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一周目:こんな終わり方がしたかった訳じゃない
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私たちグループがバラバラになるのが決まったのは、本当に突然だった。
「このたび、我が校は校舎老朽化に伴い、新築校舎のある隣町の高校と合併することになりました」
校長先生の言葉が、私の鼓膜に突き刺さる。
なんでこんなこと言うんだろう。そうぼんやりと思った。
このところ、うちの町の行政はいい加減だった。とにかくなんでもかんでも合併を促して、学校はどんどん減っていた。
そんな中、とうとううちの学校の廃校も決定してしまったのだ。私たちはまだ、卒業まで一年時間を残しているっていうのに。
「こういうのって、もっと早くに言うもんじゃない? いくらなんでも横暴じゃない?」
全校朝礼が終わったあと、プリプリ文句を言っていたのは、親友の菜々子ちゃんだった。髪の毛に緩いウェーブをかけ、肩までの長さで切っている。爪だって透明のマニキュアを付けてピカピカ光っているし、風紀の先生がギリギリ見逃すようなナチュラルメイクで全身輝いている。その上本人は声優を目指して、毎日トレーニングを怠らない努力家だった。
菜々子ちゃんの言葉に、私は「そうだね……」と言った。
「そうだそうだ、横暴だ。もっと早くに言うものだっていうのに、なんで思いつきみたいなこと言うのかね大人ってのは」
そう菜々子に乗って文句を言ってきたのは海斗くんだった。
うちの地元じゃ有名なスーパーマーケットの社長の息子だけれど、よく聞くような成金仕草は一切しない。竹を割ったような性格で、物事についてすぐ白黒はっきり付けたがる。髪は短く切ってなんとか頑張ってワックスを使っていい感じに跳ねさせようとしているけれど、ものの見事に失敗しているのもご愛敬だ。
私たちが文句を言っているのを「まあまあ」と宥めたのは、私たちのグループの中で一番大人びている大輝くんだった。
「こういうのって、表に出るのが遅かっただけで、本当だったらもっと早くに決まっていたはずだから」
「えー、大輝。でもさ、あたしたち全然なーんの説明も受けてないよ。それにさ、隣町の高校なんてさ、無理じゃん」
大輝くんの言葉を、菜々子ちゃんがばっさりと否定する。
そうなんだ。隣町っていうと、都会の人たちだったら、歩いて十分だったのが二十分くらいかかるのかくらいにしか思わないけれど。
うちの学校は、私たちの住んでいる町の唯一の高校だった。それが隣町の高校に合併して行くとなったら、今までは徒歩十分でよかったのが、電車で二時間に変わってしまう。それくらい離れているのに「合併」と言い張るのは横暴過ぎるし、もっと早くに言ってくれと思っても仕方ないと思う。
菜々子ちゃんの言葉に、大輝くんは困ったように笑った。
大輝くんは物腰柔らかい人で、お父さんは銀行マンだと聞いている。出張や転校の多い人だったから、大人の言い分を「仕方ない」と飲み込んでしまう性分になってしまったのかもしれない。
「僕もそんなのよくないと思うし、もっと早くに言うべきだったと思うよ。実際に、僕も親からどうせ転校するなら、私立はどうだって、もっと近い高校に掛け合いはじめたから」
「ええ……」
話が大きくなって、私は目眩を覚えた。
どうせ学校が廃校したところで、皆横暴だ横暴だ大人の身勝手だと言いながら、同じ学校に編入して、そのまま卒業するんだと思っていたから、突然の大輝くんの転校は想定していなかった。
それにはさすがに海斗くんも「マジかよ……」と呟いた。
私はそれに「そうなんだ……」と呟いた。
「うん、そうなんだ。だから、最後の思い出に春休み、どこか遊びに行かない?」
「……まあ、そうだよなあ。ここで横暴だ横暴だって文句言うより、一年早い卒業旅行に勤しんだほうがマシかあ」
「ああ、それならあたし、遊園地行きたい! 大きいところ!」
「アトラクションの待ち時間とか考えないと駄目だね」
全く馴染みのない校歌。愛着のない制服。全然覚えのない道を体がクタタになるまで行使して登下校を繰り返さないといけない漠然とした不安や恐怖を払拭しようと、私たちは精一杯はしゃいだ。
私たち男女四人グループが、グループ内で特に付き合うこともなく、なんとなくつるむようになったのは、ただ学校が同じだったから。それだけだった。
私はアニメが特に好きじゃないドラマ好きだし、菜々子ちゃんみたいに「こんな町出てってやる」が口癖になるほど地元が嫌いじゃない。
大輝くんみたいに優しくって聡明じゃないし、海斗くんみたいに一本筋が通っているような快活さもない。
そこで大輝くんがいなくなってしまったら、私たちはそのあとも一緒にいられるんだろうか。
皆が一生懸命卒業旅行で出かける遊園地の段取りを考えている中、私は窓の外を眺めていた。近所には墓場が広がっているし、マンションはニョキニョキと生えてくるし、本当にちぐはぐなのが私たちの町だった。
このちぐはぐさが好きで、このままでいて欲しいって思っている私が間違っているんだろうか。漠然とそう思っていた。
****
高校時代の頃を夢に見たのは、久々に家に帰れたからだろうか。
私は何時間寝ても疲れない体をよろよろと起こして、朝ご飯の準備をした。最近は夜勤が増えてしまい、体がリセットしきれずに夜を引き摺っている。
なんとか起き上がると、私は歯磨きをしながらぼんやりと窓の外を眺めていた。
高校時代に引っ越したマンションから見える景色は、私の高校時代よりももっとごっちゃりとしていた。近所にあったはずの工場跡は綺麗になくなって、今は民家が並んでいる。
前は海岸が見えて海岸から打ち上げられる花火が見えていた方角にはマンションが通せんぼするように立ち、花火の音がしても空が狭くてなにも見えなくなった。
そんなことを思い返しながら、私はうがいをしに洗面所に戻った。
家から出られない理由は、うちの近所に住んでいるおばあちゃんが倒れたからだった。元々足腰の弱いおばあちゃんは、施設に入れたくても空きがなく、毎日お母さんが通っている。お母さんだってパートで働いているものだから、私も休みの日に出かけて買い物なりなんなり手伝っていた。ヘルパーさんも頼んではいるものの、おばあちゃんが病気のときは当然行ける訳がなく、私たちが顔を見せに行かなければいけなかった。
本当だったらもうちょっと大きくってもうちょっとホワイトな病院に就職する予定だった私は、予定を変えて地元で働ける病院を選ばなければならず、あまり高くないお給料をもらって、かつかつのまま生きている。
高校時代のことを夢に見てしまったのは、私の人生の精彩が、あのときを最後に欠けてしまったからだろう。
菜々子ちゃんは高校卒業と同時に「東京の専門学校に行く!」と言って本当に声優になってしまった。本人はアニメに出て主題歌歌えるようなポジションになりたいらしいけれど、前に教えてもらったサイトで、本人のさばけた雰囲気からは似ても似つかない色っぽい女の人の音声データを販売している。すごい売上らしいけれど、本人曰く「アニメに出たい」らしい。声優って言うのも大変だ。
海斗くんは地元の私大を卒業してから、家のスーパーマーケットの店を一軒引き継いだ。まだ社長は継いでないらしい。
どんどんと萎びていく地元を見かねて、動画サイトやらイベントやらでとにかく盛り上げよう知ってもらおうと頑張っているものの、いまいち空回って盛り上がりに欠けている。
私たちは高校卒業してから十年。なんとなくあの頃思い描いていたのとは「これじゃない」感が強い人生をどうにか生きていた。
「このたび、我が校は校舎老朽化に伴い、新築校舎のある隣町の高校と合併することになりました」
校長先生の言葉が、私の鼓膜に突き刺さる。
なんでこんなこと言うんだろう。そうぼんやりと思った。
このところ、うちの町の行政はいい加減だった。とにかくなんでもかんでも合併を促して、学校はどんどん減っていた。
そんな中、とうとううちの学校の廃校も決定してしまったのだ。私たちはまだ、卒業まで一年時間を残しているっていうのに。
「こういうのって、もっと早くに言うもんじゃない? いくらなんでも横暴じゃない?」
全校朝礼が終わったあと、プリプリ文句を言っていたのは、親友の菜々子ちゃんだった。髪の毛に緩いウェーブをかけ、肩までの長さで切っている。爪だって透明のマニキュアを付けてピカピカ光っているし、風紀の先生がギリギリ見逃すようなナチュラルメイクで全身輝いている。その上本人は声優を目指して、毎日トレーニングを怠らない努力家だった。
菜々子ちゃんの言葉に、私は「そうだね……」と言った。
「そうだそうだ、横暴だ。もっと早くに言うものだっていうのに、なんで思いつきみたいなこと言うのかね大人ってのは」
そう菜々子に乗って文句を言ってきたのは海斗くんだった。
うちの地元じゃ有名なスーパーマーケットの社長の息子だけれど、よく聞くような成金仕草は一切しない。竹を割ったような性格で、物事についてすぐ白黒はっきり付けたがる。髪は短く切ってなんとか頑張ってワックスを使っていい感じに跳ねさせようとしているけれど、ものの見事に失敗しているのもご愛敬だ。
私たちが文句を言っているのを「まあまあ」と宥めたのは、私たちのグループの中で一番大人びている大輝くんだった。
「こういうのって、表に出るのが遅かっただけで、本当だったらもっと早くに決まっていたはずだから」
「えー、大輝。でもさ、あたしたち全然なーんの説明も受けてないよ。それにさ、隣町の高校なんてさ、無理じゃん」
大輝くんの言葉を、菜々子ちゃんがばっさりと否定する。
そうなんだ。隣町っていうと、都会の人たちだったら、歩いて十分だったのが二十分くらいかかるのかくらいにしか思わないけれど。
うちの学校は、私たちの住んでいる町の唯一の高校だった。それが隣町の高校に合併して行くとなったら、今までは徒歩十分でよかったのが、電車で二時間に変わってしまう。それくらい離れているのに「合併」と言い張るのは横暴過ぎるし、もっと早くに言ってくれと思っても仕方ないと思う。
菜々子ちゃんの言葉に、大輝くんは困ったように笑った。
大輝くんは物腰柔らかい人で、お父さんは銀行マンだと聞いている。出張や転校の多い人だったから、大人の言い分を「仕方ない」と飲み込んでしまう性分になってしまったのかもしれない。
「僕もそんなのよくないと思うし、もっと早くに言うべきだったと思うよ。実際に、僕も親からどうせ転校するなら、私立はどうだって、もっと近い高校に掛け合いはじめたから」
「ええ……」
話が大きくなって、私は目眩を覚えた。
どうせ学校が廃校したところで、皆横暴だ横暴だ大人の身勝手だと言いながら、同じ学校に編入して、そのまま卒業するんだと思っていたから、突然の大輝くんの転校は想定していなかった。
それにはさすがに海斗くんも「マジかよ……」と呟いた。
私はそれに「そうなんだ……」と呟いた。
「うん、そうなんだ。だから、最後の思い出に春休み、どこか遊びに行かない?」
「……まあ、そうだよなあ。ここで横暴だ横暴だって文句言うより、一年早い卒業旅行に勤しんだほうがマシかあ」
「ああ、それならあたし、遊園地行きたい! 大きいところ!」
「アトラクションの待ち時間とか考えないと駄目だね」
全く馴染みのない校歌。愛着のない制服。全然覚えのない道を体がクタタになるまで行使して登下校を繰り返さないといけない漠然とした不安や恐怖を払拭しようと、私たちは精一杯はしゃいだ。
私たち男女四人グループが、グループ内で特に付き合うこともなく、なんとなくつるむようになったのは、ただ学校が同じだったから。それだけだった。
私はアニメが特に好きじゃないドラマ好きだし、菜々子ちゃんみたいに「こんな町出てってやる」が口癖になるほど地元が嫌いじゃない。
大輝くんみたいに優しくって聡明じゃないし、海斗くんみたいに一本筋が通っているような快活さもない。
そこで大輝くんがいなくなってしまったら、私たちはそのあとも一緒にいられるんだろうか。
皆が一生懸命卒業旅行で出かける遊園地の段取りを考えている中、私は窓の外を眺めていた。近所には墓場が広がっているし、マンションはニョキニョキと生えてくるし、本当にちぐはぐなのが私たちの町だった。
このちぐはぐさが好きで、このままでいて欲しいって思っている私が間違っているんだろうか。漠然とそう思っていた。
****
高校時代の頃を夢に見たのは、久々に家に帰れたからだろうか。
私は何時間寝ても疲れない体をよろよろと起こして、朝ご飯の準備をした。最近は夜勤が増えてしまい、体がリセットしきれずに夜を引き摺っている。
なんとか起き上がると、私は歯磨きをしながらぼんやりと窓の外を眺めていた。
高校時代に引っ越したマンションから見える景色は、私の高校時代よりももっとごっちゃりとしていた。近所にあったはずの工場跡は綺麗になくなって、今は民家が並んでいる。
前は海岸が見えて海岸から打ち上げられる花火が見えていた方角にはマンションが通せんぼするように立ち、花火の音がしても空が狭くてなにも見えなくなった。
そんなことを思い返しながら、私はうがいをしに洗面所に戻った。
家から出られない理由は、うちの近所に住んでいるおばあちゃんが倒れたからだった。元々足腰の弱いおばあちゃんは、施設に入れたくても空きがなく、毎日お母さんが通っている。お母さんだってパートで働いているものだから、私も休みの日に出かけて買い物なりなんなり手伝っていた。ヘルパーさんも頼んではいるものの、おばあちゃんが病気のときは当然行ける訳がなく、私たちが顔を見せに行かなければいけなかった。
本当だったらもうちょっと大きくってもうちょっとホワイトな病院に就職する予定だった私は、予定を変えて地元で働ける病院を選ばなければならず、あまり高くないお給料をもらって、かつかつのまま生きている。
高校時代のことを夢に見てしまったのは、私の人生の精彩が、あのときを最後に欠けてしまったからだろう。
菜々子ちゃんは高校卒業と同時に「東京の専門学校に行く!」と言って本当に声優になってしまった。本人はアニメに出て主題歌歌えるようなポジションになりたいらしいけれど、前に教えてもらったサイトで、本人のさばけた雰囲気からは似ても似つかない色っぽい女の人の音声データを販売している。すごい売上らしいけれど、本人曰く「アニメに出たい」らしい。声優って言うのも大変だ。
海斗くんは地元の私大を卒業してから、家のスーパーマーケットの店を一軒引き継いだ。まだ社長は継いでないらしい。
どんどんと萎びていく地元を見かねて、動画サイトやらイベントやらでとにかく盛り上げよう知ってもらおうと頑張っているものの、いまいち空回って盛り上がりに欠けている。
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