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そうだ、嵐が去るのを待とう
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びょうびょうと音がしている。
五月半ばになった途端に、台風が増えた。台風って夏とか秋とかが定番だったと思うけれど、ニュースによると今年はエルニーニョ現象かラニーニョ現象か忘れたけれど、そういうのの関係で夏が近付くにつれ、台風が増えるらしい。ひどい。
古民家は風情はあるものの、家を建てたての頃には考えられなかった異常気象には不得手だ。二階にいるたびに、ぐわんぐわんと揺れて、正直怖い。
テレワークなんだから、家にいるんだし台風でも仕事ができるだろうとか、怖いこと言う会社でなくてよかった。顧客のデータが飛んだら大事だから、今日はパソコンを下手にネットに繋ぐことなく静かに過ごすようにと一斉に通達が飛んだ。理解ある会社で本当によかった。
そんな訳で、私は春陽さんと一緒に雨戸を閉め、ぐわんぐわんと鳴っている二階で静かに過ごしていた。
しかしそんな中でも春陽さんは楽しそうだ。
「最近はなにかと怖いこと多いですから、ローリングストックとかつくってるんですよね。一階に行ってなにかあったら嫌ですし、今日はそのローリングストックのもの食べて過ごしましょうか」
そう言いながら、私の部屋で鼻歌を歌いながら食事の準備をしている。
……これだけ揺れているし怪音鳴っているのに、この人元気だなと、少しだけ羨ましくなった。
「……今、結構風で揺れてますよね?」
「揺れてますねー。でも天気予報によると直撃はしないみたいですから、大丈夫じゃないでしょうか」
「みしみし音言ってますけど」
「古民家で築何百年でも平気で建ってたんですよ。たしかに海が見える場所に建ってますけど、高台ですから流される心配はないでしょ」
「なんかものすっごく冷静ですね??」
「んー……というか、普段クールな美奈穂さんがテンパっていたら、それなりにビビリのわたしでも、あまり怖くないというか」
「クールだった覚えもないんだけれど……」
「素直クールとか言うらしいですよ、そういうのは」
肝試しやホラー映画鑑賞でも、人が自分以上に怖がっていたら意外と冷静になってしまうという奴のせいで、私がいるおかげであまりにも冷静になってしまっているらしい。それは素直に喜ぶべきなのか、「私を安全牌にしないで」と逆ギレするところなのか、結構迷うな。
それはさておき。
春陽さんは私の部屋でふんふんと料理の準備をしている。
最近はなにかとローリングストックしておくようにと言われているものの、私は未だに非常食と言ったら乾パンと水みたいな昔ながらのものしか記憶にない。一応乾パンもパサッパサのものだけでなく、缶詰に入ったふわふわしっとりのパンなんかも売られるようになったけれど。
春陽さんはなにを買っているんだろうと思って眺めていたら、野菜スープだった。
「……野菜スープ?」
「そうですねえ」
「意外。野菜スープって、火を通して食べるものだとばかり思ってたから」
「んー……結構非常食って炭水化物が多いんですよねえ。パンとかご飯とか乾パンとか。それが一日や二日だったら平気でも、それが長く続いたら絶対に野菜不足になるじゃないですか。だから野菜スープを入れているんですよね」
「はあ……野菜ジュースとかじゃないんだ」
「野菜ジュースも、あれ果汁が多いじゃないですか。果汁も糖分が多過ぎる上に食物繊維が摂れませんから。最近でしたら、常温でも食べられるスープやカレーもありますから、それを買っていてもいいですよねえ」
そう言いながら、野菜スープをお皿に移してくれた。今は水は使えるから、普通に陶器のお皿だ。あとアルファ米を出してくれて、それで今日の簡易的な食事になった。閉め切っているせいで風が通らず、汗ばんだ体にはちょうどいい。
ふたりで食事を摂っている間に、地鳴りと海が割れるような音が響いた。鼓膜がビリビリ震えている感覚がする。
「ちょ……なに?」
「雷近くで落ちたみたいですねえ。懐中電灯は……あった」
春陽さんはどこまでも冷静に、非常バッグから便利道具を取り出している。春陽さんが懐中電灯がつくかどうか確認している間に、うちの家の電気までぶっつりと切れてしまった。
「ちょ……停電!?」
「うちまで続く電柱にでも落ちたんでしょうかねえ……もう今日はここで寝ましょうか」
「本当に春陽さん冷静ですね!?」
「というより、美奈穂さんが怖がり過ぎて、わたしが怖がるタイミングを完全に失ってしまったんですよぉ」
懐中電灯の小さな明かりを頼りにどうにか食事を済ませた私たちは、ラジオだけ点けて眠ることにした。
もう怖い。本当に怖いから、なにも考える前に眠ってしまいたい。
****
普段、私たちは別々の部屋で寝ている。
春陽さんは春陽さんで撮った写真をパソコンで加工したり、ネットでクライアントとやり取りをしているし、私は私で顧客や会社の会議ややり取りがあるから、同じ部屋でずっといるのは情報機密的にアウトだし、一緒の部屋で寝るほど親密な関係でもないからだ。
でもさすがに、今日は人の気配があることにほっとしている。
ぐわんぐわんと家が揺れている中で、ひとりで眠っていられるかどうかわからない。
本当だったら気絶するように眠ってしまいたいのに、未だに寝付くこともできず、私は天井を睨み付けていた。
「台風、なかなか通過しませんね」
隣の布団で寝ている春陽さんは言う。
私は古くなったTシャツに量販店で買ったスラックスを寝間着替わりにしている中、春陽さんはきちんとパジャマを買って寝間着に使っていた。こういうところまで、それぞれの個性が出るんだなと今更ながら思った。
「……そうですね」
私は答える。ふいに溜息が聞こえた。さすがに今回は醜態を見せ過ぎたせいで、呆れ返られても仕方ないような気がする。だって、台風怖いし。
ひとりで猛省している中、春陽さんは続けた。
「わたし、今日は美奈穂さんと一緒にいられてよかったです」
「……そう?」
「はい。だってひとりでこんなに地鳴りするほど大きな音立てている台風に揺れているの、嫌じゃないですか。怖いですよ」
「……意外。春陽さん私よりもよっぽど冷静だったもの。私、ローリングストックとか全然つくったことないし」
「それは仕事柄ですよー。そういうのの紹介もしないといけませんけど、自分で試してもいないものなんて責任取れないじゃないですかー……本当に、ありがとうございますね。美奈穂さん」
そう嬉しそうに言われてしまったら、私もどう答えていいのかがわからなくなる。
たまたま目に付いたから、春陽さんを拾っただけ。そこになんの意味もない。実際に、たまたま飲み屋で再会しなかったら、普通に見捨てていたと思うから。
たらればを語ったところでどうしようもないけれど、今はこうして隣に人の気配があることに、これだけ感謝したことはない。
「私のほうこそ」と言ったところで、スゥー……と寝息を耳にした。
……春陽さん、どれだけ謙遜していても、おそらくは私よりもよっぽど図太いと思う。ふわふわしている人ほど、意外と強いもんだ。
ひとりで怖がっているのがだんだん馬鹿らしくなって、私もとうとう眠ってしまった。
気付けばあれだけ怖いと思った地鳴りも、どこか遠くに行ってしまった。
****
次の日、私は目が覚めると雨戸を開ける。
あれだけ大きく音が鳴っていて、外はいったいどうなってしまっているんだろう。
「あ……」
思わず声を開けた。普段は早起きの春陽さんもなんとなく寝坊していて、私の隣でようやく目が覚めた。
「おはようございます……あー、今日朝ご飯どうしましょうか」
「おはようございます。私、下に降りてなんか適当につくります。空、綺麗ですよ」
台風でさんざん洗われた空は、ピカピカに磨き抜かれていた。
五月半ばになった途端に、台風が増えた。台風って夏とか秋とかが定番だったと思うけれど、ニュースによると今年はエルニーニョ現象かラニーニョ現象か忘れたけれど、そういうのの関係で夏が近付くにつれ、台風が増えるらしい。ひどい。
古民家は風情はあるものの、家を建てたての頃には考えられなかった異常気象には不得手だ。二階にいるたびに、ぐわんぐわんと揺れて、正直怖い。
テレワークなんだから、家にいるんだし台風でも仕事ができるだろうとか、怖いこと言う会社でなくてよかった。顧客のデータが飛んだら大事だから、今日はパソコンを下手にネットに繋ぐことなく静かに過ごすようにと一斉に通達が飛んだ。理解ある会社で本当によかった。
そんな訳で、私は春陽さんと一緒に雨戸を閉め、ぐわんぐわんと鳴っている二階で静かに過ごしていた。
しかしそんな中でも春陽さんは楽しそうだ。
「最近はなにかと怖いこと多いですから、ローリングストックとかつくってるんですよね。一階に行ってなにかあったら嫌ですし、今日はそのローリングストックのもの食べて過ごしましょうか」
そう言いながら、私の部屋で鼻歌を歌いながら食事の準備をしている。
……これだけ揺れているし怪音鳴っているのに、この人元気だなと、少しだけ羨ましくなった。
「……今、結構風で揺れてますよね?」
「揺れてますねー。でも天気予報によると直撃はしないみたいですから、大丈夫じゃないでしょうか」
「みしみし音言ってますけど」
「古民家で築何百年でも平気で建ってたんですよ。たしかに海が見える場所に建ってますけど、高台ですから流される心配はないでしょ」
「なんかものすっごく冷静ですね??」
「んー……というか、普段クールな美奈穂さんがテンパっていたら、それなりにビビリのわたしでも、あまり怖くないというか」
「クールだった覚えもないんだけれど……」
「素直クールとか言うらしいですよ、そういうのは」
肝試しやホラー映画鑑賞でも、人が自分以上に怖がっていたら意外と冷静になってしまうという奴のせいで、私がいるおかげであまりにも冷静になってしまっているらしい。それは素直に喜ぶべきなのか、「私を安全牌にしないで」と逆ギレするところなのか、結構迷うな。
それはさておき。
春陽さんは私の部屋でふんふんと料理の準備をしている。
最近はなにかとローリングストックしておくようにと言われているものの、私は未だに非常食と言ったら乾パンと水みたいな昔ながらのものしか記憶にない。一応乾パンもパサッパサのものだけでなく、缶詰に入ったふわふわしっとりのパンなんかも売られるようになったけれど。
春陽さんはなにを買っているんだろうと思って眺めていたら、野菜スープだった。
「……野菜スープ?」
「そうですねえ」
「意外。野菜スープって、火を通して食べるものだとばかり思ってたから」
「んー……結構非常食って炭水化物が多いんですよねえ。パンとかご飯とか乾パンとか。それが一日や二日だったら平気でも、それが長く続いたら絶対に野菜不足になるじゃないですか。だから野菜スープを入れているんですよね」
「はあ……野菜ジュースとかじゃないんだ」
「野菜ジュースも、あれ果汁が多いじゃないですか。果汁も糖分が多過ぎる上に食物繊維が摂れませんから。最近でしたら、常温でも食べられるスープやカレーもありますから、それを買っていてもいいですよねえ」
そう言いながら、野菜スープをお皿に移してくれた。今は水は使えるから、普通に陶器のお皿だ。あとアルファ米を出してくれて、それで今日の簡易的な食事になった。閉め切っているせいで風が通らず、汗ばんだ体にはちょうどいい。
ふたりで食事を摂っている間に、地鳴りと海が割れるような音が響いた。鼓膜がビリビリ震えている感覚がする。
「ちょ……なに?」
「雷近くで落ちたみたいですねえ。懐中電灯は……あった」
春陽さんはどこまでも冷静に、非常バッグから便利道具を取り出している。春陽さんが懐中電灯がつくかどうか確認している間に、うちの家の電気までぶっつりと切れてしまった。
「ちょ……停電!?」
「うちまで続く電柱にでも落ちたんでしょうかねえ……もう今日はここで寝ましょうか」
「本当に春陽さん冷静ですね!?」
「というより、美奈穂さんが怖がり過ぎて、わたしが怖がるタイミングを完全に失ってしまったんですよぉ」
懐中電灯の小さな明かりを頼りにどうにか食事を済ませた私たちは、ラジオだけ点けて眠ることにした。
もう怖い。本当に怖いから、なにも考える前に眠ってしまいたい。
****
普段、私たちは別々の部屋で寝ている。
春陽さんは春陽さんで撮った写真をパソコンで加工したり、ネットでクライアントとやり取りをしているし、私は私で顧客や会社の会議ややり取りがあるから、同じ部屋でずっといるのは情報機密的にアウトだし、一緒の部屋で寝るほど親密な関係でもないからだ。
でもさすがに、今日は人の気配があることにほっとしている。
ぐわんぐわんと家が揺れている中で、ひとりで眠っていられるかどうかわからない。
本当だったら気絶するように眠ってしまいたいのに、未だに寝付くこともできず、私は天井を睨み付けていた。
「台風、なかなか通過しませんね」
隣の布団で寝ている春陽さんは言う。
私は古くなったTシャツに量販店で買ったスラックスを寝間着替わりにしている中、春陽さんはきちんとパジャマを買って寝間着に使っていた。こういうところまで、それぞれの個性が出るんだなと今更ながら思った。
「……そうですね」
私は答える。ふいに溜息が聞こえた。さすがに今回は醜態を見せ過ぎたせいで、呆れ返られても仕方ないような気がする。だって、台風怖いし。
ひとりで猛省している中、春陽さんは続けた。
「わたし、今日は美奈穂さんと一緒にいられてよかったです」
「……そう?」
「はい。だってひとりでこんなに地鳴りするほど大きな音立てている台風に揺れているの、嫌じゃないですか。怖いですよ」
「……意外。春陽さん私よりもよっぽど冷静だったもの。私、ローリングストックとか全然つくったことないし」
「それは仕事柄ですよー。そういうのの紹介もしないといけませんけど、自分で試してもいないものなんて責任取れないじゃないですかー……本当に、ありがとうございますね。美奈穂さん」
そう嬉しそうに言われてしまったら、私もどう答えていいのかがわからなくなる。
たまたま目に付いたから、春陽さんを拾っただけ。そこになんの意味もない。実際に、たまたま飲み屋で再会しなかったら、普通に見捨てていたと思うから。
たらればを語ったところでどうしようもないけれど、今はこうして隣に人の気配があることに、これだけ感謝したことはない。
「私のほうこそ」と言ったところで、スゥー……と寝息を耳にした。
……春陽さん、どれだけ謙遜していても、おそらくは私よりもよっぽど図太いと思う。ふわふわしている人ほど、意外と強いもんだ。
ひとりで怖がっているのがだんだん馬鹿らしくなって、私もとうとう眠ってしまった。
気付けばあれだけ怖いと思った地鳴りも、どこか遠くに行ってしまった。
****
次の日、私は目が覚めると雨戸を開ける。
あれだけ大きく音が鳴っていて、外はいったいどうなってしまっているんだろう。
「あ……」
思わず声を開けた。普段は早起きの春陽さんもなんとなく寝坊していて、私の隣でようやく目が覚めた。
「おはようございます……あー、今日朝ご飯どうしましょうか」
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