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偽夫婦、またまたトラブルに対処します
1話
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あの昼も夜も暑くて息をするのすらしんどかった夏も、気付けば終焉を迎えていた。
どこかでリィーンリィーンと鳴る鈴虫の音を聞きながら、俺は電話をしていた。
『うーん……たしかに前よりもずっと面白くなりました。ただ、この分ですと起承転結に欠けます』
「起承転結ですか……」
『この管理人代行ふたりがどうして偽装結婚状態なのか、どうして高校生がそうなのか、一行でもいいので説明が欲しいです』
付き合いの長い佐々木さんの言葉でも、いい加減企画の通らなさに、久々に酒が飲みたくて仕方がなくなっていた。管理人との兼業状態でなかったら、間違いなく長い缶の酎ハイを買ってきて呷っているところだった。兼業素晴らしい。
怒りそうになるのをぐっとこらえて、俺は努めて平常通りの声色を出した。
「……わかりました。なんとかします」
『ありがとうございます、頑張ってください』
そうやって打ち合わせが終わったところで、俺は座布団にスマホをぶん投げた。
「ああ、もう……!」
思わずゴロンと大の字に転がると、資格テキストの参考書の問題を解いていた素子さんが顔を上げた。
「亮太くん大丈夫ですか? 企画、本当になかなか通らないもんなんですねえ」
「あー……すみません。前以上に企画を絞っているところが多いんで、苦しいのは俺だけじゃないはずなんですけどね、ははは」
実際に企画が半年通らないなんて、ざらにあるから、そこで自分が不幸だと言い張っていてもしょうがないのはわかっている。
素子さんは俺が転がっているのを眺めつつ、急須とやかんに手を伸ばす。
「人と苦労なんて比べ合うもんでもないですよ。お疲れ様です。私の分もお茶淹れますけど飲みますか?」
「あー……じゃあお願いします」
素子さん優しいなとしんみりしているところで、いきなりスマホのバイブが揺れた。入れているメッセージアプリのせいだ。
青陽館の子たちに情報共有できるよう、メッセージアプリに管理人からのお知らせのグループに定期的にメッセージを投げている。でも滅多に個別のメッセージなんてやってこない。
俺はスマホに手を伸ばして、アプリを起動させる。お茶を淹れている素子さんは、きょとんとした顔をしてスマホを眺めている。
「アプリですか?」
「はい、七原さんからみたいです……あれ?」
俺はアプリのメッセージに目を通して、目が点になった。
【たすけて】
たったひと言だけ書かれている。えっ、なんだこれは。悪戯?
その割には、俺個人にだけメッセージを送っているのがなんでだと思う。俺は素子さんに尋ねる。
「あのー、七原さんって、今日はどこか行ってましたっけ?」
俺よりも素子さんのほうが、寮生の子たちとマメにしゃべっているから、聞くだけ聞いてみると、素子さんは湯呑にお茶を注ぎ入れながら、思い出すかのように天井を見上げる。
「そうですねえ、今日はサークルで遊びに行くと言っていましたけど。たしか七原さんはテニスサークルでしたね」
「そうですか……」
たしか日名大はインカレを目指しているようなスポコン気質のサークルはなかったはずだし、友達同士でわいわいやるみたいな健全な雰囲気しかなかったと思うけど。俺は念のために、スマホの画面を素子さんに見せてみた。
「あのう、俺宛に七原さんから来たんですけど」
「……もしかして、なにかあったんでしょうか。さすがに七原さんも、罰ゲームで亮太くん宛にそんな物騒なメッセージを出すようなことはしないと思いますよ」
たしかに。お調子者でムードメーカーな子ではあるけれど、王様ゲームや罰ゲームでありがちな悪趣味な嘘をつくタイプの子ではないからなあ。でもそうだとしたら、このメッセージは本気で本当のSOSなのでは……?
「ええっと、どうしましょう。警察……?」
俺がうろたえていても、素子さんは冷静だ。俺がおろおろして備え付けの電話を手に取ろうとするのを止めに入る。
「待ってください。これだけだったらなにもわかりませんし、警察だって状況がわからないと動いてくれないですよ。まずは七原さんの現在地を確認しましょう」
「そ、そうですよね」
俺は震えそうになる指で、どうにかメッセージを打った。
【今どこ?】
すぐに返信があった。
【ファミレスの女子トイレ。出たくない。怖い】
七原さんの教えてくれたファミレスは、ちょうど近所のファミレスだった。春先に早川さんにご飯をおごったところだ。俺はスマホの画面を素子さんに見せると、素子さんは腕を組んで考え込んでしまった。
「うーん。監禁されている訳ではないのはよかったですけど……従業員さんに頼んで裏口から逃がせてもらえたらいいんですけど」
「あー……じゃあ俺がちょっと様子を見に行ってきますよ」
俺は慌ててジャンパーを羽織ると、自転車に乗ってファミレスまで出かけることにした。
うちの寮生、なんでこうも次から次へとトラブルに巻き込まれるんだ。そう頭を抱えそうになったものの、そんな毎日トラブルに襲われている訳でもないしなあと考え直す。そもそもうちの寮生、すぐ調子に乗ったりタガが外れる子はいても、悪い子はひとりもいないんだから、トラブルが悪いに決まっている。
どこからか金木犀の匂いがする。気付けば空の青だって深まったような気がする。まだ紅葉は見られないけれど、秋が深まっているんだなとぼんやりと思った。
どこかでリィーンリィーンと鳴る鈴虫の音を聞きながら、俺は電話をしていた。
『うーん……たしかに前よりもずっと面白くなりました。ただ、この分ですと起承転結に欠けます』
「起承転結ですか……」
『この管理人代行ふたりがどうして偽装結婚状態なのか、どうして高校生がそうなのか、一行でもいいので説明が欲しいです』
付き合いの長い佐々木さんの言葉でも、いい加減企画の通らなさに、久々に酒が飲みたくて仕方がなくなっていた。管理人との兼業状態でなかったら、間違いなく長い缶の酎ハイを買ってきて呷っているところだった。兼業素晴らしい。
怒りそうになるのをぐっとこらえて、俺は努めて平常通りの声色を出した。
「……わかりました。なんとかします」
『ありがとうございます、頑張ってください』
そうやって打ち合わせが終わったところで、俺は座布団にスマホをぶん投げた。
「ああ、もう……!」
思わずゴロンと大の字に転がると、資格テキストの参考書の問題を解いていた素子さんが顔を上げた。
「亮太くん大丈夫ですか? 企画、本当になかなか通らないもんなんですねえ」
「あー……すみません。前以上に企画を絞っているところが多いんで、苦しいのは俺だけじゃないはずなんですけどね、ははは」
実際に企画が半年通らないなんて、ざらにあるから、そこで自分が不幸だと言い張っていてもしょうがないのはわかっている。
素子さんは俺が転がっているのを眺めつつ、急須とやかんに手を伸ばす。
「人と苦労なんて比べ合うもんでもないですよ。お疲れ様です。私の分もお茶淹れますけど飲みますか?」
「あー……じゃあお願いします」
素子さん優しいなとしんみりしているところで、いきなりスマホのバイブが揺れた。入れているメッセージアプリのせいだ。
青陽館の子たちに情報共有できるよう、メッセージアプリに管理人からのお知らせのグループに定期的にメッセージを投げている。でも滅多に個別のメッセージなんてやってこない。
俺はスマホに手を伸ばして、アプリを起動させる。お茶を淹れている素子さんは、きょとんとした顔をしてスマホを眺めている。
「アプリですか?」
「はい、七原さんからみたいです……あれ?」
俺はアプリのメッセージに目を通して、目が点になった。
【たすけて】
たったひと言だけ書かれている。えっ、なんだこれは。悪戯?
その割には、俺個人にだけメッセージを送っているのがなんでだと思う。俺は素子さんに尋ねる。
「あのー、七原さんって、今日はどこか行ってましたっけ?」
俺よりも素子さんのほうが、寮生の子たちとマメにしゃべっているから、聞くだけ聞いてみると、素子さんは湯呑にお茶を注ぎ入れながら、思い出すかのように天井を見上げる。
「そうですねえ、今日はサークルで遊びに行くと言っていましたけど。たしか七原さんはテニスサークルでしたね」
「そうですか……」
たしか日名大はインカレを目指しているようなスポコン気質のサークルはなかったはずだし、友達同士でわいわいやるみたいな健全な雰囲気しかなかったと思うけど。俺は念のために、スマホの画面を素子さんに見せてみた。
「あのう、俺宛に七原さんから来たんですけど」
「……もしかして、なにかあったんでしょうか。さすがに七原さんも、罰ゲームで亮太くん宛にそんな物騒なメッセージを出すようなことはしないと思いますよ」
たしかに。お調子者でムードメーカーな子ではあるけれど、王様ゲームや罰ゲームでありがちな悪趣味な嘘をつくタイプの子ではないからなあ。でもそうだとしたら、このメッセージは本気で本当のSOSなのでは……?
「ええっと、どうしましょう。警察……?」
俺がうろたえていても、素子さんは冷静だ。俺がおろおろして備え付けの電話を手に取ろうとするのを止めに入る。
「待ってください。これだけだったらなにもわかりませんし、警察だって状況がわからないと動いてくれないですよ。まずは七原さんの現在地を確認しましょう」
「そ、そうですよね」
俺は震えそうになる指で、どうにかメッセージを打った。
【今どこ?】
すぐに返信があった。
【ファミレスの女子トイレ。出たくない。怖い】
七原さんの教えてくれたファミレスは、ちょうど近所のファミレスだった。春先に早川さんにご飯をおごったところだ。俺はスマホの画面を素子さんに見せると、素子さんは腕を組んで考え込んでしまった。
「うーん。監禁されている訳ではないのはよかったですけど……従業員さんに頼んで裏口から逃がせてもらえたらいいんですけど」
「あー……じゃあ俺がちょっと様子を見に行ってきますよ」
俺は慌ててジャンパーを羽織ると、自転車に乗ってファミレスまで出かけることにした。
うちの寮生、なんでこうも次から次へとトラブルに巻き込まれるんだ。そう頭を抱えそうになったものの、そんな毎日トラブルに襲われている訳でもないしなあと考え直す。そもそもうちの寮生、すぐ調子に乗ったりタガが外れる子はいても、悪い子はひとりもいないんだから、トラブルが悪いに決まっている。
どこからか金木犀の匂いがする。気付けば空の青だって深まったような気がする。まだ紅葉は見られないけれど、秋が深まっているんだなとぼんやりと思った。
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