶を淹れている素子さんは、きょとんとした顔をしてスマホを眺めている。
「アプリですか?」
「はい、七原さんからみたいです……あれ?」
俺はアプリのメッセージに目を通して、目が点になった。
【たすけて】
たったひと言だけ書かれている。えっ、なんだこれは。悪戯?
その割には、俺個人にだけメッセージを送っているのがなんでだと思う。俺は素子さんに尋ねる。
「あのー、七原さんって、今日はどこか行ってましたっけ?」
俺よりも素子さんのほうが、寮生の子たちとマメにしゃべっているから、聞くだけ聞いてみると、素子さんは湯呑にお茶を注ぎ入れながら、思い出すかのように天井を見上げる。
「そうですねえ、今日はサークルで遊びに行くと言っていましたけど。たしか七原さんはテニスサークルでしたね」
「そうですか……」
たしか日名大はインカレを目指しているようなスポコン気質のサークルはなかったはずだし、友達同士でわいわいやるみたいな健全な雰囲気しかなかったと思うけど。俺は念のために、スマホの画面を素子さんに見せてみた。
「あのう、俺宛に七原さんから来たんですけど」
「……もしかして、なにかあったんでしょうか。さすがに七原さんも、罰ゲームで亮太くん宛にそんな物騒なメッセージを出すようなことはしないと思いますよ」
たしかに。お調子者でムードメーカーな子ではあるけれど、王様ゲームや罰ゲームでありがちな悪趣味な嘘をつくタイプの子ではないからなあ。でもそうだとしたら、このメッセージは本気で本当のSOSなのでは……?
「ええっと、どうしましょう。警察……?」
俺がうろたえていても、素子さんは冷静だ。俺がおろおろして備え付けの電話を手に取ろうとするのを止めに入る。
「待ってください。これだけだったらなにもわかりませんし、警察だって状況がわからないと動いてくれないですよ。まずは七原さんの現在地を確認しましょう」
「そ、そうですよね」
俺は震えそうになる指で、どうにかメッセージを打った。
【今どこ?】
すぐに返信があった。
【ファミレスの女子トイレ。出たくない。怖い】
七原さんの教えてくれたファミレスは、ちょうど近所のファミレスだった。春先に早川さんにご飯をおごったところだ。俺はスマホの画面を素子さんに見せると、素子さんは腕を組んで考え込んでしまった。
「うーん。監禁されている訳ではないのはよかったですけど……従業員さんに頼んで裏口から逃がせてもらえたらいいんですけど」
「あー……じゃあ俺がちょっと様子を見に行ってきますよ」
俺は慌ててジャンパーを羽織ると、自転車に乗ってファミレスまで出かけることにした。
うちの寮生、なんでこうも次から次へとトラブルに巻き込まれるんだ。そう頭を抱えそうになったものの、そんな毎日トラブルに襲われている訳でもないしなあと考え直す。そもそもうちの寮生、すぐ調子に乗ったりタガが外れる子はいても、悪い子はひとりもいないんだから、トラブルが悪いに決まっている。
どこからか金木犀の匂いがする。気付けば空の青だって深まったような気がする。まだ紅葉は見られないけれど、秋が深まっているんだなとぼんやりと思った。
どこかでリィーンリィーンと鳴る鈴虫の音を聞きながら、俺は電話をしていた。
『うーん……たしかに前よりもずっと面白くなりました。ただ、この分ですと起承転結に欠けます』
「起承転結ですか……」
『この管理人代行ふたりがどうして偽装結婚状態なのか、どうして高校生がそうなのか、一行でもいいので説明が欲しいです』
付き合いの長い佐々木さんの言葉でも、いい加減企画の通らなさに、久々に酒が飲みたくて仕方がなくなっていた。管理人との兼業状態でなかったら、間違いなく長い缶の酎ハイを買ってきて呷っているところだった。兼業素晴らしい。
怒りそうになるのをぐっとこらえて、俺は努めて平常通りの声色を出した。
「……わかりました。なんとかします」
『ありがとうございます、頑張ってください』
そうやって打ち合わせが終わったところで、俺は座布団にスマホをぶん投げた。
「ああ、もう……!」
思わずゴロンと大の字に転がると、資格テキストの参考書の問題を解いていた素子さんが顔を上げた。
「亮太くん大丈夫ですか? 企画、本当になかなか通らないもんなんですねえ」
「あー……すみません。前以上に企画を絞っているところが多いんで、苦しいのは俺だけじゃないはずなんですけどね、ははは」
実際に企画が半年通らないなんて、ざらにあるから、そこで自分が不幸だと言い張っていてもしょうがないのはわかっている。
素子さんは俺が転がっているのを眺めつつ、急須とやかんに手を伸ばす。
「人と苦労なんて比べ合うもんでもないですよ。お疲れ様です。私の分もお茶淹れますけど飲みますか?」
「あー……じゃあお願いします」
素子さん優しいなとしんみりしているところで、いきなりスマホのバイブが揺れた。入れているメッセージアプリのせいだ。
青陽館の子たちに情報共有できるよう、メッセージアプリに管理人からのお知らせのグループに定期的にメッセージを投げている。でも滅多に個別のメッセージなんてやってこない。
俺はスマホに手を伸ばして、アプリを起動させる。お茶を淹れている素子さんは、きょとんとした顔をしてスマホを眺めている。
「アプリですか?」
「はい、七原さんからみたいです……あれ?」
俺はアプリのメッセージに目を通して、目が点になった。
【たすけて】
たったひと言だけ書かれている。えっ、なんだこれは。悪戯?
その割には、俺個人にだけメッセージを送っているのがなんでだと思う。俺は素子さんに尋ねる。
「あのー、七原さんって、今日はどこか行ってましたっけ?」
俺よりも素子さんのほうが、寮生の子たちとマメにしゃべっているから、聞くだけ聞いてみると、素子さんは湯呑にお茶を注ぎ入れながら、思い出すかのように天井を見上げる。
「そうですねえ、今日はサークルで遊びに行くと言っていましたけど。たしか七原さんはテニスサークルでしたね」
「そうですか……」
たしか日名大はインカレを目指しているようなスポコン気質のサークルはなかったはずだし、友達同士でわいわいやるみたいな健全な雰囲気しかなかったと思うけど。俺は念のために、スマホの画面を素子さんに見せてみた。
「あのう、俺宛に七原さんから来たんですけど」
「……もしかして、なにかあったんでしょうか。さすがに七原さんも、罰ゲームで亮太くん宛にそんな物騒なメッセージを出すようなことはしないと思いますよ」
たしかに。お調子者でムードメーカーな子ではあるけれど、王様ゲームや罰ゲームでありがちな悪趣味な嘘をつくタイプの子ではないからなあ。でもそうだとしたら、このメッセージは本気で本当のSOSなのでは……?
「ええっと、どうしましょう。警察……?」
俺がうろたえていても、素子さんは冷静だ。俺がおろおろして備え付けの電話を手に取ろうとするのを止めに入る。
「待ってください。これだけだったらなにもわかりませんし、警察だって状況がわからないと動いてくれないですよ。まずは七原さんの現在地を確認しましょう」
「そ、そうですよね」
俺は震えそうになる指で、どうにかメッセージを打った。
【今どこ?】
すぐに返信があった。
【ファミレスの女子トイレ。出たくない。怖い】
七原さんの教えてくれたファミレスは、ちょうど近所のファミレスだった。春先に早川さんにご飯をおごったところだ。俺はスマホの画面を素子さんに見せると、素子さんは腕を組んで考え込んでしまった。
「うーん。監禁されている訳ではないのはよかったですけど……従業員さんに頼んで裏口から逃がせてもらえたらいいんですけど」
「あー……じゃあ俺がちょっと様子を見に行ってきますよ」
俺は慌ててジャンパーを羽織ると、自転車に乗ってファミレスまで出かけることにした。
うちの寮生、なんでこうも次から次へとトラブルに巻き込まれるんだ。そう頭を抱えそうになったものの、そんな毎日トラブルに襲われている訳でもないしなあと考え直す。そもそもうちの寮生、すぐ調子に乗ったりタガが外れる子はいても、悪い子はひとりもいないんだから、トラブルが悪いに決まっている。
どこからか金木犀の匂いがする。気付けば空の青だって深まったような気がする。まだ紅葉は見られないけれど、秋が深まっているんだなとぼんやりと思った。
11
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大人への門
相良武有
現代文学
思春期から大人へと向かう青春の一時期、それは驟雨の如くに激しく、強く、そして、短い。
が、男であれ女であれ、人はその時期に大人への確たる何かを、成熟した人生を送るのに無くてはならないものを掴む為に、喪失をも含めて、獲ち得るのである。人は人生の新しい局面を切り拓いて行くチャレンジャブルな大人への階段を、時には激しく、時には沈静して、昇降する。それは、驟雨の如く、強烈で、然も短く、将に人生の時の瞬なのである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる