3 / 27
偽夫婦、はじめました
3話
しおりを挟む
合否判定の日に、俺と白羽さんは近場のファミレスで待ち合わせをしていた。
普段から着ているスポーツメーカーのジャージにスニーカーと、本当にいつも通りの格好で来てしまったが、俺の一張羅なんて面接にも着ていったスーツくらいしかない。それに面接の合否判定の日だからと、あまりにもきちんとした格好をしていったら萎縮するんじゃないかと思ってだったんだけれど。
既にファミレスの前で待ちぼうけをしていた白羽さんを見て、俺はきょとんとしてしまった。彼女が着ていたのはリクルートスーツに革靴と、前に会ったときとそっくりそのまんまの格好だったのだ。
俺が「白羽さん」と声をかけると、こちらにぱっと顔を上げる。
「こ、こんにちは! 今日ですね、合否判定」
そう言ってぺこりと頭を下げる白羽さんに、俺も「こんにちは」と頭を下げる。
「すみません、今日は合否判定とはいえど、電話だけだと思って気の抜けた格好をしていて」
「い、いえ! 謝らないでください! 私も、そのう……」
「ええっと……白羽さん?」
白羽さんは顔を真っ赤にして、視線を膝に落としてしまった。
「……社寮を追い出されたときに、あんまり手持ちの服を持っていけなかったんですよ。ですから、リクルートスーツ以外だったらもっとルームウェアみたいな気の抜けた服しかなくって、ファミレスに行けるような服がこれしかなくって……」
「あ、ああ……」
あんまり大荷物でネットカフェを転々とするなんて、そりゃ無理だろう。
でもなにかフォローをすべきなのか、余計なことを言わないほうがいいのか。ぐるぐると考えた結果、俺は全然的外れなことを口にしていた。
「ここのファミレスのドリンクバー、飲み放題な割には意外とレベルが高いんですよ。そこで待っていましょう」
「え? は、はい……!」
あまりにもちぐはぐな格好のふたり連れが来たせいか、店員はこちらをうろん気な顔で見ていたものの、すぐに席に案内してくれた。
こうして俺と白羽さんはひたすらドリンクバーで飲み物をおかわりしながら、スマホの着信を待つ。待っている間なにかできないかと、念のためノートを持ってきたものの、どうにもペンが進まなかった。
俺の正面で烏龍茶を飲んでいる白羽さんは、きょとんとした顔でこちらを見ていた。
「前に黒林さん、小説を書いているとおっしゃっていましたけど……小説って、ノートで書くんですか?」
「あー……違うんですよ。小説を書くにはまずは企画書を出して、それで編集会議でゴーサインが出なかったら書けないんです。企画書自体はパソコンで書きますけど、まずはネタ出しからですね」
「はあ……まるで会社の企画会議と同じことするんですねえ」
白羽さんの意外そうな感想に、そりゃそうだよなあと今更ながら思った。出版業界に足を踏み入れた人間じゃなかったら、どうやって本をつくっているかなんて、そもそも知らないもんなあ。
俺は思い付きで白羽さんの感想だけメモ書きして、ノートを閉じた。
おかわりしたコーヒーを飲んでいたところで、俺のスマホに前に登録した日名大の事務所からの着信が入った。
「はい、黒林です」
『こちら日名川大学事務所です。先日の面接の件ですが』
「あ、はい」
『合格になります。つきましては、仕事と入寮の打ち合わせについて』
「はい……はい」
俺は手持ちのメモでさらさらと書いて、白羽さんにもそのメモを見せた。ずっと烏龍茶を飲んでいた彼女の顔が、ぱぁーっと綻ぶ。
次に事務所に向かう打ち合わせをしてから、着信が終わる。俺は向かいに座る白羽さんに口を開く。
「ありがとうございます、無事に管理人合格です! ついては来週中には入寮で、管理人生活ですけど……!」
「ほ、本当に……ありがとうございます、ありがとうございます……!」
白羽さんは目尻に涙を溜める。これは初めて会ったときの、不安に駆られるものではなくて、嬉しさであるといい。
俺は力いっぱい頷く。
「貯金して、俺が次の企画を進めて本が刊行できたら、白羽さんは次の就職先が決められたら、夫婦は解散しましょう……それで、大丈夫ですか?」
「……はい、むしろここまでよくしてもらえると思っていなくって……ありがとうございます、ありがとうございます……!」
何度も何度も腰低く謝られて、こちらもくすぐったくなる。
偽夫婦なんて、まさかこっちもなるなんて思ってもみなかった。でも、住居の確保は俺からしても白羽さんからしても重要なことだった。
大学生の世話っていうのは、どういうことなのかは未だにピンと来ないけれど、そこまで大事にはならないだろう。俺はそう高を括っていた。
普段から着ているスポーツメーカーのジャージにスニーカーと、本当にいつも通りの格好で来てしまったが、俺の一張羅なんて面接にも着ていったスーツくらいしかない。それに面接の合否判定の日だからと、あまりにもきちんとした格好をしていったら萎縮するんじゃないかと思ってだったんだけれど。
既にファミレスの前で待ちぼうけをしていた白羽さんを見て、俺はきょとんとしてしまった。彼女が着ていたのはリクルートスーツに革靴と、前に会ったときとそっくりそのまんまの格好だったのだ。
俺が「白羽さん」と声をかけると、こちらにぱっと顔を上げる。
「こ、こんにちは! 今日ですね、合否判定」
そう言ってぺこりと頭を下げる白羽さんに、俺も「こんにちは」と頭を下げる。
「すみません、今日は合否判定とはいえど、電話だけだと思って気の抜けた格好をしていて」
「い、いえ! 謝らないでください! 私も、そのう……」
「ええっと……白羽さん?」
白羽さんは顔を真っ赤にして、視線を膝に落としてしまった。
「……社寮を追い出されたときに、あんまり手持ちの服を持っていけなかったんですよ。ですから、リクルートスーツ以外だったらもっとルームウェアみたいな気の抜けた服しかなくって、ファミレスに行けるような服がこれしかなくって……」
「あ、ああ……」
あんまり大荷物でネットカフェを転々とするなんて、そりゃ無理だろう。
でもなにかフォローをすべきなのか、余計なことを言わないほうがいいのか。ぐるぐると考えた結果、俺は全然的外れなことを口にしていた。
「ここのファミレスのドリンクバー、飲み放題な割には意外とレベルが高いんですよ。そこで待っていましょう」
「え? は、はい……!」
あまりにもちぐはぐな格好のふたり連れが来たせいか、店員はこちらをうろん気な顔で見ていたものの、すぐに席に案内してくれた。
こうして俺と白羽さんはひたすらドリンクバーで飲み物をおかわりしながら、スマホの着信を待つ。待っている間なにかできないかと、念のためノートを持ってきたものの、どうにもペンが進まなかった。
俺の正面で烏龍茶を飲んでいる白羽さんは、きょとんとした顔でこちらを見ていた。
「前に黒林さん、小説を書いているとおっしゃっていましたけど……小説って、ノートで書くんですか?」
「あー……違うんですよ。小説を書くにはまずは企画書を出して、それで編集会議でゴーサインが出なかったら書けないんです。企画書自体はパソコンで書きますけど、まずはネタ出しからですね」
「はあ……まるで会社の企画会議と同じことするんですねえ」
白羽さんの意外そうな感想に、そりゃそうだよなあと今更ながら思った。出版業界に足を踏み入れた人間じゃなかったら、どうやって本をつくっているかなんて、そもそも知らないもんなあ。
俺は思い付きで白羽さんの感想だけメモ書きして、ノートを閉じた。
おかわりしたコーヒーを飲んでいたところで、俺のスマホに前に登録した日名大の事務所からの着信が入った。
「はい、黒林です」
『こちら日名川大学事務所です。先日の面接の件ですが』
「あ、はい」
『合格になります。つきましては、仕事と入寮の打ち合わせについて』
「はい……はい」
俺は手持ちのメモでさらさらと書いて、白羽さんにもそのメモを見せた。ずっと烏龍茶を飲んでいた彼女の顔が、ぱぁーっと綻ぶ。
次に事務所に向かう打ち合わせをしてから、着信が終わる。俺は向かいに座る白羽さんに口を開く。
「ありがとうございます、無事に管理人合格です! ついては来週中には入寮で、管理人生活ですけど……!」
「ほ、本当に……ありがとうございます、ありがとうございます……!」
白羽さんは目尻に涙を溜める。これは初めて会ったときの、不安に駆られるものではなくて、嬉しさであるといい。
俺は力いっぱい頷く。
「貯金して、俺が次の企画を進めて本が刊行できたら、白羽さんは次の就職先が決められたら、夫婦は解散しましょう……それで、大丈夫ですか?」
「……はい、むしろここまでよくしてもらえると思っていなくって……ありがとうございます、ありがとうございます……!」
何度も何度も腰低く謝られて、こちらもくすぐったくなる。
偽夫婦なんて、まさかこっちもなるなんて思ってもみなかった。でも、住居の確保は俺からしても白羽さんからしても重要なことだった。
大学生の世話っていうのは、どういうことなのかは未だにピンと来ないけれど、そこまで大事にはならないだろう。俺はそう高を括っていた。
11
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる