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そうだ、風邪の看病をしよう
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火鉢を買ってきて、台所で餅を焼いたり煮物をつくったりするようにしている内に、冬になった。廊下を歩くだけで底冷えする寒さに、私は「うううううう……」と声を上げる。廊下にストーブを置いておいて大丈夫なのかな。それとももっと大きめの空調買って、家全体を温めたほうがいいんだろうか。でもそれってもう、業務用じゃないかな。
できるできないはともかく、私がそう思いながら一階に降りたとき。既に春陽さんがいたものの、今日は台所はなんの匂いもしない。
「おはようー、あれ春陽さん、もう朝ご飯食べ終わった?」
「あー……すみません、美奈穂さん。今日はちょっと……」
よく見たら顔は真っ赤だ。目は充血しているし……私は慌てて春陽さんの額に「ごめんね」と手を当てて私の分と確認した。どう考えても、私よりもあなり高い。
「……春陽さん、風邪引いた?」
「すみません……なんか食べてから薬飲んで横になろうとしたんですけど……」
「いやいやいや、なんのための同居なの。言ってくれたらお粥用意するし、薬も出すから! 春陽さん、食事お粥なら食べられそう? 卵粥? 白粥?」
「あはは……大袈裟ですよぉ……じゃあ白粥で」
「オッケー。春陽さんはもう今日は一回休み。さっさと寝て」
「はあい……」
春陽さんがすごすごと自室に戻ったのを見計らって、私は炊飯器の中身を確認した。
ご飯をお茶碗一杯分よそうと鍋に入れ、そこに水をガンガン入れて煮はじめた。本当だったら、ひと晩ご飯を水に付けてふやかしたものを煮たほうが楽なんだけれど、浸けておく時間がないから、このまんま煮る。
お水でくつくつ煮たところで、火を止める。あんまり煮過ぎたらご飯から糊が錬成されてしまうから、できる限りさらさらに煮ておく。
カフェボウルにお粥を入れ、れんげを添えると、お盆に載せる。ついでに熱冷ましの薬と水も。薬箱から熱冷ましを一錠取り出すとそれもお盆に載せて春陽さんの部屋まで運ぶことにした。
私は襖越しに声をかける。
「春陽さん。お粥できたけど食べられる?」
「はあい……」
「じゃあ開けるよ」
春陽さんの部屋は、私のほぼ仕事部屋の部屋よりもすっきりとした部屋をしている。本棚に入っているのは彼女がかかわった料理関連の本に主婦雑誌だ。その中で彼女は布団を敷いて横になっていたのを、むくりと起き上がった。
「すみません……いきなりご迷惑をおかけして」
「いやいや、そのための同居じゃないの? はい、お粥」
「わあ……ありがとうございます」
彼女はそれをゆるゆると食べはじめた。私のお粥なんて本当に大したことないけれど、それをおいしそうに食べられるのは、なんだかちょっぴり複雑だ。
「おいしいです……」
「いや、これご飯を水で煮ただけで、誰でもできるからね?」
「そんなことないですよ……わたしだったら、どうしても糊になってしまいますし」
「まあ……慣れてないとそうなるのかな?」
「そうですよ」
カフェボウルのお粥を全部平らげた彼女は、薬を水で飲んでころんと寝転がった。私は春陽さんに尋ねる。
「じゃあちょっと車で走ってスポーツドリンクとかお粥のおかわりとか買ってくるけど、他になにか食べられそうなものはある?」
「うーんと……卵酒。わたし普段卵酒飲んで治してましたから」
「卵酒ねえ……まあわかった。なんとかする」
卵入れてあっためたお酒で飲むあれって、体は温まるけどアルコールを消費する際に熱が奪われるんだよなあ……風邪引いてるときって体を温めるのが基本で、体の熱を奪って大丈夫なんだろうか。民間療法は謎だ。
スマホで卵酒のレシピを検索してから、とりあえず買い物に行くことにした。
そういえば。私は車で走りながらふと思い至る。
風邪ひいてるときなんて大概ひとりだったから、人の世話なんて受けたことがないなあ。まさか、風邪引いた同居人の世話をすることになるとは思ってなかったし、人生って本当に意外なことで満ち溢れているなと痛感した。
****
冷蔵庫には冷凍うどんはあったし、夜はそれにしよう。卵酒に使う日本酒とスポーツドリンク、念のために熱冷ましの薬を買い足してから、家に帰ることにした。
台所にボウルと泡立て器、小鍋を取り出して、スマホでレシピを見ながらつくってみることにした。
小鍋に水を入れて火をかける。そしてその上にボウルを乗せ、その中に日本酒、卵、砂糖を入れて湯煎のまま泡立てる。完全に混ざり、とろみがついたら完成、と。
私はひくひくと鼻を動かす。日本酒の匂いしかしないし、これが本当にいいのかなと訝しがりつつも、それを湯飲みに注いだ。私も自分用にちょこんとだけ注いで、ひと口飲んでみる。
「うーん……結構おいしい?」
ベースは日本酒だし、卵が入っていても日本酒が主張するのだけれど、卵のおかげで日本酒の味がマイルドになっている気がする。砂糖をちょっと入れたのも、味わいやすくするためなんだろう。
とりあえずそれを持っていくことにした。
「春陽さん、起きてる? 寝てる?」
確認すると、小さく「はあい」と聞こえたから、そのまま開けた。私が卵酒を差し出すと、彼女は目を輝かせて「ありがとうございます、いただきます」とそれを一気飲みした。これ、一気飲みするものでもないと思うけど。
「はあ……ありがとうございます。落ち着きました」
そうしみじみと言う。
「いや、私のほうこそ普段からお世話になっているし」
「なんか……こう優しくされるのっていいですね。風邪引いてるといって、いっつも不安でしたから」
「そう? でも春陽さん。ずっと彼氏といたのに。看病とかは……」
「あー……」
春陽さんは苦笑しながら言った。
「わたし、どうにも人の優しさっていうのを求め過ぎてしまうみたいで。だいたいの人に『疲れた』って言われてしまうんですよね」
「そう? 私は春陽さんといるの、楽だけれど」
「だって美奈穂さんって、最低限のことはしてるじゃないですかあ。わたし、自分が優しくしている分だけ、人に対しても同等のを求めてしまうんで。なんか無償の愛が信じられないというか。風邪引いたときなんか、それが如実に出て、別れてしまうんですよね」
「……前のときも?」
「はい。わたし、仕事が詰まり過ぎて、無理してとうとう倒れちゃったんですよね。でも体がフラフラし過ぎて、病院に行く体力すらなくって、とにかく寝るしかなかった。そのとき、彼氏に言われちゃったんですよ。『俺の今日のご飯どうするの?』って」
…………。
いや。いやいやいや。
それは男女問わず駄目だし、風邪引いている中そんなこと言われたら、普通に「無理」と思って別れるでしょ。なんで春陽さんが悪いことになってるの。
「いや、それは普通に彼氏さんが悪くない?」
「そうなんでしょうか? わたしが優しくし過ぎて、ありがたみがなくなっちゃったのかなと思ってました」
「それ以前に大の大人はコンビニ行くなりデリバリー頼むなりすれば、普通にその日のご飯くらい調達できるよね? 風邪引いてる人が無理してご飯つくって、悲しくなって別れた挙げ句に『自分が求め過ぎたから』って落ち込むって、それおかしくない?」
春陽さんは目をぱちくりとさせた。本当にそんなこと思ってもみなかったという具合に。
彼女が男運ないとは聞いていたけれど、まさかこれほどのものとはこちらは思ってもみなかった。今は誰とも付き合ってないからいいけど、また変な人に引っ掛かったら駄目だろう。
私はきっぱりと言った。
「体調不良のときは、休むものだから。体調不良のときは普通に変わるから。それができない人とは、別れたってそりゃ当然としか言えないからね。春陽さんはなんも悪くない」
「……そうだったんですね」
途端に彼女は目尻に涙を溜めはじめた。そして、そのまま嗚咽を上げて泣き出してしまった。って、これ私が悪いの!? 私はオロオロオロと、ただ狼狽える。
「ご、ごめん……別にあなたを泣かせたかった訳では……」
「い……いえ……ただ嬉しかったんです……わたし、駄目なのかな無理なのかなとばかり思ってたんで。別れるたびに、わたしがいけなかったんだって、自虐して、し続けて……」
「本当に! あなたはなんにも悪くないから! 泣かないで!」
私がそう必死に訴えると、彼女は涙を拭いて笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます」
……私がこの子を見つけて拾わなかったら、どうなっていたんだろうと唐突に思った。
彼女の優しさが付け込まれないように、彼女の優しさが損なわれないように。もしシェアハウスを解散することになっても、彼女が笑顔で仕事ができればいいのにと、本当にそんなことを願ったんだ。
できるできないはともかく、私がそう思いながら一階に降りたとき。既に春陽さんがいたものの、今日は台所はなんの匂いもしない。
「おはようー、あれ春陽さん、もう朝ご飯食べ終わった?」
「あー……すみません、美奈穂さん。今日はちょっと……」
よく見たら顔は真っ赤だ。目は充血しているし……私は慌てて春陽さんの額に「ごめんね」と手を当てて私の分と確認した。どう考えても、私よりもあなり高い。
「……春陽さん、風邪引いた?」
「すみません……なんか食べてから薬飲んで横になろうとしたんですけど……」
「いやいやいや、なんのための同居なの。言ってくれたらお粥用意するし、薬も出すから! 春陽さん、食事お粥なら食べられそう? 卵粥? 白粥?」
「あはは……大袈裟ですよぉ……じゃあ白粥で」
「オッケー。春陽さんはもう今日は一回休み。さっさと寝て」
「はあい……」
春陽さんがすごすごと自室に戻ったのを見計らって、私は炊飯器の中身を確認した。
ご飯をお茶碗一杯分よそうと鍋に入れ、そこに水をガンガン入れて煮はじめた。本当だったら、ひと晩ご飯を水に付けてふやかしたものを煮たほうが楽なんだけれど、浸けておく時間がないから、このまんま煮る。
お水でくつくつ煮たところで、火を止める。あんまり煮過ぎたらご飯から糊が錬成されてしまうから、できる限りさらさらに煮ておく。
カフェボウルにお粥を入れ、れんげを添えると、お盆に載せる。ついでに熱冷ましの薬と水も。薬箱から熱冷ましを一錠取り出すとそれもお盆に載せて春陽さんの部屋まで運ぶことにした。
私は襖越しに声をかける。
「春陽さん。お粥できたけど食べられる?」
「はあい……」
「じゃあ開けるよ」
春陽さんの部屋は、私のほぼ仕事部屋の部屋よりもすっきりとした部屋をしている。本棚に入っているのは彼女がかかわった料理関連の本に主婦雑誌だ。その中で彼女は布団を敷いて横になっていたのを、むくりと起き上がった。
「すみません……いきなりご迷惑をおかけして」
「いやいや、そのための同居じゃないの? はい、お粥」
「わあ……ありがとうございます」
彼女はそれをゆるゆると食べはじめた。私のお粥なんて本当に大したことないけれど、それをおいしそうに食べられるのは、なんだかちょっぴり複雑だ。
「おいしいです……」
「いや、これご飯を水で煮ただけで、誰でもできるからね?」
「そんなことないですよ……わたしだったら、どうしても糊になってしまいますし」
「まあ……慣れてないとそうなるのかな?」
「そうですよ」
カフェボウルのお粥を全部平らげた彼女は、薬を水で飲んでころんと寝転がった。私は春陽さんに尋ねる。
「じゃあちょっと車で走ってスポーツドリンクとかお粥のおかわりとか買ってくるけど、他になにか食べられそうなものはある?」
「うーんと……卵酒。わたし普段卵酒飲んで治してましたから」
「卵酒ねえ……まあわかった。なんとかする」
卵入れてあっためたお酒で飲むあれって、体は温まるけどアルコールを消費する際に熱が奪われるんだよなあ……風邪引いてるときって体を温めるのが基本で、体の熱を奪って大丈夫なんだろうか。民間療法は謎だ。
スマホで卵酒のレシピを検索してから、とりあえず買い物に行くことにした。
そういえば。私は車で走りながらふと思い至る。
風邪ひいてるときなんて大概ひとりだったから、人の世話なんて受けたことがないなあ。まさか、風邪引いた同居人の世話をすることになるとは思ってなかったし、人生って本当に意外なことで満ち溢れているなと痛感した。
****
冷蔵庫には冷凍うどんはあったし、夜はそれにしよう。卵酒に使う日本酒とスポーツドリンク、念のために熱冷ましの薬を買い足してから、家に帰ることにした。
台所にボウルと泡立て器、小鍋を取り出して、スマホでレシピを見ながらつくってみることにした。
小鍋に水を入れて火をかける。そしてその上にボウルを乗せ、その中に日本酒、卵、砂糖を入れて湯煎のまま泡立てる。完全に混ざり、とろみがついたら完成、と。
私はひくひくと鼻を動かす。日本酒の匂いしかしないし、これが本当にいいのかなと訝しがりつつも、それを湯飲みに注いだ。私も自分用にちょこんとだけ注いで、ひと口飲んでみる。
「うーん……結構おいしい?」
ベースは日本酒だし、卵が入っていても日本酒が主張するのだけれど、卵のおかげで日本酒の味がマイルドになっている気がする。砂糖をちょっと入れたのも、味わいやすくするためなんだろう。
とりあえずそれを持っていくことにした。
「春陽さん、起きてる? 寝てる?」
確認すると、小さく「はあい」と聞こえたから、そのまま開けた。私が卵酒を差し出すと、彼女は目を輝かせて「ありがとうございます、いただきます」とそれを一気飲みした。これ、一気飲みするものでもないと思うけど。
「はあ……ありがとうございます。落ち着きました」
そうしみじみと言う。
「いや、私のほうこそ普段からお世話になっているし」
「なんか……こう優しくされるのっていいですね。風邪引いてるといって、いっつも不安でしたから」
「そう? でも春陽さん。ずっと彼氏といたのに。看病とかは……」
「あー……」
春陽さんは苦笑しながら言った。
「わたし、どうにも人の優しさっていうのを求め過ぎてしまうみたいで。だいたいの人に『疲れた』って言われてしまうんですよね」
「そう? 私は春陽さんといるの、楽だけれど」
「だって美奈穂さんって、最低限のことはしてるじゃないですかあ。わたし、自分が優しくしている分だけ、人に対しても同等のを求めてしまうんで。なんか無償の愛が信じられないというか。風邪引いたときなんか、それが如実に出て、別れてしまうんですよね」
「……前のときも?」
「はい。わたし、仕事が詰まり過ぎて、無理してとうとう倒れちゃったんですよね。でも体がフラフラし過ぎて、病院に行く体力すらなくって、とにかく寝るしかなかった。そのとき、彼氏に言われちゃったんですよ。『俺の今日のご飯どうするの?』って」
…………。
いや。いやいやいや。
それは男女問わず駄目だし、風邪引いている中そんなこと言われたら、普通に「無理」と思って別れるでしょ。なんで春陽さんが悪いことになってるの。
「いや、それは普通に彼氏さんが悪くない?」
「そうなんでしょうか? わたしが優しくし過ぎて、ありがたみがなくなっちゃったのかなと思ってました」
「それ以前に大の大人はコンビニ行くなりデリバリー頼むなりすれば、普通にその日のご飯くらい調達できるよね? 風邪引いてる人が無理してご飯つくって、悲しくなって別れた挙げ句に『自分が求め過ぎたから』って落ち込むって、それおかしくない?」
春陽さんは目をぱちくりとさせた。本当にそんなこと思ってもみなかったという具合に。
彼女が男運ないとは聞いていたけれど、まさかこれほどのものとはこちらは思ってもみなかった。今は誰とも付き合ってないからいいけど、また変な人に引っ掛かったら駄目だろう。
私はきっぱりと言った。
「体調不良のときは、休むものだから。体調不良のときは普通に変わるから。それができない人とは、別れたってそりゃ当然としか言えないからね。春陽さんはなんも悪くない」
「……そうだったんですね」
途端に彼女は目尻に涙を溜めはじめた。そして、そのまま嗚咽を上げて泣き出してしまった。って、これ私が悪いの!? 私はオロオロオロと、ただ狼狽える。
「ご、ごめん……別にあなたを泣かせたかった訳では……」
「い……いえ……ただ嬉しかったんです……わたし、駄目なのかな無理なのかなとばかり思ってたんで。別れるたびに、わたしがいけなかったんだって、自虐して、し続けて……」
「本当に! あなたはなんにも悪くないから! 泣かないで!」
私がそう必死に訴えると、彼女は涙を拭いて笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます」
……私がこの子を見つけて拾わなかったら、どうなっていたんだろうと唐突に思った。
彼女の優しさが付け込まれないように、彼女の優しさが損なわれないように。もしシェアハウスを解散することになっても、彼女が笑顔で仕事ができればいいのにと、本当にそんなことを願ったんだ。
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