ふたりぼっちで食卓を囲む

石田空

文字の大きさ
上 下
6 / 33

そうだ、しそジュースを飲もう

しおりを挟む
 気付けば春も終わりを迎え、ゴールデンウィークである。
 テレワークのせいで出勤がないから季節の変わり目が曖昧になっていたけれど、こうやって長いお休みをいただけば、ぼんやりとした季節感も切り替わるというもの。

「……暑い」

 この数日、やけに暑くなったのが気になった。
 今日は仕事もオフだし、買い出しに行ったり、なにか食べに行ったりしてダラダラしてようかと思って遅めの朝食を取っていた。
 私と春陽さんはそれぞれ食費を出し合い、共同の食事は夜だけ。朝も昼も別々に食べていた。ちなみに春陽さんの仕事用は、別で払っているし、実際に彼女が仕事で買っている野菜や果物の料金は私も知らない。
 とりあえずふたり共用のところから、昨日の晩ご飯のネギと豆腐の味噌汁を温め、卵かけご飯と一緒にいただくというズボラ極まりない食事を摂っていた。それにしても、ゴールデンウィークからこれだけ暑くて、日本大丈夫かと心配になる。
 まだ冷房を付けるには心許ないから、付けるかどうかも躊躇われる。
 そんな中、春陽さんも寝坊してきて、クワァーとあくびをしながらやって来た。彼女もまた味噌汁とご飯に、彼女が持ってきていたぬか漬けから大根を取り出して刻んでいただいていた。ぬか漬けを自分で仕込んでいるんだなあと、私は少しだけ驚いて見ていた。

「おはようございます……なんか急に暑くなりましたねえ」
「おはよう。本当に。そろそろ冷房付けるかどうか悩むし、食材も傷むの早そう」
「あー……それは結構困りますねえ。んー……結構いい天気ですし、ゴールデンウィーク中はお暇ですか?」

 そう言われて、私は考え込んだ。
 たしかに暇だ。元々人混みが嫌い過ぎて程々の田舎に引っ込んだくらいだから、ゴールデンウィークだからとわざわざ人混みの多い場所に行きたくない。でもなにかやることないと干からびそうな気もする。

「まあ、暇だよね」
「そうですかぁ。ならこれだけ天気もいいですし、わたしのお仕事手伝ってくれないでしょうか?」
「あれ? 春陽さんのお仕事って、ゴールデンウィーク関係なかったっけ?」

 フリーランスの場合、こちらが思っているよりも休みが定まってない。春陽さんは毎日楽しそうにしているから、余計にわからないんだけれど。
 それに春陽さんはあははと笑う。

「わたしが休みと言った日が休みで、仕事と言った日が仕事ですから。まあクライアントは皆休みですから、わたしが今の内に準備しときたいだけですね。趣味と実益を兼ねて」
「はあ……でもなにしたいの?」
「梅雨になったらアウトですし、今の内に野菜を干しておこうかと」

 ……いきなり突拍子もない話が出てきたなあ。
 でも、まあ。天気予報によれば、ゴールデンウィーク中はずっと快晴らしい。野菜を干したところでなんの問題もないだろうと、私は「いいけど」と言った。
 朝ご飯を食べたあとの食器を食洗機に入れて回してから、私たちは早速野菜を干すことにした。

「でも野菜を干してどうするの? 野菜を干す準備っていうのが思いつかないんだけれど」
「あー、そろそろ節約料理とかの写真依頼が来そうなんで、それに合わせてですね。あと食欲の秋に向けた料理とか、夏太りのデトックス料理とか……」
「……料理界のことは本当によくわからないけど、そんなに早くに企画出してるんだね」
「出版社でしたら一年前には既に企画だけ進行しているとかありますから、まだまだゆっくりなほうだと思いますけどねえ」

 なるほど、さっぱりわからない。

「でも秋野菜って、季節が違うんじゃ。大丈夫?」
「最近でしたら品種改良が進んで、本当だったら秋野菜が春野菜として出回ってることも多いですから、あんまり問題ないですよー。まあ、葉物でしたら春のほうがおいしいとか、根野菜でしたら冬のほうがおいしいとかはありますけど、そんな季節越えたら使えないネタはあんまり使いませんし」
「なるほど」

 農家様々だ、年中野菜が気軽に手に入るんだから。
 春陽さんはさっさと野菜と竹ざるを持ってくると、野菜を切りはじめた。野菜はにんじんにかぼちゃ、大根、あときのこ。

「これを全部切っちゃいますから、切った口の水分をキッチンペーパーで拭き取ってください」
「はあい」
「拭き終わったらざるに重ならないように並べていってくださいね。あとは干すだけです」
「はあい……でもこんなに楽でいいんだ?」
「今の時期、ちょうどいいですからねえ。これ以上湿気てたらカビの心配をしないと駄目ですし、今より寒かったら、なかなか乾燥しませんし」

 そう考えたら、たしかに高温湿気でゲリラ豪雨の心配もしないといけない真夏に野菜を干すのはできないかも。
 ざるに入れて野菜を乾かしやすいよう、廊下にざるを並べていったら、なんとなく昔懐かしい雰囲気になった。

「なんか昔懐かしい感じ?」
「梅干しの天日干しみたいですか?」
「そこまでは言ってないけど。でもなんとなくね、懐かしい感じ」
「うーん、そういえばそろそろ梅干しも漬けないと駄目なんで、青梅が出回ったら手伝ってくれませんかね?」
「あら、糠床は知ってたけど、梅干しまで漬けてたの」
「はーい、季節や漬け具合によって味や風味も変わりますから。ちなみに梅酒もありますよ。飲みますか?」
「うーん……たしかに今の時期は暑いからねえ」

 廊下で日に当たっていたら、こちらも干された気分になってくる。おまけに休みだから、後ろめたさもなにもない。でもなあ。私が「うーん……」と唸っていたら春陽さんは言う。

「なら、しそジュースだったらどうですか? さっぱりしますよ」
「えっ」
「しそジュースも梅酒や梅干しつくるシーズンじゃなかったら、赤しそが出回らないんで季節限定でしかつくれないんですよねえ。ちょっと待ってくださいねー」

 そう言って引っ込んでいったと思ったら、小さな瓶を持ってきた。思っているより鮮やかな赤に、見ていて思わず「うわあ」と言う。

「思っているより赤い? 赤しそと言うと、ゆかりご飯とかしか思い浮かばないから、ここまで真っ赤とは思ってなかったわ」
「まあそうですよねえ、これつくるとき、ちょっとだけお酢入れるんですよね。それでこんなに鮮やかになるんですよ。これだけだったら甘ったるいんで、炭酸で割りましょうか」

 春陽さん、糠床といい梅酒といいしそジュースといい、あのカートの中にどれだけいろんなものを詰め込んでたんだろう。私は初めて出会ったときのカートを思い浮かべながら、思わず怪訝な顔をしている中、春陽さんは気にする素振りもなく、グラスに氷を入れてしそジュースを流し入れ、さらにそこに炭酸を入れて軽く混ぜてくれた。
 しゅわしゅわとした感覚に、鮮やかな赤。

「はい、どうぞー」
「どうもー。いただきます……あ、おいしい」

 ひと仕事終えたばかりなのか、今日がそこそこ暑いせいなのか、もっと甘ったるいのかなと思っていたのに、少し酸っぱいしそジュースに炭酸で、さっぱりとして飲みやすい。
 私が喉を鳴らして飲んでいる中、春陽さんも嬉しそうにしそジュースを飲んだ。

「なんというか、天気がいい日はこういうものを飲みたくなるんですよねえ。おまけに休みだと罪悪感がないですし」
「わかる。昼間っからビールもいいけど」
「ビールも水と一緒に飲まなかったら脱水症状起こしますよー」

 そんなことをのたまいながら、ぐびぐびとしそジュースを飲み干していく。
 初夏に甘酸っぱい味はよく合う。ゴールデンウィークも、なんとなく楽しく過ごせそうだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ぼくたちのたぬきち物語

アポロ
ライト文芸
一章にエピソード①〜⑩をまとめました。大人のための童話風ライト文芸として書きましたが、小学生でも読めます。 どの章から読みはじめても大丈夫です。 挿絵はアポロの友人・絵描きのひろ生さん提供。 アポロとたぬきちの見守り隊長、いつもありがとう。 初稿はnoteにて2021年夏〜22年冬、「こたぬきたぬきち、町へゆく」のタイトルで連載していました。 この思い入れのある作品を、全編加筆修正してアルファポリスに投稿します。 🍀一章│①〜⑩のあらすじ🍀 たぬきちは、化け狸の子です。 生まれてはじめて変化の術に成功し、ちょっとおしゃれなかわいい少年にうまく化けました。やったね。 たぬきちは、人生ではじめて山から町へ行くのです。(はい、人生です) 現在行方不明の父さんたぬき・ぽんたから教えてもらった記憶を頼りに、憧れの町の「映画館」を目指します。 さて無事にたどり着けるかどうか。 旅にハプニングはつきものです。 少年たぬきちの小さな冒険を、ぜひ見守ってあげてください。 届けたいのは、ささやかな感動です。 心を込め込め書きました。 あなたにも、届け。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

サドガシマ作戦、2025年初冬、ロシア共和国は突如として佐渡ヶ島に侵攻した。

セキトネリ
ライト文芸
2025年初冬、ウクライナ戦役が膠着状態の中、ロシア連邦東部軍管区(旧極東軍管区)は突如北海道北部と佐渡ヶ島に侵攻。総責任者は東部軍管区ジトコ大将だった。北海道はダミーで狙いは佐渡ヶ島のガメラレーダーであった。これは中国の南西諸島侵攻と台湾侵攻を援助するための密約のためだった。同時に北朝鮮は38度線を越え、ソウルを占拠した。在韓米軍に対しては戦術核の電磁パルス攻撃で米軍を朝鮮半島から駆逐、日本に退避させた。 その中、欧州ロシアに対して、東部軍管区ジトコ大将はロシア連邦からの離脱を決断、中央軍管区と図ってオビ川以東の領土を東ロシア共和国として独立を宣言、日本との相互安保条約を結んだ。 佐渡ヶ島侵攻(通称サドガシマ作戦、Operation Sadogashima)の副指揮官はジトコ大将の娘エレーナ少佐だ。エレーナ少佐率いる東ロシア共和国軍女性部隊二千人は、北朝鮮のホバークラフトによる上陸作戦を陸自水陸機動団と阻止する。 ※このシリーズはカクヨム版「サドガシマ作戦(https://kakuyomu.jp/works/16818093092605918428)」と重複しています。ただし、カクヨムではできない説明用の軍事地図、武器詳細はこちらで掲載しております。 ※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。

【1】胃の中の君彦【完結】

ホズミロザスケ
ライト文芸
喜志芸術大学・文芸学科一回生の神楽小路君彦は、教室に忘れた筆箱を渡されたのをきっかけに、同じ学科の同級生、佐野真綾に出会う。 ある日、人と関わることを嫌う神楽小路に、佐野は一緒に課題制作をしようと持ちかける。最初は断るも、しつこく誘ってくる佐野に折れた神楽小路は彼女と一緒に食堂のメニュー調査を始める。 佐野や同級生との交流を通じ、閉鎖的だった神楽小路の日常は少しずつ変わっていく。 「いずれ、キミに繋がる物語」シリーズ一作目。 ※完結済。全三十六話。(トラブルがあり、完結後に編集し直しましたため、他サイトより話数は少なくなってますが、内容量は同じです) ※当作品は「カクヨム」「小説家になろう」にも同時掲載しております。(過去に「エブリスタ」「貸し本棚」にも掲載)

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...