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レモンタルトを食べながら
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それからというものの、闇妖精退治をしつつ、立川さんとはなんとはなしに出かけることが増えた。そうは言っても平日は互いに忙しいし、経理の忙しい時期も知っているため、本当に長い休みが取れないことには、長いこと遊びに行こうという話も出てこない。
そのおかげで実家の話もしなくていいのだけれど。
私がどうやってうちの実家の話を切り出すかと悶々と悩んでいるとき、唐突に電話がかかってきた。
『ヤッホー、奈々元気か?』
「お兄ちゃん!?」
最後に会ったのは大学時代、家出して食の不自由から解放されてすっかりとムキムキになった姿を見かけたときだった。
私は今は会社の経理をしている旨を伝えたら、お兄ちゃんは今は店を任されて雇われ店主をしていることを教えてくれた。
「はあ……お兄ちゃんが店持ってるなんて知らなかったよ。なんの店?」
『夜はバーで、昼はカフェ』
「はあ、たまにある奴だよねえ」
雇われ店主だったら、オーナーも比較的いろんな人に店舗を貸し出せるし、店主もいろんな店を実験できてwin-winらしい。税金の関係で店を余らせてることのほうが面倒くさいんだとかなんとか。
「でもいきなりどうしたの」
うちのお兄ちゃん、お母さんの極端過ぎる生活に嫌気が差して家出した人だからなあ。よく言われているのだ。「久々に電話をかけてきた知人には気を付けろ、詐欺に遭うかもしれない」と。
時折職場の研修で、警察官から言われることを思い返していたら、お兄ちゃんが言い出した。
『それでちょっと試食を頼みたいんだよ』
「試食? それ店の店員さんじゃ駄目なの?」
『サプライズだからさあ……奈々じゃないと駄目というか。なあ?』
「んー……」
これが嘘か本当かわからない。
そこで私が「わかった」と言ってから聞いてみる。
「あのさあ、私お付き合いしている人がいるんだけど、その人も付き添いで来てもらっていい? それでいいならいいよ」
彼氏を連れて行くと言って、喜んで『おいで』と言うなら白。これで『奈々ひとりで来て欲しい』と粘られたら黒で、こちらも対策考えないと駄目だなあ。そう踏んでいたら。
『なんだお前彼氏できたのか! そっか初めてだな、その話は!』
お兄ちゃんはひどく嬉しそうな声だった。どちらも実家にいるときは、ご飯おいしくない家に帰りたくないで、ずぶずぶな人生送っていたし、家のことを恥ずかしくて外に言うこともできず、友達とも当たり障りのない付き合いしかしていなかった。そんなんだから、当然ながら彼氏なんてできる訳もなく。
お兄ちゃんは『じゃあ彼氏も連れてこい!』と歓迎してから、『あと』と尋ねてきた。
『お前の彼氏って甘いもん好きか?』
「はい?」
本当の本当に試食会みたいだけど、なにを食べさせられるんだと目をパチリとさせた。
****
地元の繁華街はごっちゃりとしていて、地下にある店はすぐ入れ替わり立ち替わりでせわしない。
私は立川さんに休みの日にお兄ちゃんの店に着いてきてもらうこととなったのだ。
「はあ、お兄さん店を」
「恥ずかしながら、久々に会うんですよねえ」
「でも聞いた店、比較的人気の店だし、一ノ瀬さんの胃が元気そうだったら行ってみたいと思ってたところだけど」
「そうなんですか?」
そう尋ねたら、立川さんが手早くスマホをタップしてブックマークを見せてくれた。
バーな癖して肉料理はゴロゴロある、カフェの癖して一番人気なのはフィッシュバーガーと、好き勝手やっている店みたいだ。
お兄ちゃんがタンパク質好きなのも、あんまり変わってないみたい。
「今日は甘い物試食って言ってましたけどねえ」
「うん。ここ結構評判いいから、ご相伴に上がれて楽しみ」
「私もお兄ちゃんの店がそこまで評判って知りませんでした」
そもそも魔法少女はじめるまで、喫茶店とかは行きたくってもカフェインや脂肪が気になって遠巻きになってたもんなあ。魔法少女のおかげで健康生活になったから食べられるようになったもんだし。
そうこうしている間に、地下道に比較的隠れ家風の店が見えてきた。
ウッドテイストだと比較的明るくてナチュラルな雰囲気になるはずなのに、廃材をわざと黒っぽい色にしているその店は、まるで秘密基地みたいな様相だ。
照明も比較的落ち着いていて、中に入るまで落ち着かなかった。
「こんにちはー、試食に来ました」
「おお、いらっしゃい奈々。こちらが彼氏さんの?」
「初めまして、立川です。妹さんにはいつもお世話になってます」
「いやいや。うちの妹周りに気を遣い過ぎてすぐ体壊したり胃を壊したりしますんで、適当に見てあげてください」
「存じてます」
お兄ちゃん、私が断り切れずにご飯まずいと思いながら食べてたのも、仕事終わらなくってカフェインドリンクに頼り過ぎて胃を壊したのも、知らないはずなのに見てきたみたいに言うからさあ……。
それともあれか。私が思ってたよりもお兄ちゃん私のことを見てたのか。私は薄情者と思って苦笑いだったのに。
なんとも言えない気分になっていたら、「これこれ」と試食のケーキを二作持ってきた。
「今度この辺りで祭りをするから、お祭り用にうちもケーキ屋出店することになってな。食べやすくて酒にも合うケーキっていろいろ考えたんだよ」
「酒にも合うケーキって……」
そりゃ甘党の酒好きもいるけれど、酒にも合うケーキを用意しようって発想はなかなか出てこない。一方立川さんは「あー」と言った。
「地下街フェスタで、酒の店もいろいろ出店するから、差別化のためにバーのほうではなくカフェなんですね。それで他の店の酒を飲みながら食べに来ること前提と」
「そうそう」
なるほど……。
「でもお兄ちゃんの店、さっきスマホで見てたけど一番人気はフィッシュバーガーでしょ? それじゃ駄目なの?」
「そりゃもちろんフィッシュバーガーも出すよ。でも酒飲みたちばっかりだったら女子の客逃がすだろ」
「ああ、なるほど……」
近場の店を確認したら、居酒屋、ワインバー、バルと、たしかに飲兵衛ご用達の店ばかりだった。そりゃ差別化はかるためにカフェでの出店になるし、甘いものが期待できそうにないから甘いものを出す。
「普段のメニューでは出せなかったの?」
「パンケーキとかって手掴みしにくいからな。オムケーキも考えたけど、うちのパンケーキの固さだったら崩れるから諦めたんだよ」
最近はふんわりスフレ風生地でちょっと高めの大きさのパンケーキが人気だから、たしかにオムケーキみたいにしたら崩れそう。薄くてもっちりパンケーキだったら、そこに生クリームやフルーツを入れてくるんだオムケーキは受けるだろうけど、スフレは下手に触ると崩れちゃうし食感も落ちちゃうからなあ。
「それで用意したのは?」
「酒にはフルーツ系が合うと思ったから、手掴みでも崩れにくいのを三種類くらい」
そう言いながら出してくれたのは、どれもタルトのようだった。
「これは松の実とチョコのタルト。タルト生地にも松の実使ってるから割と香ばしい」
手掴みでタルトかあと思いながらも、ひとまずひとくち頬張ってみて、目を輝かせた。
「おいひい!」
「あー……松の実とチョコ合いますしねえ。ナッツ類はビールとも合いますし」
そういえばそうか。アーモンドや柿の種のナッツはビールのおつまみの定番だし。
次に出してくれたのは、フィリングにドライフルーツをふんだんに盛り込んだチーズタルトだった。このチーズの味がフルーツの甘さを引き立ててものすごくおいしい。
「これクリームチーズじゃないよね。もっとあっさりした味かと思ってたら意外とチーズの味がしっかりしているし、チーズとドライフルーツがものすごく合う」
「ブルーチーズな。ドライフルーツをただ酒で戻しただけだったら味が普通過ぎるし、それだったら店に出しているパウンドケーキとあまり変わらないし」
たしかにパウンドケーキに戻したドライフルーツを入れると香りがいいし味もおいしい。それにタルトにフィリングをちゃんと入れないと、口の中がパサパサになっちゃうんだよなあ。
「ブルーチーズも癖強いんですけど、ドライフルーツと合わせた途端に旨味に変わりますねえ」
「ありがと。で、最後はこれ」
出してくれたのは真っ黄色なフィリングにタルト生地。これは普通にレモンタルトだ。結構味の濃いフィリングが続いたから、味が死んでしまわないといいなあ。
私はおそるおそる食べてみて、目を輝かせた。
「おいしい! 個人的にこれが一番好き。ビールもだけれど、ワインとも相性がよさそうだし。あと歯に挟まらない」
「お、意外な着眼点」
「あー……どれもたしかにおいしかったですけど、家に持ち帰って食べたい感じですかね。レモンフィリングは、歯に挟まるものがなくって、レモンの味もさっぱりしている。それでいて香りが強くて濃いものを食べたあとでも味が死なない。酒を飲むときにもちょうどいいですし、今度の地下街フェスタでちょうどいいかも」
レモンフィリング、これ多分イギリスのレモンカードの応用だなあ。
レモンカードはレモンとバター、卵黄、砂糖でつくる。イギリス菓子特有の甘くてこってりした味付けがタルトにものすごく合うんだなあ。
私がおいしおいしと食べてたら、お兄ちゃんは破顔した。
「よかったあ……それにしても奈々、お前意外と味わかるなあ?」
「単純に食べるの好きなだけだけど……」
「おお、あの家にいて食べるの好きか。そうかそうか。そりゃそうか」
私は「なにを言い出すんだこの兄は」と思わず引きつりそうになるのを誤魔化すために、一生懸命レモンタルトを頬張った。立川さんはお兄ちゃんの言葉に「あの家?」と怪訝な顔をしている。
その中でお兄ちゃんは「なあ」と切り出した。
「……実家にちょっと報告入れたいんだけど、中継してくれないか?」
「ええ……私だってしばらく家に帰ってませんけど」
私は申し訳なさげに立川さんに頭を下げた。立川さんは「ご家族の話になりますけど、自分聞いてていいですか?」と尋ねる。
「むしろ奈々が彼氏連れてきてくれててちょうどよかったです……ちょっとうちの親に彼女連れて帰りたいんですけど」
まあ。
お兄ちゃんもか。私はパチパチ瞬きをした。
そのおかげで実家の話もしなくていいのだけれど。
私がどうやってうちの実家の話を切り出すかと悶々と悩んでいるとき、唐突に電話がかかってきた。
『ヤッホー、奈々元気か?』
「お兄ちゃん!?」
最後に会ったのは大学時代、家出して食の不自由から解放されてすっかりとムキムキになった姿を見かけたときだった。
私は今は会社の経理をしている旨を伝えたら、お兄ちゃんは今は店を任されて雇われ店主をしていることを教えてくれた。
「はあ……お兄ちゃんが店持ってるなんて知らなかったよ。なんの店?」
『夜はバーで、昼はカフェ』
「はあ、たまにある奴だよねえ」
雇われ店主だったら、オーナーも比較的いろんな人に店舗を貸し出せるし、店主もいろんな店を実験できてwin-winらしい。税金の関係で店を余らせてることのほうが面倒くさいんだとかなんとか。
「でもいきなりどうしたの」
うちのお兄ちゃん、お母さんの極端過ぎる生活に嫌気が差して家出した人だからなあ。よく言われているのだ。「久々に電話をかけてきた知人には気を付けろ、詐欺に遭うかもしれない」と。
時折職場の研修で、警察官から言われることを思い返していたら、お兄ちゃんが言い出した。
『それでちょっと試食を頼みたいんだよ』
「試食? それ店の店員さんじゃ駄目なの?」
『サプライズだからさあ……奈々じゃないと駄目というか。なあ?』
「んー……」
これが嘘か本当かわからない。
そこで私が「わかった」と言ってから聞いてみる。
「あのさあ、私お付き合いしている人がいるんだけど、その人も付き添いで来てもらっていい? それでいいならいいよ」
彼氏を連れて行くと言って、喜んで『おいで』と言うなら白。これで『奈々ひとりで来て欲しい』と粘られたら黒で、こちらも対策考えないと駄目だなあ。そう踏んでいたら。
『なんだお前彼氏できたのか! そっか初めてだな、その話は!』
お兄ちゃんはひどく嬉しそうな声だった。どちらも実家にいるときは、ご飯おいしくない家に帰りたくないで、ずぶずぶな人生送っていたし、家のことを恥ずかしくて外に言うこともできず、友達とも当たり障りのない付き合いしかしていなかった。そんなんだから、当然ながら彼氏なんてできる訳もなく。
お兄ちゃんは『じゃあ彼氏も連れてこい!』と歓迎してから、『あと』と尋ねてきた。
『お前の彼氏って甘いもん好きか?』
「はい?」
本当の本当に試食会みたいだけど、なにを食べさせられるんだと目をパチリとさせた。
****
地元の繁華街はごっちゃりとしていて、地下にある店はすぐ入れ替わり立ち替わりでせわしない。
私は立川さんに休みの日にお兄ちゃんの店に着いてきてもらうこととなったのだ。
「はあ、お兄さん店を」
「恥ずかしながら、久々に会うんですよねえ」
「でも聞いた店、比較的人気の店だし、一ノ瀬さんの胃が元気そうだったら行ってみたいと思ってたところだけど」
「そうなんですか?」
そう尋ねたら、立川さんが手早くスマホをタップしてブックマークを見せてくれた。
バーな癖して肉料理はゴロゴロある、カフェの癖して一番人気なのはフィッシュバーガーと、好き勝手やっている店みたいだ。
お兄ちゃんがタンパク質好きなのも、あんまり変わってないみたい。
「今日は甘い物試食って言ってましたけどねえ」
「うん。ここ結構評判いいから、ご相伴に上がれて楽しみ」
「私もお兄ちゃんの店がそこまで評判って知りませんでした」
そもそも魔法少女はじめるまで、喫茶店とかは行きたくってもカフェインや脂肪が気になって遠巻きになってたもんなあ。魔法少女のおかげで健康生活になったから食べられるようになったもんだし。
そうこうしている間に、地下道に比較的隠れ家風の店が見えてきた。
ウッドテイストだと比較的明るくてナチュラルな雰囲気になるはずなのに、廃材をわざと黒っぽい色にしているその店は、まるで秘密基地みたいな様相だ。
照明も比較的落ち着いていて、中に入るまで落ち着かなかった。
「こんにちはー、試食に来ました」
「おお、いらっしゃい奈々。こちらが彼氏さんの?」
「初めまして、立川です。妹さんにはいつもお世話になってます」
「いやいや。うちの妹周りに気を遣い過ぎてすぐ体壊したり胃を壊したりしますんで、適当に見てあげてください」
「存じてます」
お兄ちゃん、私が断り切れずにご飯まずいと思いながら食べてたのも、仕事終わらなくってカフェインドリンクに頼り過ぎて胃を壊したのも、知らないはずなのに見てきたみたいに言うからさあ……。
それともあれか。私が思ってたよりもお兄ちゃん私のことを見てたのか。私は薄情者と思って苦笑いだったのに。
なんとも言えない気分になっていたら、「これこれ」と試食のケーキを二作持ってきた。
「今度この辺りで祭りをするから、お祭り用にうちもケーキ屋出店することになってな。食べやすくて酒にも合うケーキっていろいろ考えたんだよ」
「酒にも合うケーキって……」
そりゃ甘党の酒好きもいるけれど、酒にも合うケーキを用意しようって発想はなかなか出てこない。一方立川さんは「あー」と言った。
「地下街フェスタで、酒の店もいろいろ出店するから、差別化のためにバーのほうではなくカフェなんですね。それで他の店の酒を飲みながら食べに来ること前提と」
「そうそう」
なるほど……。
「でもお兄ちゃんの店、さっきスマホで見てたけど一番人気はフィッシュバーガーでしょ? それじゃ駄目なの?」
「そりゃもちろんフィッシュバーガーも出すよ。でも酒飲みたちばっかりだったら女子の客逃がすだろ」
「ああ、なるほど……」
近場の店を確認したら、居酒屋、ワインバー、バルと、たしかに飲兵衛ご用達の店ばかりだった。そりゃ差別化はかるためにカフェでの出店になるし、甘いものが期待できそうにないから甘いものを出す。
「普段のメニューでは出せなかったの?」
「パンケーキとかって手掴みしにくいからな。オムケーキも考えたけど、うちのパンケーキの固さだったら崩れるから諦めたんだよ」
最近はふんわりスフレ風生地でちょっと高めの大きさのパンケーキが人気だから、たしかにオムケーキみたいにしたら崩れそう。薄くてもっちりパンケーキだったら、そこに生クリームやフルーツを入れてくるんだオムケーキは受けるだろうけど、スフレは下手に触ると崩れちゃうし食感も落ちちゃうからなあ。
「それで用意したのは?」
「酒にはフルーツ系が合うと思ったから、手掴みでも崩れにくいのを三種類くらい」
そう言いながら出してくれたのは、どれもタルトのようだった。
「これは松の実とチョコのタルト。タルト生地にも松の実使ってるから割と香ばしい」
手掴みでタルトかあと思いながらも、ひとまずひとくち頬張ってみて、目を輝かせた。
「おいひい!」
「あー……松の実とチョコ合いますしねえ。ナッツ類はビールとも合いますし」
そういえばそうか。アーモンドや柿の種のナッツはビールのおつまみの定番だし。
次に出してくれたのは、フィリングにドライフルーツをふんだんに盛り込んだチーズタルトだった。このチーズの味がフルーツの甘さを引き立ててものすごくおいしい。
「これクリームチーズじゃないよね。もっとあっさりした味かと思ってたら意外とチーズの味がしっかりしているし、チーズとドライフルーツがものすごく合う」
「ブルーチーズな。ドライフルーツをただ酒で戻しただけだったら味が普通過ぎるし、それだったら店に出しているパウンドケーキとあまり変わらないし」
たしかにパウンドケーキに戻したドライフルーツを入れると香りがいいし味もおいしい。それにタルトにフィリングをちゃんと入れないと、口の中がパサパサになっちゃうんだよなあ。
「ブルーチーズも癖強いんですけど、ドライフルーツと合わせた途端に旨味に変わりますねえ」
「ありがと。で、最後はこれ」
出してくれたのは真っ黄色なフィリングにタルト生地。これは普通にレモンタルトだ。結構味の濃いフィリングが続いたから、味が死んでしまわないといいなあ。
私はおそるおそる食べてみて、目を輝かせた。
「おいしい! 個人的にこれが一番好き。ビールもだけれど、ワインとも相性がよさそうだし。あと歯に挟まらない」
「お、意外な着眼点」
「あー……どれもたしかにおいしかったですけど、家に持ち帰って食べたい感じですかね。レモンフィリングは、歯に挟まるものがなくって、レモンの味もさっぱりしている。それでいて香りが強くて濃いものを食べたあとでも味が死なない。酒を飲むときにもちょうどいいですし、今度の地下街フェスタでちょうどいいかも」
レモンフィリング、これ多分イギリスのレモンカードの応用だなあ。
レモンカードはレモンとバター、卵黄、砂糖でつくる。イギリス菓子特有の甘くてこってりした味付けがタルトにものすごく合うんだなあ。
私がおいしおいしと食べてたら、お兄ちゃんは破顔した。
「よかったあ……それにしても奈々、お前意外と味わかるなあ?」
「単純に食べるの好きなだけだけど……」
「おお、あの家にいて食べるの好きか。そうかそうか。そりゃそうか」
私は「なにを言い出すんだこの兄は」と思わず引きつりそうになるのを誤魔化すために、一生懸命レモンタルトを頬張った。立川さんはお兄ちゃんの言葉に「あの家?」と怪訝な顔をしている。
その中でお兄ちゃんは「なあ」と切り出した。
「……実家にちょっと報告入れたいんだけど、中継してくれないか?」
「ええ……私だってしばらく家に帰ってませんけど」
私は申し訳なさげに立川さんに頭を下げた。立川さんは「ご家族の話になりますけど、自分聞いてていいですか?」と尋ねる。
「むしろ奈々が彼氏連れてきてくれててちょうどよかったです……ちょっとうちの親に彼女連れて帰りたいんですけど」
まあ。
お兄ちゃんもか。私はパチパチ瞬きをした。
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