魔法少女の食道楽

石田空

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連休前、連休中、そして

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 連休進行で、領収書入力、チェック。入力、チェック。
 だんだん目が痛くなり腰も痛くなり、入力できない領収書を持ってきた営業に「これは経費にならない!」と悲鳴を上げ、合わない金額の確認をし。
 ようやっと全ての作業が完了したとき、経理は全員今にも死にそうな顔でいた。そろそろ退社しても大丈夫なのに、全員疲れ過ぎて起き上がれないのだ。
 その中、「はい、皆注目ー!」と手をパンパン叩いた。

「お疲れ様。今日ちょっと行きたい店あるけど、夕食食べたい人!」
「夕食……おごりですか?」
「本当だったらこれからぱーっと飲み会に行きたいけど、この場にいる全員、今飲む元気もないだろ?」

 そう言った途端、ほぼ全員そっぽを向いた。
 いくらある程度は自動化できるようになったと言っても、最終チェックで数字が合わなくなったら手作業になるのだ。集中力維持しようとカフェイン摂り続けた体は、今はアルコールよりも栄養を求めていた。

「俺のおごりだけど、行く?」
「行きます! 行かせてください!」
「今回行く店はあんまり騒いじゃ駄目だからなあ。静かに食事ができるんだったら」
「ええ、なんか穴場ですか!? 立川さんの探す店いいから!」
「いやあ、今回は俺の知り合いと行った店だけど」

 そんなことを言うもんだから、皆私のほうに視線を移してきた。
 気まずい。そもそも立川さんと私が付き合っていることは、一応周りは知っているものの、あまりにもガツガツ付き合っている訳でもないから、周りは「なんで?」みたいな反応になっている。
 一方後輩たちは「普段立川さんとそんなたくさん食べ歩きを?」と食いついてきた。

「ま、まあ……行けるときは割と?」
「いいなあ。食べるのに興味あるとそういうこともあるんですよねえ」
「そういうもんじゃないの?」
「いやあ、食べられたらなんでもいいとかありまるから。一生懸命メール出しまくってやっと取ったブッフェの予約、彼氏と楽しみにしてたんですけど……元を取らないとと必死になって食べる彼氏の食べ汚さに醒めてしまって別れてしまったんですよね……一ノ瀬さんと立川さんは、そういうのなさそうですし」

 たしかに。食べるときのタイミングや食べているときに気にするところが一緒じゃないと、そこで一気に醒めてしまうとかってあるもんなあ。
 立川さんとはその辺で幻滅したことが一度もないあたり、多分気にする部分が似通っている結果だろう。
 皆を連れて、問題の洋食店に行く。その中で「あれ、またあそこにできたんだ」と件の洋食チェーン店を見かけた子がいた。

「入ったことないけど、知ってるの?」
「はい。安くておいしい洋食屋さんって評判みたいで」
「ふーん」
「まあ、大学生で楽しく飲み食いするんだったらいいんでしょうけどね。ただあそこ、料理はおいしいのに、いろんなものが安過ぎて食べることに集中できないのが難点で……それ言うと『細かい』って嫌われそうですけど」

 それは立川さんも言ってたなあ。料理を安く上げるためにどこかで絶対に経費削ってるって。食器がプラスティックなのとかは、私もサイトを見て確認した。多分若い子にはそれでかまわないんだろうけど、そうじゃない人にはケチッて見えてしまう奴。
 そうこうしている間に、問題の店に辿り着いた。

「あれ、こここんな店あったんですねえ?」
「この通りは店の移り変わりも激しいから、結構長いことここでやってるみたいで。おいしい店だよ」
「洋食だあ、わあ、洋食だあ」

 日本人の考えた洋食って、一度思いっきり食べてみたくはなるんだよね。
 今回は皆疲れているため、若い子たちは思いっきりハンバーグセットをがっつき出したり、クリームコロッケセットをおいしく頬張り出す。今だとお子様ランチと揶揄されそうなものも、実は日本の洋食の最先端だったりするから、洋食って奥が深い。フレンチやイタリアンだと割り切れないものが混ざっている。
 でも……ハンバーグもクリームコロッケも、今の私にはちょっと胃もたれする。魔法少女活動中に店に来られたら、絶対に食べよう。
 そう心に決めつつ、私は今回食べようと思ったのは、エビグラタンセットだった。
 エビグラタンにバケット。サラダ。……あれ、この間は全部レモンドレッシングだったのに、サラダのドレッシングが変わってる?
 思わず確認すると、今回かかっているドレッシングはどれもクリーム状のオレンジ色のドレッシング……フレンチドレッシングだ。先にエビグラタンを食べると、エビが思っている以上にプリプリしている上に、ホワイトソースの優しい味わいが癖になる。そしてサラダ。食べてみると見た目よりもさっぱりしていて、エビグラタンの味を邪魔しない。
 私が皆の様子を見ると、後輩たちはなんだか感動した顔をしている。

「おいしい……懐かしい感じがしますのに高級感があって……」
「それはよかった」
「なにより雰囲気がいいですよね。派手過ぎず地味すぎず落ち着きがあって……いい店なのに、人が私たち以外いませんね」
「たまにでいいから、来てほしいなあ」

 まさか私がブログの相談を受けて来ているなんて言える訳もないから、店主さんに聞こえないようにこっそりと言うと。
 意外なことにひとり一生懸命エビフライを食べていた男の後輩が「あのう」と店主さんにごにょごにょ言っているのが見えた。

「いらっしゃいませ。どうかなさいましたか?」
「ゴールデンウィーク中、予約は取れますか?」
「はい、ご予約はいつでも承っておりますよ」
「……親の銀婚式で、連れてきたいんですけど」

 おお。そっか。銀婚式にこの店の雰囲気はぴったりだ。
 後輩たちはめいめい「また行きますよ」と言ってくれたのに、私は心底ほっとした。
 帰り、後輩たちと別れながら、立川さんと歩く。

「上手くいくといいんですけど……」
「こればっかりはな。俺たちが毎日来れたらいいんだけど……」
「……リピーターが必要ですしね。一度にドカンじゃなくって、週に一度。月に一度だとちょっと足りないでしょうし」
「赤字がなんとかなるといいんだけどな。そういや、ゴールデンウィークは、予定あるか?」
「ないですけど……」

 悪いがゴールデンウィークは、一日寝られる日という連休としか思っていない。
 私がそう思っていたら、立川さんが「なら」と言う。

「ここの店に来られるか?」
「あら? またディナーですか?」
「今度はランチで」

 私はそれに、こっくりと頷いた。

****

 女性の口コミはすさまじい。
 あと日頃から婚活しまくってて食べ歩きが趣味の立川さんが紹介した店っていう宣伝文句がすごい。
 女性陣曰く「立川さんの食の趣味は好き。でも結婚は無理」とのことだった。
 なんでと聞くと「結婚してまで食べ歩きされると困る」かららしい……それこそ、立川さんは私みたいなそもそも食べ歩きが好きという人間じゃなかったら、相手が本当に見つからなかったみたいだ。
 この間、経理の後輩たちを連れての食事会だったのに、私と立川さんが出かけたときには、もう女性グループがまばらにとは言えど入っていた。

「……これって、ただ口コミするだけじゃなくって、誰が口コミするかって重要ってことですよねえ」
「それ俺か?」
「私じゃ駄目でしたよ。私の胃が弱っていることは皆知ってますし。最近でこそかなり元気になりましたけど」
「うん、一時期ほぼ毎日お粥だったから、本当に一ノ瀬さん大丈夫かと心配してたけど」
「今も仕事忙しいときはお粥ですけどね」

 ふたりでそうしゃべりながら、席に座る。
 店長さんは今日はくるくると動き回り、同い年くらいの女性も伴って忙しくしているようだ。どうも奥さんまで連れてきたらしい。

「それにしても、いきなりでしたね? 誘ってきてご飯って」
「そりゃなあ。一ノ瀬さんが断ってきたらどうしようかと思ってたけど」
「いや断りませんって。立川さんのお誘いは」
「えーっと……前に言ってたお兄さんの話、なんとかなったか?」
「はい。兄も無事に結婚に漕ぎ着けそうですよ」
「ああ! それはよかった。なら、問題ないか」
「はい?」

 そこで私はようやく気付いた。
 立川さんはスマホを取り出すと、そこでなにかを見せてきた。
 ……有名ジュエリーショップの公式サイトだ。

「……そろそろ指輪、用意しようと思ってるけど。どれが「ナナ様! 闇妖精です!」いい?」

 おい。今、私人生最大のイベント中だったんだけど!?
 私はギンッとリリパスを睨む。立川さんは私が明後日の方向を見ているのに、「……一之瀬さん?」と困った顔をする。

「ちょっと……リリパス。私寿退職の途中で……」
「そうは申しましても。まだ引継ぎできる魔法少女は見つかっておりません! 困ります」

 だいたいなんでも融通利く妖精が、なんかものすごくお役所仕事みたいなこと言ってますけど!?
 私はどうしようどうしようどうしよう、と考えた末。

「すみません! 今ちょっと、アパートの玄関の鍵、差しっぱなしだった気がします!」
「えっ!? それはアパートの管理会社に電話し……」
「今連休中ですから管理会社に連絡付かないかもしれませんし! 必ず戻りますから、待っててくださいね!」

 立川さん、何度も何度もほんっとうにしょうもないこと言ってすみません!
 私は必死にリリパスを肩に乗せて走り出したのだ。
 ……魔法少女になっておいしい洋食食べまくってから、元に戻ってプロポーズ受けちゃ駄目かな。
 駄目だよね、さすがに。うん。
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