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そうだ、夏野菜カレーを食べよう
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ゴールデンウィークが明けたら、一気に夏日が増えた。
梅雨が入ったら少しは日も陰るんだろうけれど、その分湿気も増すから五十歩百歩だ。
私はその日も午前の仕事を片付け、午後までの段取りをある程度終えてから、パソコンを一旦スリープさせた。
今日は残り物を適当にして昼ご飯にしようか。そう思って下に降りたら、なにやらスパイシーな匂いがしている。
春陽さんも今日から仕事らしくて、なにやらおいしそうな匂いのものをつくって、手順を写真で何枚も撮っている。
「今日はいったいなにを?」
「ああ、すみません。そろそろお昼ですもんねえ。今日はちょっと時間がかかっちゃって……」
「そりゃかまわないけど。でも今日はなにを? 匂いからしたら、カレーだと思うけど」
さっきからスパイシーな匂いが漂っているし、フライパンをちらっと見ても大量に野菜が入っているのがわかる。
それを見て、春陽さんが笑った。
「今日のはネットに上げる夏野菜カレーの写真撮影ですねえ」
「雑誌は半年だけれど、ネットはまちまちなんだ?」
「ネットの仕事は本当にいろいろですねえ。納品したらすぐにアップされる仕事もあれば、いつの間にやらお蔵入りしている仕事もあったり……まあ、きちんとお金は請求していますから、食いっぱぐれてはいないんですけどね」
偉い。私は感心しながらも、炒めていた野菜を眺めていて気付いた。
「これ、この間干してた野菜?」
「はい。もう切ってあるんで、そのまんま使えますから。時間短縮ですね」
「ふうん……でも干し野菜でつくったら、野菜から水分出ないから大変じゃない?」
「玉ねぎは生ですからねえ。玉ねぎから出たらなんとか。もうちょっとでできますけど、よかったら食べますか?」
私は時計をちらっと見た。
まあ午後からの仕事の段取りは既に終えているから、残り一時間煮込まないと駄目とかだったら困るけど、少しくらいは大丈夫か。
「うん、お願い」
「了解しました!」
そう言ってせっせと作業に戻った春陽さんをまじまじと眺めていた。
トマトと玉ねぎを出汁と水分にして、この間干したなす、かぼちゃ、にんじん、きのこと一緒に炒めている。そこに隣でガーリックオイルで焼いた鶏肉を投下し、スパイスと塩コショウ、そしてココナッツミルクを入れて味を調えている。
これ、夏本番に食べたら絶対においしいだろうけど、夏本番にガス火の近くになんて絶対に行きたくないもんなあ。いくら空調に気を遣っているとはいえども、ガス火の近くに空調は無意味だ。
私はせっせと味見をして、写真を撮っている春陽さんの隣で、お皿を探す。
「写真撮るんだったら、お皿は春陽さんが選ぶ? それとも私が勝手に取ってきていい?」
「ああ、じゃあわたしすぐに自分の分は撮っちゃいますから、美奈穂さんは反対側で先にご飯食べちゃってください」
「はーい。ありがとー」
春陽さんは自分の持ってきた撮影用の綺麗な深皿を手にしている間に、私はシールを集めて手に入れたお皿にご飯を盛って、出来上がった夏野菜カレーをかけていた。
食べてみたら、意外と野菜に深みがあるし、わざわざガーリックオイルで焼いた鶏肉の香ばしさも相まっておいしい。ココナッツミルクを入れたカレーって、もっとエスニックになるのかと思ったんだけど、意外とファミリー層に受けそうな味付けだ。
「おいしい……」
「わあ、ありがとうございます」
「でもカレーって、なんでもかんでもカレー粉入れれば同じかと思っていたけど、野菜の使い方で案外味が変わる?」
「うーん、それはあるかもしれませんね。干し野菜って、干してあるだけなんですけど、味が凝縮されますし。あとトマトと玉ねぎって、フランス料理とかでも出汁に遣われるものですから、相乗効果でおいしくなりますね。だから干し野菜はトマトと玉ねぎで水分いただいて、スープにするのが一番シンプルでおいしくなります」
「ふーん……今日はカレーだったけど、そんなもんだったんだ」
「あとカレーも、肉によって味付けの方法が若干変わりますから。今回は鶏肉だったからガーリックオイルで焼きましたけど、他の肉だったらそのまんま焼き付けて出汁にしたりしますしね」
カレーつくるときに、そこまで考えてつくった試しないなあ。私はそう思いながら、カレーを頬張っていたら、春陽さんもようやく写真撮影が終わったらしい。保存をしてから、ようやくテーブルに着いてカレーをいただきはじめた。
「いただきまーす……うん、おいしい」
「そりゃ春陽さんのカレーおいしいしね。私、そこまで考えて料理したことないし」
「そういう仕事についてますからねえ」
「ふうん。でも意外。春陽さん、誰かに食べさせたい人なのかなあと思っていたけど」
私が何気なくそう言ってみると、春陽さんはカレーをすくっていたスプーンを持つ手を止める。
あれ、これ地雷だった?
どう言ったものかと考えあぐねている間に、春陽さんはおずおずとした調子でこちらを見てきた。
「……わたし、そう見えてました?」
「ええっと……うん、そうだね。あくまでイメージだけれど、私とは本当だったら住む世界が違う子なのかなとばかり」
「そうなんですか? たしかに美奈穂さん、古民家でのひとり暮らしを目指していた割には、かなりここでの生活快適にしていますよね。ネット回線から冷蔵庫の動線まで。古民家暮らしって、不便を楽しむものかとばかり思ってましたけど」
……うーん。私の都会嫌いについて、そういえば説明してなかったかあ。
秘密主義ってほどでもないけれど、他人同士が暢気に過ごすのにノイズになるものって、なにひとつ伝えてなかったもんね。
春陽さんを拾って帰ってきたのは私だけれど、説明不足だったなと反省しながら、私はスプーンをすくった。
「うーん、まあ私も本当だったらひとりで暮らそうと思っていたし、春陽さんも彼氏さんに振られてなかったら、多分拾ってこなかったと思うのよ」
「……わたしが振られてなかったら、ですか」
「都会で顔を合わせていると、いろいろとノイズが多くって、それが鬱陶しくなってくたびれちゃったというか。我ながら枯れているなあというか」
カレーはおいしいのに、会話がいちいちしょっぱいな。このカレーに福神漬けは似合わないと思うんだけど。
「なんにでも、すぐに恋愛に持って行きたがる人が多くってね。別にそれが悪いことじゃないと思うのよ。人にとってそれが幸せな場合もあるしね。ただ、私にはそれがちっとも幸せじゃなかったというだけで」
「そういえば、美奈穂さんはお付き合いとかは」
「うーん。大学時代にちょっとだけ付き合ったことがあるけれど、なんでもかんでも下半身に直結することばっかりのたまうから、卒業と同時に捨ててきちゃった。学生時代に使っていたスマホも解約したしSNSアカウントも削除しちゃったから、もう本当に音信不通」
「そこまでですかぁ……」
「そこまでかなあ。それ以降は仕事頑張ってたから。でも仕事頑張っているとチクチク言われてたからね。『なにをそこまで焦っているんだ』って。なにも焦ってないのに、なんでそんなこと言われるんだろうと」
結婚しない女は行き遅れとか。稼いでいる女はなんか裏で副業やっているとか。強過ぎて可愛げがないとか。
それが男から言われていたら、鼻で笑っていたけれど、それを言ってきたのは全部女だったから、いい加減うんざりしてきたんだ。
別に女の敵は女だって言うつもりはないけれど、とことん反りが合わなかった。
途中で転職決めたら、給料が上がる上にそんなことを言っている人からは距離を置けるようになったけれど、それでも悪気なく「結婚は?」と言われることが増えていったんだ。
「まあ、私。他人に興味がないんだと思う。薄情というか。だからテレワークを機に、物理的にその手の人から距離を置いたら、その手の会話が全くなくなったから、我ながら快適になったというか。それだけの話かな」
「……なんというか」
「枯れてるとか?」
「いえ。すごく、格好いい生き方だなと思いました」
春陽さんがそう言いながら、ピッチャーからコップに水を注いでくれた。
「自分を持っているというか。わたしは、本当に行き当たりばったりだから、羨ましいなというか」
「いやいやいや。春陽さんが行き当たりばったりだったら、私はなに? 春陽さんはそもそも手に職持っているでしょうが。私は会社クビになったら困るもの」
「それでも、すごいです」
そうあっさりと肯定されたことに、私はどう反応するのが正しいのかわからなかった。
ただ、「今日もいい天気だね」と、困ったときの天気の話題以外、出てこなかったのだ。
梅雨が入ったら少しは日も陰るんだろうけれど、その分湿気も増すから五十歩百歩だ。
私はその日も午前の仕事を片付け、午後までの段取りをある程度終えてから、パソコンを一旦スリープさせた。
今日は残り物を適当にして昼ご飯にしようか。そう思って下に降りたら、なにやらスパイシーな匂いがしている。
春陽さんも今日から仕事らしくて、なにやらおいしそうな匂いのものをつくって、手順を写真で何枚も撮っている。
「今日はいったいなにを?」
「ああ、すみません。そろそろお昼ですもんねえ。今日はちょっと時間がかかっちゃって……」
「そりゃかまわないけど。でも今日はなにを? 匂いからしたら、カレーだと思うけど」
さっきからスパイシーな匂いが漂っているし、フライパンをちらっと見ても大量に野菜が入っているのがわかる。
それを見て、春陽さんが笑った。
「今日のはネットに上げる夏野菜カレーの写真撮影ですねえ」
「雑誌は半年だけれど、ネットはまちまちなんだ?」
「ネットの仕事は本当にいろいろですねえ。納品したらすぐにアップされる仕事もあれば、いつの間にやらお蔵入りしている仕事もあったり……まあ、きちんとお金は請求していますから、食いっぱぐれてはいないんですけどね」
偉い。私は感心しながらも、炒めていた野菜を眺めていて気付いた。
「これ、この間干してた野菜?」
「はい。もう切ってあるんで、そのまんま使えますから。時間短縮ですね」
「ふうん……でも干し野菜でつくったら、野菜から水分出ないから大変じゃない?」
「玉ねぎは生ですからねえ。玉ねぎから出たらなんとか。もうちょっとでできますけど、よかったら食べますか?」
私は時計をちらっと見た。
まあ午後からの仕事の段取りは既に終えているから、残り一時間煮込まないと駄目とかだったら困るけど、少しくらいは大丈夫か。
「うん、お願い」
「了解しました!」
そう言ってせっせと作業に戻った春陽さんをまじまじと眺めていた。
トマトと玉ねぎを出汁と水分にして、この間干したなす、かぼちゃ、にんじん、きのこと一緒に炒めている。そこに隣でガーリックオイルで焼いた鶏肉を投下し、スパイスと塩コショウ、そしてココナッツミルクを入れて味を調えている。
これ、夏本番に食べたら絶対においしいだろうけど、夏本番にガス火の近くになんて絶対に行きたくないもんなあ。いくら空調に気を遣っているとはいえども、ガス火の近くに空調は無意味だ。
私はせっせと味見をして、写真を撮っている春陽さんの隣で、お皿を探す。
「写真撮るんだったら、お皿は春陽さんが選ぶ? それとも私が勝手に取ってきていい?」
「ああ、じゃあわたしすぐに自分の分は撮っちゃいますから、美奈穂さんは反対側で先にご飯食べちゃってください」
「はーい。ありがとー」
春陽さんは自分の持ってきた撮影用の綺麗な深皿を手にしている間に、私はシールを集めて手に入れたお皿にご飯を盛って、出来上がった夏野菜カレーをかけていた。
食べてみたら、意外と野菜に深みがあるし、わざわざガーリックオイルで焼いた鶏肉の香ばしさも相まっておいしい。ココナッツミルクを入れたカレーって、もっとエスニックになるのかと思ったんだけど、意外とファミリー層に受けそうな味付けだ。
「おいしい……」
「わあ、ありがとうございます」
「でもカレーって、なんでもかんでもカレー粉入れれば同じかと思っていたけど、野菜の使い方で案外味が変わる?」
「うーん、それはあるかもしれませんね。干し野菜って、干してあるだけなんですけど、味が凝縮されますし。あとトマトと玉ねぎって、フランス料理とかでも出汁に遣われるものですから、相乗効果でおいしくなりますね。だから干し野菜はトマトと玉ねぎで水分いただいて、スープにするのが一番シンプルでおいしくなります」
「ふーん……今日はカレーだったけど、そんなもんだったんだ」
「あとカレーも、肉によって味付けの方法が若干変わりますから。今回は鶏肉だったからガーリックオイルで焼きましたけど、他の肉だったらそのまんま焼き付けて出汁にしたりしますしね」
カレーつくるときに、そこまで考えてつくった試しないなあ。私はそう思いながら、カレーを頬張っていたら、春陽さんもようやく写真撮影が終わったらしい。保存をしてから、ようやくテーブルに着いてカレーをいただきはじめた。
「いただきまーす……うん、おいしい」
「そりゃ春陽さんのカレーおいしいしね。私、そこまで考えて料理したことないし」
「そういう仕事についてますからねえ」
「ふうん。でも意外。春陽さん、誰かに食べさせたい人なのかなあと思っていたけど」
私が何気なくそう言ってみると、春陽さんはカレーをすくっていたスプーンを持つ手を止める。
あれ、これ地雷だった?
どう言ったものかと考えあぐねている間に、春陽さんはおずおずとした調子でこちらを見てきた。
「……わたし、そう見えてました?」
「ええっと……うん、そうだね。あくまでイメージだけれど、私とは本当だったら住む世界が違う子なのかなとばかり」
「そうなんですか? たしかに美奈穂さん、古民家でのひとり暮らしを目指していた割には、かなりここでの生活快適にしていますよね。ネット回線から冷蔵庫の動線まで。古民家暮らしって、不便を楽しむものかとばかり思ってましたけど」
……うーん。私の都会嫌いについて、そういえば説明してなかったかあ。
秘密主義ってほどでもないけれど、他人同士が暢気に過ごすのにノイズになるものって、なにひとつ伝えてなかったもんね。
春陽さんを拾って帰ってきたのは私だけれど、説明不足だったなと反省しながら、私はスプーンをすくった。
「うーん、まあ私も本当だったらひとりで暮らそうと思っていたし、春陽さんも彼氏さんに振られてなかったら、多分拾ってこなかったと思うのよ」
「……わたしが振られてなかったら、ですか」
「都会で顔を合わせていると、いろいろとノイズが多くって、それが鬱陶しくなってくたびれちゃったというか。我ながら枯れているなあというか」
カレーはおいしいのに、会話がいちいちしょっぱいな。このカレーに福神漬けは似合わないと思うんだけど。
「なんにでも、すぐに恋愛に持って行きたがる人が多くってね。別にそれが悪いことじゃないと思うのよ。人にとってそれが幸せな場合もあるしね。ただ、私にはそれがちっとも幸せじゃなかったというだけで」
「そういえば、美奈穂さんはお付き合いとかは」
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「そこまでですかぁ……」
「そこまでかなあ。それ以降は仕事頑張ってたから。でも仕事頑張っているとチクチク言われてたからね。『なにをそこまで焦っているんだ』って。なにも焦ってないのに、なんでそんなこと言われるんだろうと」
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途中で転職決めたら、給料が上がる上にそんなことを言っている人からは距離を置けるようになったけれど、それでも悪気なく「結婚は?」と言われることが増えていったんだ。
「まあ、私。他人に興味がないんだと思う。薄情というか。だからテレワークを機に、物理的にその手の人から距離を置いたら、その手の会話が全くなくなったから、我ながら快適になったというか。それだけの話かな」
「……なんというか」
「枯れてるとか?」
「いえ。すごく、格好いい生き方だなと思いました」
春陽さんがそう言いながら、ピッチャーからコップに水を注いでくれた。
「自分を持っているというか。わたしは、本当に行き当たりばったりだから、羨ましいなというか」
「いやいやいや。春陽さんが行き当たりばったりだったら、私はなに? 春陽さんはそもそも手に職持っているでしょうが。私は会社クビになったら困るもの」
「それでも、すごいです」
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