ふたりぼっちで食卓を囲む

石田空

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そうだ、七夕をしよう

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 長いと思っていた梅雨も一時中断。七月に入ってからは、洗濯物を干しているたびに、潮の匂いをきつく濃く感じる。
 じめじめしているし、暑いし、まるでサウナの中に入ったみたいで落ち着かない。
 洗濯物を干し終えたときには、汗だくになっていた。私は麦茶をぐっと飲みながら、息を吐き出す。

「暑い」
「お疲れ様ですー」

 今日は春陽さんは比較的に暇らしく、生クリームを泡立てているのしか見ない。

「それなんですか?」
「暑いんで、アイスでもつくろうかと思いまして」
「……生クリームからって本格的ね?」
「カステラありましたらもっと楽につくれますけど、今ありませんから」

 カステラからアイスクリームって錬成できるの? 一瞬そう思ったものの、卵と砂糖と小麦粉が入っていたら、カスタードクリームと材料変わらないから、やろうと思ったらできるのかと考え直す。どうやってやるのかは知らない。
 そういえば。私はカレンダーを見る。

「そういえば、もうすぐ七夕だね。七夕ってなに食べたっけ」
「あれ、美奈穂さんは七夕をやりたい人ですか?」
「やりたいっていうか、そういえば七夕だなーっと思っただけで、特にやりたくはないかなと。さすがに笹に短冊かけて祝う的なのは卒業しているし。そこまでやって叶えたい願いはないんで」

 言うだけ言ってみたけれど、平凡な私の頭だと、七夕に食べる料理なんて、そうめんくらいしか思いつかない。でもそうめんって、ただでさえ暑い夏場でもっとも暑い料理だ。なんたってそうめんは目を離すとすぐに伸びるから、鍋から離れられない。あつあつのそうめんを流水で締めないと付いている塩味は流れないし、表面に塗ってある油も取れないから、ひたすら手が熱いし、ときどき火傷する。
 夏場じゃないと食べる気しないのに、どうして夏場に食べるのにつらい理由が何個もあるんだよ、そうめん。
 考えるだけでげんなりしてきたら、春陽さんは出来上がったアイスをバッドに流し入れて冷凍庫で冷やしはじめた。そして「んー……」とスマホを弄りはじめた。

「わたしも暑いんで、そうめん茹でたくないですけど……」
「ああ! やっぱり! 私も暑くって嫌だし!」
「でも季節の野菜をお供えする習慣はあったみたいですから、それに見立ててなにかつくりましょうか」
「あれ、夕食当番は今日は私で……」
「今日はわたしも休みみたいなもんですし、ちゃちゃっとつくってみますよ」

 季節の野菜って、なに使うんだろう。私はそう思いながら、夜を待つことにした。

****

 文明の機器は素晴らしい。冷房をかけながら、窓の外を眺める。
 この時期になったら眺められるはずのに天の川は見えなかったけれど、都会と比べると大分星が散らばっているように見える。
 その間に、春陽さんは鼻歌を歌いながら夕食をつくっていた。
 ご飯を炊いている間に、材料を用意する。オクラは湯がいて輪切りにし、卵は薄焼き卵にして細切りにする。しいたけは甘露煮を買ってきて、それを細切り。ご飯が炊けたら、そこに寿司酢を投下して、切っておいたものを全部盛り付ける。

「これって、七夕のちらし寿司?」
「はい。大分火を使わないので助かりました。本当だったら、お刺身を買ってきて盛り付ければもうちょっとボリュームあるんですけど」
「いや、これで充分。すごく綺麗……!」

 もっと地味な色合いになるところを、そこはプロのフードコーディネーター。色合いに気を配って、卵は真っ黄色に、オクラはアクセントで鮮やかな緑と、色合いが眩しいから地味にならない。そしてあり合わせの薬味と白だし醤油で澄まし汁もつくってくれたから、これだけで充分におかずになる。
 私はそれをありがたく食べた。

「おいしい」
「本当にあり合わせのものしか使ってなかったですけど、おいしかったのならなによりです。あっ、流れ星」
「どこどこ?」

 窓の外を眺めるものの、夜の海が広がるばかりで、星が見当たらない。春陽さんもちらし寿司を食べながら言う。

「七夕って子供の頃は願い事を叶えたりしていましたけど、美奈穂さんはどんな願い事を短冊に書いていたんですか?」
「うーん、どうだろう。私の場合、『金』ばかり言っていた可愛げのない子供だったからなあ」
「あはは……その頃からしっかりしてたんですねえ、美奈穂さんは」
「そういう春陽さんは?」
「わたしですか。そうですねえ」

 彼女は再び海に落ちる星を眺めた。今度は私もばっちりと見えた。春陽さんもしばらく流れ星を目で追ってから、ふっと微笑んだ。

「わたし、お嫁さんになりたかったんですよ」
「……春陽さんだったら、どこに出しても恥ずかしくないと思うけどねえ」
「どうなんでしょうね。わたし、相手のことを好きになり過ぎちゃうから、駄目人間製造機だって言われがちなんです」
「それって、相手が駄目になるまで甘やかすってこと?」
「そうですねえ……わたしが疲れるまで相手に尽くしちゃうんで」

 初めて会ったとき、カートを引きながら途方に暮れた顔をしていた彼女を思い出した。たしかに彼女は料理上手だし、話の引き出しも多いけれど、それに甘えてたら駄目でしょ。私はそう首を振って食べ終えた器を食洗機にかけに行く。ついでに昼間に冷やしていた春陽さんのアイスを取り出した。

「そろそろ食べよっか。私入れる?」
「あっ、お願いしまーす」
「了解」

 私はふと思いつきで、インスタントコーヒーを淹れると、アイスをカップに盛って、テーブルに運んでいった。
 それに春陽さんは「あっ」と笑う。

「最初は普通に食べて、飽きたらコーヒーかけようか」
「アフォガード! おいしいけどなんとなくもったいない気がして、家だとなかなかできないんですよねー」
「生クリームと砂糖だけのアイスだから、絶対に合うと思うんだよね。でもこのシンプルな味のアイスも、意外とおいしい……」
「あはは、ありがとうございます!」

 ここからだと残念ながら天の川は見えない。
 織姫と彦星が会えたのかどうだか知らないけれど、互いの陸で友達がいたら、意外と一年待つのも苦ではないのかも。
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