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入れ替わりの果てにはなにがあるのか
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パニアグア姉妹は喧嘩をせず、仲睦まじい関係を保っている。
傍からはそう思われているかもしれないが、他の兄弟姉妹と同じく、双子だって喧嘩をする。ただ、他の兄弟姉妹と違って仲違いをしても修復するのが早いだけである。
それは共に過ごす時間が長いからかもしれないし、他の肉親よりもしゃべらず通じることが多いからかもしれない。
クラウディアとクリスティナも、細かな喧嘩や諍いはあったが、概ね大きな波風を立てることもなく、友達がいない者同士のんびりと生活をしていたが。
ふたりが喧嘩をすると喜ぶ連中というものが存在するのである。
社交界と大して関わりの深くないパニアグア子爵領の人間なのだから、せいぜい娯楽として使い潰せばいい。これで仲が壊れるのならばそれまでだ。
皆が皆、エルベルトや王族のように彼女たちの実家の領の価値に気付いている者や、セシリオのように姉妹の仲を心配して口を挟むような人間ばかりではないのである。
「ご存じ? パニアグア姉妹の噂」
「ああ……妹のほうが姉の婚約者に横恋慕しているという噂?」
「それってセシリオ様?」
「気持ちはわかるわ……あれの婚約者がよりによって、ねえ……?」
「粗忽者と振る舞いに品があるセシリオ様だったら、そりゃセシリオ様になるでしょうね」
「姉のほうはどうなるのかしら?」
「さあ……? でもどうせ悲恋でしょう? だって、セシリオ様も妹も、継ぐものはなにもありませんもの」
「平民になりますの?」
「そこまでの度胸はないんではなくて?」
ひとつの目撃情報は、悪意をもって拡散されていく。余計なおまけで膨れ上がった悪意が学院内に蔓延するまで、そこまで時間はかからなかった。
これが社交界で生きる術を学ばされた王都出身の令嬢であったら、火消しのために別の噂を流すことで打ち消しただろうが、そもそも社交界と縁遠いパニアグア姉妹に、火消しの術はない。
その情報は、本来ならば当事者にもかかわらず、ほぼ名前が出ていないエルベルトのほうにまで流れてきていた。
「お前の婚約者大丈夫なのか?」
「さあな。今頃泣いてるかもしれないが」
フェンシング倶楽部の活動中に、部員にそう話を持ち掛けられて、エルベルトは心底面倒臭い、という顔をした。
王都出身の令嬢たちの陰険さは知ってはいたが、そこまで浅はかだったのかという呆れた顔になってしまったのだ。
「あれは、責任取って姉のほうの婚約者が収拾すべきだろ」
「エルベルト……婚約の話、ちゃんと姉妹としてきたほうがいいんじゃないか? あっちだって娘を行き遅れにするのは嫌だろうから、今の内に話をしてきたほうがいいだろ」
「……俺とあれでは、どだい婚姻なんて無理だろ」
エルベルトは苦虫を噛み潰したような顔をして見せた。
悪意を持って撒き散らされた噂と同じく、気持ちひとつでどうこうできないものが多過ぎる。
部員は呆れて息を吐いた。
「せめて慰めに行ってやったらどうだ?」
「それはどっちのほうだ?」
誰もそれに答える者はいなかった。
****
学院内に蔓延した噂ではあるが、クラウディアもクリスティナも、友達がいなかったために、本人たちに届くまでに時間がかかった。
遠巻きにされているために、直接しゃべることがなく、ふたりとも王都出身の令嬢と用事もないのに話しかけることもないため、気付くのに遅れたのである。
クラウディアはクリスティナの大学部進学の相談を、父に早馬を出してもらって手紙を送った。クリスティナの勤勉な性格を考えれば、勉強するのも申し分ないと思ったのである。
それと同時にクリスティナとエルベルトの婚約について、大学部進学の間だけでも待ってもらえないか、ドローレス辺境伯に詫び状を送ってもらえないかとも相談をしたためておいた。
(本当だったらエルベルトの直接相談したいところだけれど……エルベルトに直接言ったら、それを理由に婚約を破断にされてしまいそうで怖いものね……)
手紙の手配を終えたところで、寮に戻ろうとしたとき、廊下でセシリオが令嬢たちに取り囲まれているのが見えた。
今のクラウディアは、クリスティナのふりをしていないために、髪をひとつにまとめてしまっている。
「セシリオ様、面倒な方と婚姻を結んでしまって可哀想。我が家でしたら、そんな不幸なことは致しませんのに」
「セシリオ様でしたら、ぜひ我が家に入り婿でもかまいませんのに。面倒なことばかり押し付ける方は嫌ですわね」
「ずいぶんな噂が流れているようだけれど、僕はあの噂を信じてはいないよ?」
会話の内容を聞いていても、クラウディアはいまいちピンと来なかった。
(話が見えない……そもそも、人の婚約者に対してちょっかいをかけて、あの人たち恥ってものがないのかしら)
内容はさっぱりわからないが、王都出身の令嬢にしては品がないと判断し、クラウディアは声をかけることにした。
「あなた方、いい加減になさってください。セシリオは私の婚約者であり、婚約が決まっていないからと言って、好き勝手なさらないで」
クラウディアの日頃からのピシャリとした物言いに、セシリオに付きまとっていた令嬢たちがようやく彼女に顔を向ける。
日頃であったら、面倒臭いのが現れたとばかりにさっさと散るというのに、今日に限っては顔を歪めて笑うばかりであった。
「まあ……あなたは私たちに抗議するより先に、妹のほうに怒ったほうがよろしいのではなくて?」
「クリスに? あの子がなにもしてないというのに、どうして怒らなければならないの?」
「まあ……粗忽な方だとはご存じでしたが、おつむも緩い方とは思ってもみませんでした」
あからさまな侮蔑の言葉に、クラウディアはイラリとする。そして彼女たちとしゃべっていても埒が明かないと判断して、セシリオのほうに声をかける。
優柔不断ではあるが、彼はくだらない嘘だけはつかない。
「どういう意味なの?」
「……ここで話す意味はないと思うよ、クラウディア。向こうで少し話そうか」
「ここで話せることではなくて?」
「僕は、君たち姉妹が末永く仲睦まじくいて欲しいと思っているんだよ。悪意にさらしていいものではない」
いつものまどろっこしいセシリオの言葉で、またしても苛立ちが募りそうになったものの、令嬢たちを放置したほうがいいというのは、クラウディアも同意見だった。
彼女たちを廊下に放置してから、寮の中庭へと移動した。
普段であったら中庭のテーブルでお茶会のひとつでも行われていそうなものだが、今日は休日。寮に残っている者はごく一部なため、閑散として誰もいなかった。
「それで、いったいなんだっていうの?」
「どうにもね。君たちが入れ替わっているのを見て、難癖を付けている連中がいるらしいよ?」
「……はい?」
クラウディアは言葉を失った。
入れ替わっていても、誰も気付いていなかった。寮母はもとより、クラスメイトからも指摘を受けた覚えはなく、婚約者たちも自身の婚約者が姉妹のほうだと気付く素振りも見せていないと思っていたが。
「……セシリオは、私たちが入れ替わっていることに、気付いていたの?」
「いつも気付く訳ではないよ。最近入れ替わっていることに気付いたのは、クリスティアは僕に対して棘のある言葉をかけないから気付いただけで、全くしゃべらない、見た目だけだったら、僕だって難しかっただろうさ」
「……そう」
どうにもセシリオはパニアグア姉妹の区別を完全には付けられないようだった。
それを素直に喜べばいいのか、婚約者なのに見分けが付かないのかと言えばいいのか、クラウディアにもわからなかった。
「君のふりをしていたクリスティアの相談に乗っていただけだよ。どうもそれで彼女の気持ちを曲解した例があるみたいでねえ……」
「……困るわ、勝手なことをされては。クリスが大学部に行きたいって話を聞いてくれたこと、このことには感謝しているけれど、周りに好き勝手言われては、またクリスが登校できなくなってしまう」
「うん、君たちはそれでいいのかもしれないけどさ」
セシリオはにこやかに笑う。
「僕はクリスティアを甘やかす君も、甘えているクリスティアも、卒業前に姉妹離れできていなくってよくないと思うよ?」
傍からはそう思われているかもしれないが、他の兄弟姉妹と同じく、双子だって喧嘩をする。ただ、他の兄弟姉妹と違って仲違いをしても修復するのが早いだけである。
それは共に過ごす時間が長いからかもしれないし、他の肉親よりもしゃべらず通じることが多いからかもしれない。
クラウディアとクリスティナも、細かな喧嘩や諍いはあったが、概ね大きな波風を立てることもなく、友達がいない者同士のんびりと生活をしていたが。
ふたりが喧嘩をすると喜ぶ連中というものが存在するのである。
社交界と大して関わりの深くないパニアグア子爵領の人間なのだから、せいぜい娯楽として使い潰せばいい。これで仲が壊れるのならばそれまでだ。
皆が皆、エルベルトや王族のように彼女たちの実家の領の価値に気付いている者や、セシリオのように姉妹の仲を心配して口を挟むような人間ばかりではないのである。
「ご存じ? パニアグア姉妹の噂」
「ああ……妹のほうが姉の婚約者に横恋慕しているという噂?」
「それってセシリオ様?」
「気持ちはわかるわ……あれの婚約者がよりによって、ねえ……?」
「粗忽者と振る舞いに品があるセシリオ様だったら、そりゃセシリオ様になるでしょうね」
「姉のほうはどうなるのかしら?」
「さあ……? でもどうせ悲恋でしょう? だって、セシリオ様も妹も、継ぐものはなにもありませんもの」
「平民になりますの?」
「そこまでの度胸はないんではなくて?」
ひとつの目撃情報は、悪意をもって拡散されていく。余計なおまけで膨れ上がった悪意が学院内に蔓延するまで、そこまで時間はかからなかった。
これが社交界で生きる術を学ばされた王都出身の令嬢であったら、火消しのために別の噂を流すことで打ち消しただろうが、そもそも社交界と縁遠いパニアグア姉妹に、火消しの術はない。
その情報は、本来ならば当事者にもかかわらず、ほぼ名前が出ていないエルベルトのほうにまで流れてきていた。
「お前の婚約者大丈夫なのか?」
「さあな。今頃泣いてるかもしれないが」
フェンシング倶楽部の活動中に、部員にそう話を持ち掛けられて、エルベルトは心底面倒臭い、という顔をした。
王都出身の令嬢たちの陰険さは知ってはいたが、そこまで浅はかだったのかという呆れた顔になってしまったのだ。
「あれは、責任取って姉のほうの婚約者が収拾すべきだろ」
「エルベルト……婚約の話、ちゃんと姉妹としてきたほうがいいんじゃないか? あっちだって娘を行き遅れにするのは嫌だろうから、今の内に話をしてきたほうがいいだろ」
「……俺とあれでは、どだい婚姻なんて無理だろ」
エルベルトは苦虫を噛み潰したような顔をして見せた。
悪意を持って撒き散らされた噂と同じく、気持ちひとつでどうこうできないものが多過ぎる。
部員は呆れて息を吐いた。
「せめて慰めに行ってやったらどうだ?」
「それはどっちのほうだ?」
誰もそれに答える者はいなかった。
****
学院内に蔓延した噂ではあるが、クラウディアもクリスティナも、友達がいなかったために、本人たちに届くまでに時間がかかった。
遠巻きにされているために、直接しゃべることがなく、ふたりとも王都出身の令嬢と用事もないのに話しかけることもないため、気付くのに遅れたのである。
クラウディアはクリスティナの大学部進学の相談を、父に早馬を出してもらって手紙を送った。クリスティナの勤勉な性格を考えれば、勉強するのも申し分ないと思ったのである。
それと同時にクリスティナとエルベルトの婚約について、大学部進学の間だけでも待ってもらえないか、ドローレス辺境伯に詫び状を送ってもらえないかとも相談をしたためておいた。
(本当だったらエルベルトの直接相談したいところだけれど……エルベルトに直接言ったら、それを理由に婚約を破断にされてしまいそうで怖いものね……)
手紙の手配を終えたところで、寮に戻ろうとしたとき、廊下でセシリオが令嬢たちに取り囲まれているのが見えた。
今のクラウディアは、クリスティナのふりをしていないために、髪をひとつにまとめてしまっている。
「セシリオ様、面倒な方と婚姻を結んでしまって可哀想。我が家でしたら、そんな不幸なことは致しませんのに」
「セシリオ様でしたら、ぜひ我が家に入り婿でもかまいませんのに。面倒なことばかり押し付ける方は嫌ですわね」
「ずいぶんな噂が流れているようだけれど、僕はあの噂を信じてはいないよ?」
会話の内容を聞いていても、クラウディアはいまいちピンと来なかった。
(話が見えない……そもそも、人の婚約者に対してちょっかいをかけて、あの人たち恥ってものがないのかしら)
内容はさっぱりわからないが、王都出身の令嬢にしては品がないと判断し、クラウディアは声をかけることにした。
「あなた方、いい加減になさってください。セシリオは私の婚約者であり、婚約が決まっていないからと言って、好き勝手なさらないで」
クラウディアの日頃からのピシャリとした物言いに、セシリオに付きまとっていた令嬢たちがようやく彼女に顔を向ける。
日頃であったら、面倒臭いのが現れたとばかりにさっさと散るというのに、今日に限っては顔を歪めて笑うばかりであった。
「まあ……あなたは私たちに抗議するより先に、妹のほうに怒ったほうがよろしいのではなくて?」
「クリスに? あの子がなにもしてないというのに、どうして怒らなければならないの?」
「まあ……粗忽な方だとはご存じでしたが、おつむも緩い方とは思ってもみませんでした」
あからさまな侮蔑の言葉に、クラウディアはイラリとする。そして彼女たちとしゃべっていても埒が明かないと判断して、セシリオのほうに声をかける。
優柔不断ではあるが、彼はくだらない嘘だけはつかない。
「どういう意味なの?」
「……ここで話す意味はないと思うよ、クラウディア。向こうで少し話そうか」
「ここで話せることではなくて?」
「僕は、君たち姉妹が末永く仲睦まじくいて欲しいと思っているんだよ。悪意にさらしていいものではない」
いつものまどろっこしいセシリオの言葉で、またしても苛立ちが募りそうになったものの、令嬢たちを放置したほうがいいというのは、クラウディアも同意見だった。
彼女たちを廊下に放置してから、寮の中庭へと移動した。
普段であったら中庭のテーブルでお茶会のひとつでも行われていそうなものだが、今日は休日。寮に残っている者はごく一部なため、閑散として誰もいなかった。
「それで、いったいなんだっていうの?」
「どうにもね。君たちが入れ替わっているのを見て、難癖を付けている連中がいるらしいよ?」
「……はい?」
クラウディアは言葉を失った。
入れ替わっていても、誰も気付いていなかった。寮母はもとより、クラスメイトからも指摘を受けた覚えはなく、婚約者たちも自身の婚約者が姉妹のほうだと気付く素振りも見せていないと思っていたが。
「……セシリオは、私たちが入れ替わっていることに、気付いていたの?」
「いつも気付く訳ではないよ。最近入れ替わっていることに気付いたのは、クリスティアは僕に対して棘のある言葉をかけないから気付いただけで、全くしゃべらない、見た目だけだったら、僕だって難しかっただろうさ」
「……そう」
どうにもセシリオはパニアグア姉妹の区別を完全には付けられないようだった。
それを素直に喜べばいいのか、婚約者なのに見分けが付かないのかと言えばいいのか、クラウディアにもわからなかった。
「君のふりをしていたクリスティアの相談に乗っていただけだよ。どうもそれで彼女の気持ちを曲解した例があるみたいでねえ……」
「……困るわ、勝手なことをされては。クリスが大学部に行きたいって話を聞いてくれたこと、このことには感謝しているけれど、周りに好き勝手言われては、またクリスが登校できなくなってしまう」
「うん、君たちはそれでいいのかもしれないけどさ」
セシリオはにこやかに笑う。
「僕はクリスティアを甘やかす君も、甘えているクリスティアも、卒業前に姉妹離れできていなくってよくないと思うよ?」
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