青のループ

石田空

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三周目:ラストチャンス

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 放課後、その日は特に部活もなければ係と日直もなかった私は急いで神社へと向かう。
 宮司さんは社務所にいたので「こんにちは!」と声をかけた。しょっちゅう地元の中学生たちに挨拶しているだろうに、その人は私のことを覚えていたらしく「今朝はどうも」と挨拶を返してくれた。
 私は絵馬を指さした。

「これっていつからかかってる奴ですか!?」
「絵馬ですか? 基本的に夏祭りと三が日以外はひと月間紐はかけっぱなしなんですけど……おや、ひとつだけずいぶん古いですね?」

 私が見つけた菜々子ちゃんの字の書かれた絵馬は案の定古かったらしく、宮司さんも意外そうな顔をして見ていた。

「うちの神様って、なんか謂れってありましたっけ!?」
「謂れですか? うちはごくごく普通に地盤が緩くならないように警告のために建てられた神社のはずなんですけどねえ……あー、そういえばこの土地ならではの話はちょっとあったとは思います」

 宮司さんはそう言いながら、黄ばんだ記録を引っ張り出してきてくれた。
 古文書ほど古く見えないのは、書かれている文字がどうも藁半紙に印刷しているっぽいからだ。

「この辺り、高度経済成長の時期にずいぶんと建物や産業が変わってしまったんですけど、元々は養蚕業が盛んだったんですよ」
「養蚕業……」

 今はこの辺りはすっかりとベッドタウンになってしまい、元々蚕を育ててたなんて言われてもピンと来ない。でもたしかに、うちの市の花は桑だし、今でも近所で生えている桑の実は鳥と奪い合いしつつも小学生のおやつだったはずだ。
 宮司さんは続ける。

「高度経済成長期にだいぶ土地を国や県に売却しましたから、その関係で養蚕業を行えるほどの桑畑は消えてしまいましたけどねえ。ただ土地を売りに出す際に、地鎮祭はたびたび行いましたけど、その中に土地売却の関係で都心部に引っ越していく子たちも大勢いましたからね。その頃に皆でうちの神社にちなんだお守りやいない神様を祀りはじめたことは書いてありますね」
「いない神様を祀っちゃっていいんですかね……」
「この国だと神はいないと言い張ればいませんし、いると言い切ればいますから。どのみち神社は神を祀るものというよりも、この土地の記録を守るために存在していますから」

 この宮司さんは神社で働いている割にはずいぶんとリアリストな性分らしかった。

「糸巻様って神様をつくって祀ってたんですよ。友達とどれだけ遠くに離れてもずっと繋がっていられるようにって」
「糸巻様……ですか」
「ええ。多分養蚕業の神様のおしら様から着想を得たんでしょうね。糸巻きに糸をぐるぐる巻きにして、タイムカプセルの中に入れてたんです。そして卒業式のときに友情の証として皆で見ようと」

 糸巻き……ぐるぐる。
 私は宮司さんから見せてもらった糸巻様を見て考え込んだ。
 私たちは高校廃校をきっかけに、それぞれ進路がバラバラになり、離れ離れになる。それから皆、十年経たずに誰かが死ぬ。
 葬式でこの街に帰ってきて……やり直す日々がはじまる。
 ……まさかと思うけれど。
 高度経済成長期から地元の神社と口伝えにしか伝わってない糸巻様が、神様の力を本当に得て、私たちに繰り返し繰り返しやり直しをはじめさせた?
 ……確証はない。ただ宮司さんも知らないと言っていた、ひとつだけやけに古くて劣化している絵馬。
 私たちのうちの誰かが、糸巻様を使って、世界を何度も何度もやり直し続けてる?
 ありえない、とは言い切れなかった。
 ならどうして私は前の周回の記憶も、その前の周回の記憶も持っているんだろう。それに。大樹くんと私が知っている歴史が違う理由。
 どちらも何度も何度も繰り返している中で、違った歴史になってもなお、やり直す強制力が働いているとしたら。
 私たちは、糸巻きにがんじがらめにされて、何度やり直してもそこの巻き戻ってしまっているんじゃ。
 ……ぞっとした。
 私たちのうちの誰かが、糸巻様の願掛けをしたのが原因で、誰かが死に続けて、そのたびにやり直し続けるなんて、いつかは心が擦り減って消えてしまう。
 そんな擦り減って感受性の失われた心なんて、生きているって言えるの?
 私は宮司さんに尋ねた。

「その糸巻様って、この辺りで今もやってた人っていないんですか?」
「そうは言ってもねえ、これもご当地神様だし、高度経済成長期の頃なんてインターネットもないし、この辺りのおまじないを収集していた人でもないと知らないようなマイナーな神様ですよ。どうしても土地売却のことが絡むから、この手のことを公表したがらない人だっていますから」

 そりゃそうか。土地を売ってしまったほうも、売られて土地を追われてしまったほうもいるんだから、その手のことを口にするのは阻まれるから、あんまり表立っては言われてなかったんだ。
 ……うん?
 そこで気付いた。

「ここに今も昔も住んでいる人だったら、知ってますかね?」
「そうですねえ。この辺りで高度経済成長のときからずっと住んでいるような家なんて限られますけど。今はベッドタウンになってから越してきた人たちばかりですし」
「教えてもらえますか!?」
「まあ……それくらいならば個人情報にもならないでしょうし」

 そう言いながら、氏子の管理をしている帳簿を見に行ってくれ、数人ばかり教えてくれた。
 ……やっぱり。私は何度も何度も頭を下げてから、駆けていった。
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