ふたりぼっちで食卓を囲む

石田空

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そうだ、レストランに行こう

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 買い出し以外で車を飛ばすのは久し振りで、私は春陽さんにナビゲートしてもらいながら、車を走らせていた。
 海の近くののどかな風景は一転、だんだん畑の多い区画へと入っていく。

「いつも買っている農家の野菜って一カ所なの?」
「いいえ、同じ区画にある農家から、それぞれ買っているんですよ。今向かっているレストランもそこの奥さんたちが作業の合間に経営している店なんです」
「へえ……」

 だとしたら家庭料理みたいな店なのかな。そう思っていたら、春陽さんが「あっちです!」と窓を開けて指差した。
 見えてきたのは、本当に農家の納屋を改装したって感じの店だ。車がそこそこ停まってあるところからして、知る人ぞ知る店って感じのようだ。
 車から降りて中に入ると、店員さんに「すみません、予約した兼平です」と挨拶をすると、店員さんがぱっと顔を明るくさせて案内してくれた。

「あら、渡瀬さん久し振り! こちらはお友達?」
「大家さんです」

 ずいぶんな紹介の仕方だ。そう思いながらも、私は「大家の兼平です」と挨拶すると、店員さんは破顔しながら「大家さんの口にも合うといいんですけど」と言いながら、メニューを持ってきてくれた。
 てっきりもっと牧歌的な家庭料理が出てくると思っていたのに、メニューに書かれているのは家庭料理は家庭料理でもフランスとかの家庭料理だ。ランチコースの内容を挙げてみても、野菜のテリーヌ、ラタトゥーユ、ブロッコリーのアミューズなどなど、どれもこれも家庭料理ながら本格的な様子。

「びっくりした。もっと日本的な家庭料理家と思ってたんだけれど」
「あー、最初はここも、素朴な日本風の家庭料理がメインだったんですけど、日本風のって割と塩分が多いじゃないですか。農家の皆さん、仕事の合間にビールとおつまみで結構塩分過多なんで、どうにかならないかと試行錯誤した結果、野菜の味をもっと引き出せるものとフランス料理に方向転換されたんだと聞きました」
「私、フランス料理ってもっとこう、生クリームとバターの印象があったんだけれど」
「あー……結構日本で出回っているフランス料理は、宮廷料理のアレンジですよね。でもフランスって元々農業大国ですから、野菜料理多いんですよ」
「なるほど」

 とりあえずランチメニューを注文すると、早速前菜が届いた。
 前菜に届いたのは秋野菜のテリーヌだ。見ると野菜が宝石のようにきらめいていて、思わず「ほぉー……」と感嘆の声を上げてしまった。

「ここのテリーヌ、本当においしいんですよ。野菜の旨味がぎゅっと凝縮していて」
「そうなんだ……いただきます」

 ナイフとフォークで切り分けて口の中に含む。
 テリーヌ自体は、コンソメジュレで野菜を固めたゼリー風の料理のはずなんだけれど。
 ……すごい、秋ナスの甘さがフルーツみたいだし、ごぼうとレンコンのしゃきしゃき具合が食感のいいアクセントになっている。他に入っているのは……玉ねぎとにんじん。色合いのために入れられたであろうブロッコリーも瑞々しい甘さでおいしい。
 夢中で食べていたら、気付けばお皿の上はあっという間に空になっていた。

「……まさか一品目でここまでおいしいものが来るなんて思わなかった」
「でしょ? すごいでしょ? ここ、本当に隠れた名店で、奥さん方が日々研究しているんで、来るたびにおいしくなっているんですよぉ」
「うん。そりゃ車でも人が来ると思う」

 続いてやって来たのは、黒いポタージュだった。

「お待たせしました。里芋のポタージュです」
「里芋」

 あれって料理するとき、いつも手が痒くなるだよなあ。そう思いながらポタージュを口にする。春陽さんがつくってくれるポタージュもおいしいけれど、この里芋のポタージュも負けず劣らずな味だ。
 舌触りはぬちっとした感触なのに、後味がいい。里芋が入っているのはわかるけれど、他になにが入っているのか全然わからない。首を傾げながらポタージュを飲んでいると、春陽さんも味わいながら飲んでいるのに気付く。

「これ……香り付けにわずかにごぼうが入っていますね」
「嘘っ、全然気付かなかった……」
「里芋とごぼうって相性いいですからね。互いの香りを邪魔しませんし。それにごぼうは野菜の出汁にも使えるんで便利なんですよね」
「そうだったんだ……」

 夢中で飲んだけれど、やっぱりおいしいなという以外わからず、ごぼうがどこに入っているのかなんてわからなかった。
 続いて出てきたものは、メインのはずだけれど、その見た目に私はきょとんとしてしまった。大きめのトマトの中に肉がギューギューに詰め込まれている。トマトの肉詰めかな。そう思っていたら、店員さんが教えてくれた。

「こちらはトマトのファルシになります」
「はあ……」

 これは聞いたことがないなと思いながらフォークを入れる。火の通ったトマトは存外崩れやすいんだけれど、ひと口食べて驚いた。ただトマトを肉詰めにしただけかなと思っていたのに、焼いたトマトがそのまんまソースになっているんだ。挽肉自体にもしっかり味付けがしてあるから、余計にトマトの旨味を感じる。

「おいしい……」
「はい、ファルシは野菜を丸ごと食べようってコンセプトの料理ですから。ピーマンの肉詰めと違って、取った中身も大事に使おうってことで、肉の中にもトマトの果肉が使われてますね。野菜がおいしいから、余計においしく感じるはずです」
「本当に、びっくりするほどおいしくって驚いた」
「肉の味付けがいいせいもあるんでしょうね。これあとで聞いておきますから、これ家でもつくってみましょうか」
「え、いいの?」

 レシピとかって盗んだらまずいんじゃ。そう思ったけれど、春陽さんは「あはは」と笑う。

「そりゃそのレシピを私が考案しましたって言って発表して、あろうことかそれでお金を取ったら問題になりますけど。おいしかった料理を家でつくって真似してみようってことは誰だってしますよ。ましてやファルシはフランス料理ですから」
「あっ、そっか……」

 おいしいおいしいと食べていたら、あっという間に空になってしまい、もっとゆっくり食べればよかったと後悔が募る。
 それにしても、春陽さんは普段からここに来てたんだなあとしみじみとした。

「普段からここで?」
「はい。野菜がものすごくおいしいですから、ここでたびたび奥さんだけでなく旦那さんとも話をして、おいしい料理のしかたを教わってたんですよ。採れ立ての物や車で運んだら傷んでしまうものなんかは、ここでしか食べられませんしね」
「まあ、たしかに……」
「今出てきたトマトも、皮が薄過ぎて市販では流通してないんですよ。ここでしか食べられないかと思います」
「あっ、さっきの旨味が凝縮したファルシ……」
「だからここでトマトジュースや野菜ジュースに加工して販売してるんですよね。野菜として食べられるのはここだけです。こういうのも、たまには食べないと駄目ですよねえ」
「本当に……」

 知れば知るほど野菜って奥が深い。野菜料理ってなにが出るんだろうなあと暢気に思っていた自分に「無茶苦茶おいしい」と当たり前なことを教えたい。本当においしいから。
 最後に出てきたのは、パウンドケーキに生クリームを添えたものだったけれど、パウンドケーキに入っていたのはどれもこれもフルーツのように甘いドライ野菜だった。にんじんにトマトに、なす……干したものを細かく砕いて、さらにブランデーに漬け込んで戻したという手間暇のかかるものだ。

「私、春陽さんより楽しんじゃってよかった?」
「いえ、無茶苦茶おいしいんで、一緒に食べてくれる人が欲しかったんですよね。わたしの知り合い、残念ながら野菜嫌いが多過ぎて、農家のレストランって言っただけで来てくれなかったんで、わたしひとりで食べてました。だからこうやっておいしいおいしいと言いながら食べられるのは新鮮です」

 それに平田さんの言っていた「男運が悪い」の言葉が頭を掠める。
 ……春陽さん、うっかり料理が上手かったばかりに、野菜嫌いの人まで彼氏になってたんだなあ。でも同じ物をおいしいと食べられなかったら、フードコーディネーターとしてはつらいだろう。

「私でよかったら、また一緒に食べに行きましょう」
「本当ですか! ありがとうございます!」

 そうにこにこして喜んでいるから、私は頷いた。
 帰りにここのおいしいトマトジュースに野菜ジュース、ドライ野菜をたっぷり買った。ジュースは飲むとして、このドライ野菜でパスタをつくったらおいしそうだな。
 そう思いながら、車を走らせた。
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