12 / 33
そうだ、七夕をしよう
しおりを挟む
長いと思っていた梅雨も一時中断。七月に入ってからは、洗濯物を干しているたびに、潮の匂いをきつく濃く感じる。
じめじめしているし、暑いし、まるでサウナの中に入ったみたいで落ち着かない。
洗濯物を干し終えたときには、汗だくになっていた。私は麦茶をぐっと飲みながら、息を吐き出す。
「暑い」
「お疲れ様ですー」
今日は春陽さんは比較的に暇らしく、生クリームを泡立てているのしか見ない。
「それなんですか?」
「暑いんで、アイスでもつくろうかと思いまして」
「……生クリームからって本格的ね?」
「カステラありましたらもっと楽につくれますけど、今ありませんから」
カステラからアイスクリームって錬成できるの? 一瞬そう思ったものの、卵と砂糖と小麦粉が入っていたら、カスタードクリームと材料変わらないから、やろうと思ったらできるのかと考え直す。どうやってやるのかは知らない。
そういえば。私はカレンダーを見る。
「そういえば、もうすぐ七夕だね。七夕ってなに食べたっけ」
「あれ、美奈穂さんは七夕をやりたい人ですか?」
「やりたいっていうか、そういえば七夕だなーっと思っただけで、特にやりたくはないかなと。さすがに笹に短冊かけて祝う的なのは卒業しているし。そこまでやって叶えたい願いはないんで」
言うだけ言ってみたけれど、平凡な私の頭だと、七夕に食べる料理なんて、そうめんくらいしか思いつかない。でもそうめんって、ただでさえ暑い夏場でもっとも暑い料理だ。なんたってそうめんは目を離すとすぐに伸びるから、鍋から離れられない。あつあつのそうめんを流水で締めないと付いている塩味は流れないし、表面に塗ってある油も取れないから、ひたすら手が熱いし、ときどき火傷する。
夏場じゃないと食べる気しないのに、どうして夏場に食べるのにつらい理由が何個もあるんだよ、そうめん。
考えるだけでげんなりしてきたら、春陽さんは出来上がったアイスをバッドに流し入れて冷凍庫で冷やしはじめた。そして「んー……」とスマホを弄りはじめた。
「わたしも暑いんで、そうめん茹でたくないですけど……」
「ああ! やっぱり! 私も暑くって嫌だし!」
「でも季節の野菜をお供えする習慣はあったみたいですから、それに見立ててなにかつくりましょうか」
「あれ、夕食当番は今日は私で……」
「今日はわたしも休みみたいなもんですし、ちゃちゃっとつくってみますよ」
季節の野菜って、なに使うんだろう。私はそう思いながら、夜を待つことにした。
****
文明の機器は素晴らしい。冷房をかけながら、窓の外を眺める。
この時期になったら眺められるはずのに天の川は見えなかったけれど、都会と比べると大分星が散らばっているように見える。
その間に、春陽さんは鼻歌を歌いながら夕食をつくっていた。
ご飯を炊いている間に、材料を用意する。オクラは湯がいて輪切りにし、卵は薄焼き卵にして細切りにする。しいたけは甘露煮を買ってきて、それを細切り。ご飯が炊けたら、そこに寿司酢を投下して、切っておいたものを全部盛り付ける。
「これって、七夕のちらし寿司?」
「はい。大分火を使わないので助かりました。本当だったら、お刺身を買ってきて盛り付ければもうちょっとボリュームあるんですけど」
「いや、これで充分。すごく綺麗……!」
もっと地味な色合いになるところを、そこはプロのフードコーディネーター。色合いに気を配って、卵は真っ黄色に、オクラはアクセントで鮮やかな緑と、色合いが眩しいから地味にならない。そしてあり合わせの薬味と白だし醤油で澄まし汁もつくってくれたから、これだけで充分におかずになる。
私はそれをありがたく食べた。
「おいしい」
「本当にあり合わせのものしか使ってなかったですけど、おいしかったのならなによりです。あっ、流れ星」
「どこどこ?」
窓の外を眺めるものの、夜の海が広がるばかりで、星が見当たらない。春陽さんもちらし寿司を食べながら言う。
「七夕って子供の頃は願い事を叶えたりしていましたけど、美奈穂さんはどんな願い事を短冊に書いていたんですか?」
「うーん、どうだろう。私の場合、『金』ばかり言っていた可愛げのない子供だったからなあ」
「あはは……その頃からしっかりしてたんですねえ、美奈穂さんは」
「そういう春陽さんは?」
「わたしですか。そうですねえ」
彼女は再び海に落ちる星を眺めた。今度は私もばっちりと見えた。春陽さんもしばらく流れ星を目で追ってから、ふっと微笑んだ。
「わたし、お嫁さんになりたかったんですよ」
「……春陽さんだったら、どこに出しても恥ずかしくないと思うけどねえ」
「どうなんでしょうね。わたし、相手のことを好きになり過ぎちゃうから、駄目人間製造機だって言われがちなんです」
「それって、相手が駄目になるまで甘やかすってこと?」
「そうですねえ……わたしが疲れるまで相手に尽くしちゃうんで」
初めて会ったとき、カートを引きながら途方に暮れた顔をしていた彼女を思い出した。たしかに彼女は料理上手だし、話の引き出しも多いけれど、それに甘えてたら駄目でしょ。私はそう首を振って食べ終えた器を食洗機にかけに行く。ついでに昼間に冷やしていた春陽さんのアイスを取り出した。
「そろそろ食べよっか。私入れる?」
「あっ、お願いしまーす」
「了解」
私はふと思いつきで、インスタントコーヒーを淹れると、アイスをカップに盛って、テーブルに運んでいった。
それに春陽さんは「あっ」と笑う。
「最初は普通に食べて、飽きたらコーヒーかけようか」
「アフォガード! おいしいけどなんとなくもったいない気がして、家だとなかなかできないんですよねー」
「生クリームと砂糖だけのアイスだから、絶対に合うと思うんだよね。でもこのシンプルな味のアイスも、意外とおいしい……」
「あはは、ありがとうございます!」
ここからだと残念ながら天の川は見えない。
織姫と彦星が会えたのかどうだか知らないけれど、互いの陸で友達がいたら、意外と一年待つのも苦ではないのかも。
じめじめしているし、暑いし、まるでサウナの中に入ったみたいで落ち着かない。
洗濯物を干し終えたときには、汗だくになっていた。私は麦茶をぐっと飲みながら、息を吐き出す。
「暑い」
「お疲れ様ですー」
今日は春陽さんは比較的に暇らしく、生クリームを泡立てているのしか見ない。
「それなんですか?」
「暑いんで、アイスでもつくろうかと思いまして」
「……生クリームからって本格的ね?」
「カステラありましたらもっと楽につくれますけど、今ありませんから」
カステラからアイスクリームって錬成できるの? 一瞬そう思ったものの、卵と砂糖と小麦粉が入っていたら、カスタードクリームと材料変わらないから、やろうと思ったらできるのかと考え直す。どうやってやるのかは知らない。
そういえば。私はカレンダーを見る。
「そういえば、もうすぐ七夕だね。七夕ってなに食べたっけ」
「あれ、美奈穂さんは七夕をやりたい人ですか?」
「やりたいっていうか、そういえば七夕だなーっと思っただけで、特にやりたくはないかなと。さすがに笹に短冊かけて祝う的なのは卒業しているし。そこまでやって叶えたい願いはないんで」
言うだけ言ってみたけれど、平凡な私の頭だと、七夕に食べる料理なんて、そうめんくらいしか思いつかない。でもそうめんって、ただでさえ暑い夏場でもっとも暑い料理だ。なんたってそうめんは目を離すとすぐに伸びるから、鍋から離れられない。あつあつのそうめんを流水で締めないと付いている塩味は流れないし、表面に塗ってある油も取れないから、ひたすら手が熱いし、ときどき火傷する。
夏場じゃないと食べる気しないのに、どうして夏場に食べるのにつらい理由が何個もあるんだよ、そうめん。
考えるだけでげんなりしてきたら、春陽さんは出来上がったアイスをバッドに流し入れて冷凍庫で冷やしはじめた。そして「んー……」とスマホを弄りはじめた。
「わたしも暑いんで、そうめん茹でたくないですけど……」
「ああ! やっぱり! 私も暑くって嫌だし!」
「でも季節の野菜をお供えする習慣はあったみたいですから、それに見立ててなにかつくりましょうか」
「あれ、夕食当番は今日は私で……」
「今日はわたしも休みみたいなもんですし、ちゃちゃっとつくってみますよ」
季節の野菜って、なに使うんだろう。私はそう思いながら、夜を待つことにした。
****
文明の機器は素晴らしい。冷房をかけながら、窓の外を眺める。
この時期になったら眺められるはずのに天の川は見えなかったけれど、都会と比べると大分星が散らばっているように見える。
その間に、春陽さんは鼻歌を歌いながら夕食をつくっていた。
ご飯を炊いている間に、材料を用意する。オクラは湯がいて輪切りにし、卵は薄焼き卵にして細切りにする。しいたけは甘露煮を買ってきて、それを細切り。ご飯が炊けたら、そこに寿司酢を投下して、切っておいたものを全部盛り付ける。
「これって、七夕のちらし寿司?」
「はい。大分火を使わないので助かりました。本当だったら、お刺身を買ってきて盛り付ければもうちょっとボリュームあるんですけど」
「いや、これで充分。すごく綺麗……!」
もっと地味な色合いになるところを、そこはプロのフードコーディネーター。色合いに気を配って、卵は真っ黄色に、オクラはアクセントで鮮やかな緑と、色合いが眩しいから地味にならない。そしてあり合わせの薬味と白だし醤油で澄まし汁もつくってくれたから、これだけで充分におかずになる。
私はそれをありがたく食べた。
「おいしい」
「本当にあり合わせのものしか使ってなかったですけど、おいしかったのならなによりです。あっ、流れ星」
「どこどこ?」
窓の外を眺めるものの、夜の海が広がるばかりで、星が見当たらない。春陽さんもちらし寿司を食べながら言う。
「七夕って子供の頃は願い事を叶えたりしていましたけど、美奈穂さんはどんな願い事を短冊に書いていたんですか?」
「うーん、どうだろう。私の場合、『金』ばかり言っていた可愛げのない子供だったからなあ」
「あはは……その頃からしっかりしてたんですねえ、美奈穂さんは」
「そういう春陽さんは?」
「わたしですか。そうですねえ」
彼女は再び海に落ちる星を眺めた。今度は私もばっちりと見えた。春陽さんもしばらく流れ星を目で追ってから、ふっと微笑んだ。
「わたし、お嫁さんになりたかったんですよ」
「……春陽さんだったら、どこに出しても恥ずかしくないと思うけどねえ」
「どうなんでしょうね。わたし、相手のことを好きになり過ぎちゃうから、駄目人間製造機だって言われがちなんです」
「それって、相手が駄目になるまで甘やかすってこと?」
「そうですねえ……わたしが疲れるまで相手に尽くしちゃうんで」
初めて会ったとき、カートを引きながら途方に暮れた顔をしていた彼女を思い出した。たしかに彼女は料理上手だし、話の引き出しも多いけれど、それに甘えてたら駄目でしょ。私はそう首を振って食べ終えた器を食洗機にかけに行く。ついでに昼間に冷やしていた春陽さんのアイスを取り出した。
「そろそろ食べよっか。私入れる?」
「あっ、お願いしまーす」
「了解」
私はふと思いつきで、インスタントコーヒーを淹れると、アイスをカップに盛って、テーブルに運んでいった。
それに春陽さんは「あっ」と笑う。
「最初は普通に食べて、飽きたらコーヒーかけようか」
「アフォガード! おいしいけどなんとなくもったいない気がして、家だとなかなかできないんですよねー」
「生クリームと砂糖だけのアイスだから、絶対に合うと思うんだよね。でもこのシンプルな味のアイスも、意外とおいしい……」
「あはは、ありがとうございます!」
ここからだと残念ながら天の川は見えない。
織姫と彦星が会えたのかどうだか知らないけれど、互いの陸で友達がいたら、意外と一年待つのも苦ではないのかも。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~
Repos
ライト文芸
カフェ開業を夢見たマキノが、田舎の古民家を改装して開業する物語。
おいしいご飯がたくさん出てきます。
いろんな人に出会って、気づきがあったり、迷ったり、泣いたり。
助けられたり、恋をしたり。
愛とやさしさののあふれるお話です。
なろうにも投降中
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ぼくたちのたぬきち物語
アポロ
ライト文芸
一章にエピソード①〜⑩をまとめました。大人のための童話風ライト文芸として書きましたが、小学生でも読めます。
どの章から読みはじめても大丈夫です。
挿絵はアポロの友人・絵描きのひろ生さん提供。
アポロとたぬきちの見守り隊長、いつもありがとう。
初稿はnoteにて2021年夏〜22年冬、「こたぬきたぬきち、町へゆく」のタイトルで連載していました。
この思い入れのある作品を、全編加筆修正してアルファポリスに投稿します。
🍀一章│①〜⑩のあらすじ🍀
たぬきちは、化け狸の子です。
生まれてはじめて変化の術に成功し、ちょっとおしゃれなかわいい少年にうまく化けました。やったね。
たぬきちは、人生ではじめて山から町へ行くのです。(はい、人生です)
現在行方不明の父さんたぬき・ぽんたから教えてもらった記憶を頼りに、憧れの町の「映画館」を目指します。
さて無事にたどり着けるかどうか。
旅にハプニングはつきものです。
少年たぬきちの小さな冒険を、ぜひ見守ってあげてください。
届けたいのは、ささやかな感動です。
心を込め込め書きました。
あなたにも、届け。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
月の女神と夜の女王
海獺屋ぼの
ライト文芸
北関東のとある地方都市に住む双子の姉妹の物語。
妹の月姫(ルナ)は父親が経営するコンビニでアルバイトしながら高校に通っていた。彼女は双子の姉に対する強いコンプレックスがあり、それを払拭することがどうしてもできなかった。あるとき、月姫(ルナ)はある兄妹と出会うのだが……。
姉の裏月(ヘカテー)は実家を飛び出してバンド活動に明け暮れていた。クセの強いバンドメンバー、クリスチャンの友人、退学した高校の悪友。そんな個性が強すぎる面々と絡んでいく。ある日彼女のバンド活動にも転機が訪れた……。
月姫(ルナ)と裏月(ヘカテー)の姉妹の物語が各章ごとに交錯し、ある結末へと向かう。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる