ふたりぼっちで食卓を囲む

石田空

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そうだ、しそジュースを飲もう

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 気付けば春も終わりを迎え、ゴールデンウィークである。
 テレワークのせいで出勤がないから季節の変わり目が曖昧になっていたけれど、こうやって長いお休みをいただけば、ぼんやりとした季節感も切り替わるというもの。

「……暑い」

 この数日、やけに暑くなったのが気になった。
 今日は仕事もオフだし、買い出しに行ったり、なにか食べに行ったりしてダラダラしてようかと思って遅めの朝食を取っていた。
 私と春陽さんはそれぞれ食費を出し合い、共同の食事は夜だけ。朝も昼も別々に食べていた。ちなみに春陽さんの仕事用は、別で払っているし、実際に彼女が仕事で買っている野菜や果物の料金は私も知らない。
 とりあえずふたり共用のところから、昨日の晩ご飯のネギと豆腐の味噌汁を温め、卵かけご飯と一緒にいただくというズボラ極まりない食事を摂っていた。それにしても、ゴールデンウィークからこれだけ暑くて、日本大丈夫かと心配になる。
 まだ冷房を付けるには心許ないから、付けるかどうかも躊躇われる。
 そんな中、春陽さんも寝坊してきて、クワァーとあくびをしながらやって来た。彼女もまた味噌汁とご飯に、彼女が持ってきていたぬか漬けから大根を取り出して刻んでいただいていた。ぬか漬けを自分で仕込んでいるんだなあと、私は少しだけ驚いて見ていた。

「おはようございます……なんか急に暑くなりましたねえ」
「おはよう。本当に。そろそろ冷房付けるかどうか悩むし、食材も傷むの早そう」
「あー……それは結構困りますねえ。んー……結構いい天気ですし、ゴールデンウィーク中はお暇ですか?」

 そう言われて、私は考え込んだ。
 たしかに暇だ。元々人混みが嫌い過ぎて程々の田舎に引っ込んだくらいだから、ゴールデンウィークだからとわざわざ人混みの多い場所に行きたくない。でもなにかやることないと干からびそうな気もする。

「まあ、暇だよね」
「そうですかぁ。ならこれだけ天気もいいですし、わたしのお仕事手伝ってくれないでしょうか?」
「あれ? 春陽さんのお仕事って、ゴールデンウィーク関係なかったっけ?」

 フリーランスの場合、こちらが思っているよりも休みが定まってない。春陽さんは毎日楽しそうにしているから、余計にわからないんだけれど。
 それに春陽さんはあははと笑う。

「わたしが休みと言った日が休みで、仕事と言った日が仕事ですから。まあクライアントは皆休みですから、わたしが今の内に準備しときたいだけですね。趣味と実益を兼ねて」
「はあ……でもなにしたいの?」
「梅雨になったらアウトですし、今の内に野菜を干しておこうかと」

 ……いきなり突拍子もない話が出てきたなあ。
 でも、まあ。天気予報によれば、ゴールデンウィーク中はずっと快晴らしい。野菜を干したところでなんの問題もないだろうと、私は「いいけど」と言った。
 朝ご飯を食べたあとの食器を食洗機に入れて回してから、私たちは早速野菜を干すことにした。

「でも野菜を干してどうするの? 野菜を干す準備っていうのが思いつかないんだけれど」
「あー、そろそろ節約料理とかの写真依頼が来そうなんで、それに合わせてですね。あと食欲の秋に向けた料理とか、夏太りのデトックス料理とか……」
「……料理界のことは本当によくわからないけど、そんなに早くに企画出してるんだね」
「出版社でしたら一年前には既に企画だけ進行しているとかありますから、まだまだゆっくりなほうだと思いますけどねえ」

 なるほど、さっぱりわからない。

「でも秋野菜って、季節が違うんじゃ。大丈夫?」
「最近でしたら品種改良が進んで、本当だったら秋野菜が春野菜として出回ってることも多いですから、あんまり問題ないですよー。まあ、葉物でしたら春のほうがおいしいとか、根野菜でしたら冬のほうがおいしいとかはありますけど、そんな季節越えたら使えないネタはあんまり使いませんし」
「なるほど」

 農家様々だ、年中野菜が気軽に手に入るんだから。
 春陽さんはさっさと野菜と竹ざるを持ってくると、野菜を切りはじめた。野菜はにんじんにかぼちゃ、大根、あときのこ。

「これを全部切っちゃいますから、切った口の水分をキッチンペーパーで拭き取ってください」
「はあい」
「拭き終わったらざるに重ならないように並べていってくださいね。あとは干すだけです」
「はあい……でもこんなに楽でいいんだ?」
「今の時期、ちょうどいいですからねえ。これ以上湿気てたらカビの心配をしないと駄目ですし、今より寒かったら、なかなか乾燥しませんし」

 そう考えたら、たしかに高温湿気でゲリラ豪雨の心配もしないといけない真夏に野菜を干すのはできないかも。
 ざるに入れて野菜を乾かしやすいよう、廊下にざるを並べていったら、なんとなく昔懐かしい雰囲気になった。

「なんか昔懐かしい感じ?」
「梅干しの天日干しみたいですか?」
「そこまでは言ってないけど。でもなんとなくね、懐かしい感じ」
「うーん、そういえばそろそろ梅干しも漬けないと駄目なんで、青梅が出回ったら手伝ってくれませんかね?」
「あら、糠床は知ってたけど、梅干しまで漬けてたの」
「はーい、季節や漬け具合によって味や風味も変わりますから。ちなみに梅酒もありますよ。飲みますか?」
「うーん……たしかに今の時期は暑いからねえ」

 廊下で日に当たっていたら、こちらも干された気分になってくる。おまけに休みだから、後ろめたさもなにもない。でもなあ。私が「うーん……」と唸っていたら春陽さんは言う。

「なら、しそジュースだったらどうですか? さっぱりしますよ」
「えっ」
「しそジュースも梅酒や梅干しつくるシーズンじゃなかったら、赤しそが出回らないんで季節限定でしかつくれないんですよねえ。ちょっと待ってくださいねー」

 そう言って引っ込んでいったと思ったら、小さな瓶を持ってきた。思っているより鮮やかな赤に、見ていて思わず「うわあ」と言う。

「思っているより赤い? 赤しそと言うと、ゆかりご飯とかしか思い浮かばないから、ここまで真っ赤とは思ってなかったわ」
「まあそうですよねえ、これつくるとき、ちょっとだけお酢入れるんですよね。それでこんなに鮮やかになるんですよ。これだけだったら甘ったるいんで、炭酸で割りましょうか」

 春陽さん、糠床といい梅酒といいしそジュースといい、あのカートの中にどれだけいろんなものを詰め込んでたんだろう。私は初めて出会ったときのカートを思い浮かべながら、思わず怪訝な顔をしている中、春陽さんは気にする素振りもなく、グラスに氷を入れてしそジュースを流し入れ、さらにそこに炭酸を入れて軽く混ぜてくれた。
 しゅわしゅわとした感覚に、鮮やかな赤。

「はい、どうぞー」
「どうもー。いただきます……あ、おいしい」

 ひと仕事終えたばかりなのか、今日がそこそこ暑いせいなのか、もっと甘ったるいのかなと思っていたのに、少し酸っぱいしそジュースに炭酸で、さっぱりとして飲みやすい。
 私が喉を鳴らして飲んでいる中、春陽さんも嬉しそうにしそジュースを飲んだ。

「なんというか、天気がいい日はこういうものを飲みたくなるんですよねえ。おまけに休みだと罪悪感がないですし」
「わかる。昼間っからビールもいいけど」
「ビールも水と一緒に飲まなかったら脱水症状起こしますよー」

 そんなことをのたまいながら、ぐびぐびとしそジュースを飲み干していく。
 初夏に甘酸っぱい味はよく合う。ゴールデンウィークも、なんとなく楽しく過ごせそうだ。
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