ふたりぼっちで食卓を囲む

石田空

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そうだ、お茶漬けを食べよう

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 引っ越しの片付けをどうにか済ませ、ネットの接続を終えたら、いよいよ新生活ははじまった。
 私はネットを使ってあちこちに営業をかけ、ネットマイクで話を済ませて、取ってきた仕事を企画部へと流していく。テレワーク当初は「ネットで仕事になんてならないだろ」と言われていたものの、寿司詰めにならず、人が多過ぎない生活は気楽過ぎて、バリバリ営業がはかどったため、会社のテレワークはこのまま定着しそうだ。
 私が午前中の分の仕事を終え、「んー……」と伸びをする。
 自室に篭もって仕事をしていたため、台所で仕事をしていると言っていた春陽さんがなにをしているのか知らない。
 そういえば、フードコーディネーターってどんな仕事をするのか知らないなと今更ながら思いつつ、昼になにか食べようと思って階段を降りていったら、台所からなんか匂いがすることに気付いた。

「あれ、春陽さん。今日のお仕事は?」
「あ、はい。今日はお茶漬けをつくっていたんですよ」
「お茶漬け……ですか」
「そろそろお昼休みですけれど、美奈穂さんもお茶漬けいただきますか?」
「いただきます……?」

 お茶漬けをつくるってなんだろうな。私は訳がわからないまま下まで降りて、ようやく春陽さんがなにをしていたのかを知った。
 五杯ほどのお茶漬けをテーブルに並べ、それぞれ写真を撮っていたのだ。

「お茶漬けを撮るって、いまいちピンと来てませんでしたけど」
「ああ、これはお茶屋さんからの依頼で、お茶屋さんの広告に載せるお茶漬けレシピの依頼だったんですね。これがそれぞれ写真です」

 そう言って撮った写真を見せてくれた。
 そういえば、朝から春陽さんの契約していると言っていた農家さんから野菜が届いたし、それ以外にもなにやら届いていたと思っていたけれど、こういう写真を撮るためなのかと、今更ながら気が付いた。
 朝からご飯を炊いているなと思ったけれど、それにもちっとも気付かなかった。
 つやつやピカピカした梅干しにのりを添えたオーソドックスなお茶漬けに、ミョウガや紫蘇をこんもりと乗せたお茶漬け、漬け物を刻んだお茶漬けまである。お茶漬けに使ったお茶は。

「このお茶……香ばしい匂い?」
「ああ、お茶漬けに使ったのは、オーソドックスなほうじ茶ですよー。だから安上がりにつくれるはずです」
「なるほど。これもう写真撮っているなら、一杯いただいても」
「どうぞどうぞ。熱々ですから、今の内に食べちゃってくださいー」

 そう勧められて、私はどれを食べようと見回す。

「お勧めはある?」
「そうですねえ、今回は特に変わり種のお茶漬けはつくってないので、どれもおいしいはずですけど。午後のお仕事もがっつりと頑張りたいんでしたら、牛肉のしぐれ煮茶漬けなんてどうですかー?」
「あ、これ?」

 牛肉のしぐれ煮なんて、いつの間に用意したんだろうなと思って不思議がっていたら、春陽さんは「嫌ですねえ」と手を振った。

「わたしも仕事で料理をずっとつくっていますけど、写真さえ撮れたらいいんで、全部を手作りするような真似はしませんよー」
「あらら、そうだったんだ?」
「そうですよー。これは瓶詰めのしぐれ煮ですね。ご飯のおかずに一品欲しいときにあったら便利なんで」

 そういえば。私、ひとり暮らししていたときは、食べられたらいいやと思って、一品足しておこうなんて発想、どこにもなかったもんな。この辺りは料理する人の発想なのかも。
 私は「それじゃあいただきます」とズズズと啜った。しぐれ煮の旨味がほうじ茶にも流れ込んできておいしい。あとしぐれ煮とご飯の間になにか入っていると、私はお箸で漁りながら食べてみた。
 生姜の千切りに、下に敷いてあるのはたくさんのみょうがと紫蘇。おかげでこってりとしたしぐれ煮もさっぱりと食べられて、ほうじ茶のおかげですっと飲み込める。

「おいしい……」
「そりゃよかったですー。ちなみにわたしはこれを全部食べないといけませーん」
「ええっ? それって結構大変じゃない?」
「そりゃ仕方ないですよ。料理ってつくったらちゃんといただかなかったら、送ってくれた農家の人にも、ご飯にも悪いですから」

 レシピ研究しないといけないし、写真も撮らないといけないし、その上つくったものは全部食べないといけないなんて、大変だ。私はひとりであわあわしていたら、春陽さんは「あははは」と笑う。

「普段はこんなに一気に食べないといけないものが続くことって滅多にないですから、あんまり気にしないでいいですよ。普段は冷蔵庫に保存しながら少しずつ消費するものですから。お茶漬けみたいな時間制限付きの料理の依頼は珍しいです」
「そ、そりゃそうだけど。春陽さんひとりで全部食べるのは、体に悪いと思うから! 私もあと一杯くらいだったらいけると思うから、どれだったら食べていい!?」

 私は頭の中で計算する。仕事の最中の階段の上り下りに、この辺りをぐるっと一周すれば、多分食べた分のカロリーは消費できると思う。多分。
 必死で計算している中、春陽さんは心底面白そうなものを見る目でこちらを眺めたあと、にっこりと笑った。

「ありがとうございます。でも今度からカロリーを無茶苦茶摂る料理つくるときは、事前に言いますね」
「言ったらどうするの……?」
「運動しましょう。幸い海も近いですし、砂の上を散歩したら、多少はカロリー消費はできるかなと」
「……うん、それもそうだね。それじゃ、次は……」

 春陽さんが食べているのは、これまたオーソドックスな鮭茶漬けだ。私ももらい物の鮭フレークの瓶詰めをもらったらつくったことがあるけれど、鮭にのり、青ネギをパラパラとさせていて、味の想像はすぐ付きそうだ。
 じゃああと一杯食べるとしたら。残っている梅のお茶漬けはこれまた味の想像がすぐ付きそうだからと、薬味をたらふく載せたお茶漬けに手を伸ばした。

「いただきます……あれ」

 食べてみたら、紫蘇とミョウガの他に、少し酸っぱい味がして、思っているよりも口の中によだれが溜まってきて、するすると食べられる。

「あー、これ。青紫蘇だけでなく、ちょっとだけ赤紫蘇混ぜているんですよ。気付きましたか?」
「赤紫蘇……」
「梅干しに赤い色付ける紫蘇ですねえ。ゆかりとも言われていますね」
「あ、ああ……なるほど」

 手作りの梅干しってびっくりするほど真っ赤で、いったいどんな合成着色料を使っているんだって身構えるけれど、自然の赤ってこちらが思っているより濃い。おまけに梅干しの味だって思い込んでいたものは意外と赤紫蘇の味だったんだなと、お茶漬けを食べながらしみじみと思った。
 ご飯二杯分のはずだから、これ入るのかなと思っていたお茶漬け二杯は、綺麗に空になってしまった。

「おいしかった……ご馳走様。それじゃあ、器、食洗機に入れてかけておくから」
「お粗末様です。あはは、わかりました。それじゃあ頼みますね」

 春陽さんは笑いながら、了承してくれた。
 私は食洗機にお茶漬けの器を突っ込んでスイッチを押しながら、しみじみと思った。ご飯つくってくれる人がいて、家事を分担できる相手がいるって楽と。それでいて、互いに仕事があるから、適度に放ってもらえるけれど、ひとりにはならない。
 本当にたまたま見かけたから声をかけただけだけれど、ずいぶんな拾いものをしたのでは。私はそうしみじみ思いながら、伸びをした。
 ご飯で少しお腹が膨らんでいるけれど、少しお腹が治まったら午後の仕事だ。営業頑張るぞと気合いを入れて、階段を昇っていった。
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